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7.変わり始めた日常

目覚めてすぐに日差しが目に入った。

朝日は暴力だ。眩しい光から逃げるようにベッドの中へ潜り込む。カーテンを閉めて寝たはずなのに、また妹が勝手に開けたな……。


仕事命の共働きの両親に代わり、妹は幼い頃から家のことをしてくれていた。


そろそろ階段を駆け上がり、大きな声で起こしにくるはずだ。

ガチャ…と扉が開く音がした。


『おにーちゃん!遅刻しちゃうよ!』

「坊ちゃん。そろそろほんとに起きてください」


妹の声ではなく男の声が聞こえ飛び起きた。

男は驚いた顔をしたが、すぐにいつもの気だるげな表情に戻る。


「お目覚めでしたら朝食を召し上がって早く支度してください。遅刻しますよ」


男の名前はキース。アルティナ家に仕える執事長の息子で、学園への入学にあたって俺の従者として着いてきた。


他の者では匙を投げるか泣き出してしまう俺の世話役だが、小さい頃から遊び相手として接してきたキースは、俺の扱いに慣れている。


そのため従者として抜擢された。


「キースか……」

「私以外の者が見えるのであれば、闇魔法の講習を受けることをオススメします。才能がおありかもしれません」


執事長の息子だから、元々の性格なのか。伯爵家の息子だからと物怖じせず、飄々としたまま俺へ嫌味を言ってくるのは屋敷の中でキースくらいだ。


整えられた黒髪に、清潔感のある身なり。左目のタレ目の下には泣き黒子。気だるげだがその所作にはどこか大人の色気がある……と、よくメイド達が騒いでいるのを聞いたことがある。


実際、キースは二つ上でどこか大人っぽい。顔もこうしてみると悪くないのだが、ゲームではモブとしてたまに出てくるくらいでほとんど登場しない。


「……なんですか?人の顔をジロジロと。気味が悪いですね」

「主人に対して気味が悪いとか言うな」

「失礼いたしました。」


生意気に笑いながら、キースは寝室へ朝食を運ぶ。ベッドトレイテーブルを置くと、出来立てのサンドイッチ、スープとサラダ、フルーツを置く。コップに水を注いでいる間に、さっそくサンドイッチにかぶりつく。


「お風呂はいかがしますか?」

「シャワーだけにする。そのまま寝たから気持ち悪い」

「そうですね。制服を脱いで寝ただけ褒めて差し上げます」


床に落ちていた制服やらシャツは、すでに回収されていた。

代わりの制服は、ハンガーにかけられ綺麗に用意されていた。本当に出来る従者だ。

ゆくゆくは父親の後を継いで、執事長へ成るつもりだろう。


今度はこちらをジロジロと見てくるキースに俺が怪訝な目を向ける。


「なんだよ」

「……今朝はサラダもお食べになるんですね」

「あ?普通だろ」

「坊ちゃん。いつもサラダは嫌がってあまりお食べになりませんから」


綺麗に食べ終わったサラダの皿を見て、そう言えば青臭いとかそう言う理由で嫌いだったんだと思い出した。


いつもはキースに口うるさく言われて仕方なしに一口食べて終わりにするのに、自分から完食したから不思議がられている。

前世では運動もしていたので健康志向。野菜はしっかり食べる派だった。記憶とは食の好みも影響されるのか。


「……腹減ってたからな」

「あぁ。お夕飯も食べずに眠られましたから」

「お前の小言がうるさいからだ」

「うるさくなるのも当たり前では?また授業をサボって、怪我までされて帰ってきて……旦那様になんと報告していいやら」


キースは俺の学園生活を定期的に実家へ報告している。たまに実家から生活態度を嗜める手紙が届くので、忖度なく報告しているのだろう。

幼い頃からの仲といっても、俺の親友でも理解者でもない。本来の雇い主、つまり父に言われた通りに俺の世話をしているだけだ。


敵でも味方でもないが、上手く扱えば良いように報告してくれるかもしれない。

……使いようはある。


「困るなら報告しなきゃいいだろ。あと、その坊ちゃんっての止めろって言ってるだろ。絶対外で呼ぶなよ」

「……俺にとっては小さい坊ちゃんなんですけどねぇ」


その言い方は、昔よく遊んでいた頃のキースの口調だった。


「二つ上ってだけだろ。ガキ扱いすんな」

「かしこまりました。ロイ様」


ニコリと笑い、キースが頭を下げる。


「さぁ。遅刻しますよ。ご準備ください」


朝食を食べ終え、シャワーを浴びて着替えていると、キースが近づいて来た。


「ロイ様。ちょっとよろしいですか?」

「なんだ?」

「右手のお怪我のご様子を確認させてください」


そう言って、俺の右手に触れた。

昨日、寮へ帰ってすぐ怪我はバレ、手当されたおかげで右手の拳は綺麗に治っていた。


「……完全に治癒してますね」

「お前にべたべたに薬塗られて包帯まで巻かれたからな。治ってなきゃおかしいだろ」


巻かれた包帯は寝ているうちに外してしまったらしく、朝には解けていた。


「確認を怠らない理由にはなりません。一応、今日もお薬をお持ちください」


塗り薬を手渡され、渋々ポケットへしまった。


「大袈裟な」

「その薬は本日また怪我をしないとも限りませんからね。ほんと、ロイ様の相手にしていると心配と薬が足りません。私の胃薬のストックも増やしておかなければ」

「はぁ?お前がそんな繊細かよ。今日もどうせその辺のメイドでもナンパしに行くんだろ」

「情報収集も立派な仕事です」


何を偉そうに、と俺は鼻を鳴らした。

女にモテる奴はこれだから。

着替えが終わり、身支度を整えながらキースに尋ねる。


「そういえば、今何時だ?」

「そうですね。……九時五分です」

「はぁ??」


思わず間抜けな声が出た。

朝の授業は、確か九時半からだ。ここから走って間に合うかどうか。


「お前!もっと早く言えよ!」

「何度も言いました。遅刻しますよと。それに坊ちゃん、急かすと烈火の如く怒るじゃないですか」

「坊ちゃんって呼ぶな!ああもう!もう行く!」


キースから乱暴に鞄を受け取り、慌ただしく寮を出た。

結局、教室に着いたのは遅刻ギリギリの時間だった。


駆け込んだ勢いのまま、教室の扉を開ける。大きな音に教室中の視線を集めたが、気にせず空いていた後ろの端の席へ座った。


「ロイ・アルティナだ。ギリギリで入ってくるなんて珍しい」

「昨日もほとんど見なかったから、さすがに来たんじゃない?」

「授業の邪魔だけはして欲しくないよな」


ヒソヒソと生徒たちの会話が聞こえる。隣にいた生徒は避けるように席を移り、代わりにいつもの取り巻きたちがやって来た。


「おはようございます。ロイ様」

「ロイ様お気に入りの美人の隣の席を取ってましたのに。こちらの席で宜しかったんですか?」

「ああ!お髪が乱れております!直しますね!」


くだらないことしか言わないので取り巻きたちの話は無視しつつ、教室内を見た。

……ユーリがいない。


いつもカイトやルーカスの近くにいるユーリの姿が見えない。あのピンク髪を見逃すはずはない…と、周辺を見ていたらカイトと目が合った。ぎろりと睨まれ、すぐに逸らされた。


むかつく。

俺のほうが先に目を逸らしてやればよかった。


そのうちに受け持ちの先生がやってくると、授業が始まる。


「おい」


まだ俺の髪を懸命に直していた取り巻きAに声をかけた。名前はなんだっけ。えーと……


「ダンケ」

「はいっ!」


ダンケは名前を呼ばれ嬉しそうに俺の横へ回り込んできた。


「あいつどうした。ユーリ」

「ユーリなら、今朝は体調不良で治癒室で休んでいるそうです」

「体調不良ねえ……」


関わらない為には、出来るだけ距離を置くことが大事だ。ユーリの動きはできるだけ把握しておきたい。

しかし、体調不良で休むほどのイベントがあったか?

……ダメだ。細かいイベントまでは覚えてない。


「田舎者で体は丈夫なんですから、どうせ仮病ですよ。どうします?今日もわからせてやりますか?」


ダンケが下衆な笑顔を作りケケケと妙な笑い声を出す。俺が賛同するのを待っているのだろうが、期待には応えられない。


「そういうのはもう飽きた。お前らがしたいならすればいい。別に止めんが、俺を巻き込むなよ」


と言っても、この二人だけではなにもできないだろう。今も俺の言葉に面食らってオロオロとしている。


「えっ……?え?ロイ様?!」

「うるさい。授業が聞こえない」


前世の癖で、万年筆のようなペンをくるくると回す。 大学の講堂のような教室に座っているだけで、妙に懐かしい気がした。今朝見た夢のせいかもしれない。


ゲームでは座学は飛ばされ、実習と実技ばかりだった。現実となったこの世界では、スキップなどない。

机に座ってコツコツと勉強しなければ成績は取れない。


生き延びるためにも成績を落とさないのは大事だが、将来のためにも知識は必要だ。


前世では勉強はできる方だったんだ。ゲームでの魔法の知識もあるし、楽勝だろ。

ペンを強く握り、神経を授業へ集中させた。



―――――――



午前の授業が終わりパンク寸前の頭を抱えていた。

前世の知識とは関係ない世界史と魔獣の生態講座。どちらも話を聞くには面白かったが、基礎知識ありきで進んでいく授業内容についていけなかった。

真面目に授業を受けてこなかったせいだ。


これでは、今までの遅れを取り戻すのは骨が折れそうだ。


この知識の浅さで、ゲームでのロイがどうやって進級していたのか不思議だが、一部の教員を買収でもしていたのだろう。


「ダンケ、ノート貸せ」

「え、あ、はい……」


終始戸惑ったままだったダンケからノートを受け取る。取り巻き二人のそこまで家は大きくなく、男爵程度だ。ロイに付き合って授業を不真面目に受けたりサボったりしていない。

ダンケのノートをパラパラとめくるが、字が汚くまとまっていない。


「……」


……使えそうにない。

次は取り巻きBのほうを振り向く。

ひょろっとした丸メガネがびくりと反応した。

こいつの名前は……


「……ラッツ。お前のノートも見せろ」

「は、はい!」


ラッツが急いでノートを差し出す。

それの中身を見ると、ダンケよりは綺麗にまとまっていた。意外と几帳面なのかもしれない。


「よし、ラッツ。明日から今までの授業分のノート全部貸してくれ」

「全部ですか?!」

「そうだ。あぁ、でも一度には量があって面倒だな。とりあえずひと教科分持って来てくれ。三日……いや、五日で返す」


入学して半年ほどが経っているが、ノートと教科書を見て要点だけおさえれば、まだ追いつけるはずだ。


「……」


素直に返事をするかと思ったが、ラッツは何か言いたそうに黙っている。おおかた、俺がノートを返さないことを危惧しているのだろう。


「貸してくれるよなぁ?」


顔を近づけ、丁寧にお願いすればラッツはぶんぶんと首を縦に振ってくれた。

よし、これでなんとか授業には追いつこう。


「仮にも友人に、脅すような真似は良くないな」


いつの間にかルーカスが席の前にいた。

少し後ろにリューも控えている。

相変わらず頭のてっぺんからつま先まで綺麗に整っている。


「……脅すなんてとんでもございません。お願いしていたんです。な!」


ラッツの首に腕を回し、引き寄せた。


「はい!僕は喜んでロイ様にお貸ししま…っす!」

「殿下の心配なさるようなことはございませんよ」

「彼、首が絞まりそうだけど大丈夫?」


ぱっと腕を離す。

ラッツが大袈裟に咳き込んだ。


「授業の遅れを取り戻そうとする気持ちはわかるけど、彼も日々の学習に必要だろう。良かったら僕のを貸そうか?」

「えっ!」

「授業の内容はほとんど頭に入ってるし、僕のノートは誰よりも的確で分かりやすいと思うけど」


まさか断らないよね?っという圧が優しげな笑顔から漏れ出ている。

断りたい…。


二人を見れば、露骨に目を逸らされた。それもそうか、王族に口出しできる度胸があればドラ息子の取り巻きなんかやっていない。


「後で使いの者に頼んで君の寮の部屋へ持って行かせよう」


ルーカスはそういうと、教室を出た。


「ロイ様!第三王子であるルーカス様から直々にノートをお借りできるなんて凄いです!」

「やはりロイ様のお家柄や素晴らしさは王族の目に留まるものがあるのですね!我々も鼻が高いです!!」


勝手に興奮して騒いでくれるが、俺としては喜ばしいことではない。急いで席を立つと、ルーカスを追う。


「殿下!……ルーカス殿下!」


廊下を歩いていたルーカスを呼び止める。


「なにかな?」

「失礼ながら、なぜ私にノートを?親しくしていただく理由がございません」


ユーリに嫌がらせをし、その度に注意を受けることのほうが多かった。


「君は僕に言ったよね?心を入れ替えたって。努力するクラスメイトの力になりたいと思うのは当たり前ではないかな」

「しかし……」

「あとは、そうだな。君とこうして話していることが理由かな」


ルーカスがニコッと笑顔を見せる。

笑顔の意味も言葉も真意もわからず、ますます混乱する。


「厚意は素直に受け取った方がいい。じゃあ」


立ち去るルーカスの後ろをついて歩くリューがこちらを振り返り、睨みつけながら舌打ちした気がした。


意味がわからん……。


なぜ、ノートを貸してくれるんだ。

そしてなぜ、睨まれ舌打ちされる。


ルーカスのお節介はユーリ限定ではないのか。そうだとすれば、王族のくせにどこまでお人好しなんだ。


「……めんどくさいことになった」


受け取れと言われた王子のノートをつっ返すなんてもうできない。

ここは大人しく借りてさっさと返そう。


とりあえず今は昼食をとり、午後の授業に向けて気合いを入れ直すか。

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