山だ!!渾身のラストショット(前編)
暁ノ国の僻地にある山岳地帯。そこには、古より龍の棲家として語られている場所がある。
『栄光の七騎士』はそこで狩りをするため、護送車に揺られてキャンプ地へと向かっていた。
「ずっと気になってることがあるんすけど……」
唐突に、エンツィアが静寂を破る。眠っているカルミアと、別の車両に乗っているガーベラ以外の5人は特にこれと言って急ぐこともないので、話に聞き耳を立てる。
「バンブスさんって、全然喋んないよね」
「…………」
バンブスは相変わらず仏頂面で黙っている。それに変わって、横に座っているシェフレラが答える。
「そ、そんなことないですよぉ?確かに無口っちゃ無口ですけど、人が多くない時は話してくれますよ?……あ、そう言えば……」
少し吃りながらも答えていたが、ふと何かを思い出して気まずそうな顔をする。
「どうしたんすか?」
「あ、あんまり大きな声で言えないんだけど……」
シェフレラはエンツィアの耳に小さく囁く。レンシアはそれをただ諦めの顔で黙って見送る。
そして、彼女の最悪の予想通りにエンツィアは明るい表情になって口を開き始める。
「ねえみんな、面白い話があるんだけど……」
「あっ、ちょっ!?ま、待っ……」
それは俺が新兵だった頃の話なんだけどさ。
その頃に勤めていた教官がめちゃくちゃ厳しい人で、殴る蹴るは当たり前で恐れられていたんだ。
そんなある日、新しい射撃場が出来たってんで、みんなで見に行くことになったんだ。
「ほう、なかなか良い所に作ったではないか!!緑も豊かで空気も美味い!!」
そこは小さな自然を、ごく僅かに切り開いて作った施設だったんだ。
そこへ辿り着くまでの道のりも、木々の立ち並んだほとんど獣道程度の細い道を進んでくみたいに、ちょっぴり入り組んでる感じの作りだったんだ。
それに、大勢で来てた事もあって低い枝とかがぶつかったりと結構危なっかしかったんだよね。
「そんな中、木陰で暗い道を慎重に進んでいると……出たんだよ」
「で、出たって……何が、です?」
息を呑むシェフレラ。
エンツィアはゆっくりと、神妙な面持ちで口を開く。
「ああ……出たんだよ。教官の……お尻がね」
「お……え?お、お尻!?」
そう、教官のお尻が丸出しになっていたんだ。
多分、ズボンが枝に引っかかって破けたんだと思う。その上、みんなあの人が普段からパンツを履かない派だなんてこと知らなかったから愕然としたよね。
もうびっくり。
しかも、筋肉でパツパツになったズボンが、歩く度にじわじわと裂けてきてよりお尻が顕になって来てさ、女性陣はみんな引いてるわ男性陣は笑いを堪えるのに必死だわで大変だったんだ。
「……でも、悲劇はこれで終わらなかった」
「ま、待て……もういい、もう十分だ」
何やら焦った様子のレンシア。しかし、それに構わずエンツィアは話を続ける。
少し開けた所に出た俺たちはその後、最新式のピストルの試し撃ちをすることになったんだ。
威力が強くなったこともあり、反動を受け流すための手本として教官が前に出て構えた。
「いいかお前ら、俺の手本をよーく見ておくんだ!!ピストルというものはなぁ、こう使うんだ……!!」
発砲音が、一発響いた。
それと同時に……裂け目が弾けてたわわな臀部が飛び出したんだ。
「なるほど、なかなかの反動だな!!しかし、全身で衝撃を吸収すればどうという事はない!!」
弾の反動で肩を揺らす教官。
それに合わせて揺れる教官の尻。
笑いを通り越して愕然とする新兵たち。
泣きそうになる子も現れた。
「どうだ!俺のやり方をよーく見ておけよ!!」
見てられなかったよ、正直。
戸惑いを押し殺す新兵たちだったんだけど、その時遠くの方から人影が近付いて来た。
やって来たのは、まだ調査隊の隊長をやってた頃のレンシア先輩だった。隊長として予め新しい射撃場を視察していた先輩は、銃声を聞いて訓練の様子を見るためにこっちに来たんだ。
当然、こっちに来れば嫌でも教官の丸出しが目に入ることになるよね。その時の先輩の顔はとてもじゃないけど吹かずにはいられなかったよ。
「き、教官!?あ、あああ貴方はこんな所で何をやっているのだ!?」
「おお、これはこれは調査隊隊長殿!!どうです、いい音でしょう?余裕の音だ」
その瞬間、先輩の顔が鬼の形相になった。
遠目からでも分かる。あー、ヤバいなぁ、と。
「ほう……そんなに音に自信があるのなら、さぞいい音が鳴るのだろうな?」
「ええ、それはもちろん!!」
「だったら一発試させろこの猥褻クソ野郎ッ!!!!」
突如、とてつもない発砲音が響いた!!
……と思ったんだけど、その音は先輩が教官の尻をソバットで撃ち抜いた音だったんだ!!
その鋭い蹴りを受けた教官は、弾丸の如く吹き飛んで行っちゃってさぁ……まあ、ちょっとザマァって思っちゃった。
「って事があったんだ」
話を聞き終わった一同は、苦い顔でただ黙り込んでいた。
「だから大きな声じゃ言わなかったのにぃ……」
シェフレラは顔を手で覆い絶望に沈む。
だが、そんな彼女の横で黙っていたはずのバンブスが震え始める。
「ッ……くくくくっ……あっはっはっはっはっ!!」
「あ〜本当だ!バンブスさんって本当にしょーもない下ネタで笑うんだぁ!!」
「そんなくだらない事を試そうとするな!!聞いてた皆もなんか気まずくなってしまっただろうが!!」
「うぇえ!?」
自分の発言が原因にも関わらず困惑するエンツィア。
そんな彼らを、ランタナは歯を食いしばって横目に睨んでいた。
(なんでこの私が、こんなおちゃらけた小僧ごときにナメられなきゃならんのだ……!!)
というのも、彼は先の戦闘以来、自らに対して不遜な態度を取ったエンツィアに怒りと不満を抱えていたのだ。
(ふん、まあいい。せいぜい今のうちに笑っておくがいいさ。キサマの尊厳など、簡単に落とす事が出来るのだからなァ)
「あ、ランタナさん!キャンプ地ってお風呂とかあるんすかね?」
「知るか!!」
(あ、焦るな……ペースを乱されてはならない……)
護送車はしばらく山道をゆっくり進み続ける……。
それから7人はキャンプ地へ着くと、バンガローまで荷下ろしをしていく。
「うわぁ、綺麗なバンガローだなぁ!!」
「そうだ。しばらく使っていなかったものを、兵に掃除させたからな」
既に別のバンガローに荷下ろしを済ませていたガーベラが、様子を見るためにわざわざ出向いてくる。
「ガーベラ様!!」
その場の全員が、即座に頭を下げて膝をつく。
「面を上げろ。同じ七騎士だ、気にすることはない」
「はっ!」
一同は膝をついたまま顔を上げる。
「我々はこれから、龍を生け取りにし持ち帰るという危険な任務を命じられている。長旅の疲れもあるだろう、それまで各自休息を取るように」
そう言ってガーベラはバンガローを去る。それと同時に、誰かしらの息が大きく吐かれる。
すると、エンツィアは咄嗟に立ち上がって伸びをし、外を指差して呼びかける。
「じゃあみんな!近くに川があるみたいだから、ちょっと寄ってみようよ!!」
「ちょっ、おいキサマ!!ガーベラ様に今し方休息しろと言われたばかりだろう!!」
慌てて立ち上がるランタナ。だが、辺りを見回してみても誰もエンツィアを止めようとする者はいなかった。
「いいんじゃないか?息抜きも立派な休息だろう」
「川だって!ここ最近忙しくってそんな暇なかったから行きたいなぁ!!」
「…………」
「ぐう……すやすや……」
「……っあ゛ぁもう!!何言われても知らんからな!!」
ランタナは諦め、たったひとりバンガローの奥に閉じ籠り本を開く。
その事には気にも止めず、4人はバンガローを出て川の方へと向かって行った。
「むにゃむにゃ……いってら〜……」
そして、カルミアは4人を見送りそのまま床に伏して眠りにつくのであった……。
4人は川へと赴いた。そこでは、兵たちが食事の支度にと火を起こしたり、鉄板の用意をしていた。
「お、バーベキューかな!」
「あ、な、七騎士の皆様方!!」
エンツィアが声をかけると、兵たちは一斉に作業をやめて敬礼をする。それを見て4人は慌てて止めようとする。
「あーいいっていいって!それよかさぁ、俺も手伝っていいかな?」
「し、しかし……わざわざ七騎士のお方の手を煩わせる訳には……」
「大丈夫大丈夫!俺料理すんのも好きだもん!」
そう言ってエンツィアは手袋を手に取って串焼きの下準備を始め出す。
それをぽかぁんと眺めていた3人だったが、バンブスが川辺に立てかけられていた釣竿を見つけるとシェフレラの服の袖を軽く引っ張って指を指す。
「…………」
「えっ、釣りがしたいの?いいよ、一緒にやろうっ!」
2人は駆け出し、竿を手に取って魚釣りをし始める。
いきなり取り残されたレンシアは呆気に取られてしまい、髪を掻き上げてため息をつく。
「まったく、好き勝手な奴らだな。かく言う私も流れで付いてきてしまったのだが……」
バンガローに戻ろうかどうか迷っていたレンシアだったが、適当に視線を滑らせているとふと木陰で休んでいたガーベラと目が合う。
「あ……」
マズいと思ったのかレンシアは固まってしまうが、ガーベラは微笑むと手を伸ばして招く仕草をする。
それを無碍には出来ないと、レンシアは素直に木陰へと入って行った。
「ふふっ、私といるとそんなに緊張するか?」
「あ、いえ、その……はい。どうも、恐れ多くて……」
「そう気を張るな。王族なれど同じ七騎士同士、気兼ねなく接してくれ」
どうも落ち着かない様子のレンシアを見て、ガーベラは座るよう促し、川辺の方を指を指す。
「ここからならこの辺りの景色がよく見えるだろう」
「はあ……」
「キミには何が見える?その目には何が映る……?」
問われ、しばらく思案した後に口を開く。
「……川……それと兵、ですかね?給餌に勤しんでいる様子が見えます」
「そうだな。しかし、私にとっては彼らも民であり、国の一部だ。勿論、七騎士のキミたちもだ」
「…………」
予想外の言葉に開いた口が塞がらないレンシア。それにガーベラは尚も凛とした眼差しを向ける。
「人それぞれに戦う理由はあるだろう。守るもののため、または自らの権威のため……かく言う私も、16年前の雪辱を晴らしたいがために現役を退けないでいる。キミは……」
ガーベラは理由を知っている様子だったが、彼女の瞳を見てあえて投げかける。
「……私も、貴女と同じです。16年前に姉を亡くしてから、その事にのみ囚われる日々……」
「ブルゥルだな」
「ええ……。終戦してからは、姉を殺した魔族を野放しに愛想笑いする日々に、行き場のない怒りを抑えることばかり考えていました。それを、再び戦争が起こって晴らせるだなんて、烏滸がましいでしょうか」
遠い目で語るレンシアに、ガーベラは尚も優しく声をかける。
「復讐は何も生まない……などと世間は言う。しかしそれでも、キミの秘めた怒りが晴れないのなら私はそれを否定する義務はないさ」
「……そう言っていただけると救われます」
「それに……父を殺した魔族には私も憎しみはある。私たちはどこか、『似た者同士』なのかもな」
「ふふっ、もしそうなら、嬉しい限りです」
小さく微笑んで、2人は再び『守るべき民』へと目を向ける。
給餌の支度は既に終わっており、手伝っていたエンツィアはいつの間にか川の浅い所で魚掴みをしていた。
「おーい先輩!!ここめっちゃ魚いますよ!!」
「お前は……まあ、そんな自由なところが気に入ってるんだがなぁ」
仕方ないと思いつつも、笑みながら彼の方へと歩いていく。
ガーベラはそれを見送って微笑む。その瞳に、本心を隠したまま……。
(本当に……『似た者同士』であればどれだけ良いか……)
翌朝。陽の上らない内に、彼らは目を覚ました。
「さて、これから我々は龍の棲家である剣峰へと向かう事へなる。我々の使命は、そこに住まう魔龍ヒドラを生捕りにする事だ。簡単な使命ではない。だからこそ、我が国は戦争に先駆けて新たな機体を作り上げ、この地へと持ち出した」
ガーベラは兵に手で指示を出すと、兵はスタンドアップ済みの輸送車の荷台に掛けられていた布を取り払う。
そこには……4機のトロイフレームが立ち並んでいた。
「これが、俺の新しい剣……『グラナトロイ』……か!」
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!
後編もお楽しみください!!