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DHUROLL  作者: 寿司川 荻丸
【結】
99/144

98話ー阿吽ー

 開戦を前に皆の言葉をもらう。


 それぞれが、覚悟を胸に刻む。


 姉ちゃんのカレー、また食べてえな。


ー開戦まで1日ー


 久々に実家に泊まった。懐かしい匂いと空気。


 この空気で、俺は育ったんだ。


 放課後になったら、まるで住んでるかのように久美(くみ)流斗(るうと)は居座ってたし、何なら俺よりこの部屋に詳しかった。


「午後には本部戻るぞ(つとむ)


 冬絵(ふゆえ)婆ちゃんの激うま朝食をみんなで食べ終え、爺ちゃんからそう言われた。


 武雄(たけお)くんと夏美(なつみ)ちゃんの城だった一階に、姉ちゃんと俺の世界だった二階。


 階段を登り降りする音までが、幼い頃を連想させる。


 今の俺は重過ぎるから、床が抜けないか心配だけんども。


「努ちゃん大きくなったねぇ〜」


 冬絵婆ちゃんそれ聞くの18回目だぜ。


「前はこーんなにも小ちゃかったんだから」


 冬絵婆ちゃんは米粒ほどの大きさを指先で測る。


「婆ちゃん俺は米粒か!?妖精か!?」


「私にとっちゃあ妖精かもね。天使かも。そんくらい可愛いもんさ」


「そんなら目にでも入れてみる?」


「入るわけないでしょうに」


 ボケに対してそこまで真剣な顔で言われると、謝ってしまうもんだな。


「また、カレー食べようねえ」


 ああ、今その笑顔はダメだ。ズル過ぎる。


「今度は俺が作る、美味すぎてビックリすんなよ!」


「うん……。そうねぇ」


 大丈夫かしら。包丁使えるかしら。炒め方知ってるかしらと言わんばかりに、素直な婆ちゃん。


 出発までの間、俺は家の中を歩き回った。少しは落ち着けよと言われたけど、許してくれと懇願した。


 里道(さとみち)がピュンピュンと甲高い声を出しながら開けた障子の穴。


 室瀬(むろせ)が壊したコップの取っ手。


 久美が転けて破いた俺の絵。


 色んな物を見つけた。何で残してるのかは別にして、あいつら俺ん家の物壊し過ぎだろ。


 何だか和んだな。


 階段をゆっくり降りた先の玄関で、みんなは待っていた。


「行くぞ」


 そう言って爺ちゃんは先に外に出る。


「努ちゃん、頑張るんよぉ」


「ありがとう婆ちゃん。カレー待っててよ」


輪子(わこ)ちゃんに似て綺麗な目してる。その目で捉えたもん、逃しちゃダメだよ」


「ありがとう夏美ちゃん。この目で見届けるまで、終わるまで捉え続ける」


「昔から、雰囲気が健史(けんし)にソックリでよ。度々重ねてた。重ねてた時より、もっと存在は大きくなっちまってよお。俺と健史2人とも唖然としてるぜ。ああダメだ。掛ける言葉決めてた筈なのに、上手くまとまんねえよ」


「武雄くんありがとな。その気持ちが一番嬉しいからよ」


「努、コレ」


 姉ちゃんは俺の掌にそっと置いた。


「御守り?」


「ずっと持ってた。あの日、あの公園で、母さんに手渡されてから」


 冬絵婆ちゃんは御守りを見て、目を瞠った。


「どうしてもって時に、これ開けてみて」


「母ちゃんの……」


 幼い記憶の中で、この御守りを握る母ちゃんの姿が蘇る。


「姉ちゃんはこれ開けたん?」


「まだ!めっちゃ開けたかったけど、母さんに同じこと言われたからさ」


 強靭なメンタルしてるってことですね。


「あ、ちょっと待ってて」


 姉ちゃんはリビングに走り、ドタドタと音を立てて戻って来る。


「それ貸して」


 言い終わる前に俺の手から御守りを奪い取り、慣れた手付きで紐を通す。


「ほら、頭」


「はい……」


 言われるがままに頭を差し出す。玄関の段差で、姉ちゃんの方が背が高い。姉ちゃんは、俺の首の後ろで紐を結ぶ。


 胸元で御守りが小さく揺れた。


 姉ちゃんは腕を戻すでもなく、俺に体重を預けた。姉ちゃんの優しい腕と胸に、顔は包まれる。


「あんたは生意気。だけど、私の大切な弟」


 言葉を詰まらせながら。


「必ず帰ってきて」


 俺の前で泣き顔は見せまいと、姉のプライドがそこにある。


 姉の身体を抱き締める。いつぶりの感覚だろう。


「泣かせんじゃねえよ姉ちゃん!」


 姉の身体は細く引き締まり、俺よりも小さくなっていた。





 東京本部到着後、日本チームエル・ソルが派遣されてる国ごとに作戦を告げる。


 堀さんも豪壮寺(げんすい)も既に出撃しており、モニター越しで会話する。


 世界全体に作戦を告げないのは、ある目的があるからだと爺ちゃんは言う。


「努、お前に託したい。重いか」


「いや、今さらだよ。重いもん背負うのには慣れてる」


 爺ちゃんは小さく笑い、俺と拳を合わせた。





ー開戦当日 東京本部ー


 装甲輸送機が出撃の準備を始める。


 滑走路をゆっくりと走り、定位置にまで移動する。


 人員を総動員した指令室に緊迫感は張り詰めていた。


 今ここに、堀も居なければ豪壮寺(たいすけ)も居ない。久々に帰って来た重三(おれ)が居る。


ジジッ

「9号機、出撃します」


 午前4時30分、9号機は出撃する。


 装甲輸送機は加速する。機体が浮き出した瞬間だった。


 映像の中に2体の巨人が姿を現し、機体の両翼に着地して大破させる。


 9号機はそのまま滑走路を滑り、部品をばら撒きながら転がる。


 機体が動きを止めた時、2体の巨人は仁王立ちした。


「金剛力士像かよ」


 見た目は金剛力士像に似すぎているが、身体はデュロル特有のソレをしていた。頭部にはポツリとしたツノが2本、それぞれに生えている。


 2体とも、円柱型の武器を抱えていた。まるで大木だぞありゃ。


「鬼がお出迎えってわけか」


 2体の金剛力士は機体に向かって走り、同時に武器を振り下ろす。9号機は大破し、煙を噴き上げている。


「この時間を伝えた国は何処だ!」


 俺は焦っていない。逆にこの時間で良かったと思ったからだ。


「レイゼルブロッツです!」


「協力的な国だったのは、疑いの目から逃れる為か。鬼と繋がってる」


 鬼に情報を流していた国は分かった。しかし、目の前の鬼をどうにかしなければ、ここが危ない。


重三(じゅうぞう)さん!彼らが、向かいました!本当に良いんですか」


「良い。少しは信用してやれ。あいつらも命を賭けて出撃したんだ」


 金剛力士の鬼の前に、4人のデュロルが揃い立つ。


千歳(ちとせ)さんが留守の間!ここは任されたんだ!俺たちの第2の始まりの場所を壊させない!」


 黒潮(くろしお)を中心に、菅岡(すがおか)山辺(やまべ)中林(なかばやし)は構える。


 以前、鬼神(アラハバキ)に居た彼らを、努達が助けた。以降は東京本部(ここ)で鍛錬し、力を伸ばしてきた。


 世間は彼らを生かしておく必要は無いと主張する。もちろん、背中を押す意見もあるが、デュロルであり以前は人に危害を加えた者も居る為、その主張は間違いでは無い。


 それでも彼らを東京本部(ここ)に置くのは努の我儘でもあるのだが、彼らを信じてみたいと思う者は少なくないんでね。


 俺らも我儘になって良いじゃんか。


 鬼が周囲にもたらす被害は計り知れない。それに立ち向かおうと必死に鍛え抜いた彼らが、今力を発揮しようとしてる。


 守ろうとしてくれてる。


 これが生中継されたとしても、応援してくれる人は少ないだろう。彼らはそれを痛い程受け止めて、それでも鍛えて来た。


 その想いは、本物じゃねえかな。


 脚が竦む程の鬼が目の前に居る。


「俺達が行きます!兵士の皆さんは待機していてください」


 その場に居た兵士を見渡して黒潮はそう言ったんだ。


 机上マイクのスイッチを押す手に力が入る。


ジジッ

「俺らは全力でサポートする。暴れてこい!」


 エキポナのあいつらと違って、デュロルである彼らの視界は分からない。遠目から写される映像を頼りにするしかない。


 金剛力士2体と彼ら4人はぶつかり合う。


 今のところ金剛力士2体は特殊な力を発動してない。いや、あの姿になることが特殊な力なのか?





 黒潮(おれ)と山辺、菅岡と中林に分かれて阿吽の金剛力士像みたいな鬼に立ち向かう。


 鬼……だよな?小さいけれどツノあるし。


 視界の端で、天狗姿の中林が団扇(うちわ)で巨体を吹き飛ばすのを見た。


 目の前の鬼はそれを見ようともせず、只管に武器を振り上げる。


 その拳も威力は凄まじいけれど、避けれない訳じゃない。俺らが強くなったにしても、この鬼はあまり強くない。


 なんだか無機質で、気味さえ悪い。


 視界の端で、菅岡の雷が轟く。片腕から発せられた雷は、金剛力士の左腕を吹き飛ばしていた。


 腕が吹き飛ばされたにも拘らず、その金剛力士は歩みを止めない。痛みすら感じないのか?


 いや、血すら出ていない……。


 向こうに気を取られていると、俺は何かに突き飛ばされた。


「ちゃん黒!こっちに集中してくれ!俺の攻撃は隙が多すぎる!」


「ごめん!」


 山辺が俺を助けてくれた。エキポナのみんなは凄いや、どんなに訓練してても、実戦って感覚が違う。一瞬の気の緩みが、生死に繋がってくるんだよね。


 目の前の鬼が隙だらけで油断してた。ごめん、俺たちは千歳さん達に頼まれてるんだ。


 東京本部(ここ)を守る!


 振り下ろされた武器を避けて足元に潜り込む。8.4メートルはあろう巨体の股下は広い。充分に踏ん張れる。


 【小星パーンチ!】


 星の光を思い浮かべて右手に想を込める。右拳は淡い輝きを見せた。この拳に体重を乗せるイメージ!阿の金剛力士の右脛に拳をぶつける。同時に爆ぜる。


 肉を殴る感覚より、やはり無機質で、コンクリートを殴ったみたいだ。


 阿の右脚は吹き飛び、巨体は大きく揺れる。手を付いた場所に山辺は回り込み、等身はあろう大きな腕で殴る。阿は背中を地面に着けた。


 山辺は腕を振り上げて、阿の顔目掛けて振り下ろそうとする。


「ちょおぉっと待ったぁー!!」


 声は風圧となって通り過ぎる。山辺は体勢を崩した。阿吽の金剛力士は同じ方向に引き寄せられる。阿吽共足を浮かせ、首元から吊るされるようにダランと脱力した。


 あの巨体が操り人形みたいに……。


 俺らの目線は上に向いていた。金剛力士の足元に気配を感じた菅岡が声を漏らす。


 菅岡の声に誘導され、俺らは目線を下に移す。


 1.8メートル程の身長で、2本の長いツノ、尻まであろう黒髪、腰に注連縄(しめなわ)を巻き前で結ぶ。千歳さん達が戦った鬼と格好は似てる。


 金剛力士とは似ても似つかない重圧。


「オレはユルゾック・ソクラティスだぁ。まず名乗るのが基本だろ?オレはそう思ってるんだ」


 ユルゾックは広げていた腕を戻す拍子に手を叩く。そのまま手をコネコネさせ、奴は金剛力士を見上げた。


「弱すぎたかな。ボロボロじゃないかぁ」


 あの無機質感は、本当に人形だったからなのか?逆に言ってしまえば唯の人形で、あの強さだったの……?


 金剛力士の装甲は俺らのより硬かった。


 俺らの装甲の硬度は、常に内側から想を込めて増してる。本体から離れた人形に、今の俺ら以上の硬度を与えてるのか(やつ)は!


 繊細な想の技術だから分かるけど、やっぱり鬼は只者じゃない。格が違う。


「結構貯めてある奴をボロボロにするなんて、やるねえ君たち。大した想も無いのにオレから逃げないんだ」


 浮いてる阿吽の金剛力士は震え、装甲が擦れる重厚な音が響く。大木くらいの武器も分解され、身体に溶け込む。


「他のもほぼ全部分けてやるんだから、頼んだよぉ。オレはあんま体力も想も使いたくない」


 俺らの呼吸は乱れる。荒くなる。


 破損した部位が再生した金剛力士は着地する。


 さっきと、関節の動きがまるで違う。


 生きてる……みたいだ。


 俺らは一切の気を抜かずに構える。技を出そうにも、その一歩が踏み込めない。遠距離で攻撃できる俺と菅岡が竦んでる。


「じゃぁよろしくぅ」


 ユルゾックは踵を返して歩いて行く。


 逃すわけには……!


 金剛力士の吽の方が俺の横を通り過ぎた。振り切った拳に乗っていたのは中林だった。装甲の間から血を滲ませてる。拳をそのまま阿に向けると、中林は阿に向かって飛ぶ。俺らは中林を掴もうと走った。


 しかし、空中の中林は途中で加速する。


 中林は俺らの手を掴もうと、手を限界まで伸ばしていた。


 阿の掌に触れた中林は……喉が張り裂けるような悲鳴を上げた。


 阿は中林を空に放る。


 空中で中林は細かく部位毎に分解される……。


 内側の肉が膨張して黒く変色する。


 一通り大きくなった部位は再びくっ付いて地面に着地する。


 4メートル程の身長……。


「な、中林?」


 中林は顔の装甲を割らせ、大口で雄叫びを上げる。天狗の姿だからか、いよいよ本物に見えてくる。


 中林は俺らに向かって団扇を振り上げた。


 その風圧に俺ら3人は後方へ吹き飛ばされる。その風圧に身体の数箇所は切れた。


「もう、中林じゃない……」


 認めたくない事実を、代わりに山辺が口にする。


 脳裏に中林との時間が流れる。


 東京本部の滑走路で、阿吽の金剛力士と天狗に対峙する。


「中林は俺が解放するから……」


 口にしたのは山辺だった。


 生きてる可能性に、少しの願いを乗せて。





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