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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の七

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32/32

物語のある風景

 




 親宿にある文庫社の扉を開けたとたん、朱莉は真宵に飛びつかれた。

 何も言わずぐずぐずと泣く真宵の黒い頭を、朱莉はなだめるためになでてやる。

 そして、ゆっくりと今までの経緯を話して誠心誠意謝った。


「心配かけてごめんね。また、私の帰るところにしていいかな」

「……真宵の主さんだもん。弁士さんになるんなら、真宵のおうちが主さんの場所だもん」


 ずび、と鼻をすすりながら離れまいとする真宵を朱莉は思い切り抱きしめた。

 離れない真宵を抱きながら次いで勘助の言語りを開けば、現れた勘助はやっぱりかと苦笑のような表情になった。


「おー嬢ちゃんとうとう覚悟決めちまったのか。ま、智人の抑止力くらいにはなってやるさ」


 今までの経緯を話せば勘助はただそう言って朱莉の頭に手を置いた。

 あまりにもあっさりと言われて面食らったが、当たり前のようにこれからもそばに居ることを約束してくれたことにほっとした。

 こみ上げてくるうれしさに緩みそうになる頬をごまかすために、朱莉はあえて軽口を叩いて見せた。


「お酒さえ確保できれば、でしょ?」

「つまみもありゃあ言うことはねぇ。しっかしまあこれからが大変だねえ」


 しみじみと腕を組む勘助に、先ほどから見るからに浮かれている智人がはしゃいだ声で割り込んできた。


「そうですね朱莉様っ。御作文庫社の出発ですからね。ふふ、朱莉様の契約言神としてお役にたちますよ! 契約言神ですからね!!」

「智人、ずるい。真宵も契約する」

「だめですよっ朱莉様はまだ霊力の修練を積まれておりませんから、己で調整ができるようになるまで本契約は禁止されてるんです! だから僕だけ!」


 得意げな顔で真宵をあおる智人は大変にうざい。

 朱莉が弁士になると宣言してから万事この調子である。そろそろ朱莉もめんどくさくなってきたので、ぱちんと指をはじいてみた。


「智人。私の荷物ちょうだい」

「はいっ!」


 ささ、と差し出してきた智人の前で荷物をひもといた朱莉は、霊布にくるまれたものを取り出した。


「それ、は……!」


 智人が愕然とする中、布をほどけばそこにあるのは灰色の書物だ。

 不思議なことに朱莉がつけたはずの血の跡はなく、ただ意匠化された文様が浮かんでいる。

 朱莉はそっと表紙をめくると、声を発した。


「”定義されしはグレムリン、名を(らい)”」


 鮮やかな銀の曲線が伸び上がり朱莉の眼前へと凝ると、20代前半ほどの青年の姿をとった。銀色の髪を無造作に流し、軍服のような服がしっくりとなじむ雷は、紫の瞳を開くと朱莉に合わせた。


「マスタ-。再び会えてうれしい」

「今まで呼び出せなくてごめんね」


 朱莉が話しかければ雷は表情は変わらないものの、こくりとうなずく。頭頂部の獣耳はひくひくと動きその尻尾も軽やかに揺れていることで喜んでいることは察せられた。


「二人とも紹介する。私と契約したことになっている言神。名前は雷。これからここに住むことになるからよろしくね」

「かんっぜんに忘れてましたが、なんでそいつがいるんですか!」


 朱莉が勘助と真宵に紹介していれば、やっと衝撃を脱したらしい智人が詰め寄ってきた。


「だってこの子も私の契約言神になっているもの。というか私以外に語れなくなっちゃってるし、解析協力もしなきゃいけないしね。私が最後まで面倒見るのが筋でしょ」


 宗形は朱莉が弁士になると告げると、雷の言語りをおいていったのだ。

 ああ言っていたものの、契約がされている言神に対して解析はほとんど進んでおらず、唯一語ることのできる朱莉には解析協力が依頼されていた。

 そのため朱莉は雷を自分の庇護下に入れる代わりに、言神として外で過ごすことを了承させた経緯もある。

 ただ朱莉はこうすることでしか雷の自由を確保してやれないのは申し訳なく雷を見上げた。


「ごめん。私たちの都合で振り回して」

「いや。俺はあなたの声で存在を再定義された。だから俺はあなたに従う。好きなように使ってくれ」


 雷に灰色の書物ごと手を握りこまれ、紫の瞳でまっすぐ見つめられた朱莉はつい頬が朱に染まる。

 わなわなと震えていた智人がべり、と朱莉と雷を引きはがした。


「朱莉様に近いですよ若造!」

「? そうか?」


 きょとんとする雷に、ほうと息をついていた朱莉は火照る気がする頬のまま言った。


「さすがに近いわ。手を取られるのもびっくりするし」

「そうか。では抱きしめるのは」

「なんて破廉恥ですか!」


 かみつくように言う智人の反応に、ふむ、と雷は考える風だ。

 どうやら雷は海向こうの感覚で行動しているようだ。智人とはまた違う意味で心臓に悪いかもしれない。

 はあ、と息をついた朱莉に勘助はおかしそうに言った。


「嬢ちゃん、愉快なやつを連れてきたな」

「そう思うんなら助けてくれない」

「巻き込まれるのはごめんだ。真宵、酒もらうぞー」


 勘助は肩をすくめたとたん、厨房へと消えていった。

 鬼ごろし役に立たない。と朱莉が呆然としていれば、智人の一方的な言葉が響いていた。


「契約してしまった以上仕方ありません。百歩、いえ千歩譲ってあきらめましょう。ですがいいですかここでは僕の方が先輩なんですからね。その身をわきまえて犬畜生のごとく朱莉様に仕えなさい」

「いぬちくしょう。どういう意味のことばだろうか」

「獣のごとく這いつくばれという意味です。一番の新入りなのですから」


 どん引きの理論を展開する智人をさすがに止めようとした朱莉だったが、雷はふむ、とうなずくと、ぽんっと煙に包まれる。

 それが晴れた瞬間。銀色の犬に似た優美な獣がいた。

 大きさは狼よりも一回り大きいくらいだろうか。真宵はおろか、朱莉すら運べそうな巨体である。


「雷!? どういうこと!?」

『俺は元はグレムリンだが、こちらで雷獣の逸話も取り込んだ。だから二つの姿を持っているようだ。雷を扱うにはこちらの方が都合がいいらしい。言葉も雷獣の逸話がなじんだおかげでわかるようになった』


 雷の声を響かせ優美に尻尾を振る獣は、つぶらな紫の瞳で朱莉を見上げた。


『これで仕えればよいということだろうか。マスター』


 その問いに答えるより先に、朱莉はつやつやとした毛並みに吸い寄せられるように指を埋めた。

 指を通せ、毛並みは存外やわらかい。

 獣に対して深い思い入れがない朱莉でも、この毛皮の極上さはわかった。

 それに淡々としていながらもどこか軽やかな言葉に、雷自身が今の状況をそれほど苦に思っていないことが感じられ朱莉はほっとする。

 心のどこかが癒やされるような心地がして、雷は気持ちよさげに目を細めるのをいいことに朱莉がもふもふなでていれば、隣に真宵がたった。


 真宵はじっと雷を見つめると、ぽそりとつぶやく。


「新入り、ほかにできることは」

『お前は……この家のシルキーか。雷や電気に関すること、機械であればそれなりに詳しい。よろしく頼む』


 雷の返事に真宵は表情を一気に輝かせると、背伸びをして雷の銀色の頭をなでた。


「なおしてほしいものいっぱいある。よろしく雷」

「まよ、い、まで……!」


 我に返った朱莉が振り返れば、そこには愕然とした顔をする智人がいた。

 しかも若干涙目になっている。

 その表情はまるで見捨てられた犬のような有様だと朱莉が思っていたら、酒を抱えた勘助が戻って来て吹き出した。


「智人、おもしれえ顔をしてんな」

「……うるさいですよ勘助」

「残念だったなあ智人。今んところ俺も、嬢ちゃんにしかまともに読めねえしろもんだからな。好き勝手出来るとは思わねえことだ」

「真宵だって主さんのためだけにおうち整えるもん」


 にやにやとなぜかあおるようなことを言う勘助に真宵まで主張してきて朱莉はぎょっとする。

 しかし智人は見事に引っかかって、ぐぬぬと言わんばかりの形相で主張した。


「ぼ、僕は朱莉様に一番はじめに語ってもらいましたからね!」

「いやそんな必死にならなくったって」

「なります! せっかく朱莉様がこれからもそばにいてくださるんですから、ここは誰が一番か決めておかねば」

「おー良いじゃねえか。鬼のてめえが俺にかなうか試してみるか」

「望むところです」

「? よくわからないが俺もやる」


 勘助が刀を取り出し、智人は手袋を脱ぐ。さらに雷まで雷獣から人型に戻っていた。

 どうやら誰が一番か決めるというのは、腕っ節の方らしい。

 さてどうしたものかと朱莉がため息をついて居れば、どっと3人が居る床が揺れた。

 朱莉の立っている場所は全くゆれていない。

 見れば真宵が仁王立ちしていた。


「主さん困らせるのも、真宵の中で暴れるのもゆるさない」

「真宵ちゃん、かっこいい!」


 さすがに体勢を崩しただけで転がって居る者はいなかったが、3人とも引きつった顔をしていた。


「この家、では」

「真宵に逆らってはいけませんね」

「うむ……」

「なに」

「「「なんでもない」です」ぜ」


 こそこそと言い合う3人が真宵ににらまれたとたんまじめになるのがおかしくて、朱莉は笑ってしまった。

 外見上は幼い真宵に大の大人が神妙になっているのもある。

 だが形なき存在に、歴史上の人物に、西洋の妖精に、この和国で有数の知名度を誇る鬼。そんな自分とは遠い存在だと思っていた逸話の光景に自分が入り込んで居ることが不思議だった。

 しかしそれがこれからの日常になるのだ。

 智人の気遣いは的はずれで。あの村で失った平凡で温かい時間は失われている。

 だがこうして新しい居場所へと導いてくれたのも彼だった。

 優しくておかしくて怖くて、でも朱莉にとっては一番かっこいい特別な鬼。

 そんなことを言ったら調子に乗るだろうから、絶対に言わないが。


 ほんの少し騒ぐ気がする胸を押さえていれば、なぜか言神達が目を丸くして朱莉を見つめていた。

 その反応が解せなくて、朱莉は眉を寄せる。


「どうしたの」

「おいおい破壊力抜群だなあおい」

「マスターの笑顔はすごいのだ」

「主さんかわいい」


 驚く勘助に、したり顔で言う雷。真宵はどこか楽しげだ。


「朱莉様の笑顔だけで報われます」


 智人はなぜか満面の笑顔で応じてくる。

 まったく、人が笑っただけでなんてなんて騒ぎだとむすっとしかけたが、朱莉はまあいっかと思い直した。


「さ、みんな気が済んだ? 私お腹すいたのよ。ご飯作りましょ」

「何が良い主さん」

「そういえば、購入してきた材料はいろいろでしたが」


 真宵と智人の問いかけに朱莉はちょっと雷と智人を見て言った。


「どうしよう。エゲレス料理って知らないんだけど」

「俺も食べるのか」

「あらいらない? サンドイッチ、食べてたでしょ?」


 面食らった様子の雷は、朱莉の言葉にそっと顔をそらした。


「故郷のものに出会えてほっとしたのだ。こちらの食べ物も食べてみたい」

「じゃあ私の趣味でハンバーグと、豆腐の味噌汁で!」


 今日は退院記念なのだ。奮発したって良いだろう。

 うんうんとうなずいていれば、智人がそわ、とした顔をした。

 気づいた朱莉は智人をのぞき込んだ。


「確か、好物よね」

「……おぼえていらっしゃるのですか」


 目を見開いて息をのむ智人に朱莉はしたり顔をしてみる。

 朱莉の数少なく思い出した記憶にあったのだ。豆のおやつを持って言って食べていたときに、ものすごくうらやましそうにされたことを。


「たまたまよ。さ、真宵ちゃんできる?」

「任せて」

「僕も! 僕も手伝いますよ!」

「じゃあ西洋の兄ちゃんよ、俺と飲もうぜ」

「何を飲むのだ?」


 不思議そうな顔をする雷に酒を勧める勘助を居間に置いて。

 朱莉はどん、と胸を張る真宵と智人を連れて、厨房へ向かったのだった。


 その日の夕食は今までで一番賑やかで、ハンバーグと豆腐の味噌汁はいつもよりおいしい気がした。


これにてひとまず終幕です。

ご愛読、誠にありがとうございました。

この下にある評価などをぽちっとしていただけましたら仲間がいらっしゃったと小躍りして喜びます。

活動報告のほうにあとがきのようなものをちょこっとだけ書きましたので、よろしければどうぞ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 本を購入して拝読しました。とても面白かったです。続編を読みたいです。
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