酩都炎上、そして(後編)
数時間前、暁ノ国の前進基地では『栄光の七騎士』による作戦会議が行われていた。その会議机の中心には、統領のガーベラが立っている。
「以上で敵密造兵器破壊作戦の会議を終わる。各人員は速やかに持ち場へ着くように」
ガーベラの号令を聞いた七騎士の各員は敬礼をすると、速やかに自機の格納されている仮設格納庫へと向かって行った。
その道中、エンツィアはレンシアに呼び止められ振り返る。
「ちょっといいか?」
「あっ、先輩……どうしたんすか?」
「いやな、緊張していないかと思ってな」
そうして肩を叩くレンシアの笑いかけに、エンツィアは少しホッとした笑みを見せる。
「ええ、まあ……実を言うと、ちょっと」
「実践経験が少ないんだ、仕方がないさ。だが、魔力を帯びた木には魔力の炎……今回の作戦にはお前の炎の力が必要不可欠だ」
「分かってますって!避難完了の号令が来たら火を付けて敵の基地を暴く、っすよね!!正直、誰か住んでた森を燃やすって気が引けちゃうけど」
「作戦は今更変えられんさ。とにかく、頼んだぞ」
「はい!!その時になったら俺、頑張りますから!!」
エンツィアは拳を固く握り、強がりに笑ってみせる。その笑顔に、レンシアは含みのある表情を逸らす。
「そうか……そうだな。では任せるぞ」
「はい!」
『こちらレンシア。この一帯はクリアした……ランタナ、聞いていないのか』
燃える森の中、レンシアの駆るテュルキストロイはトライデント形態の『カルト』を担いで道を進む。
その足元には……無惨にも粉々に砕かれたゴーレムたちの残骸が散らばっていた。
「う……ぐゥッ……」
その残骸の隙間から、ゴーレムライダーらしい魔族の男が這い出てくる。
「クソが……ッ!どうして暁ノ国の野郎めが……こんな……!!」
満身創痍で立ち上がろうとする魔族の男だったが、その真上に突然大きな影が落ちる。
「なっ、わっ、わああぁぁぁ!!」
その影は男を飲み込むと、一片の躊躇もなく簡単に踏み潰してしまった。
『やーレンシア……調子良さそうだね。ふぁああ……』
その影の主はカルミアのペルルトロイであり、眠たそうな欠伸でレンシアを出迎える。
『あっやべ……あー、ばっちぃなぁ。ふぁああ……』
『カルミア……仕事が終わったなら連絡したらどうだ?……まあ、大方寝ていたのだろうがな』
『まーねぇ……それよかさ、ランタナっちからなんか聞いてない?通信出ないんだけど』
カルミアは面倒臭そうに頭を掻いてぼやく。しかし、レンシアのテュルキストロイは黙って首を横に振る。
『はあ……じゃあ探しといてよ。こっちは帰って寝るから』
『勝手にしろ』
そうして再び解散する2人。レンシアはカルミアの扱いに半ば諦めを感じため息を吐く。
その時、遠目に人型の巨大な影が3つあるのに気がつく。それが仲間の機体であることを確認すると駆け足で近付くが、様子が妙な事を気取ると次第に足取りが重くなっていく。
そう、彼女はこうなる事を知っていたのだ。
『エンツィア……』
目の前の3機の足元には、3人の人影があった。
その1番手前で座り込む少年……エンツィアは、目の前で微動だにせず倒れ込む魔族の子供を前に涙を流していた。
「く……っ……うぅっ……ぅあぁっ……」
「…………」
「…………」
その後ろでただ立ち尽くすシェフレラとバンブス。2人はただ、ただ黙って俯いていた。
レンシアはテュルキストロイから降りると、3人の元へ歩み寄る。
だが、エンツィアがこちらへ振り返った時、その表情を見て思わず立ち止まってしまった。
「先輩……アンタ全部知ってたのかよ……!!」
「…………」
3人の視線が痛いほどに刺してくる。痛く、苦しく、罪悪感に押しつぶされそうになる。
だが、レンシアは顔色ひとつ変えない。
「それがどうした?何か問題があるのか?」
「ッ!!」
エンツィアはその物言いに押さえられなくなり、その胸倉に掴みかかる。
「なんでだ……なんでなんだよアンタ……!!俺はこんな……こんな、人殺しのために騎士になったんじゃないのに……っ」
掴みかかっていた手から力が抜けると、そのまま膝を落として顔を覆う。
「俺が……俺が、こんな……沢山の人を……ああぁぁっ!!」
足元で泣き崩れるエンツィアを、レンシアは見下ろして冷たい言葉を吐き捨てた。
「お前は何を勘違いしていた?騎士とは高潔な英雄だと夢見てたのか?周りを見てみろ、あれが現実だ。戦争をする事とは、人殺しをするという事だ」
それにシェフレラとバンブスも我慢ならなくなり詰め寄る。
「だけど……こんな騙すみたいなやり方あんまりじゃないですか!!」
「甘い事を言うな!!お前たちのそんな甘い考えで、どうして国が守れると言うのだ!!」
「でも……でも……っ」
シェフレラの目には涙が滲む。その固く握られた拳を、バンブスはそっと優しく握る。
レンシアは3人の辛い表情から目を背け、再びテュルキストロイの方へ歩き出す。
「……これ以上は時間がない。お前たちも機に戻って帰還しろ」
「く……ふぅっ……」
レンシアはテュルキストロイへ乗り込み、機を飛ばして森を抜ける。
その後、エンツィアたちが帰還したのはもう一頻り涙を流した後であった。
同じ頃、泉ではひとりゼーエンが空を見上げている。
その背後では……『酩都』から燃え広がった炎が既に周辺の木々にも燃え移っており、彼女が何年間も眠っていた寺院は火だるまになっていた。
「もうあの5人は森を抜けたでありんすかねぇ……ま、そろそろ始め時でありんしょう。では……」
ゼーエンは泉に足を差し出すと、そのまま中心へと向かって進んで行く。
そうして歩みを進める度に深く、深く……次第に体は沈んで行き、最後には体全体が泉の中へと飲み込まれてしまった。
(これが、この森を守るための最後の手段……ウチの命を泉に捧げ、全ての魔力を結界へと変換させる事でありんす。この事はレイレスの坊には流石に言えはしないでありんしたから)
泉の中で、ただ静かに思う。
そして、目標地点へと辿り着いたゼーエンは魔力を込め始める。
(ウチはずっと、心の中に負い目がありんした。2度も無意味に友を死なせた罪悪感……どうすれば許されるのか、そればっかり考えて……まあ、もはやそれも今は昔。最期の仕事くらいは、しっかりとやり遂げるだけでありんす)
その魔力を彼女自身の体内へ送り込むと、次第にその体が泉の水へと溶け込み始め……そして、肉体と意識、その全てが森と一体になった。
「なあ……もしアタシが帰ッて来なかッた時ャよ……」
「…………」
「んにャ、ンな事ァ考える必要ねェか。きっと全部上手く行くサ。そン為のエヴィル、だろ?」
「そうで……ありんすね。ウチは、絶対に信じて待っているでありんすから」
「本当に、信じて待っていれば……何も失わずに済んだのに」
それから数分後、森の外れにある崖の上では救出されたレイレスが森を見守っていた。
「レイレス様、どうかお休みください」
「レイレス様、あまり無理なさらないでください」
「いや、いいんだ。今の僕に出来る事は、無事に森が結界に守られたかどうかを確かめる事だけなんだから」
そう言って、脂汗を滲ませながらただひたすらに森を見つめる。
その時、一陣の風が吹き渡る。
その風は森の中央……泉のある方向から巻き起こっていた。
「っ!?……これ、は……」
「この風は……あぁ……」
「ゼーエン様……」
その風は次第に七色の波紋を空に描くと、森を覆っていた炎を吹き飛ばして掻き消して行く。
そして……その七色の波紋が森を覆い尽くし、ドーム状の結界を生み出した。
「これが、結界……」
「はい……ゼーエン様の、命をかけた結界です」
「最期の力を使い、生み出された結界です……」
「最期、って……?……え?ゼーエンさんは、いったいどうしたって……?なあ!!」
「っ……」
シュメッタの肩に掴み掛かり問い正そうとするレイレス。シュメッタは言い淀み黙っていたが、その手をシュメッテが解いて代わりに説明する。
「森全体に結界を展開するためには、膨大な量の魔力を操作する必要があります。それが可能なのは、長い時を生きたエルフであるゼーエン様と、最強のエヴィルであるエヴィルドライだけ……しかし、例えゼーエン様が常軌を逸した魔力操作術を持ってしても、森全体を守るためには命をかける必要がありました……」
「そんな……じゃあ、もうゼーエンさんは……」
俯く2人の目が、答えを物語っていた。
レイレスは膝を突き、嘆き、その胸から湧き上がる感情が嗚咽となって吐き出される。
「僕が……僕が弱かったからだ……もっと僕が強かったら、ゼーエンさんに命懸けな事をさせずに済んだのに……!!」
「レイレス様のせいではありません!!」
「ゼーエン様は……後の事を全てあなたに託せると思ったから、任せて逝けたのです!!」
「分かんない……分かんない分かんないよ!!そんな重い物背負わされたって僕には分かんないんだよ!!」
やり場のない怒りと、自分への失望……そこに蹲る少年の叫びが、ただひたすらに虚しく響いていた。
しかしその時、雷と見紛う激しい光が森の上空に轟いた。
数分前……暁ノ国の前進基地でそれは行われていた。
「ガーベラ様、出撃の用意が整いました」
「うむ……では参ろうか」
その簡易格納庫にて、自機の操縦席で待機していたガーベラと、その向かいに屈む整備士。
整備士は下で作業している作業員に合図を送ると、整備用の梯子が機体から離されて行く。
そして、その機体の胸部装甲、操縦席のハッチが閉じられる。
『ガーベラ・デメル、『ゲルドゼーレ改』、出るぞ』
ゲルドゼーレ改の背部にある翼状の魔装『ベシュトラーフング』に光が灯ると、それと共に鳥の羽毛の如く機体が浮き上がった。
そして、森の上空へ目掛けて飛んで行った。
そして現在……先程の閃光の先にゲルドゼーレ改は存在していた
「あれ……はッ!!」
『…………』
ゲルドゼーレ改の背部に搭載された『ベシュトラーフング』からは煙が上がっており、先程の閃光の正体が魔装による攻撃である事を示していた。
『ふむ……流石に一撃では破れんか』
そうぼやくと、ガーベラは操縦桿を操作してゲルドゼーレ改の背部から筒のようなものを排出する。
そして、背部から何かが装填される音が鳴ると、再び『ベシュトラーフング』に魔力が急速に充填され始める。
(この魔石カートリッジとやらはとんでもない物だな。魔力を予め充填しておいて、空になれば排出して再び装填する……使い切りなのがネックだが)
『ベシュトラーフング』に完全に魔力が充填されると、その目標を再度結界へと向ける。
「やめろ……やめろ!!クソっ!!」
レイレスはエヴィルアインの方へ駆け出す。しかし、足がもつれて倒れてしまう。
「無茶です!今のあなたでは、あれを防ぐ事は……」
「それに、お付きの2人もまだ目を覚ましていません……」
「でも……目の前で放っておけない……!!じゃなきゃゼーエンさんのやった事が無駄になるんだ!!」
起き上がり、必死に立ち上がってレイレスはエヴィルアインへ乗り込む。
その間にも、ゲルドゼーレ改の魔装に完全に魔力が充填される。
『させッ……るかああァァァ!!』
「レイレス様……!!」
「今すぐお戻りを……!!」
必死の悪あがきとして、懸命に跳躍するエヴィルアイン。しかし、ゲルドゼーレ改を駆るガーベラは一時の気も止めずにその引き金を引いた。
『……『ベシュトラーフング・ヘレンフォイヤー・アシェ』!!』
『やめ……』
瞬間ーーーー。
再び、閃光が森へ轟き、魔力の粒が弾ける音が周囲に巻き起こる。
その威力は、先程とは比較にならない程のものだった。
閃光が周囲を飲み込むと、爆風により塵が体を打ちつける感覚のみがあり……ゆっくりと、次第に視界が鮮明になって行く。
『く……っ、何……が……』
ゲルドゼーレ改の放った魔技『ベシュトラーフング・ヘレンフォイヤー・アシェ』の爆風を受け、岸壁に身を沈ませたエヴィルアインの中でレイレスは目を開く。
そして
視界の先には
大きく抉れた地面だけが
そこにあった
『っ……あぁあっ……っぁあああぁぁぁ!!!!』
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!




