第45話:狂気の沙汰
――葦原千五百秋瑞穂の国は、是れ、吾が子孫の王たるべき地なり。爾るに皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ――
高天原の主宰神、天照が天孫邇邇芸命に下した神勅。
それが、天壌無窮の詔勅だ。
その内容は、皇国支配の全権委任。
すなわち、高天原からの帝としての承認である。
清棟は、「術式の範囲内において」名実ともに『神裔』としての資格を得た。
「フフフ、アハハハハハ!!!」
清棟は手を広げたまま、赤く光る空を見上げて高らかに笑う。
皇祖神の御名の下、彼の詠唱は神域都市一体に広がった。
「この宇治山田に集まる神羅万象が私の支配下にある。神宮の気脈は、全て私の力となる。そして、数万の民が、全て私の盾となり、糧となろう!! クク、ハハハハハ!!」
宇治山田に集まる六万の民全てを支配下に置き、贄の術式の対象にした清棟。
さらに彼は、神域に漂う神気を掌握し、並みの神子を上回る出力まで得た。
一変した状況。
悠天は、冷や汗を流しつつ口を開く。
「この町に人を集めたのはそういうことか……だが何故、貴様が今その術式を行使できる? ……一体、何をした!!」
声を荒げる悠天。
そして清棟は、彼女を見下すように勝ち誇ったような顔で言い放つ。
「それが、佐伯の術式だよ。彼女は、よくやってくれた」
そういうと、彼は再び高らかに笑った。
海人は、歯を食いしばり、こめかみを震わせる。
仁王丸を口車に乗せ、自分の野望の為の踏み台にした清棟。
彼は彼女の思いを踏みにじり、そして、何の罪もない人々を人質にするために悪用したのだ。
「……ざけるな」
「ふむ?」
「ふざけるなって言ってんだよ!!」
怒りに駆られ、海人は恐れも忘れて前に出た。
しかし、清棟は彼を微笑みながら見下している。
「ふふ、何を言うか。私は、あの忌むべき一族を有効活用してやったまで。何故貴様如きに責められる筋合いがある」
「この野郎っ!!」
「待てっ!!」
あわや飛び掛からんとする彼を悠天が制する。
「其方が出て何になる。ただ死ぬだけぞ」
「くっ……」
拳を握りしめ、悔しさに身を焦がす海人。
悠天は、そんな彼の肩を掴む。
「まだ間に合う。奴の術式は不完全だ」
そういうと、彼女はふいに不敵な笑みを浮かべた。
「なら、其方にはやるべきことがあろう」
「……え?」
「あの馬鹿者を探し出せ。そして、術式を解除せよ。佐伯の術式を解けば、奴は神裔の資格を失う。勝機はそこにしかない。恐らく刻限は日の出まで……それまでに成し遂げよ!!」
「……でも」
海人には、仁王丸がどこにいるかなど全く分からない。
昨日一晩掛けて見つからなかったのだ。
ノーヒントで探し出すなんて不可能に近い。
それに、彼の時計で現在1時54分。
日の出まで4時間ちょっとしかない。
「む、無理だ……」
海人は、青ざめながら立ち尽くす。
悠天は、彼の肩を揺すった。
「どうせ他に手はないのじゃ! 術式が完成すれば、我の手に負える相手ではなくなる。そうなれば、この町、いや、皇国全ての民があの男に命を握られることとなる! そうなる前に必ず成せ、行け!!」
「――っ!! 分かった、やるよ、やってやるよ!!」
「ああ行け。此奴は我が食い止める」
海人は走った。
そして、参道の闇の中に消えていく。
彼を見送って、悠天は再び不敵な笑みを浮かべた。
そして、琥珀の双眸で清棟を睨んで言い放つ。
「さあ、『神裔』と『悠天』、力比べといこうではないか」
▼△▼
宇治の町のとある酒場。
そこに、ひときわ賑やかな店が一つ。
「ガハハハッ!! 嬢ちゃん、ええ飲みっぷりやないか!!」
「ケッ、嬢ちゃんじゃねぇ、鈴鹿御前だ! ナメんなよ!?」
「そうだそうだ!!」
「親分の言う通りだ!!」
「よっ、日本一!!」
どういう流れか、鈴鹿は地元の男どもと飲み勝負をしていた。
周りの客も、鈴鹿の子分もなかなかに盛り上がっている。
「おい、次の持ってきい!!」
男が威勢よく叫ぶ。
店の人は大慌てだ。
なんせ、彼らはかなりのペースで飲み進めている。
このままでは在庫がなくなってしまいそうだ。
「へへ、にしても嬢ちゃん、あんまり見いへん顔やな。どっから来たんや?」
「鈴鹿峠だよ。お前みたいな太ったおっさんには少々厳しい難所だな!!」
「なぁにを!? 俺やって山登りの一つや二つぐらい出来らぁ!!」
「ハハ、面白いこと言うぜ。絶対無理っしょ!!」
「じゃぁ今から行くか!?」
楽し気にやいやい騒ぐ鈴鹿たち。
そんな時だった。
――!?
ふいに彼らを、何とも言えない嫌な感覚が襲う。
彼らは、誰に言われるわけでもなく店の外に飛び出した。
「なんだよ、あれ……」
鈴鹿は、眼前に広がる光景を見て茫然と立ち尽くす。
皆も同じように空を見上げて口を開けていた。
「空が……赤い?」
信じられない光景に彼女の酔いも冷める。
男も、怪訝な顔で冷や汗を流していた。
「気持ち悪ぃ……」
いや、彼が冷や汗を流したのは、そういう理由ではない。
そのまま、苦しげな表情を浮かべたまま倒れこんだ。
「ん?]
鈴鹿は、音の鳴った方を見る。
「おっさん?」
彼女は男に駆け寄り、身体を揺する。
しかし、反応は無い。
「……え? は? そんな……マジかよ!?」
彼は、呼吸をしていなかった。
脈もない。心臓も止まっていた。
彼は、息絶えていたのである。
「ひ……ひ、ひぃッ!!!!」
人々は腰を抜かし、あるいは悲鳴を上げ、そして逃げ惑った。
立て続けに起こった理解不能の事態。
彼らの心を恐怖が支配する。
その時、鈴鹿の目に見覚えある少年が映った。
「――!!」
「鈴鹿っ!! 頼む、力を貸してくれ!!」
海人は、息を切らしてへたり込む。
彼の様子は尋常ではない。
「ど、どうした! てか、なんだあの空はッ!!」
「ハァ……ハァ……あ、あれは……?」
そこまで言いかけて、海人は目の前に人が倒れていることに気付く。
「……彼は!?」
「そいつか? さっき死んだよ。それも、突然な」
鈴鹿は苦い表情でそう言い放つ。
しかし、それを聞いた海人の衝撃は彼女の比ではなかった。
彼は目を見開いたまま固まる。
「――どうした……?」
「……ろ」
「は?」
「今すぐ、この町から逃げろっ!!」
半狂乱になって彼は叫ぶ。
清棟の術式の犠牲者、それを目の当たりにして、彼は平常心ではいられなかった。
だが、唐突にそんなことを言われた鈴鹿たちは、全く意味が分からず困惑する。
「おい、なんだよ急に? 一体どういう意味だ?」
「説明している暇はない!! とにかく、早く町を出ないと皆あの人みたいになるぞ!!」
「――!!」
俄かに群衆がどよめき立つ。
そして、海人は再び叫んだ。
「この町全部が術式範囲だ!! 死にたくなければ早く逃げろ!!」
人々は、彼の必死の形相、そして、立て続けに起こった怪事に、着の身着のままで走り出した。
だが、鈴鹿は納得がいっていない。
「説明しろ。お前はあの空が何か知ってるんだな?」
彼女の問いに、海人は首肯する。
「……ああ、知ってる。あれは、天照大神の術式だ」
「天照大神の術式ぃ?」
「そう。この町全部があのイカレ皇子の支配下だ。気脈も、そして、人の命も!」
海人は大地を殴りつける。
そして、息絶えた男を無念そうな目で見つめた。
「悠さんが今アイツを足止めしてくれてる。その隙に、みんな逃げないと……!」
「……そういや、お前はなんでここにいんだ? お前も神子だろ? 何で戦わないんだ?」
その問いに、海人ははっとする。
――そうだ、取り乱してる場合じゃない。
そして、自分がここに来た意味を思い出した。
「……仁王丸を、探さないと」
そんな呟きに、鈴鹿は怪訝そうに眉を吊り上げて、
「あの女を? なんでだ?」
「アイツがイカレ皇子の術式の一部を作ってるからだ!! 仁王丸を見つけないと、あの男は倒せない!」
「……なんであの女が絡んでるんだよ?」
「細かい話は後だ。でも俺一人じゃ探しようがない。お前たちにも手伝ってほしいんだ!!」
だが、鈴鹿たちは露骨に嫌そうな顔をした。
「つまり、お前は俺たちにこの町に留まれと言ってるんだな?」
鈴鹿の、刺すような視線。
そして、彼は今更自分の言っていることの意味に気付く。
海人は、何も言えずに黙り込んだ。
そうだ。
いまこの町は、清棟の支配下にある。
つまり、さっきの男のようにいつ命が奪われるか分からない状況だ。
そんな状況で仁王丸捜索を手伝えと言うのは、命を捧げろと言っているのに等しい。
鈴鹿は、海人を睨みつけながら口を開いた。
「で、それは俺たちに何の得があんだよ」
「得って、そんなこと言ってる場合か? この国の未来が掛ってるんだぞ!?」
だが、彼女はそんな海人の言葉を一笑に付し、
「お前、流石に俺をナメすぎだぜ? 俺に皇国の未来なんてどうでもいい。自分の命に比べりゃ、大した価値はねぇよ」
そう、嘲るように言い捨てた。
彼女は彼を見下したまま続ける。
「俺たちの力が借りたきゃ、費用に見合う対価を提示しな。それが無理なら、誠意を見せてもらわにゃなぁ」
「……ぅ」
海人は、言葉に詰まった。
鈴鹿の言葉は正論だ。
なんせ、彼女たちを命の危機に晒そうとしているのだ。
生半可な理由では動いてくれない。
だが、彼に与えられる対価などない。
故に、海人はどうすれば良いのか分からなかった。
そんな海人を見て、鈴鹿は苛立たし気に舌打ちをする。そして――
「じゃあ言い方を変えてやる。お前は、なんでアイツを探したいんだ?」
「え?」
「え? じゃねえよ。なんだ、答えろ」
彼女は、海人を睨んだままだ。
海人は、暫しうつむく。
――俺がアイツを……仁王丸を探したい理由? それは、清棟を……
そこまで考えて、彼は首を振った。
――いや、違う! そんなの、本当はどうだって良い! 別にこの国の支配者が誰かなんて、正直興味は無いんだ。そう、俺はただ……
海人は拳を握り、表情を引き締める
鈴鹿の目を真正面に見て立ち上がって言い放った。
「俺は、仁王丸に謝りたい。そして、アイツを助けたいんだ!」
鈴鹿は、瞑目する。
「で? 他に言うことは?」
彼女は、海人を睨みつけたまま腕を組んで立っている。
海人は、息を呑んだ。
そして、頭を下げる。
「だから、力を貸して……下さい。どうか、どうかお願いします!」
皇国の神子が、一介の盗賊に首を垂れる、有史以来初めてといってもいい光景。
だが、今彼に出来るのは、それだけだった。
鈴鹿は、頭を掻きながらため息をつく。
「……チッ、神子サマに頭下げられちゃぁ断るわけにはいかねぇよな」
そして、彼女は子分たちを見渡す。
彼らも、手を広げて呆れたような態度を見せた。
だが、皆どこか晴れやかな笑みを浮かべている。
その様子を見て、鈴鹿は大きく息を吸い込んだ。
「よし、お前ら! 神子様のお願いだ!! たまには正義の味方も悪くねぇ、必ずあの女を見つけるぞ!!」
「おぉー!!」
拳を掲げ、鬨の声を上げる鈴鹿一党。
心強い協力者に海人は再び深々と頭を下げた。
「すまん……ありがとう!」
「構わん。だがな、絶対目的は果たせよ!」
「当然だ!!」
海人は、再び走り出した。
必ず、この術式を止める――そして、少女をしがらみから解き放ち、この深い闇から必ず救い出す――
そう心に刻み、力の限り足を進めた。
――夜明けまであと残り3時間50分。




