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Baby Blood  作者: YAMIDEITEI
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第四話

 脳漿が散りどす黒い血が派手に噴き出す。

 王の間の静寂がより一層際立ったように感じられた。

「……え……?」

 吸血鬼は不死者。たとえそれが下位の存在であろうとも、頭を割られた位で容易な死に到るモノでは有り得ない。

 見張りの眷属は何が起きたか分からないといった様子で飛び出した眼球で呆然とリズを見ていた。彼女の突き出した右手の先にはその彼が居る。

 その華奢な身体の付近、宙空に光芒を残すヘキサグラムは彼を害したのが他ならぬこのリズである事を示していた。その複雑な魔術式は術者であるリズの実力を示す何よりの証明だ。

 だが何故。何を――?

「問う相手が違うのではなくて?」

 俺がその真意を問うより早くリズは言った。

 一瞬前まで拗ねる乙女のようだったその声色がまるで違う。言葉には相手を凍り付かせんばかりの酷薄と月の無い夜よりも尚真深い闇色。そんな両者が混在している。

 悪意のドレスを纏ったリズはその本質を覗かせるかのように唇を歪め、鋭い牙を剥き出している。赤い瞳は大きく見開かれ、禍々しい魔力を帯びて爛々と輝いていた。

「え? その……わ、たしは……」

「問う相手が違うのではなくて、と訊いたのですわ」

 穏やかな声とほぼ同時。宙空に展開したヘキサグラムがその光の強さを増すと。

 見張りの両足がボコボコと沸騰する。歪み、捩れ、脈打ち、ひしゃげ――それから肉片と血を撒き散らし、捩れ潰れた。声にならない悲鳴を上げた彼はバランスを崩し絨毯の上に倒れ込む。

 何と言う強大さか。

 いや、これでもまだ……十分に手加減している位だろう。

 コイツに『奪えないモノ』があるのかどうか俺は知らない。分からない。

「……ああ」

 遅れて気付く。この力すら『知っている』。つまり――初見では無いという事なのだから。

「無様」

 美しいが冷淡。まさに吐き捨てるような声。

 周囲に傅く眷属共は追い詰められた同胞を見ない。リズの目に悪く留まる事を怖れているかのように傅いた姿勢を崩さなかった。息を殺していた。ハッキリと伝わってくるのだ。恐怖の色が。この時間を無事に過ごしたいという、そんな願いが。

 ……成る程、この人数でも石像のように整然とする訳だ。

 従順であるのはあくまで俺に対してだけ。従者殿は今の俺よりは随分と傲慢危険な支配者であるらしい。

 恐怖は動物を戒める最も根源的な鎖に違いない。

「ひ、ひいいいいいいい……!」

「ディルク様を前に……ッ、私を優先出来る道理があって?

 貴方はディルク様の御意思よりも、私の意思を優先するとでも云いたいの?」

 見張りを追い詰めたリズは黒絹の手袋に包まれた細い指先を遊ばせ少し早口で言った。

 冷静なようで随分と激しやすい性格。穏やかなようで嗜虐的な性格だ。リズはその表情に隠せない怒りの色を覗かせながらも、猫が鼠をいたぶるように何処か楽しげに『不出来』な部下を見下ろしていた。

「この城を、この地の全てを貴方様に――」

 赤い瞳を細めたリズは俺にしなだり掛かるかのようにその身を寄せた。

 首に手を回し肩に頭を乗せ。耳元で甘く呟く。

「――貴方様に捧げる日の為に、私。私――」

 万感。

「おゆる、しを……」

 死して尚、それ以上の死への恐怖は残るのか。

「おゆるしを、おゆ、るしを――」

 それは切実な声だった。

 不死者の青年は彼から興味を失ったかのようなリズに悲鳴を上げて命を乞う。

「――りぜロッテさ――」

 だがその最期の言葉は終わりまで発される事は無かった。

 見張りの全身が不細工に引き攣り、それからぐしゃりと押し潰された。床一面にぶちまけられた臓腑と血溜りが臭い、刺激的に鼻を突く。

「愚鈍でしてよ。乞うべき許しも、ディルク様に……でしょう?」

 長い編み髪を白く細い指先で払ったリズは鼻で笑い。それから俺に頭を下げて見せる。

「はしたない所をお見せしましたわ」

「……ああ」

 口を挟む暇も無かった殺戮。正直に言えば少し驚いたがそれを隠して俺は頷いた。

「ディルク様、如何いたしましょうか?」

 消えた青年に代わりリズが改めて問い掛けてくる。

 必死に媚び俺の機嫌を窺うかのような上目遣いは、冷酷な処刑人と余りに遠い。いっそ何かの悪い冗談であれば納得がいく程にリズは俺とその他を分けている。

 ……いやはや女は恐ろしい。

 彼女の特別である事は幸運か。単純にそう片付けて良いモノかどうかさえ悩むけれど。

「何でしたら……私、その人間共を捕らえて参りますけれど……」

「いや、結構だ」

 俺は提案するリズを制した。『空腹』はいよいよもって耐え難い。十年振りだという『食事』を与えられるモノにするのは間違いと言うモノだろう。吸血鬼の食事はその過程までもが嗜虐性を満たす一つの愉しみとなる。謂わばそれは性的快楽を伴った食事であり……それをおいそれと譲る事は実に『らしくない』事だ。この身に備わった本能が吸血鬼としての正解を教えてくれた。

「……では、ディルク様が……?」

「こういう場合はそうするのが流儀じゃねぇのか?」

「……御立派ですわ。ええ、本当に」

 俺が笑うとリズも目を細めて頷いた。

「城の中にも飽きてきたしな。

 第一力の扱い方、身体の扱い方を覚え直さなくちゃならんのだろ?」

 俺は言って玉座を立つ。俺が王だと言うならば、リズの主だと言うならば。その力は如何ばかりか――試しておきたい気持ちもある。敵が有るならば尚更。忘れた事件への恨み言は無いが座してもう一度殺されるのは真っ平だ。

「翼は……ああ。こうか」

 さして惑う事も無く今は無い器官をイメージする。身体の裏面に意識と力を集中させる事で背が隆起する。実に容易く蝙蝠の翼を得た。

「……悪い。折角の衣装を破いちまったな」

 漆黒の大翼を試しに動かしながらそう告げる。

 不思議な感覚だった。先程まで無かった部位が極自然に動くのは。

「代わりは幾らでもありますから」

 リズは目を細めたまま。やはり嬉しそうにそう答えた。

 やはり実戦は余興とリハビリには丁度いい。自身の手で獲物を狩り立て追い詰めこの手に掛ければ――十分に経験は溜まるだろう。業は今更。この瞬間にもフラッシュバックした記憶の映像は俺の殺しを肯定していた。『場慣れ』は俺を凪のように落ち着ける。

 それで十分。それだけ分かれば狩りには足りる。

「出るぞ、リズ」

「仰せのままに。ディルク様」

 宵闇に人身の蝙蝠が飛び立った。

「良い夜ですわ。最高ですわ。きっと、この日は、私にとって生涯忘れ得ぬ――」

 その数は二。この俺と俺の魔女。

 かくしてエッフェンベルグの森に絹裂くような悲鳴が響く。

ここまでで一章といった感じです。

読んでくれた方はどうもありがとうございました。

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