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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の六

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25/32

再会の残業

 


 結局、朱莉の熱は翌日も引かなかった。無理を重ねていた結果が吹き出していたのだろうと思い、朱莉はあきらめて智人に会社を休む連絡を入れてもらった。


 真宵は寝込む朱莉を後ろめたいような素直になれないような様子でじっと見つめていたが、顔を合わせないまでもおかゆや暇つぶしの本を差し入れてくれた。

 それでも本は最後の抵抗なのかすべて娯楽小説だったり言神関連のものだが、朱莉は試しにと一冊一冊読み進めていった。

 はじめこそ緊張した朱莉だったが、あっさりと物語は朱莉の頭に滑り込んでいった。

 あっけない。今まで忌避していたのが嘘のようだと思う。

 結局ほぼ一日中読みふけってしまったものだ。


「西洋にも、ずいぶん神魔はいるのねえ」


 海向こうの国の神魔についての逸話集を閉じた朱莉は、ふうと息をついた。

 神魔の逸話は本物もあるが長い年月がたつごとに作り話などが入り込み、どれが本物の逸話かは検証が必要になるのは西洋も東洋も一緒のようだ。

 しかしそれ故に時代を経るごとに新しい逸話が生まれることもあるらしい。

 西洋と東洋で似た神魔もいて読み比べるとなかなかおもしろかった。


 意外にも、宗形のほうから見舞いに来て朱莉は驚いたものだ。

 明日は仕事に行こうという日だったため、寝室でいくつかの雑談の後、本当にここの管理人をやめるかと問いかけられた。それにうなずけば、宗形はそうか。と言った。


「もう少し、君には続けてほしかったんだがな。俺の仕事が減るから」

「素直ですね。でも引き留めないんですか」

「まあなるようにしかならん。言神は神だ。神に関わるとなればそれ相応の覚悟と代償が必要になる。無理強いはしないさ」


 あっさりと言った宗形は朱莉にいぶかしげなまなざしを向ける。


「なんだその鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」

「いえ、ものすごくまじめなことを言うものですから驚いて」

「君は俺をなんだと思っているんだ」


 おとぼけ不良軍人。とは言えず朱莉が曖昧にほほえんでごまかせば、宗形は渋い顔でため息をついた。たぶんばれている。


「まあともかく。離れるというなら引き留めはしない。だが同時に否応にも引き寄せられる人間というものはなぜかいるものだ。そうなったときにはあきらめてくれ」

「何ですかそれ」


 とんちのような言葉に朱莉はいぶかしく思ったのだが、宗形は話を変えた。


「とはいえ家移りは月末まで待っていてくれ。今は物騒でな。人のいない文庫社を作りたくはないんだ」

「物騒というと、言神が突然暴れ出す事件が頻発していることですか」

「まあそんなところだ。あらかた見当は付いたからな、それくらいにはかたをつけられるだろう」


 宗形に相変わらずやる気は見えなかったが、これが彼の普通なのだろうと思えば朱莉は任せるだけだ。

 ならば、先ほど話した隅又商事についても取り越し苦労だったかな、と思いつつ。



 そうして家移りは月が変わってからということで落ち着き、朱莉はその翌日出社したのだった。




 *




 しっかり休んだおかげで全快していた朱莉は、たまっていた自分の仕事を片付けると方々の社員の手伝いに回っていた。


「御作さん、病み上がりなのにそんなにお仕事して大丈夫?」


 丸山がおずおずと聞いてくるのに、ほかの社員から引き受けた仕事を片付けながら朱莉は応じた。


「大丈夫。むしろ今は助かるわ。家に帰りづらいから……」

「何かあったの? 家の人と折り合いが悪くなったとか」


 案の定驚く丸山にうっかり口を滑らせた朱莉はどうしたものかと思う。


「いやその、ちょっとね。看護はしてもらったのだけど。寮に移るって言ったら、家の子にすねられちゃって」


 結局、無難に真宵のことを持ち出した。

 本当は熱が出た夜、肌をさらしたあげくさんざん暴露した自分の醜態が恥ずかしくて智人と顔を合わせづらいのだが。

 自分では正気だと思っていても、熱は判断能力を鈍らせるらしい。

 傷があるから嫁に行く気もないし、見せた相手も男性に見えても人ではない言神だからよかったものの気まずさを覚えていたのだ。

 一応会話はしているから気づかれてはいないだろうが、それで朱莉の気が落ち着くわけではない。

 今思い返しても、自分がどうしてあんなに情緒不安定だったのかわからない。ただ夢見は悪くなくなったのにはほっとしていた。

 あと一日二日たてば元通りに戻れるだろうから、今だけは許してほしかった。

 気恥ずかしげにしながら資料をまとめる朱莉をじっと見ていた丸山は、きゅと手を前で握り合わせて言った。


「なら、御作さん。手伝いを頼んでいいかな」

「珍しいわね。何? 私が休んでいる間迷惑かけただろうし、何でもやるわよ」


 朱莉がさっぱり言えば丸山はぎこちない笑みを浮かべてありがとうといった。


「音楽時計の倉庫にネズミか何か入り込んじゃったらしくてね。製品が傷ついていないか点検するついでに、あわよくば捕まえてほしいって頼まれちゃったの」

「それ一大事じゃない? 捕まえられっこないのにそんな命令出したの誰よ」

「その、断り切れなくて……私一人じゃきっと捕まえられないだろうから。助けてくれないかな」


 あきれた声を出せば、丸山さんは身を縮こまらせてしまい朱莉は少し反省する。

 少し言葉に険があると男性社員に陰口をたたかれているのは知っているのだ。

 けして彼女を萎縮させたい訳ではないから、朱莉は声をすこし和らげて言った。


「もちろんよ。丸山さんの頼みだもの」

「あり、がとう」


 ぎこちなくほほえむ丸山の手が、かすかに震えていることを不思議に思いつつ、朱莉の午後の予定が決まった。








 隅又商事の倉庫は、本社の裏手にある。

 この一等地に贅沢に思えるが、顧客はこの帝都内の富裕層のため、ここから帝都各地に運搬する方が効率的らしくそのまま使われていた。


「ごめんね、ほんとうにごめんね」

「いいわよ。これはお礼でもあるんだから。にしてもまさか五坂課長に見つかるとは思わなかったわね」


 平謝りしてくる丸山を適当にいなしつつ、朱莉は板に乗せた冊子通りに梱包されていたり、されていなかったりする柱時計を確認していった。

 朱莉と丸山はここに来る前に五坂課長にめざとく見つかったのだ。

 ひやりとしたが、五坂課長はいつも通りの嫌みの後、こんこんと言い聞かせてきたのだ。


『いいかね君たち、6時までには終わらせて倉庫を出るのだよ。電気代だってただではないのだからね! 残業代も出さないのだから帰りなさい!』


 口を極めて言われて這々の体で逃げてきたのだ。

 あそこまで言われるとは思っていなかったために朱莉は戸惑ったのだが、ひとまずは丸山の仕事を手伝い始めた。


「電灯を落とされたらまずいから、手分けしてちゃちゃっとやっちゃいましょう」

「う、うん」


 おずおずとうなずく丸山と別れ、朱莉は広々とした倉庫内に並ぶ柱時計の中を丁寧にすり抜けながら確認をしていった。

 この時計の一つに傷をつけるだけで朱莉の給料も首も吹っ飛んでしまう。

 どんくさいのを自分が一番よくわかっているから特に慎重にやっていった。

 それにしても柱の音楽時計がここまで人気だとは知らなかった。

 かち、こち、かち、こちと動いているものも散見する。

 おかげで時間もある程度わかるから助かるが、この時計一つ一つを確認するのは一人では無理じゃないかと改めて思う。

 この会社の人間は人の使い方が相変わらずへたくそだな、と朱莉は思いつつ柱時計の傷の有無を確認していく。

 と、何か視界の端で動いた気がした。


 動くものはいないはずだ。一緒に入ってきた丸山は朱莉とは反対の隅にいるはずなのだから。


「まさか本当にネズミがいるの」


 朱莉はどうしたものかと悩んだ。

 なにせ朱莉のどんくささはすがすがしいまでに折り紙付きだ。足の速い小動物なんて捕まえられるはずがない。

 だが本当にいるかどうかの確認はしてもいいかもしれない。なにせ朱莉の見間違いかもしれないし。

 朱莉は精一杯足音を殺して突き当たりの隅までゆくと、そうと顔をのぞかせてみる。

 瞬間、こちらに向けて、何かが飛びついてきた。

 声を上げる暇もなく朱莉はその場に尻餅をつく。


 着物越しに爪が食い込むのを感じた。痛くはないが完全に胸に乗られてとっさに身動きがとれない。

 さらに灰色の体毛とすっとした犬のような狐のような顔つきをした獣に見覚えがあった朱莉は目を見開く。

 氷比谷公園でサンドイッチを分け合った犬もどきだったのだ。


 灰色にすこし紫が混じった瞳をした犬もどきは、その牙をむき出しにして朱莉にうなった。


『俺の魔道書はどこだ! でなければ貴様ののど笛を噛みちぎ、……お前、は』


 だが、そのうなり声は尻つぼみになり困惑に変わる。

 朱莉もまた全く状況を理解できなかった。

 多少大きさが一回りほど違うが、あのときサンドイッチを分け合った獣に間違いはないだろう。

 しかしこうして間近で見てみれば、犬っぽいだけで犬でも狐でもましてや狸でもないのは明白だ。なにせ朱莉は狐も狸も見たことがあるので。

 さらに言えばこの獣は今、洋語……つまり海向こうの言葉をしゃべっているのだ。

 犬はしゃべらない。ましてや洋語なんてものは。

 そしてその銀色の瞳に理知的な色を見つけた朱莉は思わず問いかけていた。


「もしかして、あなた言神なの?」

『……ああまた異国のことばだ。ここは俺にはわからんものであふれている。ここは、いったい、どこなんだ……』


 呆然と悲しみに満ちた声音でしおしおと長いしっぽを下げて、うずくまろうとするその獣に、朱莉は頭を高速で回転させた。


『まって、私にはわかるわ。これであなたにも聞き取れるかしら』


 女学生時代にたたき込まれた、洋語を口にすれば、獣の銀の瞳が大きく見開かれた。

 ぎゅ、と胸元に乗ったままの前足の爪が立てられる。


『お前はわかるのか……っ』

『ごめん、早口にされると聞き取れないわ。久々に使うから慣れてないの』

『懐かしい……まさか、ここで聞けるとは思っていなかった』


 呆然とする獣に、朱莉はほっと息をつき苦笑した。


『とりあえず、私の上から降りてくれないかしら。あなたと話がしたいわ』


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