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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の六

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29/32

あるべき姿に

 炎のくすぶる空間を鋭くかける鬼智人は言う。


「僕の逸話は曖昧ですが、言語りは数限りない鬼の集合体として定義されています。だからこんな、ことも、できるんです!」


 鬼智人は雷獣からあふれる紫電を捕まえた(・・・・)

 金の髪が翻る。


「雷は雷獣の専売特許ではないんですよ」


 煌々と輝く紫電を握りつぶした鬼智人は、にいと牙をむき出して雷獣へと迫る。

 それを横目に見ながら、朱莉は呆然とへたり込む丸山へと走っていた。


「丸山さんっ!」

「こ、来ないでっ」


 朱莉が呼べば自失していた丸山は、おびえた顔で後ずさる。

 それでも朱莉がかまわず突進すれば、足下に転がっていた木片につまずいて丸山を押し倒してしまった。

 ぴり、と手に痛みを覚える。おそらく木片で傷ついたのだろう。

 うっかりいつもの注意を忘れてしまったのだ、しかたがない。智人の本を開きっぱなしにするために、指を挟んでおけただけ上等というものだ。


「だ、だいじょ」


 朱莉が素に戻って心配すれば、朱莉の下で丸山さんはせききったように泣き始めた。


「どうして、どうして御作さんばっかり! わた、私だって頑張ってるのに!」


 御作さんばかり。そう言われて、朱莉はすこしほろ苦く笑った。

 朱莉の中で丸山という女性は主張のない影の薄い人だった。朱莉からは遠い普通の少女時代を歩んできた遠い人だと思っていたが。

 けれど、自分にも覚えがある感情に妙な親しみを感じたのだ。


「どうしてだろうねえ。なんで私ばっかりなんだろ。丸山さんみたく、普通に家族がいて普通にお勤めができたら良かったのにな」


 朱莉の言葉に、わずかな羨望が混じっているのに気づいたのか。丸山がえ、といわんばかりの顔をする。

 そのすきに、朱莉は彼女から言語りを取り上げた。


「あっ」

「ごめんね。丸山さん。でも謝るのはこの物語りを取り上げることだけ。ほかのことは謝らないわ」


 朱莉は片手で簡素な灰色の言語りを閉じてみるが、雷獣は衰える気配もない。

 やはり語り直すしかないだろう。

 不作法だが、マシな床に置いて物語りをぱらぱらとめくって見れば、中はすべてタイプライターでうったような活字で構成されており、雷獣についての逸話が書き連ねてある。

 無機質で、明らかにわかる大量生産の品に朱莉は胸の苦しさを覚える。

 だが眼前で暴れる存在は違うはずなのだと、朱莉はすでに気づいていた。

 丸山はこれはむりやり雑霊を閉じ込めたものだと言っていた。これを火にくべたとしてゆがんだものが元に戻る保証はない。

 ならば正しく語るしかないだろう。いま、ここで。

 ヒントはあった。雷獣は不完全ながらも閉じ込められて形を得たと言っていた。

 そして海向こうから来た、洋語をしゃべる、雷にまつわる存在なのだ。


「朱莉様、捕まえましたよ!」

「でかしたわ智人!」


 金の髪を翻した鬼智人が石榴の瞳を輝かせながら降り立つ。

 同時に雷獣が床にたたきつけられた。

 少々乱暴な気がするのは目をつぶろう。


 朱莉は二つの本をもって立ち上がりながら、床でのたうち回る雷獣に向けて思い描く。

 つい最近読んだのだ。西洋と東洋には驚くほど性質がよく似た妖魔がいるのだと感心した覚えがある。

 まだ語ることに恐ろしさは感じる。だが朱莉は思い知っていた。語ってからでなければ始まらない。話してみないとわからないのだ。

 なるべくなら、故郷のことを語る素直でまっすぐな彼に戻してやりたい。


 だから、朱莉は智人が見守る中、紫電の塊となっている存在に語りかけた。


「西洋には雷獣のような存在がいるの。それは元々山の上に住んでいて、空を飛び歩く妖精だった。だけど人間が機械を発明すると機械のそばに現れて、気まぐれに直したり、知識を授けてくれるようになった。だから人間は彼らを機械と電気を司る妖精と再定義した。その妖精の名は”グレムリン”」


 いびつな言神が、朱莉の言葉にびくんと体を硬直させる。

 智人が反応するよりも早く、朱莉へと飛び出してくる。


 だが朱莉は同時に声を張り上げた。


「”これなるは雷を駆りし獣なれど、機械と雷をつかさどりし新しき妖精なり! 雷を操り、人知を超えし知識にて様々な恩恵を与えし純粋で気まぐれな存在! 定義されしはグレムリン、名を……”」


 そこではっと朱莉は言葉を止めてしまう。

 朱莉は彼の名前を知らないのだ。急いで言語りをめくってもどこにも名前の記載はない。

 これでは言語りが成立しない。

 失敗だと悟ったらしい金色の智人が膝を曲げるのが見える中、ぐっと明るい光が照らされた。

 そこにはわずかに理性のともった紫の瞳と合う。


『お前が名付けてくれていい』


 声が聞こえたとたん、朱莉は考えるまもなくもう一度声を張り上げた。


「”定義されしはグレムリン! 名を(ライ)!”」


 雷獣の全身を覆っていた紫電が、いっせいに飛び散った。

 あまりのまばゆさに朱莉が目をつぶる寸前、智人にかばわれる。


 だがその紫電は朱莉を避けるようにすり抜け暗くなった。

 ちかちかする視界の中で目を開けると、炎に輝く銀が映る。


 その銀色は眼前にたたずむ青年の髪だった。

 すらりとした野性的に引き締まった体躯を黒と銀で構成されたかっちりとした服に身を包んでいる。

 彫りの深い西洋風の美貌を彩るのは紫の少しつり上がり気味のまなざしだ。

 そして何より特徴的なのが乱雑に跳ね回る銀髪の頭頂部に、三角形の獣のような耳が生えていることだった。

 一応銀の獣を想像していたはずなのだが、朱莉は困惑する。

 おかしい、なぜこうなったと考えながらも、その姿はなぜだかしっくりきていた。


 銀髪の青年は軽く地を蹴ったとたん、朱莉の眼前へと迫っていた。

 そして灰色の雷獣の物語を持った手を恭しくとられた。


「俺はグレムリン、名をライ。俺のすべてはマスターのものだ」

「は、い?」


 青年の口からこぼれるなめらかな和語に驚いたのもそうだが、その美しい所作に朱莉が絶句していれば、金色の智人が割り込んでくる。


「気安く触れるな朱莉様の慈悲で生かされているだけの存在が」

「だから俺はマスターの物だ。名付けられ契約はなされた。この身が朽ち果てるまで付き従おう」

「契約……? もしやっ!? 朱莉様少々失礼っ」


 智人の切りつけるような冷淡な物言いも意に介さず、銀の獣、雷が平然と応じるのに、いぶかしそうな顔をした智人ははっとした顔をする。

 ぼう、としていた朱莉は、智人に手を取られたとたん、手の痛みを思い出した。


「そういうことですか! いえいえ僕もどさくさに紛れてご主人様になっていただきましたし!」


 智人が雷にくってかかる声を聞いていた朱莉は、なんだかものすごくめんどくさいことになっていることを察した。しかしそれ以上はうまく物事が考えられなかった。

 まとわりつくような全身の重さと息苦しさを感じていたからだ。

 空間が暑いと思っていたら、周囲にはすでに火の手が回っている。

 これは、そろそろまずいのでは、と朱莉が思っていれば、どんっと鉄扉が飛んできた。

 振り返れば、黒い巨狼を従えた軍服姿の宗形が駆け込んでくる。


「おいお前たち……っ!? 大、丈夫そうだが、心底面倒なことになっているようだな」


 片手に言語りを構えていた宗形は、喧嘩をしている金色と銀色の言神、傍らでへたり込んだままの丸山。そして立ち尽くす朱莉を見つけてなんとも言えない表情を浮かべる。

 もうろうとしていた朱莉は、宗形があきれたようなほっとしたような顔をしているのを見てなんとなく安心した。


「とりあえず、そろそろ。気を失っていいかしら……」


 室内火災の中では、上方は空気が薄く有毒ガスが出るために立ち上がっているのは危険なのだったか。

 今更思い出しても遅い。

 ふら、とかすむ視界に髪が黒に戻った智人と雷が慌てる姿を映しつつ。

 朱莉は二つの書物を胸に抱くことだけは忘れなかったのだった。

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