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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第54話:哀れな男

 突如現れた圧倒的な存在感、そして、圧迫感。

「彼」は衝撃とともに神域へと降り立った。


「あの人は……!!」


 海人に走る衝撃。

 今目の前にいる彼は、かつて平安京で彼を助けた青年だ。


 だがその青年が放つ圧は、清棟のそれを遥かに凌いでいる。

 まさに、絶対的存在。


「これは借りか」


 彼は、能面のように冷たい表情のまま海人たちを一瞥し、そう呟く。

 そして、表情を変えずに清棟を正面に捉えた。


「仮にも神武の血を引く者がそれとは、落ちぶれたな兄上」


「経基ォォォッ!!!!」


 清棟は神気をかき集め、術式を同時展開、神裔の残滓を以て青年に手を振るう。

 ただ、残滓と言っても最高神の力の片鱗。


「まだこれだけの力が……!?」


 強大な神気の齎す異様な感覚。

 意表を突かれた海人たちには対処不能な高次術式だ。


 しかし――


「自惚れるな三下」


 凍えるような、刺すような冷たい一言。

 経基は、半狂乱になる清棟に心の底から見下すような表情を向け、剣を抜く。


 そして――


「契神「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」神器『天叢(あめのむら)雲剣(くものつるぎ)』」


 彼は何の躊躇いもなくその力を清棟に向けた。


「――っ!?」


 青白い閃光が、夜明けの境内を包む。

 清棟のような、紛い物の中途半端な力ではない。

 純然たる神威が再び冒涜者に鉄槌を下す。


 五感が根こそぎ奪われ、天地の別が消失するような感覚を周囲に齎しながら、青年は三種の神器の力を遺憾なく発揮した。


「……な!?」


 海人と仁王丸は、想像を絶する光景に開いた口が塞がらない。

 神子である悠天ですら驚きを隠せない。

 射線上の伊勢神域林は消し飛び、地形が変わってしまっている。


 先ほどの一撃と合わせて、皇大神宮の境内は殆ど更地になってしまった。


 ――これは……まさか?


 海人にはこの威力に見覚えがあった。


 先日平安宮を穿った一閃。

 それと同等の一撃が今、目の前で放たれたのだ。


 なら、この青年の正体は自ずと定まる。


「蒼天の……神子!?」


 目を見開いて、海人は青年を見た。

 眼前の青年――「蒼天」経基親王は、無言で自らの放った斬撃の先を見つめている。


 海人が大きな代償を払い、ようやく無効化出来た一撃。

 そんなものを受けて耐えられるものなど――


「……ん?」


 土煙の中に蠢く影が一つ。


「蒼天……忌まわしき弟宮……」


 何という悪運、何という生命力。清棟は、蒼天の一撃に辛うじて耐えた。


 だが、耐えたと言っても衣はズタズタ、身体中に傷を負い、歩くことすらままならない。ただ、手足をもがれた虫けらのように地を這うだけだ。

 しかし、そうなっても彼は憎悪の籠った目で蒼天を睨んでいる。


「おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれェェェッ!!!!」


 唾を飛ばしながら、血だらけの手を彼へと伸ばす。


 自分を踏み落とし、前途を約束された地位に就いた憎き弟。

 自分のプライドを捨ててまで綿密に練った策を打ち破った悠天と再臨。

 さらに、自分を裏切った仁王丸。助けに来ない猿田彦。


 そして、自分をこんな状況に追いやった世界の不条理。


 その全てを憎み、呪いを込めて彼は身体を引き摺る。

 そこにかつての貴人はおらず、ただ、哀れな男が独りいるだけであった。


 しかし、彼はまだ諦めない。


 なぜなら、神裔の術式はまだ生きている。

 伊勢の神気の大部分と民との接続は失われたが、それでも彼は神武の係累。

 主宰神の力は、彼の命を代償に引き出すことが出来るのだ。


 ――せめて、目の前にいる彼らだけでも道連れに。


 清棟は執念で神気を練り、術式を構築しようとする。

 その時だった。


「――……ッ!?」


 突如構築中の術式が崩壊する。


『見苦しいよ。君の出番はもう終わりだ』


 突然、清棟だけに響いた少女の声。

 しかし彼がその声を聴くのは初めてではない。


 清棟は、その顔に絶望を宿して膝をついた。


「何故だ……何故だ何故だ何故だ!!」


 清棟に天啓を与え、猿田彦を遣わした不明の存在。

 そして、彼を神裔にすると告げた張本人。


 その「彼女」が、たった今清棟に引導を引き渡した。


「主宰神は、私をお見捨てになるのかぁ!!!!」


 その言葉の直後、彼が練った神気がにわかに解け、神裔の術式まで崩壊した。

 だが、それだけでは留まらない。


「ひぃッ!!」


 清棟の神気が、指の間をすり抜ける砂のように零れていく。

 彼は命が流れ出ていく感覚に身を震わせながら、抑えようのない脱力感に地に伏した。


「い……嫌だぁ!」


 声を振りしぼり、焦点の定まらない翡翠の双眸で昇る朝日を睨む清棟。

 しかし、神気の漏出は止まらない。


「死にたく……な……い」


 そんな彼を、海人たちは理解できないものでも見るかのような目で見つめている。

 ただ、蒼天だけが悲し気な目を浮かべて清棟の前に立っていた。


「経……基」


 清棟は彼に手を伸ばす。

 恨みを晴らそうとしてか、それとも血を分けた兄弟に助けを求めてかは定かではない。


 しかし、蒼天は清棟の手を取ることも、払うこともしなかった。

 ただ、光の消えた目で彼を見下している。


「……ぁ」


「哀れな男よ」


 それが、清棟が最期に聞いた言葉だった。


 陽成院の後継者に一度は指名された皇子。

 そして、主宰神に見初められ、神裔の資格を一晩だけだが有した傑物。

 そんな人物のものにしては、あまりに呆気無さ過ぎる結末。


 朝日の昇る伊勢の境内で、清棟は静かに息絶えた。

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