物思う恐喝屋 6
アメリアが査察課の詰所に戻ると、ラージヒルが課長の席についていた。
彼は何もすることがないようで、机の上に新聞広げて読んでいた。
「ただいま戻りました」
そう声をかけると、
「おお、お疲れさん」
と、待ちわびたかのようにラージヒルは言った。
「申し訳ありません。フリオには途中で巻かれました」
「おいおい。しっかりしてくれよ」
極端に気の抜けた表情を見せるラージヒル。
「すみません。ですが収穫はありました」
「じゃあ、言い訳を聞こうか」
ラージヒルはうっすら笑った。
叱る感じは一切なく、からかう気満々である。
「言い訳ってなんですか。かなり重大な事実を掴んだんですよ」
査察課に配属されて二か月、上役に対する遠慮が薄れている。
「その言い方はないだろ。サ店でサボっていた奴にそんなこと言われる筋合いはないぞ」
「え? な、な」
なぜわかったのですか、という言葉が出なかった。
アメリアは目を見開いてわかりやすく動揺した。
「お、図星だな。サボり方だけは一人前になって、まあ」
「休憩と言ってください。お昼ご飯も食べてなかったんですから」
アメリアは取り澄まして言った。
この男に合わせてはいけないと胸の内で自分に言い聞かせる。
「まあ、いいけどさ。腹減っているときにジュースとかパスタとかドカ食いすると太るぞ」
「課長……あなたにはデリカシーというものがないのですか?」
アメリアはラージヒルの机の上に右手を置いて迫る。
早くもラージヒルのペースに乗せられたのに気づいていない。
「心外だなあ。俺は部下の健康を考えて言ってるんだよ」
ラージヒルはいけしゃあしゃあと言う。
「そうは思えませんが」
「おまえさんもしつこいね。そんな怒ってばっかじゃ顔に皺ができるぞ。若くしてくしゃくしゃの顔になりたくないだろ」
「誰のせいで怒っていると思っているんですか」
「俺のせいにするなよ。未熟で短気で粗暴で顔と魔法しか取り柄のないおまえさん自身の問題だろ」
「その口、永久に閉じてあげましょうか?」
「まあ、なんだっていいさ。で、何を掴んだって?」
気にする素振りも見せずに、話を捜査の方へ変えた。
机の上に両肘を乗せ、上目遣いで見据える。
その顔にはどことなく底意地の悪い楽しみを覚えている感があった。
アメリアはむうっと呻いてから、尾行の一部始終を報告した。
ラージヒルは打って変わって真面目な顔つきになる。
「なるほどねぇ。木箱のブツか」
「いったい中には何が入っているのでしょうか?」
「開けてみないことにはどうしようもないな。それと『ラタン』がセスの殺害に関与したらしいと来たか」
「課長の方はいかがでしたか?」
「こっちも、首尾は上々って言ったところだ。あと、セスを殺したって奴が出頭してきたんだ」
「え?」
素っ気なく言われたので、理解するのに時間がかかった。
「本当ですか?」
「今、刑事一課が取り調べをしているはずだ。少しは真相がはっきりするんじゃないか」
とラージヒルが言ったとき、ドアを叩く音がした。
「どうぞ」
ラージヒルが促すと、レジナルドがドアを開けて入ってきた。
「お疲れさまです」
「お疲れさん。上手くいった?」
「はい、多少、証言に曖昧なところがありますが、犯人に間違いないかと」
レジナルドが言う犯人とはセスを殺害した者のことだろう。
「曖昧って?」
「犯行時、酒に酔っていてあまりよく覚えていないようです」
「酔っぱらった弾みで、喧嘩沙汰になったってところか」
と言うと、ラージヒルは席を立った。
「アメリア、行くぞ」
「どこへ行くのですか?」
「レジナルド、ちょっと聴取させてくれる?」
「え、しかし」
管轄外の憲兵に聴取をさせたくないようだった。
捜査を乱されたくないので、関係のないラージヒルが首を突っ込むのは好ましくない。
「頼むよ。ちょっとだけでいいからさ」
まるで借金をするときのような口調だった。
「わかりました」
レジナルドは渋々承諾した。
ここで一つ、アメリアに疑問が浮かんだ。
なぜレジナルドは、わざわざ査察課をたずねてきたのだろうか。
「警部、なぜこちらへ? 課長に報告する義務はないはずですが」
「万が一のためだ。ラージヒル警視は、仕事はできるからな」
その口調には含んだものがあった。
レジナルドも昔、ラージヒルとなにかあったのかもしれない。
「こっちもビングリー巡査部長を調べているからさ。もしかしたら殺人事件と何らかの関りがあるのかもしれないし、情報を共有しようって持ちかけたわけ。さて、行こうか」
ラージヒルは査察課の詰所を出て行く。
アメリアも仕方ないと思いながら彼についていった。
レジナルドはラージヒルの横に付き添いながら、聴取で訊いたことを話した。
◇
取調室に入ると、聴取をしていた憲兵たちが露骨に嫌な顔をした。
いきなり現れた闖入者を歓迎するわけがないとわかっていた。
彼らは自分の職分を果たそうとしているだけである。
まして同僚を監察する査察課が来たということは、自分たちの仕事ぶりに文句をつけに来たと思われても仕方ない気がする。
アメリアは気まずくなり、申し訳なさそうにそろそろと壁際に寄った。
犯人――ハリエットは殊勝にうなだれていた。
ぼさぼさの髪を肩まで垂らして、髭がうっすら映えている。
目の下に隈ができて、一睡もしていないようだった。
「ちょっと変わってくれる?」
ラージヒルが椅子に座っていた憲兵に頼んだ。
憲兵は身体を傾けて、ドアの近くにいるレジナルドに顔を向けた。
レジナルドが無言でうなずくと、憲兵は顔をしかめて席を譲った。
「さて、何から話そうか?」
ラージヒルは机の上に両肘を立てて、手を組んだ。
いつものとぼけた印象が薄れ、目に鋭さがある。
犯人はその目を直視できないようで、一回顔を上げると、また俯いた。
「あんた、セスと同僚だったんだってな」
「あ、ああ」
ハリエットは力なく答える。
「どこで、殺したんだ?」
「デーヴァ川の北にある橋で……」
「なんでそこで殺したんだ?」
「え?」
「港にいる間に、人目のつかないところで殺害し、遺体を海に沈めるほうが発見されにくいからな。なんで、わざわざ川をさかのぼったところで殺害したんだ?」
「それはハリエットの家が北東にあるからですよ。セスの家も近いこともあって、こいつの家で酒を飲んでいたんです。口論の挙句、はずみで殺害に及んだんですよ」
代わりに答えたのは、さっきまで取り調べをしていた憲兵である。
「ふーん。港あたりの居酒屋じゃなくてねぇ」
「あまり金がなかったんですよ。酒屋で酒を買って家で飲んだ方が安くすみますから」
目線を上げて、ハリエットは弱々しく答える。
「酒を飲んだねえ。アメリア、セスの遺体から酒の匂いはしたか?」
「いえ、酔った形跡はありませんでした」
アメリアは遺体を引き上げたときのことを思い出した。
酒の匂いは一切しなかったはずだ。
「い、いや、セスは酒が飲めねえんだ。俺は酒を飲んでいたけど、あいつは食ってばかりで」
「そいつもおかしいな。セスはむしろ飲む方だったらしいぞ」
「え」
と声を洩らしたのはアメリアである。
その情報は聞いていなかった。
「セスの奥さんから聞いたんだ。結婚前までは毎晩飲み歩くほどの飲み助だったそうだ。ま、子どもが生まれてから控えるようになったらしいがな。それでも、付き合い程度には嗜んでいた。それなのに、お前といたときだけ酒を飲まなかった。おかしくないか?」
澱みのない冷徹な語り口で隙を衝く。
犯人をじっくり見据えて、感情を読み取っている感じがある。
「い、いや、それは、セスの奴、酒を止めて健康的にならなくちゃならないっていうから、もう飲まなくなったんだ」
「なるほど。たしかに奥さんは、セスの健康に気を遣っていたみたいだな」
「そうだ。だから酒を飲まなくてもおかしくはないだろ」
「けどな、やっぱりおかしいんだ。あんたがセスを殺す三日前ぐらいに酒を飲んで帰って来たって奥さんが言ってたぞ。あんたの家に行ったその日に、ばったり酒を止めるとは思えんがな」
「そんなこと言われても知らねえよ。人によるだろ、そんなの」
「ふむ。そう来るか」
「憲兵さん、なんなんすかこの人。おれはセスを殺したって認めてるんだ。さっさとム所に入れてくれよ」
ハリエットはおどおどした声音をあげて、レジナルドに顔を向けて言った。
「もう一つ訊きたいことがある。あんた、魔法を遣えるか?」
「遣えねえよ」
「で、犯行時刻は?」
「夜だよ。夜」
「それで、朝早く船頭が発見した、と。アメリア、たしか遺体はきれいだったよな?」
ラージヒルはアメリアに目を向けた。
「ええ。ですから私は、〈遺体保存〉の魔法……」
ここでアメリアはあることを思い出してはっとなった。
「おかしいですね」
「だろ」
査察課二人の意見が合ったようだ。
アメリアがハリエットに近寄る。
「な、なにがおかしいんだよ」
「セスの遺体から魔力の反応があったんだよ」
あっ、と言う声が取調室に響いた。
他の憲兵の声が偶然同時に発せられたらしかった。
「知らねえよ、そんなの。誰かのいたずらじゃないのか」
「そんな言い訳が通用するか。さあ、正直に本当のことを言ったらどうだ」
アメリアは机の上に手をついてハリエットに目を据えた。
「う、う……」
ハリエットはアメリアの視線に耐えられなくなったようで、声を詰まらせる。
「さて、本当のことを話してもらおうか。これ以上無駄な時間を過ごすのは、あんただって嫌だろ」
「そんなの知るか。なあ憲兵さんよ、おれがあいつを殺したんだ。さっさとム所に入れろよ、なあ」
ハリエットは恐慌をきたして両手をついて立ち上がった。
まるで自分が犯人にならないと都合が悪いと言わんばかりの態度だった。
「なあ、『RT44』って倉庫になにがあるか知っているか?」
ラージヒルはいきなり別方向から切り込んだ。
「え?」
「え、じゃなく。なにか心当たりない?」
「し、知らねえよ。そんなことはどうでもいいだろ。さっさと」
「刑務所に行かないと、命が危ない、とか」
ラージヒルの言葉を聞いた男の顔に、驚愕の色が広がった。
「図星、だな」
「どういうことですか?」
アメリアは机から手を離して訊いた。
「こいつの態度を見てりゃ、だいたいの察しはつくさ。大方、身代わりに出頭しろって命令されたってところだな」
「では、誰の身代わりだと?」
アメリアの疑問に答える代わりに、ラージヒルはじっくり男の顔を見据えた。
「一つ言っておくと、この身代わりはもう失敗だよ。犯人の隠匿に加担したってだけなら、そこまで罪は重くないから、すぐ娑婆に出てこられる。取り調べで粘るのも限界があるし、留置所、裁判、刑務所、全部合わせて一年未満ってとこか。いや、その前に証拠不十分で、釈放されるかもな。娑婆に出たあと、あんたどうなると思う? 少し想像してみたら」
男は席について伏し目がちに机の上を見つめた。
瞳が揺れて怯えの色に変化した。
「ちょっと危ないかもなあ。憲兵だって四六時中あんたを守るほど、暇じゃないんでね」
ラージヒルの口調にはもったいぶったかのような笑いが含んでいる。
まるで悪役が人を脅すときのような顔つきだった。
「や、やめてくれ。お、おれを殺人犯にしてくれ」
「まあ、落ち着きなさいって。あんたがちゃんと話してくれたら、守ってやるからさ」
「あんたらに、それができるのか?」
「保証するよ。真犯人の罪状を鑑みると、遠島の刑は避けられない。知ってるでしょ? この国の最高刑だ。そこで一生刑務作業に従事しなきゃならないから、あんたが狙われることはないよ」
「ほ、本当か?」
男は縋るような目つきで話す。
「レジナルド、ここの独房は空いていたっけ?」
「はい、空いています」
「あんたが正直に話してくれたら、事件解決までそこに匿うよ。憲兵の監視付きだから、命の心配はない」
噛んで含めるように説得するラージヒル。
「だったら、じゃあ」
まだ疑わしげな表情ではあるものの、男は質問に答える気になったようだ。
「よろしく頼むよ」
と言ったラージヒルの顔に胡乱な笑みが漏れる。
――悪党。
アメリアは胸の内でラージヒルに毒づいた。
脅したあとに宥める、その手法にはどこか悪者じみたやり口が感じられる。
男はラージヒルの質問に答えた。
出頭を頼んだ者について話してくれた。
そして、セスについて気になることを言った。
「そういや、セスの奴、近いうちに辞めるかもって言ってたな」
「ほう」
「なんでも、『ラタン』はもうおしまいだって言ってたっけな。おれにも転職先を探した方がいいって言ってきたんだよ。バカな冗談を言うと思ったよ。あれだけの大店がそう簡単に潰れるはずがないからな。けど、本当にあいつの言った通りになりそうだ」
「その、潰れるって言った根拠はあったりする?」
「さあな、詳しいことはわからねえけど、セスの奴、オーナーや番頭がヤバいものを持っているって言ってたな。たぶんあんたの言った『RT44』にあるんじゃねえかな。あの倉庫、いつも見張り番がいて、うちのお偉いさんしか入れねえんだよ」
知りうる秘密を話し、すっかり憑き物が落ちたようだった。
男は憲兵に手錠をかけられて、身を委ねるようにして取調室を出て行った。
「じゃあ、レジナルド、あとはよろしく」
「警視、ありがとうございました。それでは、我々刑事一課は『ラタン』に向かいます」
レジナルドは足早に取調室を出て行った。
「これで、ひと段落しそうですね」
アメリアは解決の糸口が見えてほっとした。
「まったく、素人がヤクザ者の真似をするからこうなるんだよ。プロだったら足がつかないような身代わりを用意するもんさ」
ラージヒルがそう言うと、席を立った。
「行くぞ、アメリア」
「どこへ行くのですか?」
「指定された時刻に行かないとな。小舟を用意してくれ」
と言いつつ、ラージヒルは取調室を出て行く。
「待ってください」
事態が飲み込めず、戸惑いながら後を追った。
廊下に出ると、ラージヒルの姿は遠ざかっていた。
狭い廊下ですれ違う憲兵たちの間をすり抜け、階段の近くで追いついた。
「課長、なぜそんなに急いでいるんですか?」
「忘れたか。俺たちが追っているのは『ラタン』だけじゃない」
階段を降りながらそう言われたとき、アメリアはようやく気づいた。
「フリオとビングリー巡査部長ですね」
「詳しいことは途中で話すよ。セスの奥さんのことも含めてな」
「そういえば、奥様を訪ねたって言ってましたね」
「そう。奥さんは俺に会う前、フリオが部屋を訪ねて来たって言ったんだ。そんでフリオの奴、奥さんに伝言を頼んだらしくてな」
話を端折っていて、理解が追い付かない。
そんなアメリアの気持ちを察してくれたのか、ラージヒルは言葉を継ぎ足した。
フリオの伝言の内容に、アメリアは胸の内は驚愕に包まれた。
「フリオの奴、わざわざ俺を呼び出したのさ」




