第56話:何はともあれ大団円
月夜に浮かぶ廃神社。灯りの漏れる本殿。
今回の功労者である女神サマに一言お礼を言おうと、一昨日の記憶を頼りにここまでやって来た。手土産のいすゞ餅を持ってきたのはいいが、正直また会えるかは分からないダメもとの行動。だが、俺は拍子抜けするほどあっさり招かれたようだった。
この前のように扉を開けた先には、雑多なボロアパートの一室のような空間が広がっていた。
どこかで見た新書やら文庫本やらが並べられた本棚。薄汚れたカーペットに電気ストーブ。そして、映らないテレビ。気付けば、こたつも出されている。さらにはみかんの入ったかごのおまけつきだ。
一言でまとめると俺の部屋そっくりの独房。廃神社の本殿の中に広がる四畳半宇宙。
そんな無限大の四畳半宇宙に閉じ込められた彼女は、整った愛らしい顔を不機嫌そうな表情に染めて頬杖をついていた。こたつに入りながら。
「はぁ……」
狭い部屋に月詠のため息が響く。俺が部屋に入って来てから体感1時間ほどの間ずっとこんな感じだ。とてもじゃないが話しかけられるような雰囲気ではない彼女は、目を合わせることすらしてくれない。お互いに無言。冷や汗の滲むような膠着状態がしばらく続いている。
気まずい。正直逃げ出したい。
そんな思いがこみ上げてくるが、それじゃあ何しに来たのか分からない。ならいっそ、機嫌が直るまでそっとしておこうかとも思ったが、多分ほっといたら彼女はずっとこのままだろう。それはまずい。となると結局俺が動くしかない。思い切って不機嫌の理由を聞いてみるべきなのか。
でもなぁ、変な地雷踏みそうで嫌だなぁ……
気分はまったくもって乗らない。とはいえ、このままでは埒が明かない。意図せずして背水の陣を敷いてしまった形だ。いや、前門の虎後門の狼の方が状況としては近いか? どっちもなんか違う気がするが、まあ今はそんなことどうでもいい。ここは意を決して……
「えっと、なんでそんなに怒っていらっしゃるのですか……」
「別に……」
「ええ……」
撃沈。
月詠はこちらを一瞥することすらしてくれない。決死の覚悟は水泡に帰した。しかし、記憶をたどってみてもやっぱり何かをした覚えはない。そうなるといよいよ手詰まりだ。わが軍は前から迫る虎にやられて総崩れ、撤退も出来ず水際で狼に襲われている。まさに絶体絶命。
どういうことだってばよ……なんで怒ってるのこの子? いや、マジでそろそろホントに空気がヤバいんだけど! 誰か! ヘルプミー!!
……と、助けを願ってみたが誰も来ない。そりゃそうだ。結局俺は、冷や汗を流して引きつった笑みを浮かべるほかどうしようもない。一方の月詠さんはというと、真っ黒な窓の向こうを漫然と眺めている。
その時、不意に窓に映る彼女の眼が一瞬だけでこちらを見たような気がした。
「――」
「えっ? なん」
「うっさい! バカ! アホ! 鳥頭!!」
「は!? え!? ホントにどういう――」
ただ聞き返しただけなのに、月の女神は顔を真っ赤にして小学生レベルの罵詈雑言を並べる。そして勢いそのまま、四畳半の独房から俺を追放した。
▼△▼
「……またかよ」
うっすら開いた瞼に、朝日が差し込んでくる。一昨日と同じだ。気付いたら時間飛んでるし、神社もどっかいってる。妙に簡単にまた会えたと思ったらこの仕打ちだ。女神サマは意地でも俺に風邪を引かせたいらしい。結局お礼の一つも言えなかった。まあ、いすゞ餅は置いてきたしそれで許してもらうか。
あれ、そういや今回は言うほど寒くない。というか、この感触には覚えが……
「あ」
目の前……というか上にうたた寝している仁王丸の顔がある。つまり、いつぞやの膝枕だ。つい昨日までのことを考えるとちょっと俄かには信じがたい状況。そもそも、なんで膝枕なのかという疑問が浮かばないでもない。
でも、妙に安心する。ちゃんと仲直りできたんだ、そういう実感がこみ上げてくる距離感。そうして仁王丸の顔を見つめていると、ふと彼女が目を覚ました。
「おはよ」
「お、おはよう、ございます……」
ただ声を掛けただけなのに、仁王丸はどこか気恥ずかしそうに目を逸らしながらたどたどしく答える。そして、遠慮がちに目だけをこっちに向けて少し疲れたような顔をした。
「……探したんですよ?」
「悪いな。でも、昨日の俺に比べたら大したことないだろ?」
「それは…………申し訳ありません」
物凄く気まずそうに、そして、悲しそうな目を浮かべる彼女。しまった。どう考えても余計なこと言ってしまった。頬を冷や汗が伝う。俺はそれを拭いながら、なんとか言葉を繕おうと試みた。
「あー、いや、えっと、そういうつもりじゃなくて、その、なんか、俺こそごめん! てか、元はと言えば悪かったのは俺だし」
「ですが、私は」
「じゃ、じゃあ! この件はこれでおあいこってことにしとこう。それにほら、みんなだって元気にしてるし」
苦し紛れに向こうの大通りを指さしてそう言ってみる。
そうだ。昨日までと何も変わらない。昨夜のことがまるで嘘だったみたいに活気にあふれている。誰も死んでないし、怪我もしていない。内宮は吹っ飛んだけど、それは経基のせいだ。
結局のところ、仁王丸がこの町の人たちから奪ったものなんて一つもない。彼女のミスは全部リカバーできたのだ。
「だからさ、お前が気に病むことなんて何もない。お前が間違ったのは手を取る相手だけだよ。やろうとしたこと、そして、お前が大事にしたいことは何も間違っちゃいない。そうだろ?」
俺は仁王丸の目を見て、確かめるように問いかける。
彼女がこれまで背負ってきたものを考えれば、俺は彼女を責めることなんて出来ないし、そんな資格なんてあるはずがない。だから、俺は彼女を肯定することにした。別に慰めようとか励まそうとか、そういうのだけじゃない。これは、俺の本心だ。本心から、俺は彼女を肯定したい。
しかし、彼女の表情は晴れない。そして、力なくぽつりと零した。
「……私は、空っぽです」
「え?」
「私には、自分が無いんです。私が、自分の意志でやろうとしたことなんて何もない。父の遺志を継ぐ、ただそれだけを念じて過ごした十年で、私は『佐伯の若君』を演じる以外の在り方が分からなくなってしまった」
苦し気な表情で、震えそうになる声を抑えて告げる仁王丸。ふいに溢れだした、彼女の不安、困惑、苦悩。
「でも私はこの旅で、悠天様や貴方のような在り方を、少し羨ましいと思ってしまったのです。そんな迷いの中で、私は判断を誤った。ですが『佐伯の若君』という役を失えば、私は何者でもなくなる。私は過去にしがみ付くことでしか、自分を繕うことが出来ない……でも貴方は、過去に囚われず自由に生きろと仰った」
そして、仁王丸は縋るような目をして俺の顔を見た。
「私は、これからどうすればいいのですか?」
彼女の心の底からの、縋るような問い。俺は少し、言葉に詰まってしまう。
――どうすればいい……か
正直、俺なんかが彼女にとやかく言える資格なんてないだろう。こんな世間知らずの若造が偉そうに講釈を垂れようなんておこがましいとも思う。それゆえ、俺はそう容易く口を開けない。
でも、彼女の不安、それは、意外とみんな同じように持っているものなのかもしれないな、とふと思った。
きっと彼女だけじゃない。みんな、俺だって、いつも何かを演じている。誰かが望んだ「何者か」であろうと、あるのかないのかすら分からない「本当の自分」とやらを押し殺して、望まれた「何者か」を演じている。
――自分がない……か
そもそも、「これが本当の自分だ」と自信を持って言える自分がある人なんて、あんまりいやしないだろう。普通の殆どのか弱い人間は、常に他人の目が気になって仕方ない。気になって仕方ないし、知らず知らずのうちに影響を受けて、その気は無くても自分を周りに合わせてしまう。演じるまでもなく、気付けば「自分」は他人の望んだものになっていく。
そう考えると「自分」なんて、所詮は他者との関係性の中で決定される浮動的で相対的なものなのだろうか。「本当の自分」なんてものも、幻想の産物なのかもしれないと思えてくる。
特に、仁王丸は父という身近な他者の望みを強く意識して生きてきたんだ。「本当の自分」が分からなくなるなんて当然のことだろう。そんな彼女が自分を空っぽだと卑下するのも仕方がないことかもしれない。
でも、本当にそうか?
彼女に、「本当の自分」と言えるようなものはないのか?
「そんなことはないだろ」
「え……?」
「こうして思い悩める、そんな人間らしい人間が、空っぽなはずがないだろ? 生真面目で、ちょっとSっ気があって、でも世話焼きで根は優しい。そのくせ意外と頑固で困ったちゃん……お前はきっちり個性的で、自分の考え、そして、価値観を持ってるじゃないか。仮に仁王丸が『佐伯の若君』でなかったとしても、お前がお前でなくなるなんてあり得ない。お前が何者であろうと、仁王丸は仁王丸だ」
我ながら「何を偉そうに」と思う。でも本心だ。
最初に俺を助けてくれたのは、『佐伯の若君』としての役目だけだったのかもしれない。だけど、高階邸で時折見せた表情や、この旅での彼女のお人よし具合はそれだけでは言い表せない。
あの戦いのときだって、彼女はいつでも俺を殺せたはずだった。なのに、彼女は一度も致命傷となりうる攻撃を当てようとしなかった。こんなヘタレで頼りない俺にすら、なんだかんだ情をかけてしまうような心優しい少女。それが、仁王丸だ。
彼女は空っぽじゃないし、しっかり「自分」がある。少なくとも俺にはそう思える。
「……そうなのでしょうか」
「そうさ。そもそも、そんなに気負わなくたって良い。どうもしなくたっていいさ。別に何者かになる必要なんてないんだよ。生きたいように生きて良い。みんなそうだし、俺だってそうだ。お前もそれで良いんだよ」
不安そうな彼女に、少々大げさにそう告げ、わざとらしく笑みを浮かべてみる。
しかし、仁王丸の表情は晴れない。
「ですが、何者でもない私なんて、きっと誰も必要としてはくれない。父上の願いを叶えられない私に意味なんて無い……」
うなだれたまま、力なく呟く彼女。
そして、一つ腑に落ちる。
そうか、彼女の不安の根源はそこだったのか。
望まれた「何者か」になろうとし過ぎたあまり、己の存在意義を内に見出そうと出来ない。父が残した使命だけが、彼女に残された唯一の生き方、存在意義だと盲信している。
だからこそ、彼女は過去に固執する。純粋な復讐心や使命感以上に、そうあることで得られる他者からの承認でしか自分を維持できない、という精神状態がそうさせるのだろう。俺や悠さんが感じた危うさの正体はこれか。
まあ、他者といっても仁王丸の父さん、犬麻呂、師忠さんあたりだろう。でも、彼らが仁王丸にそんなプレッシャーを掛けてきたとは考えにくい。結局は、彼女が自分に課した呪いのようなものなんだろうな。
でも、この呪いは解かなくちゃならない。これを解かない限り、仁王丸は新たな一歩を踏み出せない。だから、俺は何度でも、繰り返し口を開く。
「そんなに卑屈にならなくてもいいさ。お前でそれなら、俺なんてミジンコレベルの存在意義しかなくなっちゃうじゃんか」
「でも、貴方は再臨の神子で……」
「そんなの名ばかりさ。結局は、自分の存在意義なんて自分で決めるものなんだよ。他人がどうとか、そんなの知ったことじゃない。自分の歩く道は、自分で決めていいんだ」
「そう……なのですか? 本当に、良いのでしょうか」
「ああ。少なくとも、俺はそう思うよ」
自信なさげに、そして不安げに聞き返す仁王丸を見て、俺は軽く目を閉じそう答えた。
これまでも思っていたが、彼女の思考回路はあまりに他人本位過ぎるのだ。「自分のため」という意識が足りない。いや、本当はあるはずのなのに自分で抑圧している。息を吸うような滅私奉公。それが、父の示した指針を守るために彼女が選んだ在り方。
でも、そんなのあんまりだ。なにも、己を殺してしまうことはないじゃないか。
「だから、お前はもっと自分勝手になれ。『誰かのため』だけじゃなくて、『自分のため』も大事なんだ。お前は自由に生きて良いんだよ」
「自由に……?」
「そうさ」
彼女の言葉を首肯し、少し笑みを浮かべてみる。
うつむいた彼女の目が、僅かにこちらを向いた。
「ですが、私には『自分』が……」
「分からないって言っても、好き嫌い、楽しい楽しくないくらいはあるだろ?」
はっとしたような表情を浮かべる仁王丸。きっと、これまでそんな考え方をしたことがなかったのだろう。良くも悪くも、彼女は生真面目すぎるんだ。
「仁王丸は難しく考えすぎなのさ。行動の理由なんてそんくらい雑でいいんだよ」
「でも、そんな私じゃ誰も」
「俺はお前を必要としてるぜ」
考えるより先に言葉が口をついて出る。虚を突かれ、声を漏らして顔を上げる仁王丸。そんな彼女を真っ直ぐ見据え、俺は自分を指さしてみた。
「一人はいるんだよ。別に過去に囚われずとも、お前にいて欲しいと思う奴が。それに、家に帰れば多分あと二人はいるんだ。何者でもない無印の仁王丸だって、大事な存在だよ」
「……私が……本当に?」
「ああ。嘘なんてつくもんか。怖がることなんてない。好きにやろうぜ? お前の人生の主役はお前なんだから」
「……主役?」
「そうさ!」
手を広げて、全身で彼女の言葉を肯定する。仁王丸は震える口を真一文字に結んで、必死に感情を抑えているようだ。でも、もう抑えなくていい。ありのままでいてもいいんだよ。何者でもなくたっていいんだ。お前を縛っていいものなんて何もない。俺は親指を立て、ニコリと歯を見せ笑って見せた。
今の俺が出来るのは、このくらいしかない。悔しいけど、彼女の背負った宿命を代わりに背負ってやることなんて出来やしない。でも、一緒に歩くことくらいは出来る。そんな中で俺は、仁王丸の笑う姿がもっと見たい。彼女に、心置きなく笑ってほしい。
それは簡単な道ではないのかもしれない。だが、だからといって諦めるつもりはない。そんな願いを込めて、俺は拙い言葉を紡ぐ。仁王丸を縛る枷が、一つでも多く外れるように言葉を絞り出す。
その言葉は、彼女に届いたのだろうか。
「……は、はい……えと、その……」
仁王丸は、震える声でたどたどしく言葉をこぼした。彼女は自分の髪を弄りながら、言葉を選ぶように目を逸らす。その目の端から、ふと一筋の光がこぼれた。その時初めて、彼女は自分が涙を流していることに気付く。
人前で感情を露にすることを避けてきた彼女は困惑し、必死に涙をこらえるがそれはとどまることを知らず流れ続ける。掌で顔を覆い、嗚咽を抑えようとしても、その隙間からこぼれていく。
「……あ、あれ? え……す、すみません」
「いいさ。ここでくらい、自分を抑えなくたっても。泣きたいときは泣けばいい。笑いたいときは笑えばいい。そういう積み重ねが、きっと『自分』を作っていくんだよ」
そんな言葉に、仁王丸は涙を流したまま、自信なさげに口を開く。
「……今からでも……こんな私でも良いのでしょうか」
「ああ。いつからだって良い。そんなお前だからこそ良いんだ。だから、ゆっくりでいい。もっと自分に素直になろうぜ」
「……でも、貴方にご迷惑を掛けてしまうかもしれません」
「別に構わないさ。お前の10年分のワガママで、いくらでも振り回してくれよ。そんくらいお安い御用さ」
どうせ俺も好き勝手やることになるだろうし、お互い様だ。行き当たりばったりで、落ち着かない日々。そんな日々の中に、仁王丸も立っている。きっと、楽しいだろうな。
「……っ」
暗い過去より、明るい未来を考えよう。どうせ、俺たちは前に進むしかないんだから。
「だからさ、精一杯好きに生きようぜ、仁王丸!」
「……ええ、自分の……好きなように」
「それでいい。お供するよ」
親指を立てて笑ってみせると、仁王丸も微笑みを浮かべた。そんな彼女の頭にそっと手を置く。すると、濃紺の瞳が再び潤み、一筋の涙が彼女の頬を伝った。でも、今度は抑えようとしない。ただ、流れるままに涙は止めどなく頬を濡らす。
人気のない神社の跡地。遠くに朝の喧騒が響く中、俺は仁王丸が泣き止むまで彼女の頭を撫で続けていた。
▼△▼
神域都市の境界、豊宮川に架かる橋。
緑髪の巫女は、潮風に吹かれながら頬杖をついていた。
朝廷より受けた命を一応は遂行した彼女であるが、その表情はすぐれない。
それもそうだろう。「形代」とはいえ八咫鏡を喪失したのだ。最低ラインは果たしたが、これでは勝利とは言えない。ひいき目に見て引き分けと言ったところだ。
とは言ったが、別に彼女はそんなことを気にしてはいない。ただ、少し昔のことを思い返して不思議な気分になっていただけだ。
「……くどいぞ、大徳」
揺れる水面、渦に引き込まれて揉まれる木の葉。悠天は、ぼんやりとした目でぽつりと呟いた。
「よう、姉ちゃん、何しんみりした顔してんだい」
派手な装いの立て烏帽子の女、鈴鹿が珍しいものでも見るような表情でそこに立っている。悠天は面倒くさそうな表情を浮かべて顔を向けた。
「女よ……今回、其方は何か仕事を果たしたのか?」
「ほえぇっ!?」
突然話を変えられた鈴鹿は、意表を突かれて頓狂な声を上げる。
確かに今回、彼女は何も出来ていない。海人に向かって大口を叩いたのはいいが、結局のところ猿田彦の術に見事にはまって道に迷っていただけだ。
「ってちょっと待て! 俺は別にお前らの従者じゃねえし、そんな義理ねぇだろ!」
「知らん。我の前に現れた神羅万象は我の為にあるのだ。我に利を為さぬものに価値は無い」
「メチャクチャじゃねぇか……てか、それならその辺の通行人とかはどうなんだよ!?」
顔を真っ赤にして言い返す鈴鹿。悠天は、頬杖をついたままぼんやりと空を眺めた。
「…………それっぽい雰囲気役?」
「なんだよそれ!」
アホみたいな悠天の返答に鈴鹿は絶叫を上げる。しかし、悠天は呆れのこもった表情でため息をついた。どう考えても正論を言っているのは鈴鹿の方だが、彼女一人で悠天を相手にするのは少し厳しいところがある。結局彼女は言いくるめられ、納得いかない表情を浮かべることしか出来ない。
「釈然としねぇ……」
「そんなもんさ、人生なんて」
「!?」
突然の声に鈴鹿は勢いよく振り返る。
そこには、知ったような薄っぺらいセリフを吐きつつ、ひらひらと手を振る海人が立っていた。驚きっぱなしで息切れ気味の鈴鹿を尻目に、彼は悠天の方を見る。彼女は海人の顔を一瞥すると、その後ろの少女を気だるそうな目で見やった。
「随分しおらしくなったな? 気味が悪い」
「し、辛辣ですね……」
いきなりの暴言に苦笑を浮かべる仁王丸。しかし、すぐさま気を取り直して表情を整える。怪訝な表情を浮かべる悠天に、仁王丸はニコリと笑みを向けた。
「ですが、何か問題でも?」
「いや、構わぬ」
そう言うと、悠天は再び水面に目を向けた。そして、薄く笑みを浮かべて口を開く。
「それで良いのだ」
聞こえるか、聞こえないかほどの小さな声。独り言のような彼女の一言の意味を十分に理解できるのは、おそらく悠天と仁王丸しかいないだろう。ある意味、彼女たちの確執が解けた瞬間であった。
▼△▼
海人の時計で現在9時半。日は高く昇ってしまっていた。人の往来も増え始めている。
さて、伊勢の町では一昨日の晩のこと、そして、吹き飛んだ皇大神宮の本殿の話題で持ち切りだった。ただ、町の衆は陽成院の皇子のことなど何も知らない。故に、自然災害だの、神の祟りだの、豊受神宮と皇大神宮の内輪揉めだの様々な憶測が流れていた。
当然、陽成院派もその事態を把握していることだろう。近いうちに手勢を差し向けることは海人たちにも予期出来ていた。荷物はもう既にまとまっている。
「にしても濃い三日だったな」
「ああ、退屈せんで済んだ」
いつも通りの余裕の表情でそう言い放つ悠天。残りの皆みなは若干引きつつ、ため息をつく。「このじゃじゃ馬姫は……」という言葉を心中で噛み殺しながら、海人は口を開いた。
「まあ、何はともあれこれで大団円。みんな無事で良かった。悠さんも、仁王丸も、鈴鹿たちも」
周りを見渡し、しみじみと言葉を放つ。そして、一つ手を叩いた。
「さあ、帰ろうか。みんな待ってるぜ」
京から伊勢まで、歩きっぱなしの強行日程。そして神器を巡った皇子との死闘。出会いと別れ、そして、成長と進化。悲喜こもごもの思いを交えた長い長い七日間の旅を終え、海人たち一行は帰路に就いた。
これにて第二章完結です!長かった……




