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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第37話甲:「情けない顔だね」

ここから数話、2視点同時並行でやっていきます。今回は海人視点。

「はっ……はぁっ……」


 煌々とした明かりが照らす夜の町。

 上機嫌な人の波に呑まれながらも、彼は少女を探して駆け抜けていく。


 眠らぬ山田の門前町。

 そこに溢れかえる人の中から、人一人を探し出すのは困難。

 いや不可能といって良い。


 だが、だからといって諦めるという選択肢は決して浮かんでこない。

 とめどない感情に突き動かされるまま、海人は走り続ける。


 己の引き起こした失態を取り返そうとする焦燥感。

 さらには、自分の行いに対する罪悪感。

 そして、説明のしようのない使命感が彼をそうさせるのだ。


「どこだ……どこにいるんだ!?」


 しかし、いくら心が逸れども無理なものは無理。

 一人で探すには広大過ぎる、見知らぬ町。

 紛れてしまうのには十分すぎる喧噪。

 

 ありとあらゆる要素が彼を彼女から遠ざける。


 道など知らない。地理も分からない。

 もちろん居場所に心当たりなどない。


 だから、ただ我武者羅に走る。

 彼は、人の波に押されつつも一心不乱に少女を探した。


 極めて非効率なやり方だ。

 だが、他に取れる手段がない。


 幾度も同じような光景が目の前を過る。

 今自分がどこにいるのかすら分からなくなってくる。


「…………畜生」


 走り続けて早二時間、少年はいつの間にか元居た宿の前まで戻って来てしまった。

 無論、彼女は帰って来ていない。


「くっ!!」


 無念さが募り、彼は悔しさに唇を噛む。

 結局、少年は悠天の言う通り、仁王丸を見つけることが出来ないままだ。


 自分より年下の、不憫な少女。

 この世界に来てすぐ、命の危機を救ってくれた恩人。


 そんな彼女の力になれず、それどころか追い詰めてしまった。

 その事実が、海人の心に暗い影を落とし、針で刺すように心を痛めつけ続ける。


 常人なら、ここらで諦めてしまったかもしれない。

 だが、このこの世間知らずでお人よしの少年に、そんなことは不可能だった。


「探さないと……」


 海人は再び走り出す。

 今度は、さっきとは逆の方向。


 山田ではなく、宇治の方へ。

 店という店もなく、人も少ない田園風景を挟み、散在する諸社と伊勢の内宮、皇大神宮のお膝元に広がる宇治の町。

 彼女が今夜、様子を見に行こうと言ったその町だ。


 ――いや、待てよ。


 海人はふと足を止めた。

 辛いことがあったとき、一人になりたいとき、自分ならどういうところに行くか。


 それを考えてみる。


 ――人混みに混ざることで、気を紛らわせる人間もいるかもしれない。だけど……


 恐らく彼女は自分と根は同類の人間。

 そういう妙な確信が海人にはあった。


 ――俺なら、誰もいない場所がいい。そして、悩みの原因から出来る限り遠く離れた場所。


 つまり、探すべきは町ではなくその周辺。

 それも、山田から離れた場所。


 だが、彼女は生真面目な性格だ。

 それはこの世界に来てからの二週間で、海人は痛いほど思い知っている。

 先ほども、それ故の怒りだった。


 そんな生真面目な彼女が、完全に任務を放棄して帰ってしまうということは考えにくい。

 きっとまだ、この神域都市の中に留まっている。

 そう海人は確信していた。


 そして、もと来た道を戻るような真似をしないことも。


 ――ってことは、やっぱりいる可能性が一番高いのは宇治方面の郊外か……


 道は知らない。だが、方角は分かる。

 遠くに見える、皇大神宮の森の方。

 宇治の町の明かりの影となって、夜空に象られる黒い影の方角だ。


「……よし」


 少年は再び駆け出した。


 恐らく、距離で言えば二キロもない。

 走れば30分と掛からないだろう。


 山田の町を抜けて、なるべく人のいない方へ。

 もうすっかり夜は更けてしまっている。


 町の外は、闇そのものだった。

 街灯などあるはずがない。


 現代社会の都市での生活に慣れ切った海人の想像の上を行く夜の闇が、町の郊外を包み込んでいた。

 ただ、月明かりがわずかに雲間から弱々しく差してくるばかりである。


「チッ、暗すぎて何も見えねぇ……」


 海人はポケットに入っていたスマートフォンの電源ボタンを押してみるが、反応がなかった。

 当然だ。スリープ状態でもこれまで電池が持つはずがない。


 結局、何の灯りも無しでこの暗闇の中を行かなくてはならなかった。

 これでは、仁王丸の姿など探しようがない。


 だが、海人は思う。


 ここまで暗い場所に果たして彼女はいるのだろうか。

 どこが道か田畑か分からないような場所では、一人になるにも落ち着かないのではないか。


 ――多分、この辺りにはいない。


 なんの根拠もない。はっきり言ってただの勘だ。

 だが、海人はそんな勘に従い先を目指す。


 ――もう少し明るいところ、そして、人気のない場所……


 そんな場所はないかと考えてみる。


 ――公園……は無いよな


 辺りを見渡しながら、自分なら立ち寄るであろう場所を探す。

 しかし、見当たらない。


 ここに、そんな場所はなかった。


 彼の目に映るのは、遠くに見える町の灯り。

 そして、月明かりがわずかに照らす、闇の中の田園風景だけだ。


 いよいよ、探す当てがない。


 もしかしたら、自分の考えは全て外れているのではないか。彼女はもう、この町にはいないのではないのか。転移術式や、変装の術式を使って完全に自分たちの元から消えてしまったのではないか――


 海人の心にそんな不安が過る。

 もし本当にそうであれば、見つけることなど不可能だ。


 そして、今仁王丸を見つけなければ、きっと後悔することになる。

 何一つ分からない状況の中、海人にとってそれだけは確定した未来であるかのように思われた。


「どうすれば……」


 途方に暮れ、海人は天を仰ぐ。


 そんなとき、ふと月が雲に隠れた。

 辺りが闇に包まれる。


 そして、彼の目には町の灯しか映らなくなり――


「……あれ?」


 ふと、少し先の木々の隙間に、微かに灯りが見える。

 さっきまではなかったはずなのに。


 宇治の町の灯りではない。

 そして、皇大神宮の灯りでもないはずだ。


 ――じゃあ、あれはなんだ?


「……もしかして、仁王丸か?」


 そう距離はない。

 彼は、淡い期待を抱いてその灯りの方へと駆け出した。


 だが、


「……くっ……!?」


 足がもつれ、バランスを崩して倒れこむ。

 はっきり言って、彼の足はもう限界だった。

 走ることなど出来ない。


 足の裏にはまめができ、脹脛も張りに張っている。

 太股には、今にも攣りそうな感覚があった。


「……っ!! でも……」


 今にも切れそうな息を何とか続け、悲鳴を上げる身体にむちを打ち、彼は足を引き摺りながらもその灯りの方へと向かう。


 何度も体勢を崩し、時には倒れこんでボロボロになりつつも、少年は足を止めない。


 そして――


 彼がたどり着いたのは、荒れ果てた神社だった。


 立派な建物なのに、ボロボロに朽ち果てている。

 手入れなどされていない。


 まるで見捨てられたかのように、町のはずれにぽつんと立っている。

 その神社は、どこか寂し気に、月明かりに照らされていた。


「……?」


 鳥居の奥にある本殿の中から光が漏れている。

 これが、さきほど見えた灯りの正体だ。


 ――あそこに、仁王丸がいるのか……?


 海人は、鳥居をくぐって本殿へ向かう。

 境内は荒れ放題だ。

 落ち葉もそのまま、雑草も抜かれていない。


 蜘蛛の巣が、建物の間に張っている。

 きっと、長らく誰も手を付けてこなかったのだろう。


「……」


 淡い光の漏れる本殿を前にして、海人は暫し固まった。


 仮に仁王丸がいるとして、どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。

 またさっきみたいに不用意なことを言って、より深く傷つけてしまったらこれまでの苦労が水の泡だ。


 だが、ここまで来ておいて帰るわけにはいかない。


 意を決して一歩を踏み出した。


 きぃ。


 踏んだ階段が軋む。

 高々四、五段しかない階段が、海人には永遠にも続くように思われた。


 後悔、不安、劣等感、罪悪感、無力感。

 一段踏むごとに、様々な感情が沸き起こる。


 その感情と対峙しつつ、彼は一段、また一段と昇っていく。

 そして、


「いるのか? 仁王丸?」


 ついに海人は、本殿の扉に触れた。







































 そこは、海人にとってあまりに見慣れすぎた場所で――


「……ぁ」


 思ってもいなかった事態。

 声の震えが、収まらない。

 海人には、今の状況が理解できない。


 ――なんで……


 いや、理解できないわけではない。


 ――まさか……そんなことが……!?


 信じられなかった。

 頭が、身体が、理解を拒絶する。


 だって、ここは――


「……俺の……部屋?」

「そうだよ」


 突如飛び込んできた声。

 海人は目を見開いて、その声の主の方を見る。


「ここは、アンタの部屋」


 そんな様子の彼を見て、あどけない笑みを浮かべる人影が一つ。

 学校の制服に身を包んだ「彼女」は、椅子の上に足を組んで座っていた。


「にしても、情けない顔だね? どした? あたしが話を聞いてあげようじゃないか」


「……お前は……誰だ?」


 海人は、声を震わせつつ、そう尋ねる。

 「彼女」は、昏いなかにも明るさの混じった、宵闇のような双眸で海人の方を見つめた。

 そして、いたずらっぽい表情を浮かべて口を開く。


月詠(ツクヨミ)……今のアンタには、とりあえずそう名乗っておくことにするよ」

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