第44話:天壌無窮の詔勅
境内の白砂が赤く染まる。
その中に、悠天は自然体で立っていた。
「なんじゃ、案外あっさり終わったな」
気の抜けた声で伸びをしながら、彼女はそう言い放つ。
「――……な!?」
一瞬の出来事。
何が起きたか海人には全く視認できなかった。
だが、推測は出来る。
悠天が、清棟を蹴り飛ばしたのだ。
なんてことはない単純な攻撃。
神気を乗せ、ただそれをぶつけるだけの一撃だ。
しかし、あまりも鮮やかな一撃。
海人は、その一方的な殺戮に開いた口が塞がらない。
そんな彼に、清棟を屠った悠天は教え諭すような口調で、
「よいか? 八咫烏の霊威というのは単純。ただ、人を望む目的まで必ず導く、それだけじゃ。なら、これを攻撃へと転ずるとどうなる?」
そう、淡々と問いかけた。
海人はしばらく考え込むが、すぐにその答えに辿り着く。
「……つまり、必殺必中の攻撃……?」
「そう。それも最短手数で無意識に……な」
八咫烏の霊威――主宰神の導き。
それが、悠天の権限だ。
シンプル、故に強力。
搦手は一切通用しない。
ただ、純粋な力の差がなければ彼女と渡り合うことなど出来ない。
皇国の六神子の一角を担うのに相応しい能力である。
「彼奴は弱くは無かったが、神子を相手に出来るほどでもなかった。彼奴の敗因は、相手の強さを測り損ねたことじゃな」
彼女は余裕の表情で袖を振る。だが――
「その言葉、そっくりそのまま貴様に返すこととしよう」
ふいに飛んできた一言。
彼女は信じられない程の反応速度で身体を翻し、迎撃を試みるが、
「ぐッ!?」
横薙ぎの鋭い蹴りを両手で受け、勢いを殺しきれず吹き飛ぶ。
そして彼女は塀を突き破り、石段で数度弾んで大楠に直撃した。
砂煙が辺りを包む。
その中に、一つの人影があった。
「なん……で?」
海人は、再び訪れた理解不能の状況に立ち尽くす。
目を見開く海人の視線の先には、死んだ筈の清棟が鳥居の前に傷一つなく立っていた。
「って、悠さんは!?」
「……ふん、この程度で我が倒れる筈が無かろう。じゃが、さっき其方は確かに死んだ筈。一体、何をした?」
額から血を流しつつ、悠天は好戦的な笑みを浮かべて清棟を再び睨みつける。
彼は憐れむような笑みを浮かべて悠天を嘲った。
「何を言っている。いつ、私が死んだのだ」
「――!? いや……でもお前は、悠さんに蹴られて木端微塵に……」
「はて、そんなことがあったかどうか……」
顎に手を当て思い出すような仕草をとる清棟。
あくまでとぼけるつもりだ。
だが、悠天は何かに思い至る。
そして、心の底から見下すような冷たい目で清棟を見た。
「……貴様、それでも神武の後裔か」
「変革に犠牲は付きものだろう?」
「卑怯者め!」
石畳にひびを入れるほどの鋭い踏み込み。
再び悠天が視界から消える。
「ふっ!!」
大地を穿つ強烈な踵落とし。
それを、清棟は半身で避ける。
「面白き! なら」
悠天が手を伸ばす。
その先に現れたのは薙刀、いや、矛だ。
「消え失せよ!!」
凄まじい膂力で、彼女は矛を振るう。
閃撃の雨に包まれる清棟。
「無駄なことを」
だが、見えない壁に阻まれて清遠には届かない。
しかし、悠天は更なる攻撃を加える。
物理攻撃を阻む結界。それを、彼女は力業で叩き割りにかかる。
「チッ……」
清棟は即座に悠天と距離を取った。
彼女は直ちに追撃。
矛を横薙ぎに払う構えを見せる。
そして、
「契神「火雷命」、御業『黄泉雷炎』!」
禍々しい漆黒の炎とともに、紫の雷撃が放たれる。
伊弉諾を追う伊弉冉の怒り、それを体現する火雷の霊威が清棟に襲い掛かった。
「……!」
「それで終わりと思うなよ」
爆炎を縫い、悠天は一飛びで距離を詰める。
そして、背丈よりも長い矛を物凄い音を立てながら振り回し、悠天は斬撃を放った。
術式など使わない。ただ、彼女の純粋な膂力が生み出す風の刃が、白い境内に大きな爪痕を残し確実に清遠を追い詰めていく。そして、ついに清棟の防御結界に亀裂が入った。
彼女は、矛を大きく振りかぶる。
「盟神「賀茂別雷命」、御業『神山天孫降臨』」
雷神にして豊穣神、賀茂社の一柱の具現。
闇夜の境内を稲光が照らす。
そして、数ミリ秒後に轟く例えようのない雷鳴。
その落下点に立つ清棟は、消し炭すら残されていない――筈だった。
「流石は神子。忌々しい……」
彼は、苛立たしさを露にして悠天を睨みつけている。
それも、純白の装束に汚れ一つないまま。
彼は首を傾げ、悠天、そして海人を見つめて低い声で言った。
「貴様ら神子のせいで、私が一体どれだけの煮え湯を飲まされたと思っている」
怒りを抑えるような、清棟の声色。
海人は、その態度にうすら寒いものを覚えながら、無意識のうちに後ずさる。
悠天は息を切らしながら清棟を睨み返した。
「何を言っているのか分からぬ」
「分からぬだろうなぁ。持つ者に、持たざる者の苦痛は分からぬだろうよ」
怒気のこもった声で、清棟はそう語る。
そんな彼に、悠天はため息をついて冷ややかな目を向けた。
「なるほど、それが貴様の魂胆か。呆れるほど矮小な男よのう」
「何?」
「そんな下らぬ意地のため、臣下の命を犠牲に生き恥を晒すか」
悠天の言葉に、清棟は首を傾げつつ青筋を浮かべる。
だが、彼女はなおも嘲るように、そして蔑むような目で続けた。
「まさか、貴様が神産霊に見込まれることなぞあるまい。なら、もっと簡単な仕掛け……贄の類か? 稲田姫か、弟橘姫かは知らぬがな」
そう忌々しく語る彼女。
海人に細かいことは分からない。
だが、彼女の言わんとすることは分かった。
――まさか、アイツの術式って、部下の命を身代わりにした攻撃の無効化!?
海人は慄然とする。
先ほど命の尊さを説いた人間の所業とは思えない。
血も涙もない、冷酷な術式だ。
「……お前は、上皇の非道に心を痛めていたんじゃないのかよ」
彼は清棟を睨みつける。
だが、清棟はそんな彼を見てふっ、と息を吐き、凶悪な笑みを浮かべた。
「ああ、そうだとも。命は有用に使わなければならない。それを無暗に散らすなぞ愚策も愚策、父帝はそれを分かっておらぬのだ」
人の命をあくまで資源としか捉えない清棟。
為政者の風上にも置けぬ男だ。
「……腐っても暴君の皇子か」
悠天は苦し気な表情を浮かべて目の前の男と対峙する。
そしてため息をつき、口を開いた。
「だが、その術式は相互の了承が必要。そして、親王の家人なぞ数は知れている」
「なら、貴様の手で全て殺すか?」
彼女の言葉を軽く笑い飛ばして清棟はそう言い放つ。
だが、悠天は表情を変えない。
「貴様が生む惨劇を鑑みれば、やむを得ぬ犠牲……観念せよ」
悠天は再び矛を構える。
対する清棟は、一つ息をつき瞑目した。
「そうか、ではこれならどうかな」
「――っ!!」
突如、清棟の立つ場所を起点に術式陣が構築される。
海人も、そして悠天すら見たことがない程の難解で複雑な術式。
そして、海人にも分かるほどの異常な気脈の変化。
目を見開いて動けない海人たちを尻目に、清棟は天を仰いで手を広げ、高らかに声を上げた。
「契神「天照大御神」、御業『天壌無窮詔勅』!!」




