表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/41

第23話 燃やされる証拠

 鉄扉の向こうから、紙を重ねる音が聞こえる。

「七年前の帳簿もだ」

 外套の男が言った。

「それと、女から回収した品もすべて燃やす」

 女。

 誰のことを指しているのか、まだ確証はない。

 それでも、胸の奥から冷たい怒りが込み上げてきた。

 この扉の向こうに、七年前の証拠がある。

 今ここで逃せば、二度と取り戻せない。

 俺は鉄扉の取っ手へ手をかけた。

 鍵はかかっていない。

 わずかに押すと、古い蝶番が軋みかける。

 手を止める。

 扉の重さを支えながら、少しずつ開いた。

 人一人が通れる隙間を作り、内部を覗く。

 石造りの小部屋だった。

 左右の壁には棚が並び、古い帳簿や木箱が積まれている。

 部屋の中央には鉄製の火鉢。

 赤い炎が、乾いた薪を舐めていた。

 白髪の老人は壁際に立たされている。

 外套の男は、一冊の帳簿を火鉢へ投げ入れようとしていた。

「待て」

 声を出した瞬間、外套の男が振り返った。

 帳簿が手から離れる。

 開いた紙束が火鉢へ落ちた。

 炎が紙へ燃え移る。

 俺は左手を向けた。

 生活魔法で生み出した水を、火鉢へ叩きつける。

 白い蒸気が噴き上がった。

「《冷気》」

 濡れた薪と紙が凍りつく。

 赤かった炎が消え、火鉢の表面を白い霜が覆った。

 帳簿の端は黒く焦げている。

 だが、すべてが灰になる前に間に合った。

「誰だ、お前は」

 外套の男が低い声で尋ねる。

 俺は答えなかった。

 鋼鉄の剣を抜く。

 外套の男も腰へ手を伸ばした。

 鞘から現れたのは、細身の短剣だった。

 人間を殺すための武器。

 魔物の硬い甲殻を砕くのではなく、鎧の隙間や喉を狙う刃だ。

「墓荒らしには見えんな」

 男は俺の革鎧と剣を見た。

「誰に頼まれた?」

 俺は火鉢の近くへ視線を向けた。

 焦げた帳簿。

 床に置かれた金属箱。

 箱の上には、炎をまとった剣の紋章が刻まれている。

 クロイツ家。

「その箱から離れろ」

 俺が言うと、外套の男の目が細くなった。

「これが目当てか」

 男が踏み込む。

 速い。

 短剣の切っ先が、真っすぐ喉へ伸びてきた。

 剣で払う。

 金属音。

 細身の刃が横へ流れた。

 だが、男は止まらない。

 短剣を手の中で返し、今度は俺の左脇へ突き出してきた。

 身体を捻る。

 刃が《耐久の革鎧》を掠める。

 表面の革が細く裂けた。

 もう半歩遅ければ、鎧の継ぎ目から肋骨の間を刺されていた。

 男が後退する。

 姿勢は崩れていない。

 魔物とは違う。

 俺の剣を見ている。

 足の位置も。

 呼吸も。

 次にどこを狙うのか、読もうとしている。

「剣の使い方は素人ではない」

 外套の男が呟いた。

「だが、妙だな。身体と技が馴染みきっていない」

 見抜かれた。

 七年前まで、俺は普通の町人だった。

 最低限の護身術は覚えていたが、戦いを仕事にはしていなかった。

 魔物を倒し、祝福によって身体は急速に強くなった。

 それでも、人間同士の駆け引きは足りない。

「どこの冒険者だ?」

 男が横へ動く。

 俺と金属箱の間へ入ろうとしている。

「答えれば、苦しまずに殺してやる」

「必要ない」

「何がだ?」

「お前に名前を教える必要がない」

 男の身体が沈む。

 今度は正面から来なかった。

 棚の陰へ入り、視界から消える。

 《危険察知》が右側へ強く反応した。

 振り向く。

 短剣ではない。

 男が左手から、小さな刃を投げていた。

 顔を逸らす。

 投げナイフが包帯を掠め、背後の壁へ突き刺さった。

 その直後、外套の男が距離を詰めてくる。

 短剣が腹へ迫った。

 鋼鉄の剣では、近すぎる。

 俺は左腕で男の手首を受け止めた。

 短剣の先端が革鎧へ触れる。

 男が体重をかけた。

 刃が少しずつ革へ沈む。

「死ね」

 左腕に力を込めても、押し返せない。

 男の方が、人を殺すことに慣れている。

 俺は左手を開いた。

「《氷塊》」

 小さな氷が、二人の間に生まれる。

 氷塊は男の顎へ直撃した。

「ぐっ!」

 男の頭が跳ね上がる。

 短剣の力が弱まった。

 俺は身体を横へずらし、男の手首を掴んだまま壁へ叩きつける。

 一度。

 短剣は落ちない。

 二度目。

 男は空いている手で、俺の顔を殴った。

 焼けた皮膚に衝撃が走る。

 視界が揺れた。

 掴んでいた手が緩む。

 外套の男は俺の胸を蹴り、距離を取った。

 俺は背中から棚へぶつかった。

 古い木箱が落ちる。

 石の床へ当たり、乾いた音が地下へ響いた。

 まずい。

 通路には、骨の魔物がいる。

 外套の男も同じことに気づいたらしい。

 扉の方へ視線を向ける。

 遠くから、骨同士が擦れ合う音が聞こえ始めた。

「魔物を連れてきたのか」

「俺ではない」

「どちらでも同じだ」

 男が火鉢の脇へ動いた。

 床の金属箱へ手を伸ばす。

 俺は剣を構えた。

「触るな」

「これが欲しいなら、拾ってみろ」

 男は箱ではなく、横に置かれていた油壺を掴んだ。

 蓋を外し、棚へ向けて投げる。

 壺が砕けた。

 黒い油が帳簿や木箱へ降りかかる。

 男が懐から火打ち石を取り出した。

 証拠を燃やすつもりだ。

 俺は左手を向ける。

「《氷塊》」

 飛ばした氷が、火打ち石を持つ指へ当たった。

 男の手から石が落ちる。

 その隙に踏み込む。

 鋼鉄の剣を横へ振った。

 男は短剣で受けた。

 細い刃と鋼鉄の剣がぶつかる。

 力では俺が上だ。

 男の短剣が押し返される。

 だが、男は無理に耐えなかった。

 自分から後ろへ跳び、剣の力を逃がす。

 着地と同時に、懐へ手を入れた。

 次の投げナイフ。

 《危険察知》は反応している。

 それでも、避ければ背後の棚へ火を放たれる。

 俺は前へ出た。

 投げナイフが右肩へ飛んでくる。

 《耐久の革鎧》で受けた。

 刃の先端が革へ食い込み、肩へ鋭い痛みが走る。

 だが、腕は動く。

 外套の男が目を見開いた。

 俺はそのまま剣を振った。

 男は短剣を上げる。

「《氷膜》」

 剣身を白い霜が覆った。

 刃同士がぶつかる。

 鋼鉄の剣から流れた冷気が、男の短剣へ移る。

 細身の刃を霜が這った。

 男の指まで白く染まる。

「何だ、これは……!」

 男が短剣を離そうとする。

 凍りついた指が、すぐには開かない。

 俺は剣を引き、男の右手首へ振り下ろした。

 刃が肉と骨を断つ。

 短剣を握った手が、床へ落ちた。

「があっ!」

 男が後退する。

 左手で切断された腕を押さえた。

 血が外套を濡らしていく。

 俺は剣先を向けた。

「誰の命令だ」

 男は荒い呼吸を繰り返す。

「言うと思うか?」

「ヴァルド・クロイツか」

 初めて、その名前を口にした。

 男の顔から、痛みとは別の表情が消えた。

 ほんの一瞬。

 それで十分だった。

「やはり、奴か」

「お前……何者だ?」

 男が俺の顔を見つめる。

 焼けた皮膚。

 包帯。

 何かを思い出そうとしている。

 七年前の俺の顔とは違う。

 名前も知らない。

 気づかれるはずはない。

 それでも、男の目に疑いが生まれた。

「まさか……」

 続きを言わせなかった。

 男が左手を懐へ入れたからだ。

 武器か。

 火をつける道具か。

 判断する前に踏み込む。

 鋼鉄の剣を、胸へ突き刺した。

 刃が外套と服を貫く。

 男の身体が震えた。

「お前たちが七年前に殺した男は、もういない」

 剣をさらに押し込む。

「ここにいるのは、すべてを奪い返す男だ」

 剣を引き抜いた。

 外套の男が膝をつく。

 口から血を流し、そのまま前へ倒れた。

 胸の奥には、何も入ってこない。

 神の祝福はない。

 人間を殺しても、力は得られない。

 だが、後悔もなかった。

 鉄扉の外から、骨の足音が近づいてくる。

 一体ではない。

 複数の骨が床を擦っている。

「扉を閉めろ!」

 白髪の老人が叫んだ。

 俺はすぐに鉄扉を押した。

 重い扉が閉まる。

 老人が壁際から太い閂を持ってきた。

 二人で扉へかける。

 直後、外側から強い衝撃が伝わった。

 鉄扉が揺れる。

 骨の指が、扉の隙間を引っ掻いている。

「どれくらい保つ」

「分からん。以前は、これほど魔物がいなかった」

「別の出口は?」

 老人は答えなかった。

 俺は血のついた剣を向ける。

「あるのか」

「……ある」

「なら、あとで案内しろ」

 老人の視線が、倒れた外套の男へ向く。

「殺したのか」

「お前も、あの男に殺されかけていた」

「だからといって……」

「七年前、ここへ何を運び込んだ」

 老人の身体が強張った。

 俺は金属箱へ近づく。

「知らないとは言わせない」

「中身までは見ていない」

「何を見た」

「クロイツ家の兵士たちだ」

 老人が震える声で答えた。

「七年前の夜、兵士が三人で箱を運んできた。誰にも開けるな。墓地の地下へ置いておけと命じられた」

「なぜ従った」

「断れば、私も家族も殺すと言われた」

「それから七年間、黙っていたのか」

 老人は俯いた。

「金も受け取った」

 脅されただけではない。

 こいつは金を受け取り、七年間口を閉ざしていた。

 俺が独房で拷問を受けている間も。

 マリエルが殺人者の妻と呼ばれていた間も。

「いくらだ」

「毎年、金貨が二枚……」

 剣を握る手に力が入る。

 老人が後ろへ下がった。

「すまなかった」

「俺に謝るな」

「では、誰に……」

「殺された女と、罪を着せられた男に謝れ」

 老人は俺の顔を見る。

 何かを察したように目を見開いた。

 だが、俺はそれ以上何も言わなかった。

 火鉢へ落とされた帳簿を拾う。

 表紙と端の数枚は焦げていた。

 冷気で凍った紙を、破らないよう慎重に開く。

 中には、日付と金額が並んでいる。

 七年前。

 マリエルが殺された直後の日付。

 検視を担当した医師。

 俺が店から逃げる姿を見たと証言した使用人。

 裁判所の書記官。

 それぞれの名前の横に、金貨の枚数が記されていた。

 支払者の欄には、クロイツ家の印。

 俺の裁判に関わった人間へ、金が流れている。

「帳簿だけではない」

 老人が金属箱を指した。

「兵士たちは、書類の束も入れていた」

 錠は開いていた。

 外套の男が処分するために開けたのだろう。

 蓋を持ち上げる。

 古い書類。

 革袋。

 小さな木箱。

 一番上の書類を開く。

 検視記録だった。

 マリエルの名前。

 年齢。

 死亡した日時。

 胸部の刺創。

 凶器は、店から見つかった短剣。

 そこまでは、裁判で読み上げられた内容と同じだ。

 だが、その下には見たことのない記述があった。

 首に残された圧迫痕。

 抵抗した際にできたと考えられる、両手の傷。

 そして。

 胸を刺された時点では、すでに意識を失っていた可能性が高い。

 俺が知る検視記録には、そんな文章はなかった。

 書類の端には赤い線が引かれ、削除を指示する文字が残っている。

 改ざんされる前の原本。

 マリエルは、いきなり俺の短剣で刺されたのではない。

 その前に首を絞められていた。

 裁判では隠された事実だ。

 書類を持つ手が震える。

 金属箱の奥に、小さな木箱があった。

 蓋を開ける。

 薄青い石のついた銀の髪飾り。

 俺は息を止めた。

「……マリエル」

 見間違えるはずがない。

 町の露店で見つけ、俺が贈ったものだ。

 高価な品ではなかった。

 マリエルは、それでも喜んでくれた。

 店へ出る日は、何度も髪につけていた。

 殺された日も、身につけていたのだろう。

 なぜ、これがクロイツ家の箱にある。

 証拠品として回収したのなら、裁判所か遺族へ渡されるはずだ。

 ヴァルドは、マリエルの遺品まで奪っていた。

 指先で髪飾りへ触れる。

 冷たい金属。

 それでも一瞬だけ、マリエルの髪に触れた感覚が戻った。

 笑っている顔。

 店の入口を掃く姿。

 俺の帰りを待っていた声。

 すべて、もう戻らない。

「返してもらう」

 髪飾りを握る。

「お前に奪われたものを、一つ残らず」

 目の前に文字が浮かんだ。

《復讐対象に関する証拠を獲得しました》

《証拠:改ざん前の検視記録》

《証拠:クロイツ家秘密支出台帳》

《証拠価値を確認しました》

《復讐達成率を再算定します》

《復讐達成率:15%》

 九から十五。

 六パーセント上がった。

 マリエルへの脅迫状だけでは、ヴァルドが事件当日に店へ向かったことしか証明できなかった。

 今は違う。

 検視記録が改ざんされた証拠。

 事件関係者へクロイツ家から金が支払われた記録。

 まだヴァルド本人がマリエルを殺した決定的な証拠ではない。

 それでも、七年前の裁判が正しくなかったことは示せる。

 俺は書類と帳簿を《収納》へ入れた。

 マリエルの髪飾りだけは、革袋へ包んで懐へ収める。

 これは証拠である前に、俺たちのものだ。

 鉄扉が再び大きく揺れた。

 閂に亀裂が入る。

 外から、何本もの骨の腕が隙間へ入り込もうとしていた。

「別の出口へ案内しろ」

 俺が言うと、老人が震えながら頷いた。

「その前に一つだけ聞く」

「何だ」

「七年前の夜、箱を運んできた三人の顔を覚えているか」

「二人は知らない。だが、一人は……クロイツ家の家宰だった」

 新しい手がかり。

 生きた証人。

 両方とも、ここで失うわけにはいかない。

 閂が音を立てて割れ始める。

 俺は鋼鉄の剣へ魔力を流した。

 白い霜が刃を覆う。

「案内しろ」

 老人が部屋の奥にある棚へ走った。

 棚を押すと、背後から狭い通路が現れる。

 俺たちが隠し通路へ入った直後。

 鉄扉を支えていた閂が、中央から折れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ