脅威に対する憂鬱
祐一と亜里沙は海林の車に送られて、調査拠点の集会所に戻って来た。そこで、待っていたのは、昨夜の亡霊と悪霊との戦いで疲弊しきっていたメンバーだちだった。
***夜明け後の集会所前***
祐一の問いかけに、誰もすぐには答えなかった。
全員の顔に、疲労と緊張の色が濃く浮かんでいる。
沈黙の中、峯川がゆっくりと口を開いた。
「田中部長……たぶん……」
一度、言葉を探すように視線を落とす。
「……あれは、今までの悪霊とは……別物だ。はじめて遭遇するタイプだ……」
祐一が問い返す。
「別物って……どういうことだ?」
小川が苦笑気味に続けた。
「正直、今までで一番ヤバかった」
松井あゆみは、ぎゅっと拳を握りしめる。
「女性の亡霊だったわ。でも……普通の霊じゃない……恐ろしい存在だった……」
広末が静かに補足する。
「とても強力で、私たちの結界も霊弾も、ほとんど通じなかったの」
山田が小さく頷いた。
「東都大のメンバーと力を合わせて戦いました。でも……歯が立ちませんでした……」
唇を噛みしめる。
その言葉に、祐一は驚きを隠せなかった。
隣で聞いていた亜里沙も、動揺を抑えきれない。
「そんな……存在がいるなんて……」
星川が周囲の結界を指さしながら言う。
「正直、全滅すると思った……運よく生き延びただけだ……」
松井が小さく呟いた。
「あの女の亡霊……『また会いましょう』って……言ってたわ……」
祐一も呟く。
「そんな存在が……現れるなんて……」
亜里沙が皆を見渡して言った。
「ここは危険すぎるわ。早く、新しい集会所へ移動しましょう」
***新しい集会所への移動***
メンバーたちはすぐに荷物をまとめ、車へ運び込んだ。
作業は昼前にはすべて終わった。
小川は最後に、窓の外に広がる暗い海を見つめながら呟く。
「あれは、ただの地縛霊じゃない。何百年も積み重なった怨念だ……相当、強い」
峯川は積み終えた荷物を確認し、指示を出す。
「田中部長、こっちは準備完了だ。すぐ出発しよう」
祐一は亜里沙に確認した。
「亜里沙さん、こちらは準備が整いました。そちらも大丈夫ですか?」
亜里沙が頷く。
「ええ。こちらも問題ありません。急ぎましょう」
祐一たちは深い不安を胸に抱えながら、海林の先導のもと、新しい集会所へと向かった。
***大原会長の証言***
新しい集会所に到着すると、祐一たちを待っていたのは、町内会長の大原だった。
「よくご無事で……。こちらが新しい集会所です。どうぞ、自由に使ってください」
その穏やかな声とは裏腹に、祐一たちの胸には、消えない不安が渦巻いていた――。
岩場で起きた出来事をすべて伝えると、大原は重くうなずいた。
「あそこには、昔から噂があるんです」
戦国時代、逃亡中の姫と家臣たち。
村人の裏切り。
落ち武者狩り。
集団自害。
そして、封印の碑――。
「地震と津波で、その封印が壊れたのかもしれません」
さらに、大原は行方不明者の存在も明かした。
近年、あの周辺で失踪事件が相次いでいるという。
その事実は、祐一たちに重くのしかかった。
***寮たちの来訪***
夕方前、集会所に一台の車がやって来た。
寮と美紀、國府田だった。
「これ、差し入れ」
寮は、饅頭の入った紙袋を差し出した。
和やかなやり取りの後、祐一はこれまでの経緯を詳しく説明した。
すべてを聞き終えた寮は、静かに言った。
「このまま放置すれば、被害は広がる」
「まずは、中心になっている女の霊を浄化すべきだ」
翌日の現地調査が、その場で決まった。
「危険すぎませんか?」
不安を口にする祐一に、寮は穏やかに笑った。
「僕と美紀がいれば、何とかなる」
「生きて帰ることを前提に、やろう」
亜里沙も、静かにうなずいた。
「私も、行く」
「一人で背負わせない」
***決意***
夜。
集会所の外では、波の音が低く響いていた。
祐一は縁側に座り、暗い海を見つめていた。
「……本当に、行くんだな」
呟くように言う。
隣に座った亜里沙が答える。
「逃げても、何も変わらない」
「だったら……向き合うしかない」
祐一は、ゆっくりと拳を握った。
「……明日で、終わらせよう」
こうして祐一たちは、命を賭けた再調査へ向かう決意を固めたのだった。
***大原会長の証言***
大原会長は、一度ゆっくりと息を吐いてから、重い口を開いた。
「……実はですね。前の集会所があったあたりでは、昔から……おかしなことが続いていたんです」
祐一たちは、黙って耳を傾けた。
「大きな地震と津波が収まったあと……あの地域では、次々と不可解な出来事が起こるようになりました」
大原は、遠くを見るような目で語り続ける。
「夜になると……誰もいないはずの家から、物音がする。
海のほうから、女の泣き声が聞こえる。
突然、電気が消える。
窓に、人影が映る……」
部屋の空気が、次第に冷えていく。
「最初は……皆、気のせいだと思っていました。
でも……それが、日に日にひどくなっていったんです」
大原は、拳をぎゅっと握りしめた。
「体調を崩す者が増え、悪夢にうなされる人も続出しました。
中には……正気を失ってしまった人もいました」
亜里沙が、息を呑む。
「そんな状態が何年も続いて……ついに、住民たちは決断しました。
――ここを離れよう、と」
大原は、静かにうなずく。
「こうして、多くの住民が引っ越しを決め……今のこの地区へ移り住んだんです。
……役場も、半ば黙認する形でした」
祐一が、低い声で尋ねる。
「……それほどまでに、危険な場所だったんですね」
「ええ……」
大原は、小さく頷いた。
「……そして、あの場所には……今もなお、何かが残っている」
その言葉が、静かに胸に突き刺さった――。
***大原会長の証言・続き***
祐一は、昨夜メンバーたちが遭遇した出来事――
女性の亡霊、無数の悪霊、通じなかった霊術の数々について、静かに語った。
話が進むにつれ、大原会長の顔色はみるみる青ざめていった。
「……そ……そんな……」
大原は、震える手で額の汗をぬぐう。
「まさか……まさか……」
全員の視線が、大原に集まる。
やがて、彼は重い沈黙のあと、絞り出すように口を開いた。
「……その女性の霊……。
もし、あなた方の話が本当なら……それは……遠い昔、この村で起きた“悲劇”と関係しているかもしれません……」
室内の空気が、張り詰めた。
「――戦国時代のことです」
大原は、低い声で語り始める。
「ある戦で敗れ、散り散りになった姫君と家臣たちが……この地へ逃げ延びてきました。
人目を避け、ひっそりと……森と海に囲まれたこの場所で、身を潜めて暮らしていたそうです」
誰も、口を挟まない。
「ですが……」
大原は、拳を握りしめた。
「落ち武者狩りで褒美を得ようとした、ある村人がいました。
金と名誉に目がくらみ……姫君たちを騙し、居場所を突き止め……」
声が、かすかに震える。
「……夜中に、家ごと焼き討ちにしたのです」
息を呑む音が、部屋に響いた。
「姫君も、家臣たちも……逃げ場はありませんでした。
炎の中で……皆、命を落としたそうです……」
しばしの沈黙。
「それからです……」
大原は、ゆっくりと言葉を続けた。
「夜ごと、女の泣き声が響き、
人影が現れ、
原因不明の病に倒れる者が続出し……
この土地は、“祟りの地”と呼ばれるようになりました」
亜里沙が、小さく呟く。
「……それで……どうなったんですか……?」
「はい……」
大原は、うなずいた。
「ある日、旅の高僧がこの地を訪れました。
事情を聞いたその方は……姫君たちの霊を慰めるため、碑を建て、供養を行い、結界を張ったそうです」
静かな声で続ける。
「……それ以来、怪奇現象は次第に収まりました。
村にも、ようやく平穏が戻った……と、伝えられています」
だが――。
大原は、最後に低く呟いた。
「……しかし……完全に消えたわけでは、なかったのかもしれません……」
その言葉が、重く場に落ちた――。
***集会所・作戦会議***
重苦しい沈黙の中、祐一はゆっくりと顔を上げた。
深く息を吸い込み、冷静な口調で話し始める。
「……皆さんの話と、大原会長の証言を整理すると――」
ホワイトボードに地図を描くように、指で空をなぞる。
「昨日、僕たちの前に現れた女性の亡霊は……
戦国時代に命を落とした、あの姫君である可能性が高い」
一同が、静かにうなずく。
「そして……同時に現れた数多くの悪霊。
あれは、おそらく彼女の強い怨念に引き寄せられた存在でしょう」
祐一は、視線を巡らせる。
「正直に言います。
今の僕たちの実力では……この問題を完全に解決するのは、かなり難しい」
誰も、否定できなかった。
「だから――」
祐一は、決意を込めて言った。
「僕の知り合いに、遼さんと春香さんという、実力のある霊能者がいます。
一度、その二人に相談してみます」
亜里沙が、少し安心したように問いかける。
「……信頼できる人たちなんですか?」
「ええ。
これまで何度も、危険な案件を一緒に乗り越えてきました」
祐一は、静かにうなずいた。
「このまま放っておけば、被害は広がる。
ここで、必ず決着をつけましょう」
その言葉に、メンバーたちの表情に、わずかな希望の光が宿った――。
***集会所・協力の申し出***
祐一の決意表明を聞き終えると、大原会長は、深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます」
震えの残る声だったが、その中には、確かな感謝が込められていた。
「この町の問題に、ここまで真剣に向き合ってくださる方がいるとは……思ってもいませんでした」
顔を上げ、まっすぐに祐一たちを見る。
「どうか……この集会所は、自由に使ってください。
寝泊まりしていただいても構いません」
少し間を置き、続けた。
「それから……食事の手配も、こちらで用意します。
皆さんが調査に集中できるよう、できる限り支援します」
亜里沙が、驚いたように目を見開く。
「そこまでしていただけるなんて……」
「いえ……当然です」
大原は、静かに首を振った。
「この問題を解決していただけるのなら……
町としても、できる限りの協力は惜しみません」
拳を胸に当て、力強く言った。
「どうか……よろしくお願いします。
この土地に、本当の平穏を取り戻してください」
その言葉に、祐一たちは、改めて背筋を伸ばした。
もはや、これは調査ではない。町の未来を懸けた戦いなのだ。
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