47話ー行き場の無い怒りー
世界デュロル保護機構の名を口にしたデュロルの実力は本物だった。
ニューヨークチームエル・ソルと山木・雪崎が交戦するも、事態は良からぬ方へと転がる。
ーニューヨーク 新市街 避難途中区域ー
嫌な予感が的中した!あのデュロルが放った、熱いビームの煙で視界が悪い時に!あいつは避難途中区域へ行った!
何の為に?人質か?支部を破壊する為?いや、最もあってはならないこと……。
捕食!!!
デュロルが消えたことに気付き、悲鳴が響き続ける場所への移動に2分と10秒。その間に、奴は僕らの最も恐れた行為を終えていた。
ジジッ
「6人が捕食された!!骨すら残さずに!」
6人……。すまない……。またしも無実な尊い命が奪われた……。僕らが目を離した一瞬で……。
しかも被害者は骨すら残されずに捕食された。通常の捕食時であれば、大多数が頭だけを捕食する。遺族の方は死だけを知らされ、愛する者の顔を見ずに、実感しないままに残酷な生活を送ることになる。
僕と山木は、他の人に残酷な生活を送って欲しくないから、今日まで頑張ってきた。
許せない!!
しかし現実は甘くない。強い想いを破り裂くように、それは叩き付けられた。
避難途中区域で、渋滞した車の上に立つデュロルは、巨漢の姿を取り戻していた。あいつの腹の中で微かに聞こえる咀嚼音は、僕たちを嘲笑うかのようで、強い怒りを与えてくれる。
巨漢に戻っただけじゃない。自ら斬り落としたであろう左腕は、既に再生されていた。"再生"の能力は、鬼神の幹部だった咲村だけのものじゃないのか。
しかし、咲村は攻撃を受けた直後に、捕食をせずに再生していた。あいつは捕食した後に再生したのだろう。身体って再生するもんだっけ?
僕たちは、振り出しに戻った。
疲労が溜まっている僕らとニューヨークチームエル・ソルに対するは、傷も塞がり、開戦時と同じ姿のデュロルだ。
ここまであからさまに絶望を突き付けられるなんて。
巨漢デュロルは両手を左右に広げ、ビームを放出しながら回転し、周囲の車やビルを巻き込んで破壊していく。
車に隠れてる人がまだいる。僕らは出来る限りの人を避難させる。しかし、巨漢デュロルへの攻撃まで手が回らず、被害は増す一方だった。
盾を持つアッシュさんは意を決したと僕に告げた。僕が反応する前に、彼女は巨漢デュロルのビーム通過予測場所で盾を構える。
ビームはその盾に直撃した。その瞬間、盾からは波紋が広がる。だが、ビームは盾を溶かし、アッシュさんの右腕と右腹部を焼き貫いた。アッシュさんのギリギリの回避がなければ、胴体は焼け落ちていただろう。
そのビームの勢いに地面を転がるアッシュさんを、中槌を武器とするルイスさんが担いで避難させる。アッシュさんの傷口は焼け爛れていたが、それが幸いにも出血を抑えていた。
遠のくアッシュさんが視界から消える直前に、力無く左手で僕の刀を指した。
僕の刀の鍔に近い刀身には、魔法陣の模様が光を放っていた。
アッシュさんが意を決したと僕に告げた際、黒い手袋を取った右手で、僕の刀に触れていたのだ。そしてこの模様が光った時、対象の何かと繋がったということだ。
この刀も対象を追尾できるようになったようだ。今回物理攻撃で巨漢デュロルと繋がったわけではない。当然あいつは気付いてないだろう。一瞬の隙で、一撃で決着をつけなければならない。
見ろ。あいつをよく見ろ。どこかに必ず隙はあるはずだ。
あいつの隙を探して既に数分が経った。いくつか行けるだろうと感じるチャンスはあった。だけど、一度しかない圧が僕を押し込んでしまう。
急がなければ、もっと被害が大きくなる。急がないと……。
巨漢デュロルは回転を止め、ビームの放出も止めた。
街から轟音が遠のいた一瞬だった。ここなら行ける!僕が巨漢デュロルの死角へと回り込もうと踏み出した途端、その声は静まる街へと降り注いだ。
「ふう。飽きた。時間切れだ。この街諸共消し去って終わりにする」
"この街諸共"だと!?
「死ぬ前に覚えておけ。この場所は今後の世界の見せ物になる。我らに逆らうと同じ目に遭う、恐怖の糧となることを」
あのデュロルは何を言っているんだ!?たかが人間程の大きさのデュロルが、この街諸共消し去るだと!?
「そして、我に殺されることを誇りに想うがいい。我は【世界デュロル保護機構 第2ゾディアック 丑 マイケルソン・ハンプソン】である。ここにエキポナの壊滅を公言する」
声の圧に押し潰されそうになりながらも、俺はチャンスを見逃すまいと立ち続けた。しかし、そのチャンスは一瞬にして遠のいてしまう。
マイケルソンは、空気が見える程の勢いで息を吸い込んだ。やがてあいつの両腕からは、黒煙が溢れて噴き出した。その両腕を下へと向け、肘を腹部に固定するようにして、噴き出る黒煙の勢いに身体は浮き上がっていく。
黒煙は地面に当たると四方へと押され、建物の合間を這って行くように埋め尽くした。負傷しているアッシュさんを含めた僕ら6人と、他のエキポナ兵士達も、避難中の人々を背に乗せてビルの屋上へと飛び乗る。
チームアグアの兵士は次々に矢を放つが、黒煙から溢れ出る暴熱風によって弾かれるように行き先を変えてしまう。
僕らは、高度が上がって行くマイケルソンを見上げることしかできなかった。
ルイスさんに担がれたアッシュさんは僕と山木の元へと近づき、一言告げた。
マイケルソンの手元から勢いよく放出される黒煙の中に、チラチラと紫を帯びた白い光が見え始める。
黒煙はマイケルソンから伸びる一本の柱となり、ニューヨーク新市街の広範囲を埋め尽くした。
そして黒煙が紫の光を帯びた炎へと変わった次の瞬間、大地へと伸びる黒煙を蹴散らす、紫を帯びた白い柱が落ちた。
大地を埋め尽くしていた黒煙は、その紫白の柱が地面に衝突する勢いに比例して八方へと飛散する。
紫白柱の落下点を中心に地面が吸い込まれる様子と、その威力に建物や周囲の地面が粉砕される様子を同時に見た。それを最後に、視界は白に包まれる。
全てが収まった。
つい数秒前まで栄えていた街は見る影もなくなっている。ここがあの新市街と同じ場所と言えど、信じる者はそう居ないだろう。紫白柱の落ちた場所を中心に、推測できないほどの円形の窪みができていた。クレーターと言った方が想像しやすいだろう。クレーターの端からは海水が微かに流れ込み、しばらく煙は漂い続けた。
圧倒的な力を前に、ニューヨーク支部諸共、新市街地は消し去られた。
絶大な被害の中で、一部分だけ、元のコンクリートの片鱗を残す場所があった。
雪崎は奇跡的に目を開けた。
すると、彼の目の前には、全身から白煙と血を噴き出した、ズタボロのまま立つ山木の姿があったのだ。
そして、雪崎の周りには気を失っているNYチームエル・ソルの姿があった。
雪崎はボヤけた視界で山木の右手を見る。
そこには、柄から先が砕けた鏡棍棒があった。
街を消し去ったあの攻撃を、たった1人で跳ね返し続け、雪崎らを死守したのだ。死なせたら、雪崎の渾身の一撃が無になるからと。
雪崎が目を開けたのを確認すると、山木は安心するように倒れた。倒れた際に四方へと飛び出た血が、その壮絶さを物語っている。
雪崎は自らの血の味を噛みしめ、抑える事のできない涙を零して立ち上がる。自身も白煙を噴き出しながら、自分を信じる為に上空を見上げた。
上空には大気圏を突っ切り、火を纏いながら落下するマイケルソンの姿があった。
マイケルソンは自身の熱線により大気圏の外へと飛び出していた。残った想で放出した熱線を推力に、自力で戻ってきたのだ。
雪崎は自分に言い聞かせながら、マイケルソンを強く睨んだ。
その強い殺意は上空のマイケルソンの元へと届き、地に立つ青年を見つける。
「まだ立っている者が居るとはな」
その言葉を放った後に、マイケルソンはその青年に違和感を抱いた。マイケルソンは戦闘中でも常に敵を観察し、癖を見抜くなどしている。抜け目ない彼が抱いた違和感。
上空からでも分かる立ち姿勢の癖、その青年への記憶がマイケルソンへと呼びかけるように。
「刀はどこだ」
その台詞を漏らしたと同時に、マイケルソンの背後から1口の刀が心臓を貫いた。ほぼ全ての想を使い切る渾身の一撃"極想"は、かのマイケルソンでさえ、装甲を脆くする。
「なっ……!!」
紫白柱が地面に落ちる直前、アッシュは雪崎と山木へ告げた。
それを聞いた瞬間に2人はPEを起動した。
雪崎は刀を全力で上空へと放り投げた。マイケルソンとは別方向へ、大きく、大きく旋回するように。
盾で受けた攻撃対象元を追尾する。
これは盾で受けた想を辿り、想の出元を特定するアッシュの能力。物理的に対象を記憶するものとは違い、想から辿って特定する場合。
その場所は"心臓"。
想は脳が命令し、心臓が全身へと想を行き渡らせる。脳よりも想が多く行き交う場所、それが心臓である。
人の想。それは想主の意識がなくとも、"生きて"いれば継続される。
それを聞いた2人は、PEという人類が辿り着いた新兵器を使用し、一か八かの賭けに出たのだ。
山木による死ぬ気の守りにより、アッシュの想は継続された。
よって、雪崎の放った刀は______。
「______心臓を貫く」
貫いた刀は、マイケルソンの身体に接触している部分を残し、刀身は折れる。
刀身はマイケルソンの身体の中で粒子レベルまで分解され、心臓を利用して全身へと伝う。
分解されてから一定の時間が経つと、刃は鋭利に膨張を始める。
全身を内側から突き刺す刀の名を。
【粒刀 刺結晶】
全身の痛覚は鮮明に機能する。
常人では耐えきれぬ痛みでさえも、デュロルが故に感じてしまう。
気を失う時、それは死を意味する。
空中で踠き苦しみ、マイケルソン自身が作り出したクレーターの中心部に空いた穴へと、吸い込まれるように落ちて行く。
穴の底から響く濁った音は、取り返しのつかない現実を知らせる。
雪崎は大地に蹲り、行き場の無い怒りを地面へと打ち付ける。
喉を裂いて、血混じりの叫びは、虚しく反響して木霊する。
デュロル組織【世界デュロル保護機構】
第2ゾディアック【丑】
マイケルソン・ハンプソン 絶命。
ー翌日 JEA東京本部ー
「ついさっき……だと?」
UEAニューヨーク支部が壊滅したと報せを受けた。NYチームエル・ソルと雪崎と山木の生存は確認された。奇跡的に瓦礫に埋れて助かった人も数名居たようだ。
しかし、今見ている場所が……ニューヨークの新市街だと……。
本格的に動き出したということか……。
一体何が目的なんだ……。
これ以上の被害を抑えられるのか……。
皆信じられない様子で、口を開けたまま、ニューヨーク新市街を映したモニターを見上げていた。
ー北欧の地 離島ー
円形机の中央の3Dモニターには、その全てが映されていた。
ルータスさんの合図で3Dモニターは消える。徐々に照明は明るくなり、変わりない皆の姿が見える。
「マイケルソンはやってくれた」
ルータスさんは5本指を順番に机へと落とし、絶えずその音を響かせる。
「しかし、予想通りになったな。マイケルソンは殺された」
計算されていたかのようにルータスさんは安堵の表情を浮かべる。
「対デュロル組織は昔とは違う。今やマイケルソンを殺めるほどの殺傷能力を身に付けている。エキポナと呼ばれる人種は邪魔でしかない」
ルータスさんは背凭れに身を任せ、脚を組む。
「その中でも目立つのが日本にいるらしいな。確か"千歳"と言ったか」
数年前にゾディアックになった若い女は眉をピクリと動かす。
ルータスさんは、思いふけるように天井を見やる。
「懐かしい名だ。"重三"の孫であり"健史"の子だろう?」
ルータスさんは一拍置いて続けた。
「奴も殺せ」
若い女は視線を下に落とす。
「李、ダルディエゴ、お前達に任せる」
「はい、お任せを」
ルータスさんは珍しく口角を上げた。
「また空席が増えてしまったな」
歯を見せて笑う姿を、初めて見た。
けど、目は笑っていなかった。




