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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第44話:天壌無窮の詔勅

 境内の白砂が赤く染まる。

 その中に、悠天は自然体で立っていた。


「なんじゃ、案外あっさり終わったな」


 気の抜けた声で伸びをしながら、彼女はそう言い放つ。


「――……な!?」


 一瞬の出来事。

 何が起きたか海人には全く視認できなかった。


 だが、推測は出来る。

 悠天が、清棟を蹴り飛ばしたのだ。


 なんてことはない単純な攻撃。

 神気を乗せ、ただそれをぶつけるだけの一撃だ。


 しかし、あまりも鮮やかな一撃。

 海人は、その一方的な殺戮に開いた口が塞がらない。


 そんな彼に、清棟を屠った悠天は教え諭すような口調で、


「よいか? 八咫烏の霊威というのは単純。ただ、人を望む目的まで必ず導く、それだけじゃ。なら、これを攻撃へと転ずるとどうなる?」


 そう、淡々と問いかけた。

 海人はしばらく考え込むが、すぐにその答えに辿り着く。


「……つまり、必殺必中の攻撃……?」


「そう。それも最短手数で無意識に……な」


 八咫烏の霊威――主宰神の導き。

 それが、悠天の権限だ。

 

 シンプル、故に強力。


 搦手は一切通用しない。

 ただ、純粋な力の差がなければ彼女と渡り合うことなど出来ない。

 皇国の六神子の一角を担うのに相応しい能力である。


「彼奴は弱くは無かったが、神子を相手に出来るほどでもなかった。彼奴の敗因は、相手の強さを測り損ねたことじゃな」


 彼女は余裕の表情で袖を振る。だが――


「その言葉、そっくりそのまま貴様に返すこととしよう」


 ふいに飛んできた一言。

 彼女は信じられない程の反応速度で身体を翻し、迎撃を試みるが、


「ぐッ!?」


 横薙ぎの鋭い蹴りを両手で受け、勢いを殺しきれず吹き飛ぶ。

 そして彼女は塀を突き破り、石段で数度弾んで大楠に直撃した。


 砂煙が辺りを包む。

 その中に、一つの人影があった。


「なん……で?」


 海人は、再び訪れた理解不能の状況に立ち尽くす。

 目を見開く海人の視線の先には、死んだ筈の清棟が鳥居の前に傷一つなく立っていた。


「って、悠さんは!?」


「……ふん、この程度で我が倒れる筈が無かろう。じゃが、さっき其方は確かに死んだ筈。一体、何をした?」


 額から血を流しつつ、悠天は好戦的な笑みを浮かべて清棟を再び睨みつける。

 彼は憐れむような笑みを浮かべて悠天を嘲った。


「何を言っている。いつ、私が死んだのだ」


「――!? いや……でもお前は、悠さんに蹴られて木端微塵に……」


「はて、そんなことがあったかどうか……」


 顎に手を当て思い出すような仕草をとる清棟。

 あくまでとぼけるつもりだ。

 

 だが、悠天は何かに思い至る。

 そして、心の底から見下すような冷たい目で清棟を見た。


「……貴様、それでも神武の後裔か」


「変革に犠牲は付きものだろう?」


「卑怯者め!」


 石畳にひびを入れるほどの鋭い踏み込み。

 再び悠天が視界から消える。


「ふっ!!」


 大地を穿つ強烈な踵落とし。

 それを、清棟は半身で避ける。


「面白き! なら」


 悠天が手を伸ばす。

 その先に現れたのは薙刀、いや、矛だ。


「消え失せよ!!」


 凄まじい膂力で、彼女は矛を振るう。

 閃撃の雨に包まれる清棟。


「無駄なことを」


 だが、見えない壁に阻まれて清遠には届かない。

 しかし、悠天は更なる攻撃を加える。

 物理攻撃を阻む結界。それを、彼女は力業で叩き割りにかかる。


「チッ……」


 清棟は即座に悠天と距離を取った。

 彼女は直ちに追撃。

 矛を横薙ぎに払う構えを見せる。

 そして、


「契神「火雷命(ホノイカヅチノミコト)」、御業『黄泉雷炎(よもつらいえん)』!」


 禍々しい漆黒の炎とともに、紫の雷撃が放たれる。

 伊弉諾を追う伊弉冉の怒り、それを体現する火雷の霊威が清棟に襲い掛かった。


「……!」


「それで終わりと思うなよ」


 爆炎を縫い、悠天は一飛びで距離を詰める。

 そして、背丈よりも長い矛を物凄い音を立てながら振り回し、悠天は斬撃を放った。


 術式など使わない。ただ、彼女の純粋な膂力が生み出す風の刃が、白い境内に大きな爪痕を残し確実に清遠を追い詰めていく。そして、ついに清棟の防御結界に亀裂が入った。


 彼女は、矛を大きく振りかぶる。


「盟神「賀茂別(カモワケ)雷命(イカヅチノミコト)」、御業『神山(こうやま)天孫降臨(てんそんこうりん)』」


 雷神にして豊穣神、賀茂社の一柱の具現。

 闇夜の境内を稲光が照らす。

 そして、数ミリ秒後に轟く例えようのない雷鳴。


 その落下点に立つ清棟は、消し炭すら残されていない――筈だった。


「流石は神子。忌々しい……」


 彼は、苛立たしさを露にして悠天を睨みつけている。

 それも、純白の装束に汚れ一つないまま。


 彼は首を傾げ、悠天、そして海人を見つめて低い声で言った。


「貴様ら神子のせいで、私が一体どれだけの煮え湯を飲まされたと思っている」


 怒りを抑えるような、清棟の声色。

 海人は、その態度にうすら寒いものを覚えながら、無意識のうちに後ずさる。

 悠天は息を切らしながら清棟を睨み返した。


「何を言っているのか分からぬ」


「分からぬだろうなぁ。持つ者に、持たざる者の苦痛は分からぬだろうよ」


 怒気のこもった声で、清棟はそう語る。

 そんな彼に、悠天はため息をついて冷ややかな目を向けた。


「なるほど、それが貴様の魂胆か。呆れるほど矮小な男よのう」


「何?」


「そんな下らぬ意地のため、臣下の命を犠牲に生き恥を晒すか」


 悠天の言葉に、清棟は首を傾げつつ青筋を浮かべる。

 だが、彼女はなおも嘲るように、そして蔑むような目で続けた。


「まさか、貴様が神産霊(かみむすび)に見込まれることなぞあるまい。なら、もっと簡単な仕掛け……贄の類か? 稲田姫(いなだひめ)か、弟橘姫(おとたちばなひめ)かは知らぬがな」


 そう忌々しく語る彼女。

 海人に細かいことは分からない。

 だが、彼女の言わんとすることは分かった。


 ――まさか、アイツの術式って、部下の命を身代わりにした攻撃の無効化!?


 海人は慄然とする。

 先ほど命の尊さを説いた人間の所業とは思えない。

 血も涙もない、冷酷な術式だ。


「……お前は、上皇の非道に心を痛めていたんじゃないのかよ」


 彼は清棟を睨みつける。

 だが、清棟はそんな彼を見てふっ、と息を吐き、凶悪な笑みを浮かべた。


「ああ、そうだとも。命は有用に使わなければならない。それを無暗に散らすなぞ愚策も愚策、父帝はそれを分かっておらぬのだ」


 人の命をあくまで資源としか捉えない清棟。

 為政者の風上にも置けぬ男だ。


「……腐っても暴君の皇子か」


 悠天は苦し気な表情を浮かべて目の前の男と対峙する。

 そしてため息をつき、口を開いた。


「だが、その術式は相互の了承が必要。そして、親王の家人なぞ数は知れている」


「なら、貴様の手で全て殺すか?」


 彼女の言葉を軽く笑い飛ばして清棟はそう言い放つ。

 だが、悠天は表情を変えない。


「貴様が生む惨劇を鑑みれば、やむを得ぬ犠牲……観念せよ」


 悠天は再び矛を構える。

 対する清棟は、一つ息をつき瞑目した。


「そうか、ではこれならどうかな」


「――っ!!」


 突如、清棟の立つ場所を起点に術式陣が構築される。

 海人も、そして悠天すら見たことがない程の難解で複雑な術式。

 そして、海人にも分かるほどの異常な気脈の変化。

 目を見開いて動けない海人たちを尻目に、清棟は天を仰いで手を広げ、高らかに声を上げた。


「契神「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」、御業『天壌無窮(てんじょうむきゅうの)詔勅(しょうちょく)』!!」

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