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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の四

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13/32

副業のはじめ時

 平日は通勤。休日は文庫社の手入れをする二重生活が始まり、半月ほどが経過した。

 あれ以降智人が社に来ることはなかったが、ひとしきり女子社員やほとんど接点のない社員にまで根掘り葉掘り探りを入れられた。

 聞き流すのもそろそろ疲れてきたもののとりあえずは平穏だったが、文庫社のほうで新たな問題が浮上していた。


「ぐう、ガス代光熱費がこんなに高いなんて思わなかったわ……」


 居間のソファで、月が変わったために届けられたガス屋、電気屋からの請求書を見ていた朱莉は顔を引きつらせていた。

 だが隣に控える智人も請求書をのぞき込んでいたが、不思議そうにしている。


「そんなに高いですか? いつもより少ないと思いますが」

「屋敷基準だったら低いのかも知れないけどね。私が暮らしていた部屋の5倍はあるわよこれ。盲点だったわ」


 眼を丸くする智人に、朱莉はため息をついた。

 朱莉の住んでいた6畳1間は電灯がひとつとガスのコンロと流しの台所がついた部屋だった。トイレは共同、風呂は銭湯というそれはこの東華ではごくごく一般的な作りで、朱莉も普通に光熱費や管理費を支払っていたものだが。

 これほど広い屋敷、朱莉が1人で住むだけでも、付ける電灯の数も違えば、使う水の量も違う。

 なにより朱莉は風呂の誘惑に負けて、毎日のように湯を沸かしている。水を洗濯に回していても恐ろしい水道代がかかっているのは当然だった。

 だって一人じめできるお風呂は最高だったんだ。と朱莉は全力で主張する。


「それに、この食費……一体何人家族の食費よ。真宵ちゃんの洋食がおいしすぎて吹っ飛んでたけど、お金かかるものだったわ」

「ごめんなさい、主さん」


 いつの間にやら現れた真宵がしょんぼりと肩を落とすのに、朱莉は苦笑いを浮かべながらも慰めた。


「気にしないで。今は和食中心にしてもらってるから抑えられてるし。ただまあ、この光熱費をどう払うかよね……」


 朱莉はせっせと付けていた家計簿と合わせて悩み込んだ。

 すでに宗形からもらった支度金は底をついている。智人と真宵に預けて、仕事で忙しい朱莉の代わりに切れていた電灯やふきんなど生活用品を整えてもらっていたため、代償として節約と縁のない使いかたとなっていた。さらに先を争って朱莉に何かを食べさせようとしたために普通ならひと月は持つ金額が消えていたのだ。貯蓄をするのであれば、いろいろ考えねばなるまい。

 智人がおずおずとした様子で声を上げた。


「あの、僕が共に食べるのをやめたら良いのでは」

「うーん。どうせ、1人分だけ作るのも2人分作るのも経済的には一緒でしょ。ならつまらないから一緒に食べてくれたら嬉しいわ」

「洋食はやめるね」


 ソファのひじ掛けに手をつきしょんぼりとする真宵の頭を、朱莉は撫でてやった。


「週一くらいにしてくれるとありがたいわ」


 とはいえ自分の欲望に忠実な朱莉が言えば真宵は嬉しそうににっこりと笑った。

 またうりうりと撫でつつ朱莉はそういえば、と彼らに聞いてみる。


「あなたたちって、人間が食べるみたいに燃料の補充っていらないの?」

「真宵たちは読まれることがご飯だよ」


 真宵の言葉を補足するように、智人も言う。


「僕らは基本食事はいりません。言語りに入っていることで、ある程度存在は保たれますから。ただ能力を発揮するためには弁士の語りを燃料とします。なので定期的に読んでいただくことが滋養ですね。それが弁士の仕事の一つでもあります」


 つまりは読め、ということだろうか。

 朱莉が書庫の中に奉られた言語りを思い出しつつなんともいえない気分になっていれば、智人はそつなく答えた。


「こちらの書庫にある言語りたちは、すべて宗形が手入れしたばかりですから大丈夫ですよ。頻繁に手入れが必要なのは、よく顕現させている言神たちくらいですから。真宵はすでに朱莉様に読み通していただいてますので問題ありませんし」

「ふうん」

「真宵、元気」


 ぐっと力こぶを作ってみせる真宵に朱莉は思わず顔をほころばせた。

 管理人である智人が言うのであれば、大丈夫なのだろう。

 自分が今考えるべきは次のお給料が手に入るまで、どうやって過ごすかだ。

 このままでは自分のお給料も圧迫してしまうが、どうしても風呂は譲れないのである。贅沢に慣れてしまった己が恨めしい。


「うーんせっかく庭があるし、食料自給のために畑でも作ってみる? いやでも間借りしてるだけの身でいじるのは駄目か……」

「朱莉様さえよければ、お庭の整備はしてもよろしいかも知れません。一応ある程度は僕が整理をいたしましたが、まだまだございますので」

「あーそれは気になってたのよね。あれだけ蔓が絡みついてたら、外壁も痛むだろうし」

「お家、お手入れしてくれるの!」


 嬉しそうにする真宵に顔をほころばせつつ、今日の方針を決めた朱莉は立ち上がるが、不意に真宵が玄関の方を向いた。


「おきゃくさん。来た」


 え、と思ったとたん、カンカン、とノッカーの音が響いてくる。

 朱莉と智人は玄関に向かい扉を開ければ、そこに居たのは顔見知りだった。


「宗形さん!」

「よう、うまくやっているか」


 以前と変わらず、軍服を緩く着崩した宗形は、やる気がなさそうな顔で片手をあげていた。

 あれ以降全く音沙汰がなかった宗形の突然の来訪に朱莉が驚いていれば、あどけない声が響いた。


「宗形、相変わらずだらしない」

「真宵ちゃん!?」


 真宵の辛辣な物言いに朱莉が驚いていれば、宗形の脇から犬耳を備えた少女、黒江がにゅっと顔を出した。


「ご主人を悪く言うのゆるさない」

「べーだ」


 真宵は黒江に舌を出すと、自分の仕事は終わったとばかりに消えた。

 わなわなと震える黒江に朱莉が少々同情していると、朱莉をじっと観察していた宗形が話しかけてきた。


「御作嬢、真宵が顔を出しているとは、それにあの倉庫をよくここまで片付けたな」

「ええ、まあ」


 朱莉はそこで、この男が文庫社の様子を一切話さなかったことを思い出し、若干恨めしげににらむ。


「で、なんのようですか」

「文庫社の様子見と、ちょいと頼みたい仕事があってな。小遣い稼ぎをしないか」

「お話を聞きましょう。智人お茶の準備を頼んで良い?」

「かしこまりました」

「いや早くないか」


 宗形が少々顔を引きつらせているのを華麗に受け流した朱莉は、中に入るよう促したのだった。






 *



 宗形が帰った後、朱莉は上機嫌で湯飲みを片付けていた。

 来週末、小遣い稼ぎが決定して上機嫌だったためだ。

 奮発しておやつのせんべいまで出したほどだ。


「朱莉様、本当にお仕事を受けられるのですか」

「受けるよ。危険はなさそうだし、お小遣い欲しいし」

「ですが文書庫の整理の手伝いというのは……」


 心配そうな智人に、ほんの少し頭が冷えた朱莉は、宗形の依頼を思い返した。


 簡単に言えば、宗形が持ってきたのは、一般の家から言語りを回収することだ。

 なんでも昔は高貴な家では縁起物として神魔が封じられた言語りを収蔵することがあり、一般の蔵書の中に言語りが紛れていることがあるというのだ。

 そしてある一定の家格の屋敷が蔵書を手放す際には、弁士の立ち会いが必要で、蔵書に言語りが混じっていないか確認するのだという。宗形はその補助に朱莉をかり出したいと言ってきたのだ。


「人手不足って本当なのね。弁士でも何でもない私まで使おうって言うんだから」

「最近の雷獣騒ぎで、弁士たちが捕縛にかり出されているみたいですから。それでも朱莉様を良いように使うのは」


 宗形の話を朱莉の傍らで聞いていた智人の顔は浮かない。

 本を区分けし、分類し、言語りを見つけ出すだけで、危険はほぼないと宗形からは説明されていたし、業務内容を聞く限り朱莉も同意見だったが、ここまで浮かない顔をされると不安になる。


「ねえ智人、そんなに言語りを回収するのって危険なの」

「いえ、宗形が説明したとおりです。一般の家に収蔵されている言語りは充分な手入れがされておりませんので、暴走や封印のし直しが必要になる可能性はあります。が基本は本職の弁士が対処しますので補助だけである朱莉様にかかる危険は低いと推察いたします」

「なら、私が言語りの整理をできないと思ってる?」


 朱莉はほっとしたが次の懸念を訊ねれば、目を見開いた智人は勢いよく首を横に振ったのだ。


「そんなことはみじんも考えておりません! 霊体の言神を認識できる朱莉様はこれ以上ないほど適任です! むしろ逆です! 見えるあなた様に言神がなつかれてしまわないか心配で。雑霊など朱莉様に近づけさせたくないですし」


 早口で告げられた言葉に朱莉は呆れた。

 言神は周囲に干渉する力を持たない霊体という形で顕現することがあり、それが見える人間は言語りが見分けられるのだという。

 先ほど顔を出した黒江が霊体だったらしく、その後にも宗形には言語りの区別が付くかきっちり試験されたものだ。

 朱莉は言神としばらく暮らした事で、その能力が目覚めたのだろうと宗形には言われた。


「そんなことあるわけないでしょ。だって私は言語りまじめに読む気ないし、本の整理に行くだけよ。妙な事がおこるわけないじゃない」

「ですが……いえ、わかりました。ちょうどよい機会でもありますし」


 朱莉が取り合わなければ、智人は言いよどんだがそれ以上は引きずらないようだ。

 ただ、改まった様子で朱莉に向き直った。


「とはいえ危険が全くないわけではございません。護衛役として新たな言神を連れて行ってくださいませんか」

「新しい言神って、そこまでやるの?」


 大げさなような気がして朱莉は眉をひそめたのだが、智人は真摯に言いつのった。


「はい先ほども申しましたとおり、一般宅の言語り回収には危険が伴います。万が一のことも考えて護衛役は必要です」

「でも私は……」

「弁士の”語り”が必要なのは、あくまで本来の力を発揮するときだけです。朱莉様が語る必要はございません。肉の壁ならぬ神の壁にする程度でしたら顕現させるだけで事足ります」

「いやそれも酷じゃないかしら……?」


 喰い気味に言われた朱莉は、若干ゆらいだが、ふと首をかしげた。


「ねえその護衛役ってあなたじゃ駄目なの? てっきり付いて来るものだと思っていたけど」


 出会った時には、あの雷獣を投げ飛ばしたほどなのだ。護衛としての能力は充分だと思うのだが。

 すると智人は少し困ったような、申し訳なさそうな表情になった。


「もちろん付いて参りますが、僕だけでは万が一の時に朱莉様を守り切る事ができません。純粋に攻撃能力がないのです。それに普通の弁士に会うのでしたらこちらも防備を整えなければ……」

「なる、ほど?」


 なんとなく智人の態度が引っかかったが、あれほど自分の世話をしたがる彼がここまで言うのだ。やはり必要なのかも知れない。


「わかったわよ。でもどれを呼び出せば良いかなんて分からないわよ」

「ありがとうございます! おすすめがありますので書庫にまいりましょう!」

「えっちょっと今からなの!?」


 心底ほっとした顔になった智人に片付けていた湯飲みを取り上げられて、朱莉は驚く。


「はい、朱莉様も当日いきなり呼び出して、未知の言神に会うよりはあらかじめ言神のなりをお知りになりたいでしょう。幸いにも1週間ございます。その間に親睦を深めましょう! さあ、真宵、湯飲みはお願いしますねっ」

「しょうがないわね」


 いつの間にやら出てきた真宵にも見送られ、明るい声音で言う智人にせかされた朱莉は書庫へと向かうことになったのだ。


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