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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第48話:幽世、少女が独り

「……ぁ、はぁ……ぐ……」


 どことも知れぬ闇夜の神社。

 その本殿に、少女は縛り付けられていた。


 彼女に外の状況は分からない。

 だが、推測は出来た。


 人を口先で騙し、その誇りを蹂躙するような男が絶対的な力を手にしたら何が起こるか。

 そんなこと、考えるまでもなかった。


 佐伯の術式、それだけが清棟の狙いだった。

 彼女が、彼にまんまと嵌められたと気付いた時には、全て手遅れだった。


「……ざまあないですね」


 少女は自嘲し、乾いた笑みを浮かべる。

 しかし、その声は誰にも届かない。


 導きの神が生み出した、永遠の袋小路。

 その最奥部に、たどり着ける者など誰もいない。


 彼女は孤独に、ただ己の未熟を、愚かさを呪った。


 ――私は、犬麻呂の、そして師忠様の期待を裏切った。


 彼らは、海人の護衛として少女を差し向けた。

 にもかかわらず、彼女は海人のもとを離れ、あろうことか陽成院の皇子についてしまった。

 その上使い捨てにされてしまったのだからどうしようもない。


 一時の気の迷いが、と言ってしまうには大きすぎる失態。

 彼女は、取り返しのつかない過ちを犯した。


 波を打つように繰り返し迫る自責の念。

 うつろな目をしてうなだれる少女。


 そんな少女の脳裏にふと、かの少年の顔が浮かんだ。


 思えば、彼女は別に海人を憎んでいるわけではない。

 ただ、不甲斐ない彼に失望し、見放そうとしただけ――


 ――いや、違う。


 苦しげな表情を浮かべて少女は首を振る。


 ――私はただ、あの人が嫌いなだけだった。気に入らなかった。


 何のしがらみもなく、気丈にふるまう少年。

 いきなり慣れない土地での生活を強いられても、そして自分が弱い存在だと自覚していてもなお、他者に手を差し伸べようとするお人よし。


 ――違うか。私は、あの人がうらやましかったのか。


 過去に囚われ、自由に生きることを許せなかった彼女にとって、彼はある意味自分が望む生き方をしていたのだ。


 同時に、彼のようになれないもどかしさ、そして、彼に対する嫉妬にも近い感情が彼女を支配していった。それが無意識のうちに蓄積した結果が、昨夜の結果と言うわけだ。


「情けない」


 結局、もとを糺せば彼女のエゴが今の事態を招いたのだ。

 自業自得では済まされない。

 しかし、彼女にはどうすることも出来なかった。


 そんな時だった。


『結局、君はどうなりたかったのさ?』


 突如彼女の頭に響いた少女の声。


「……誰!?」


 気付くと、仁王丸は見知らぬ部屋の中にいた。

 そして、見慣れない装いの少女が、腕を組んだまま宵闇のような目をして見下している。


「君がカイトや天野たちを裏切って、この町の人たちを大勢死に追いやってまでしたかったことは何?」


「……っ!」


 決して、責めるような強い口調ではない。

 淡々と、静かに問いただすような口調だ。

 それが却って、仁王丸の罪悪感を刺激した。


「それは……」


 彼女は、沈痛な面持ちを浮かべて黙りこむ。

 答えが無いわけではない。

 しかし、その答えを口に出すことは出来なかった。


「……やっぱり、アイツの娘だね」


 月詠は、仁王丸の心を見透かしたように、面倒くさそうなため息をついた。


「結局、君は自分が思うより自分勝手で幼いのさ。そして、それを認められずにいる。いや、そうあることが許されない呪いに掛かっている、といったほうがいいのかな?」


「私が……自分勝手で幼い?」


「そう。そのくせして生真面目すぎるから、現実と理想とのギャップに押しつぶされた。そんなところでアイツが余計な事したから、君は短絡的な手段に出ちゃったわけだ」


「……」


 かなり遠回しではあるが、自分の中の答えの核心を的確についた月詠の言葉。

 しかし、それは彼女の言葉の通り、仁王丸には受け入れがたい答え。

 彼女は再び黙り込む。


「けど――?」


 月詠は言葉を続けようとしたが、何かに気付いて口を噤む。


「――あたしの仕事はここまでみたいね」


 月詠は指をぱちり、と鳴らした。

 歪む視界、差し込む光。

 そして、仁王丸は放り出される。


『君がどうしたいか、どうするべきか。それは、君が決めるべきことだ。あたしもカイトも、言いたいのはそれだけだよ』


 憐れむような月詠の声が、仁王丸の頭の中で反響した。


 ▼△▼


 そこは、元の神社の境内だった。

 だが、先ほどの閉鎖空間ではない。

 間違いなく、神域都市に現実として存在する一つの座標の上にある空間。

 異様な神気に満ち、紅く染まった空の下に広がる町の一角。


 仁王丸はようやく、事態を理解する。

 彼女が発動した術式により、あの皇子は神裔の力を得た。

 その結果、悲劇が繰り広げられている。


 いくつもの神気が消えていく様子が、彼女には感じ取られた。

 今こうしている瞬間にも、この町の命が失われている。


「私のせいで……」


 自らの未熟さ故、仲間を裏切り無関係の人間を死に追いやった。

 そして、自分が守りたかった一族の誇り、父との約束も滅茶苦茶にしてしまった。

 彼女は再び、自責の念に襲われる。


「……止めなくちゃ」


 あの術式は、術者の存在が不可欠なもの。

 それはつまり、術者の生命がこの術式の核となるということだ。


 なら、術式解除のもっとも確実で迅速な方法はただ一つ。


「…………ぁ」


 気付けば、仁王丸の手足を縛っていた縄は無くなっていた。


 ――『君がどうしたいか、どうするべきか。それは、君が決めるべきことだ』――


 彼女は月詠の言葉を思い出す。

 どうすべきかは、分かり切っていた。

 この事態を収束させ、失態の責任を取らなくてはいけない彼女が出来ることなど、一つしか残されていない。


「……」


 ――自分勝手で幼い。確かに、その通りかもしれない。

 結局これまでの私の行動は、全部ただの意地だ。


 でも、そうでもしないと、私は自分の存在を肯定できなかった。

 父の言葉を守る、その意地だけが、生きる理由をなくした私を無理やり生かしていた。


 思えば父の言葉すら、自分の存在を肯定するための口実でしかなかったのかもしれない。

 その口実すら守れなかったのなら、もう私に生きている価値はないだろう。


 そんな自分の最期としては、相応しいものなのかもしれない――


 仁王丸は、深く息を吐き、刀を抜く。

 そして首筋に刀を当て、目尻に涙を浮かべた。


「父上、申し訳ありません……」


 手を引けば、全てが終わる。


 白い肌を薄く裂いた刀身に血が伝った。

 仁王丸は身体の震えを抑え、瞳を閉じる。


 そして――


「仁王丸ッ!!」


 突如飛び込んできた声に、彼女の手から刀が滑り落ちた。

 その視線の先に、見慣れた顔が一つ。


「なん……で?」

「やっと……見つけた……」


 導きの神の秘術を破って見せた『再臨』は、安堵したような顔を浮かべてそこに立っていた。

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