山だ!!渾身のラストショット(後編)
『栄光の七騎士』が剣峰へ出発した頃、暁ノ国の城の王室ではディステルがしたり顔で資料を片手に窓の外を眺めていた。
「アレらはもう峰へと発った頃か。ふふふ……ヤツとの接敵に備えて必要な準備だ、期待しているぞ。そして……」
資料を置き、髪を掻き上げて爽やかな空気を肺に送り込む。その胸の中にある、ドス黒いものと共に混ぜ込みながら……。
「ああ……今からでも、相見えるのが楽しみだなァ……」
まるで愛しい人を想うように、恍惚に鋭く口角を上げた。
剣峰。そこは、自然に削り出された細長い岩が無数に立ち並び、まるで戦場の地に剣が刺さっているかのように見える。唯一本物の剣と違うところは、その全高が最高でも100mに及ぶという事だ。
その、巨大な剣が立つ大地の空に、4つの飛翔体があった。
『うっひょ〜!!まさかあのキャンプ地から30分行った所にこんなすっげぇ場所があったなんてなぁ!!』
『それよりも……ここまで短時間で来れる程の速さ、相当のものだな』
その飛翔体は、開けた場所を見つけるとそこまで降下して行き、慎重にその巨体の足を地に着ける。
降り立った巨体の正体……それは、暁ノ国が開発した第二次生産型トロイフレームだ。
七騎士が保有するヴァルキリーヘッドのうち、初期生産型の2機とゲルドゼーレの3機は、修復と改修によって出撃不能のために必然的に新型のお披露目と試運転が兼ねられたらしい。
『さぁて、と……ヒドラさんの巣は何処かなぁ……?』
その内の、美しい赤が目立つ機体……エンツィアが駆る『グラナトロイ』。
『情報によると、どうやらヒドラは剣岩が密集している狭い場所に卵を産んで守るとされているみたいです』
『…………』
その横の2機、光沢が鮮やかな緑色の機体、シェフレラの『アハートロイ』と、吸い込まれそうな黒い機体、バンブスの『モリオントロイ』。
そして、清涼感のある碧翠の機体、レンシアの『テュルキストロイ』だ。
各機はそれぞれ前機から引き継いだ魔装と、新たに装備された『盾』を手にヒドラ確保に備えて辺りを見回している。
しかし……レンシアの視線は既に『それ』を捉えていた……。
『いや、どうやら探す手間は省けたらしい』
そう呟くや否や、何処からか無数の粘液の塊が勢いよく吹き出す。4人はそれに瞬時に気付いて素早く回避した。
『おやおや、見慣れぬ客が来ているよ』
『あらあら、我々の巣を荒らす気かしら』
『まあまあ、ご丁重におもてなししなくっちゃあねぇ』
4人はその影の正体に顔を見上げる。そこには、5本の長い首をうねらせながら、剣岩の隙間を縫ってその全長70m程の巨体を露わにした。
『こらこら、事を荒立てるでない』
『どれどれ、ご用件を伺いましょうかな』
その巨体の主……魔龍ヒドラは、それぞれの頭がテレパシーによって話し合い、4人へと語りかける。
『どれどれ……キミたちはこんな辺鄙な所までけしかけて、どう言ったご用件なのでしょうかな?』
全ての頭を統率している真ん中の頭が、穏やかな声色で語りかける。しかし、その声はどこか威圧感が含まれている。
だが、レンシアは臆せず得物を向ける。
『知れた事を。我々の目的はキサマを生け捕りとし、王へと献上することだ』
『おやおやぁ!!これはこれは大きく出たよ!!』
『まあまあ!!命知らずというのはこの事をおっしゃるのですねぇ!!』
じわじわと、他の頭からも怒りの感情が浮かび上がってくる。
しかし、むしろそれが4人にとっては好都合だった。
『なに、案ずる事はない。命までは奪ったりはしないさ。最も、後の事は保証出来んがな』
『あらあら、舐められたものねぇ!!』
『こらぁ一丁、懲らしめてやらねばのう!!』
ヒドラはその挑戦に対し、満場一致の返答代わりに大きく咆哮を上げた。
『ウヴォォォォォ!!』
『うひゃあ!!めちゃ怒してんねぇ!!』
『分かってるならちょっとは逃げるとかしようよ!!』
そう言っている間にも、ヒドラはそれぞれの口から勢いよく粘液の塊を吐き出す。
各員はそれを交わしつつ散開するも、エンツィアのグラナトロイは避けずに盾で振り払う。
『っぶね!!……っておい!?』
しかし、粘液を弾いたはずの盾は表面がうっすらと溶解しており、音を立てて煙を上げていた。
『気をつけろ!ヒドラの吐く粘液は強力な酸化毒だ!!』
『それ先に言ってくんないっすかぁ!?』
戸惑っている間にも、ヒドラは再び毒の玉を吐き出してくる。エンツィアは仕方なくそれを避けつつ、様子見をするために距離を置く。
『ああもうやり難いなあ!!生け捕りなんてマジで言ってんの!?』
『だったら!!』
今度はシェフレラのアハートロイが矢を放ち応戦する。
放たれた矢は魔力により形成されているため、酸化毒の溶解にされずにそのまま突き抜けてヒドラの方へと向かって行く。
『甘いわ!!』
だが、放たれた矢は頑強な鱗によって弾かれてしまう。その上、皮下に敷き詰まった筋肉は魔力で形成されている矢を最も簡単に砕いてしまった。
『ま、まだまだ!!』
それでも、シェフレラは諦めず矢を放ち続ける。
(あの時、私はみんなの役に立てなかった……だから今度こそ、足止めくらい出来なきゃ……!!)
シェフレラは悔やんでいた。先の戦いで、自分は他の仲間と比べて活躍出来ず、無様にも敗北に伏すどころか仲間に守られる始末だったからだ。
そんな事もあってか、彼女の中には焦りが生まれていた。
『シェフレラ、もういい!!十分だ!!』
気を引くことに専念していたシェフレラだったが、あまりに意識を集中させていたために急接近を許してしまう。
『まあまあお遊びが過ぎましてよ!』
『あ……っ』
足がすくみ、回避に意識が向かずに立ち止まってしまう。
しかしその時、ヒドラの足元の地面が盛り上がり、岩が突き出して大きく転倒させる。
『おやおやっ!?』
『これ、は……』
シェフレラは、先程の土の盛り上がりがバンブスの魔技『アンムート・ボーデン・ヴァント』によるものであると即座に理解した。
固まるシェフレラのアハートロイだったが、そこにバンブスのモリオントロイが駆けつけ、その肩にそっと手を置く。
『……大丈夫』
『バンブスさん……ありがとうっ』
『えっ!?バ、バンブスさん、喋った!?』
戸惑うエンツィアだったが、その様子がシェフレラに余裕を与え、再び体勢を立て直させる。
『だから言ったでしょ?ちゃんと喋る時は喋るんです』
『いやいや、なんでシェフレラさんが得意げなんすかぁ?』
『…………』
『あらあらぁ!!おしゃべりしてていいのかしらぁ!!』
転倒から復帰したヒドラは、再び毒液を噴射して攻撃する。
4人はそれを避けると、今度は陣形を組んで盾を構える。
そして……その4人の盾は変形してそれぞれの魔装へと装着される。
レンシアの『カルト』には先端にトライデント状の刃が、バンブスの『アンムート』には更に大きなネイル付きハンマーが、エンツィアの『ファキュラ』には対になる新たな剣が、そしてシェフレラの『エルンテ』にはボウガン状の砲身と持ち手が追加装備された。
『いいか、バンブスとエンツィアは私に続け。シェフレラは、予め渡しておいた石化弾をタイミングを合わせて撃て』
『了解』
『……』
『りょ、了解!!』
『弾は一発だ。いいか、ヘマをするなよ』
4人に緊張が走る。主に、捕獲の大役を任されたシェフレラにはかなりの重荷がのしかかっていた。
だが、その重荷は誰よりも皆が理解していた。シェフレラに一発を託すという事は、他の3人が絶対にカバーせねばならないからだ。
勿論、そんなのはヒドラにとっては知った事ではない。
『どれどれ……まさかこんなもので包囲した、とお思いですかな?』
ヒドラは身をくねらせると、まるで水が流れるようにぬるりと各機の間を通り抜け、逆に周囲の剣岩の隙間を伝って翻弄する。
『くっ、これでは捉えようがない!!』
『そんな……!』
『なぁに、だったら動きを止めりゃいいだけのこと!!』
エンツィアは二振りの剣を構える。すると、その刀身から炎が巻き起こり、それを思い切って回転して振り回した。
そしてその炎は、剣岩の間を抜けて行きながら波紋状に広がり、ヒドラの身体へと燃え移る。
『蛇の蒲焼きいっちょ上がり!!』
だが、確かにヒドラの身体には炎症ダメージを与えられたものの、致命的になる深い傷とは行かなかった。
『甘いわ小僧!!蒲焼きのタレよりも甘くてしょっぱいぞ!!』
『ですよねぇ〜……ま、今ので事は十分なんだけどねぇ!!』
次の瞬間、剣岩に絡まっていたヒドラが地面に叩きつけられる。
『むおぉっ!?』
ヒドラの背には、得物を構えたテュルキストロイとモリオントロイが跨っていた。
エンツィアの魔技を受けたヒドラが身体に纏わり付いた火を振り払った一瞬の隙を突いて、2機が飛び上がり組み付いたのだ。
そして、動きを封じられたヒドラの首を、まるでスパゲッティを巻くようにハンマーのネイルとトライデントの刃で押さえ付ける。
『今だシェフレラ、石化弾を!!』
『はい!!』
未だ暴れるヒドラに、ボウガン状に形を変えた『エルンテ』を向けて狙いをつける。
しかし……ヒドラは体を持ち上げて上に乗った2機を振り払う。
『ああっ……!!』
一目散に剣岩の隙間へと逃げるヒドラ。エンツィアはそれを見逃さんと素早くその後を追う。
『逃すかってぇの!!』
ヒドラはとてつもないスピードでだんだんとグラナトロイから距離を引き離して行く。
しかし、その感覚は徐々に開かなくなって行き、仕舞いには失速して距離が縮まり始める。
『く……っ。人間ごときの攻撃で、こうも手こずってしまうなど……』
そう、ヒドラは先程の火炎攻撃を受けた際,身を守るための鱗を大幅に損傷していたのだ。
そのため、鋭いささくれが目立つ剣岩の岩肌に皮膚が傷付けられ、逃げれば逃げる程にダメージを受けていたのだ。
『さあ、追いついたぜマムシ野郎!!』
エンツィアは剣の片方を盾の形に戻すと、そこに一度『ファキュラ』を収める。
そして……それをゆっくりと引き抜いた。
『かくれんぼは終わりだ……見通しよくしてやるぜ!!』
引き抜かれた『ファキュラ』は眩いほどに蒼く発光し、身を焦がさんと熱を放っていた。
『はあぁぁ……『ファキュラ・グラナト・シャイネン』ッ!!』
エンツィアが技を放つと、輝く刀身は巨大な半実体の刃と化し、閃光を放ちながら周囲の剣岩を薙ぎ倒して行く。
そうして、邪魔な高い岩を取り払うことで広い空間が生まれた。
『レンシア先輩、今ッ!!』
『言われずともッ!!』
見通しが良くなったその空間にテュルキストロイが飛び込むと、再びヒドラの背に乗って『カルト』を首に巻き付ける。
『『カルト・テュルキス・アイスバーグ』ッ!!』
レンシアが技を唱えると、『カルト』の矛先から氷の塊が出現し、ヒドラの体を凍らせて固めて行く。
『グギャアアアァァァ!!』
最早テレパシーで語りかける事にすら気が回らないヒドラを前に、シェフレラのアハートロイが『エルンテ』を構えて立ちはだかる。
『今度……こそっ!!』
狙いをつけるシェフレラ。しかし、まだ完全に凍り切っていないヒドラは毒液を吐き出して抵抗してくる。
もし、石化弾が酸化毒を浴びれば全てが水の泡となる。失敗は出来ないと回避しようとしたその時……。
『…………ッ!!』
『バンブスさんっ!?』
バンブスのモリオントロイが間に割って入り、盾で毒液を薙ぎ払い再び射線上から退避する。
ヒドラは毒液の充填のために暫く行動が出来ない。その上、その間に隙を生まないために毒液の発射を控えていたはずの他の頭は既に凍ってしまっていた。
最大の好機を、シェフレラは見逃さなかった。
(チャンスを作ってくれたバンブスさんや……みんなのためにも……)
『当てる……ッ!!』
シェフレラの放った石化弾は、真っ直ぐ狙い通りに的確にヒドラを撃ち抜く。
『ピギャアアァァァ……!!』
石化弾を受けたヒドラは、みるみる身体が石と化して行き、そのまま動かなくなってしまった。
『や……っ、た……?ふ、ふうぅぅ……』
作戦が上手くいって気が抜けたのか、操縦席の背もたれに深く寄りかかる。
そんな彼女を労うように、アハートロイの肩にモリオントロイが手を置く。
『…………』
『うん、ありがとね』
一方エンツィアは、作戦が成功して喜んでいるかと思いきや、何も言わずにただ石化したヒドラを見上げて黙っているだけだった。
『…………』
『ん?どうした、エンツィア?らしくないじゃないか』
『え、あっいや……なんでもないっす』
エンツィアはそれだけ言い残してキャンプ地へと戻って行った。
それからしばらくして、兵士たちが飛翔機で石化したヒドラを回収し、今回の遠征は無事終了した。
回収したヒドラは後に国の研究所まで運び出され、固定された状態で解石薬を投与される予定だと言う。
その輸送の様子をキャンプ地から腰掛けて見上げていたエンツィアに、再度レンシアが歩み寄る。
「どうしたさっきから。さっきまでの覇気が全然ないじゃないか」
「あ〜、ええと……ちょっち、っすね」
エンツィアは言い淀むも、再び空を見上げて口を開いた。
「……戦ってるときは、全然気にしなかったんです。でも……アイツが石化弾で石になってるの見た時、なんか可哀想だなぁって思っちゃったんです」
「可哀想?」
「ええ、まあ。魔物ったって、今回の遠征じゃあアイツはただ敵が縄張りに入ってきたから戦ったってだけです。それを生かしたままなんかしようなんて、随分勝手だよなぁって」
そう溢していると、横からランタナが話に割って入ってくる。
「可哀想だと?キサマはアホなのか?それとも能天気過ぎて頭が干上がっちまっているのか?」
「さあね。俺はただ今の気持ちを素直に口にしただけっすよ」
「そうかよ。ともかく、ヤツらにはヘタに同情を持つなよ。魔物どもの命なんざ、人間と比べればゴミ同然……無駄遣いしてもお釣りが来る」
「……同じだよ」
「……あ?」
エンツィアは立ち上がり、儚げな視線を向ける。
「同じだよ、命の価値は。人も、魔物も。ただちょっと、どこかで掛け違えたボタンが心地悪いのさ」
「お前……さっきから生意気なんだよ」
2人の間に険悪なものが澱んで見えたレンシアが、流れを断つために割って入る。
「いい加減にしろ。帰りも長くなる、エンツィアは今のうちにシェフレラたちを呼び戻しておいてくれ」
「……っす」
そう言って2人はこの場を後にし、キャンプ地を撤収する準備に入ったのであった。
そんな最中、川伝いの茂みへと入って行ったシェフレラとバンブス。
「ここ、涼しいね」
「…………」
「あのね、その……さっきは、守ってくれてありがとう」
「…………」
「それに……『大丈夫』って言ってくれた時、嬉しかった。だって……」
「…………」
言いかけたその時、バンブスの様子がおかしな事に気がつく。よく見てみれば、かなり顔色が悪くなっていた。
「バ、バンブスさん!!そんな……日に当たり過ぎたんだ……」
シェフレラは慌てて近くにバンブスを寄り掛からせると、咄嗟に服の胸元を開けて寄り添う。
「あ……う……」
「ほら、早く飲まないと……誰か来ちゃうから」
呻くバンブスを抱き寄せ、頬を赤らめる。そして……。
しばらく、静寂が訪れる。
だが、その静寂は枝の折れる音と共に崩れ去ってしまう。
「っ!!だっ、誰……」
「えっ……と!あー、お2人さん……お邪魔だったかな……?」
そこに現れたのは、先程2人を探すよう言われたエンツィアだった。
エンツィアは目の前で寄り添う2人を見て気まずそうに目を逸らす。しかし……ふととある事が気になり再び彼女の胸元に目を向けた。
「っ!」
その胸元……ではなく、細い首筋からは、二筋の血の滴が伝っていた。
そして今度はバンブスの方へと目をやると、口からは同じく血が垂れていた。
「あっ、あのっ!この事は……誰にも言わないで……」
シェフレラの声が、川の水のせせらぎに掻き消えそうに溢れる。
「バンブスさん……魔族、だったんだ……」
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!




