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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の六

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26/32

人間関係はどうしようもない


 仕事を中断した朱莉は、灰色の獣と向き直った。

 このときほど、朱莉はまじめに洋語を習っておいてよかったと思ったことはない。

 ちょくちょく仕事でスペル直しを依頼されるのも許そう。

 ただしゃべるのは久々で不安だったが、朱莉の目の前にちょこんと座った灰色の獣は興奮のせいか尻尾を揺らめかせてそわそわしている。若干かわいい。


『なあ、故郷の言葉を語る娘。そして俺に故郷の味を供えてくれた娘。教えてくれないか。ここはいったいどこなのだろうか』

『私は朱莉でいいわ。ここは隅又商事……といってもわからないわよね。帝都東華にある人間の会社の倉庫よ。私はここで働いているの』

『……アカリ。帝都というのはエゲレスではないな。いつの間にこんなところに』

『あなた、どうしてここにいるのかわからないの。そもそもあなたはなに?』


 まずはそこをはっきりさせなければと朱莉が訊ねれば、灰色の獣は見てわかるほど悄然とした。


『わから、ないのだ』


 ふさり、と尻尾が揺れた。


『俺は故郷で自由に暮らしていたことは覚えている。人間の暮らしが変わり俺の権能が増えても、俺は俺のまま変わらないはずだったのに。憑いていたものが船に乗せられて海を渡ったと思ったら、魔道書のようなものに無理矢理閉じ込められたのだ』


 言語りに閉じ込められたのだ、と弁士と言語りを知る朱莉には察せられた。


『そのとき名付けられた名前みたいなものは?』

『らいじゅう、と呼ばれた気がする』


 灰色の獣はつたない発音だったが、朱莉は即座に言葉の意味を察して驚きを全力で隠した。

 まさか、この獣があの雷獣騒ぎの犯人なのだろうか。

 しかしたった一度とは言え朱莉が間近で見た雷獣と大きさも姿も違いすぎるし、この雷獣は理知的で会話すらできている。

 何かの間違いであってほしいとすら朱莉は思ったが、悄然とする灰色の獣は続けた。


『ただ己がゆがむのを感じて、抵抗したことだけは覚えている。そうして気がついたらこの姿でさまよっていたのだ。それ以降己を封じた魔道書をずっと探しているのだが。時折音が聞こえると意識が途切れるのだ』


 灰色の獣の言葉に朱莉は彼が最近ちまたを騒がせている雷獣であると確信できてしまった。

 どうしたらいいのだろう。

 反応からしておそらくこの雷獣は暴れた時の記憶がないのだ。でなければ被害者である朱莉にここまで平静に話すわけがないだろう。

 朱莉の出方を見ているという考え方もできなくはないが。と考えていれば、ゆるりと雷獣は眼前に正座する朱莉を見上げてきた。


『力尽きかけて腹がすいていたとき。お前がくれたサンドウィッチは身にしみた。改めて礼を言いたい。故郷の味をくれてありがとう』


 この雷獣、素直すぎるのである。

 成人男性の声をしているが、純情、洋語でならピュアとでも称したくなるようなまっすぐさだ。これでだまされてしまうのならいいかもしれないと思うほど。

 そもそも簡単に害せるちからを持っているにもかかわらず何もしてこない時点でこの雷獣の性質はわかりきっていた。


『いや、いいのよ……。腹の足しになったのならよかった』

『うむ、お前の声でなぜだか力が出たのだ。うれしかった』


 朱莉は雷獣にそうかえしながら、乏しい知識で状況を把握しようと努める。

 言葉の端々から察するに、この雷獣は海の外から東華に来て言語りに封じ込められたのだろう。しかし何かの弾みで逃げ出した。のだろうか。


『まって、あなたずっとえーと姿を保っているの?』

『ああ。意識が途切れて我に返ると、なぜか全身に力が満ちているのだ。意識が途切れるのは嫌なものだが、俺を封じた魔道書を見つけるためにあきらめている』

『魔道書……ええと言語りの場所がわからないのね』


 言神なら言語りの場所がわかるものだとばかり思っていたが、そうでもないのだろうか。

 切実に宗形に話が聞きたかった。これは自分の手に余る。

 一番の解決法はこの雷獣をばれないように連れ出し、宗形に引き合わせることだろう。

 しかし言神なら言語りから長い距離を離れることはできないはずだ。

 そこで、朱莉は勘助の言葉を思い出した。


「確か屋敷の外までなら活動範囲って言っていたわ。つまり雷獣の言語りもこの倉庫かこの建物の中にある可能性が高い……?」


 なら、なぜここに言語りがあるのか。弁士のいる文庫社でも書物がたくさんある貴族の屋敷でもない、普通の商事の会社である。むしろ言神など言語道断と切って捨てかねない場所だ。

 ぞわぞわと、朱莉の背筋に嫌な予感が走った。


『アカリどうしたのだ。その言葉ではわからぬ』

『ごめんなさい。ねえ私もあなたが封じられた本を探すわ』

『本当か! それは心強い!』


 身を乗り出さんばかりに食いついてくる雷獣に朱莉は若干引いたが、これは放っておくべきではないだろう。

 だが朱莉は、この言神を見捨てたくないという心に気づいていなかった。


『ねえ、あなたはどうしてこの倉庫にいるの』

『それは、なぜだったのだろう……』


 ぼんやりとどこか茫洋とした雰囲気になった雷獣に朱莉ががっくりくる。


『わからないのだ。気がついたらここにいてだな。この場所にいれば体を保っていられるのと、魔道書が近くにある気がするのだ』

『わかったわ、どこの方角っていうのはわかる』

『う、うむ……あ! 近いぞ!』


 ぱっと表情を輝かせた雷獣に驚いた朱莉は辺りを見回して、すりと草履の足音が聞こえて振り返る。


「御作さん、なにしているの」

「っ丸山さん」


 朱莉はぎくりとして、立ち尽くす丸山を見た。

 朱莉の眼前には雷獣がいる。ここまで明るい場所だとこの雷獣を犬とごまかすのは難しいだろう。

 だが無理やりにでもごまかして雷獣の言語りを探さねばならない。でなければ雷獣をここから連れ出すことすら難しいのだから。


「ごめん。丸山さん。例の倉庫に紛れてる生き物を見つけて私の知ってるこだった……」

「御作さん、それが見えるのね」


 なんとかいいわけをひねり出そうとしていた朱莉は止まった。

 ゆるりと瞬いた丸山の視線は、朱莉を通り越して雷獣に注がれている。

 言神は実体化しなければ普通の人の目には見えないのだという。訓練を積んだ弁士や普段から言語りに触るなど親しんだものであればその限りではないらしいが。

 そして朱莉は言語りと言神に囲まれて生活したから見る目が養われた。

 ならば丸山はなぜ見えているのか。いいや違う、なぜ明らかに普通の獣ではない雷獣を見てこれほど落ち着いているのか。だ。


「丸山さん……? 見えるってどういう」

「しかも御作さん、あんなに荒れていた雷獣も手なずけちゃって。うらやましいなあ。私はこれがないと自由に動かせないのに。ずるいなあ」


 朱莉が問いかけても取り合う気はないのか、丸山はぶつぶつと独り言のように言葉を続ける。普段おとなしい彼女が、全身から漂わせる重い空気には危うさがにじんでいた。

 その丸山が片手に携えていた単行本に朱莉は驚いた。

 背後の雷獣が吠えるように言った。


『それは俺の魔道書!』


 たちまち雷獣が飛び出そうとしたが、丸山はぎゅっと本を握った。


「伏せて”雷獣”」


 丸山のとがった声が響いたとたん、雷獣は床にたたきつけられるようにその場に伏せる。

 ぎりぎりとあらがおうとしているようだったが、うまくいかないようでのたうち回っている。

 言語りの強制力なのだろう。


「おかしいな。こうすれば全然動けなくなるって話だったのに。まあいっか。今何時だったっけ……」

「丸山さん、どういうことか教えてくれる。あなたがなぜ言語りを持っているの」


 不思議そうに手に持つ言語りをぱらぱらとめくっていた丸山を、朱莉は険しくにらみつけた。

 雷獣、と彼女は呼んだ。ならば明確にこの言神のことを知っているのだ。

 朱莉の様子に気づいた丸山は、マーガレットに結った髪をなでながら淡くほほえんだ。


「うん御作さん。私あなたがうらやましかったの」


 全く、話がかみ合わない。彼女の様子のおかしさにうすうす気づいていながらも、朱莉は彼女の話を聞くしかない。


「私と一緒に入社したのに、お仕事ができて男性社員さんにも対等に話して頼りにされて。しかも美人で洋語までしゃべれてすごい人だと思ったの。私にないものたくさん持っていてあこがれだった。でもね私だって頑張ってたの。兄弟たちを食べさせてあげるのは私の役目だったから。それなのにいくら頑張っても御作さんは全部私よりもできるの」

「そんなこと気にしなくったって……」

「私は気にするの!!!」


 悲鳴のような声音に朱莉は飲まれた。


「私が一つできる間に、御作さんは十ができた。結婚だってしなくていいって言っていたのに、あんなきれいな男の人と婚約してたり、私が話しかけられなかったのに隠師様とあんなに親しく話していたり」


 ひどくよどんだ言葉を漏らす丸山の淡いほほえみはこわばり、引きつっていた。


「私にだって一つくらい御作さんよりできることがあったっていいじゃない」

「……もしかして、それでその言語りを使い始めたの」


 ゆっくりと朱莉が聞けば、丸山はにっこりとほほえんで銀色を帯びた本を胸に抱いた。


「うん。この「物語り」っていう本を使いこなせたら、男性社員よりもお給料をくれるって約束してくれたの。だけどねこれは不良品らしくて、いろんな場所に逃げていたんだって。でも私はこうして近くに呼び寄せることができたの。だから試験を受けられるのよ」

「物語り? それに試験って……」

「うん。この会社にふさわしくない社員をね。処分する役割」


 ぱらりと言語りを開いた丸山に、朱莉は青ざめた。ふさわしくない社員とは明らかに朱莉のことだ。


「ね、御作さん。いま文庫社の管理人をしているんですって? だめよこの会社、弁士も言神もなくそうとしているんだから」

「あなたのそれだって言語りでしょ。弁士のまねごとじゃないの」

「それが違うんだって。これは人間が言神をもっと使いやすいように、あえて歪めて封じたものらしいよ。だから弁士じゃない私でも言うことを聞かせられるの。会社は今度はこれを売り出そうとしてるみたい。私はいわば試運転をしている訳だから、とっても会社に貢献してるね!」

「物語りを、売る……!?」


 想像の範疇を超えた話に朱莉が絶句すれば、にこにこ笑う丸山はその物語りの頁をなでる。


「うん、幹部の人がいうにはね、あれだけ強力な力を発揮できるのなら、もっと使いやすくして兵器にすればいいって考えらしいよ。そこら辺にいる雑霊?を適当に封じ込めて、燃料にするんだって。だから何度か使うと使えなくなっちゃうんだけど。武器だからそれくらいでじゅうぶんだろうって。ばかだよねえ。女だから何にもわからないって思っていろんなことを話してくれるの。私にだってそれくらいわかるのにね」

「それで、どうして私を殺すの」


 あざけりを混じらせる丸山に、朱莉が少しでも逃げる時期を見つけるために話を延ばす。


「うーん。御作さんじゃなくてもいいみたい。でもこんなことをしてるって弁士協会にばれかかってるみたいでね。そんな中この雷獣が逃げ出して、どうにかして疑いの目をそらしたくて自社寮を燃やしたんだけど、この子が逃げ出しちゃってそりゃあもう大変」


 予想外のところにつながって朱莉は驚きに目を見開く。


「うん、私も聞いたとき驚いた。だけどうまくそらせなかったから、自社の社員が一人くらい死んだほうがいいんじゃないかって話になったみたいよ。で、ちょうどいいときに、御作さんが弁士とつながりがあるって知ったのよ。私が幹部の人に教えたら処分してくれって言われたわ」


 丸山は淡くほほえんだ。

 ああこの会社も、彼女も本当にどうしようもない。朱莉に考えられるのはそれだけだった。まさかここまで愚かな会社だとは思っていなかったのだ。そしてその愚かさで己が死に直面していることも。

 背中にじっとりとした冷や汗を感じながらも、朱莉はじっと丸山をにらみつける。

 このようなことで負けたくなかった。


「いいように、使われているって自覚、あるのかしら」

「……やっぱり御作さんはそうでなくちゃ。うん。たぶん私もいつかは御作さんと同じ立場になると思うよ。でも」


 ほのかないらだちと喜びが混じる丸山の言葉を遮るように、ぼーんぼーんと時計が一斉に定刻を知らせる鐘をならす。

 同時に響いたどこか心を不安にさせるような旋律は、朱莉が鵺退治の前に聞いた曲だ。

 すると拘束されていた雷獣の体がびくりと跳ね、苦痛を感じているかのようにのたうち回る。

 雷獣の体が紫電を帯びてどんどん膨張していく。

 それはまさに朱莉が間近で対峙したあの化け物と同一に変貌した。


 その背後には、泣きそうな顔を無理矢理笑みに歪めた丸山がいた。


「今このときだけは、御作さんより私の方ができる子だもの!」


『グオォォ……ッ!』


 咆吼する化け物に、朱莉は背を向けて逃げ出した。



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