第55話:激戦の幕引きは夜明けとともに
「……民を軽んじ、命を弄んだ報いか」
痛まし気な目をして、悠天は息絶えた清棟を見る。
海人、そして仁王丸も、戦いの衝撃的な幕引きにただ沈痛な面持ちで立っていることしか出来なかった。
「さて――」
しかし、まだ終わってなどいない。
清棟に止めを刺した「彼」がいる。
「……其方は何をしにここへやって来た」
矛を構え、警戒心を最大にして蒼天を睨む悠天。
当然だ。
自分があれだけ苦戦した清棟を、たった一撃で戦闘不能に追い込んだ怪物。
今の自分たちでは足止めすらままならないであろう程の絶対的強者。
気を抜ける要素はどこにもない。
海人たちも身構える。
「何をしに、か」
蒼天はゆっくりと身体を彼女たちの方に向け、憂鬱そうな表情を見せた。
彼は自然体で立っている。だが、その並々ならぬオーラ、そして凄まじい神気に一同は気押された。
「こ、答えなさい!」
身体の震えを抑えつつも敵意を露にする仁王丸を一瞥し、蒼天はため息をつく。
そして、剣を握った右手をおもむろに掲げた。
再び走る緊張。
「――っ!! もっ、もしこの人たちに手出しするなら、私は命を賭して」
「そのつもりだったが、やめておく」
蒼天は掲げた手を下げ、そのまま納刀した。
「えっ……」
「貴様たちは、見事にこの町を、民を守って見せた。これを称して、私は君たちを見逃そう」
へたり込む仁王丸、唖然とする海人と悠天。
そんな彼らを尻目に、蒼天は静かに言い放つ。
まるで自分が裁定者であるとでも言わんばかりの態度だ。
「陽成院の皇子のくせに、随分と殊勝じゃな」
悠天はそんな彼を鼻で笑い、琥珀のような双眸で睨みつける。蒼天は相変わらず面倒くさそうな目をしたまま暫し黙り込み、ため息をついて天を仰いだ。
「勘違いしないで貰いたい。義に則り、いらぬ殺生を避けたまでだ。平安を望むのは私とて変わらぬ」
「平安? ふざけたことを。人の命を、誇りを何とも思わぬ男の同輩がどの口で言うか……!!」
「……謗りは甘んじて受けよう」
悠天の詰問に蒼天は瞑目する。
そして、暫しの沈黙の後、再び目を薄く開いて彼女たちを見た。
「だが、許しを乞うつもりはない」
「――え」
「憎ければ私を殺しに来るが良い。我が正義のため全力を以て討ち滅ぼしてみせよう。地獄に堕ちる覚悟なぞ、とうに出来ている」
「な……」
堂々と告げる蒼天に言葉を失う悠天と仁王丸。
罪の許しを乞うた清棟。
罪を全てを背負うと言った経基。
彼の在り方は、清棟とは正反対だった。
「この世は所詮、永遠に釣り合わぬ天秤なのだ。何かを望めば、何かを取り溢す。皆が幸せになぞ、到底無理な話だ。なら、誰がそれを手にするかはこの手で選ばせてもらう。その罪は、事が為されたのち全て引き受けよう」
蒼天は、天を仰いだまま諦めたような声でそう語る。それは、彼が歩んできた人生の中で得た一つの結論、そして覚悟であった。
これは当然の帰結だ、異論は認めない――そうとでも言いたげな雰囲気を纏う蒼天に、悠天と仁王丸は息を呑む。
だが、海人は彼を睨みつけて口を開いた。
「傲慢だな」
「……何?」
「アンタの考えは間違ってるって言ってんだよ!!」
蒼天の鋭い眼光が海人を刺す。だが、海人は怯まず前に出た。
「皆が幸せになれる未来はきっとある。俺たちが悩み、歯を食いしばって、追い求めたその先に答えはきっとあるはずだ。人間が起こした問題が、人間に解けないはずはない!! それを端から無理だと決めつけて諦めるなんて、傲慢もいいとこだぜ、蒼天!!」
海人は腰に手を当て、蒼天を指さし堂々と言い放つ。
蒼天は、海の底のように深い碧色の双眸で海人を見下した。
「現実の前に理想は無力だ」
「なら、俺がその理想を現実にしてやる。俺は『再臨の神子』海人。そのためにここに来た男だ!!」
海人の名乗りに、幾許かの驚きを浮かべて蒼天は目を見開く。
「……再臨の神子……そうか、君が……」
そして、息を一つ吐き、海人の目を真正面に捉えた。
幾多の政敵をその手で屠り、その地位を独力で手に入れた執念の皇子。その瞳に捉えられたものは等しく蛇と相対した蛙のように動けなくなる。彼の絶対的な実力が、生物としての格の差を否応なく感じさせるからだ。
だが、海人は蒼天を睨んだままそこに立っている。動けないのではない。自分の意思で、裁定者と相対しているのだ。
久しく見なかった、初対面で自分とまともに口を利ける人間。それも、明らかに貧弱で戦う力も無さそうな威厳のかけらもない少年。
蒼天は海人に幾許かの興味を抱きつつ、微かに笑みを浮かべる。
そして、すぐさま笑みを消して口を開いた。
「私は陽成院第六皇子、三条宮経基親王。そして、今代の『蒼天』だ」
「経基、覚えたぜ」
「また会おう。次に会った時は容赦せぬ。精々、理想と現実の狭間でもがき苦しむが良い」
そういうと、蒼天は袖を振る。
彼は清棟の遺体とともに朝日の中に消えた。
更地となった境内を清浄な風が通り抜ける。
ふいに切れた緊張。海人たちは地べたにへたり込んだ。
再び静寂が支配する境内。
ここに、一晩中続いた激戦は幕を下ろした。
「……ほ、本当に終わったんですよね?」
「多分、な。俺たちの勝ちだ。あとは――」
「……あ」
「……あ」
海人と悠天が同時に突然気の抜けた声を上げる。仁王丸は不思議そうに彼らの顔を見るが、その視線を追って同じく気の抜けた声を上げた。
「八咫の……鏡」
相次ぐトラブル、そして、清棟との戦いの中ですっかり忘れ去られていた旅の目的。
三人は蒼天の一撃で消失した伊勢の本殿跡地――本来なら神器が安置されていたその場所を見つめ、呆然とするほかなかった。




