7.客人の回想、エネルギー事情とお茶目な神官長様-2
「ひゃあっ! ま、眩しい! 目がっ、目があぁあっ!」
「っ、くっ、くふっ、くっくっくっ……そりゃ、そうじゃろう、のう。これ一つで王宮の小ダンスホールを照らすことの出来る代物じゃ、み、見事に引っかかったのう、リオナさん、っ、くくくっ」
「っ、も、もうっ! ライオスお爺ちゃんのバカっ!!!」
「くっ、す、すまんすまん。つい久々の実験での~」
お偉い神官長様相手に「バカ」などと、とんでもない不敬だけど、両手で目を覆って蹲る私にそんな余裕は無い。って言うか、多分のたうちまわっていたような…。
そんな私を見て、ヒーヒーと笑うお爺ちゃんはどうやら悪戯好きの上に笑い上戸のようだ。
なんだ!? なんなんだ、このカオス!?
異世界に来て、私はコメディ担当になったのか!?
大体、悪戯好きはイルメルお婆ちゃんのポジションじゃないの!?
(茶目っけはあるけどしっかり者ポジションなんだよね、お婆ちゃんは)。
笑い上戸はルイジールお爺ちゃんのポジションじゃないのか…いや違う、ルイジールお爺ちゃんはジジバカポジションっぽい。
(この時はまだマフラー渡す前だったからなー、泣き上戸は判明してなかったんだよね)
そんなツッコミを心の中でしつつ、目が見えなくてワタワタしている私をさすがに哀れと思ったのか、ライオスお爺ちゃんは私の手を取り、近くにあった椅子に座らせてくれた。
「すまんすまん、ちょっと悪戯が過ぎたようじゃの、少し休みなさい」
お爺ちゃんの言葉にありがたく乗っかって、目を両手で軽く押さえたまま、目蓋の裏のチカチカが収まってきた頃にはもうどれだけ時間が経ったのか。
その後、いろいろ動く音がするあたり、どうやらシャンデリアのスイッチはすぐに切ってくれたようだ。あの眩しさ具合は、すぐに切らないと誰でも辛いだろうけどさ。
ふわりと花の良い香りがして、ゆっくりと目を開けると、実験道具は既に片付けられ、近くにティーセットの置かれたテーブルがあった。
「お爺ちゃん?」
ぼんやりする視界に、ちょっぴり申し訳なさそうな顔をしたライオスお爺ちゃんが、香りからして花茶らしきお茶をカップに注いでいるところだった。
「大丈夫かの? その…悪戯が過ぎたかの。すまんかった…もし具合が悪いようなら医療院に連れていくが…」
「んー、どうだろう。それより…お茶を用意してくれたの?」
「…実験室で申し訳ないがの…どうせならと思って、昔のコンロを使ってみたんじゃ」
信奉石は一度力を起動させるとずっとエネルギーを放ち続けるからの、と、部屋の隅のコンロを指差した。おお、気付かなかったけどミニキッチンセットがあったのか、この実験室。
ちょっぴりどころか結構反省しているみたいだった。
いつもより声音が弱い。叱られるのを怖々待つ子供みたい…叱られるのが嫌ならやんなきゃいいのに。
もう…仕方ないなあ。
「そっか…ああもーー。お茶が美味しくないとお婆ちゃんに言いつけて叱ってもらうからねっ!」
「…それは嫌じゃのう。リオナさんが美味しく飲めるよう頑張るかのう」
「うん、頑張って! まだ目がチカチカするんだからっ!」
「…くくっ、そりゃそうじゃろうのう。私も目は閉じておったが…相変わらず眩い光じゃった」
「光どころじゃないよ、閃光弾だよ、これじゃ…」
反省はしたけど後悔はしてないのか、ちょっぴり思い出し笑いをするお爺ちゃん。
ほんと、しょうがないお爺ちゃんだ。
お茶を飲みながら話を聞くに、どうやらこの実験、新人初級神官が受ける洗礼らしい。
道理で最初っから楽しそうだと思ったよ。
まあ、私がこんなにも見事に引っかかるとは思ってなかったみたい。
そりゃそうだよね、こっちの世界の人なら大体予想がついただろうし。
「でも、あのシャンデリア、立派だけど明る過ぎるんじゃない?」
「まあのう、実はあれは、失敗品なんじゃ」
「…やっぱり」
あまりに明る過ぎるらしい(そりゃそうだ)。
夜会を彩る上品な光じゃないわよ、ナイター設備かと思ったわよ。
まあ、とにかくこの実験で分かったことは。
下級・中級・上級それぞれの階位の神官によって作られる信奉石はそれぞれ込められた信力の違いが明らかで、だからこそ上級・中級・下級とレベル分けされているってことだ。
一か月でエネルギーが切れるのはどのレベルも変わらない。
じゃあ何が違うのか? となると、この実験で分かるように信力=パワー、みたい。
元の世界の言葉で例えるとなると、その製品によって電気を食う量が違う…ってことなんだろうね。一般家庭の照明は下級信奉石のエネルギーでまかなえるけど、ナイター設備の照明は上級信奉石のエネルギーでないとまかなえない、みたいな。
しかしほんと、ライオスお爺ちゃんの悪戯にはやられたよ。次は勘弁してほしいなあ…。
そんな思いが通じたのか。
その後で、水色と薄紅色と朱色の石が「特別(な用途で使う)石」って言われる冷石、温石、熱石で、上・中・下級とレベル分けはされるけど「普通(にいつも使う)石」だから普通石、っていう説明はしごくマトモでちょっと胸を撫でおろしたり…。
あと、レベル分けって普通石のみに適用されて、温石・冷石といった特別石には無いのよね。
それでも同じ金額(1個3万グラバ)なら上級神官が信力込めた特別石の方がお得な感じすると思わない?
それと「水や炎や光を生みだす石は無いの?」って聞いたら、それは無に近い有から無理やり大きな有を生みだすような行為だから無理っぽいそうなんだとか。
ああ、そうだった。この世界、魔法とか錬金術とか無いんだった。
生活に根差した部分でエネルギー源のみファンタジーってのも変な感じだけどね!
オマケ話になるのかどうなのか。
この実験の後も、何のかんの言いながら、実験室(倉庫じゃないよ、もう実験室だよ!)に楽しそうに赴くライオスお爺ちゃんに引っ張られるようにして連れて行かれる渋っ面した私の姿がちょっとした名物になるのをこの時の私は予想してなかった。
+ + +
こうやって身体を張った(ほんとだよ!)実験や、授業でも教わったりもして、こちらの世界の一般家庭で使われる道具のほとんどが、下級・中級の信奉石でまかなわれることが多いと認識したんだよね。
下級信奉石で使用できるのは、ランプやコンロ、ストーブ。
中級はオーブンや冷庫、中級だと毎月1万グラバだから結構な贅沢品になる。田舎の一般家庭だと冷庫は温かい季節だけ利用、オーブンなんかは石焼窯で薪を使用する家も多いんだとか…そりゃそうよねえ。
意外なことにお風呂の湯沸かしは下級信奉石だった。
勿論、ランプやコンロに上級信奉石を使っても使える(大は小を兼ねるってやつね)けど、まあそんな勿体ない使い方はしないわねえ…。
上級信奉石でのみ使えるのは、王宮や貴族や豪商と言った富裕層の屋敷や大型店舗に使われる大型照明や送風機(クーラーみたいなもんね)、脱水機といった特殊な道具なんですって。
洗濯機じゃなくて脱水機って…って思ったけど、確かに洗濯物絞るって大変だもんね。
何となく気持ちは分かるわ。
他にもいろいろあるけど、よく使う道具はそんなところみたい。
とにかく、信奉石(普通石)は上・中・下級と関係なく、この大陸では誰にとっても必須のアイテムってことが重要だって知った。
当然、一番需要がある信奉石は使用率の高い下級と中級だけど、上級だって需要はある。
それに“ヒエラルキーのお約束”と言うのか、信奉石を作れる神官って、上級・中級・下級の階位持ちなんだけど…人数が少ないんだよねえ。
この世界で神殿に勤めている神官・巫女は、お爺ちゃんたちのような最上級神官・巫女をトップに、上級・中級・下級・一般・見習いを入れて総数約100万人。2千万の人口に対して5%って、多いのか少ないのか判断に困るところだけど、この世界の神(グラナバス神)と国(王族)と客人の窓口(神殿)の関係や神官が信奉石を作れることを考えると、結構妥当なんじゃないかと思う。
だけど、階位持ちの神官はどうやっても少ない。
本人の努力や信仰心、時には運も左右するだろうけど、能力の有無だけ個人差があるのはどの世界も残酷なまでに真実だもの。
100万人もの神殿関係者を有しながら、階位持ちは上級1%未満、中級10%、下級15%といったところで、残りは一般と見習いだ。上級神官・巫女は世界に9千人に満たないらしい。
おまけにどういう仕組みなのか、信奉石を作れるのは、何故か神官職のみという。巫女がどういう働きをするのかは割愛するけど。
とにかく、どの階位も神官と巫女で6:4の割合程度ってことから、上級信奉石を作れる神官は全部で5千人くらいしかいなくなるわけ。
人口2千万の世界に5千人の上級神官…。
そりゃ、私みたいな上級信奉石が作れる適性のある客人は喜ばれるわけよよね。
中級も下級も作れるわけだしね。
あと! これは結構重要!
自分でも実験してみたんだけど、信奉石って作ろうと思ったら神殿の祈りの間じゃなくても出来るのよ。だけど、その場合、エネルギー切れが早いんだよねえ。
何度か試してみたんだけど、部屋で作ってストーブにセットしたら3日くらいしかもたなかった。うーん、これも客人が信奉石で無駄に荒稼ぎ出来ないようにグラナバス神の差配なんだろうなあ。
でもって信奉石に関する見解を簡潔に述べると。
日常生活で必要なエネルギーを購入(お布施)の為には神殿に足を運ぶしかないんだから、この大陸からグラナバス神への信仰が薄れることは無いってこと、ね。
実にリアルな話よねえ。
…と過去話と説明ちっくになっちゃったけど、今は西(秋)一月目も下旬。
日本で言えば10月初旬。確かに寒くなってきているからか、私も自分で作った温石を寝具に入れて温めていたりするのよね。
神官さんとの話に共感した私。温石を多めに作成して提供しますよって提案してみたんだけど…。
「それは助かります! と言いたいところですが、リオナさんは明日お休みだそうですよ」
「え? お休み?」
「ええ、神官長様がお昼頃こちらにいらしてそのように。リオナさんにも説明すると仰ってましたが…、と、ちょうどいらしたようです」
神官さんの言葉に振り向くと、総務部門の扉を開けたライオスお爺ちゃんの姿が。
「ライオスお爺ちゃん、お疲れ様です。どうしたんですか?」
「リオナさん、ちょっと構わんじゃろうか? …リオナさんに話があってのう」
「お話、ですか?」
「うむ。ここではなんじゃから茶でも飲みながらにしようかのう」
ルイジールお爺ちゃんほどじゃないけど、いつも笑みを浮かべているライオスお爺ちゃんは珍しく困った顔をしていた。
あれ? 何だかシリアスな展開!?