物思う恐喝屋 5
フリオとビングリーは倉庫が並ぶ道を歩いていた。
様々な業者の倉庫があるようで、扉に屋号を示す記号と番号が大きく書かれていた。
見張り番がぽつぽつ立っていて、不審な人物の侵入を阻んでいるようだった。
二人は『RT44』と書かれた倉庫の前で足を止めた。
ビングリーがこの倉庫番と話し始める。
アメリアは姿を消しながら、彼らに近づいた。
話し声が聞こえる距離まで近づいたとき、ビングリーが倉庫番に金を握らせたのが見えた。
すると倉庫番は扉を開け、二人を中に入れる。
倉庫番も中に入ったのを見て、アメリアも倉庫に入った。
倉庫の中には大量の木箱が積まれていた。
天窓から光が射し込むだけで殺風景な雰囲気が漂い、細かい埃が宙に散っていて人の出入りが多くないようだった。
アメリアは埃を吸い込んで咳き込まないように細心の注意を払う。
「あ、そこ、トラップがあるんで」
扉の近くで、見張り番が言う。
アメリアは床に目を向ける。
目を凝らさないとよく見えないが、四角い魔法陣が薄く描かれていた。
それを踏むとトラップ式の〈捕縛魔法〉が発動し、半日もの間身動きが取れなくなる。
おそらくこの倉庫には同じ魔法陣がそこかしこに仕掛けられているのかもしれない。
慎重な動きが求められると思い、アメリアは気を張った。
「解除できないのか?」
フリオが不機嫌そうに言った。
もっとも彼の風貌のせいでそう聞こえるだけなのかもしれない。
「おれにはできないっすね。お抱えの魔法遣いじゃなきゃ解けないようになっているんすよ」
「つかえねえ野郎だ」
フリオは悪態を吐いた。
「そう言うな。こいつがいなきゃ、おれたちがこうして捜査なんてできないからな」
ビングリーはフリオの肩に手をかけて言う。
――捜査?
どうやらビングリーは捜査の名目で倉庫番を抱き込んだらしい。
彼に金を握らせたのも、店の者には秘密にして倉庫の中を改める目的があったようだ。
倉庫番の案内で二人は奥に進んでいく。
アメリアも床のトラップに気をつけながら後を跟けた。
やがて倉庫の奥にまで行くと、壁際に置かれた木箱の前で足を止めた。
真新しい木材で造られた木箱で厳重に閉じられているようだ。
「これですよ」
倉庫番は木箱を指さした。
「ふーん。こいつがね」
と言って、ビングリーは木箱に触れようとした。
「ああ、だめだめ。それにもトラップが仕掛けられてるんです」
倉庫番は慌ててビングリーの腕を掴んだ。
「なに? じゃあどうやって開けろっつうんだ」
「やっぱりお抱えの魔法遣いに解いてもらうしかないっすね」
「ちっ、これじゃ何もできねえじゃねえか」
ビングリーは帽子に手をやって頭を抱える。
「なあ、間違いなく入っているんだよな」
フリオが睨みを利かせて倉庫番を見下ろす。
「間違いないと思いますよ」
としか倉庫番は言わない。
どうやら確固たる証拠があって踏み込んだわけではないようだ。
「ほんとか? お前、おれたちを嵌めてんじゃないだろうな」
フリオは倉庫番の胸ぐらをつかみ持ち上げた。
倉庫番の脚が宙に浮く形になり、泳ぐように脚を動かす。
「違いますよ。それだったらトラップのことなんて教えませんて」
「よせフリオ。もうちょっと証拠を固めないと無理そうだ」
「くそ」
フリオは振り払うように胸ぐらから手を放す。
倉庫番は床にしりもちをついた。
フリオとビングリーは出口に向かい、倉庫番も後を追った。
――気になるわね。
姿を消したまま、三人を監視していたアメリアは、木箱を開けようか迷っていた。
魔法を遣ってトラップを解除することはできる。
ただ、木箱は何本もの釘を打ってあり、跡を残さないように開けるのは不可能だった。
倉庫番の言うことを信じるなら、木箱の中には秘密がありそうだったものの、この木箱の中身が何も問題ない可能性もありそうだった。
もし、勝手に開けてしまったのが露見してしまったら、違法捜査だと問われかねない。
法に触れる物品が出てくれば、違法捜査の件を有耶無耶にして『ラタン』を罪に問えるかもしれないが、そうではない場合、アメリアに重大な処分が下る可能性が高い。
そうなると査察課の動きが封じられこの捜査は暗礁に乗り上げてしまうだろう。
ここで賭けに出るのは危険だと思い直し、外に出ることにした。
その前に木箱の外側を確認する。
足音と息遣いに気をつけながら木箱に掌をかざすと、魔力の反応が感じられた。
倉庫番が言った通り、トラップ魔法が仕掛けられていた。
入口近くまで行くと、三人は足を止めた。倉庫番が扉を開けながら話しかけた。
「ビングリーさん。ほんと頼みますよ。ただでさえ番頭が休んで大わらわなんですから」
「そうなのか?」
「ええ、無断欠勤らしいですよ。おかげでオーナーはカンカンです」
少々古い言い回しで言った。
フリオとビングリーは倉庫の並ぶ通りを抜けて、やや入り組んだ道に入って行った。
その道には人通りがなく、両側の建物のほとんどが窓を開け放っている。
時おり漏れてくる話し声から察するに、各商会の事務所が並んでいる道のようだった。
ビングリーを先頭に澱みない脚運びで歩を進めていた。
路地の入口の前でいったん足を止めると、ビングリーは親指で路地を指す。
フリオはただ頷くだけである。
二人は、日の当たらない路地に入って行った。
足音に気をつけながら、アメリアは後を追った。
路地の半ばまで行くと、再び足を止めて話し始めた。
「ちょっとまずかったな」
とビングリーは言った。
アメリアはぎりぎりまで近づいて、彼らの話に耳を澄ませた。
「昨日の今日だ、少し急ぎ過ぎたな。けど、バレたらまずいものがあるってのがわかっただけでも儲けもんだ」
「けど、お前らしくないな。もう少し下調べをしてからでも遅くなかっただろ」
そう言うビングリーの口調に焦りが滲み出ている気がした。
勇み足を踏んでしまい、この脅しが失敗に終わるのを恐れているようだった。
「下調べは昨日のうちにしたぜ」
「なに?」
「マスターが番頭の行きつけの店を教えてくれたろ。昨日、飲んで帰る途中で奴を脅した。木箱の中身までは吐かなかったがな」
「おいおい、まさか殺したんじゃないだろうな」
「今日来られるとまずいだろ」
フリオの言葉には含みがある。
不気味な感じを受けたのかビングリーの表情が固まる。
――だからあのとき、裾が濡れていたのね。
アメリアはラージヒルに言われたことを思い出した。
アパートの前にフリオが現れたときには、すでに『ラタン』の番頭を脅したあとだったのだ。
「そんな顔するな。あの木箱に、ヤベえもんが入っているのは間違いねえ。じゃねえと、トラップなんて仕掛けねえよ」
「じゃ、じゃあ、『ラタン』には脅しのネタが転がっていると見ていいな」
ビングリーは少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ああ。だが、それが何なのかを突き止めないと金を引き出せねえ」
「どうする? おれがカマをかけてやってもいいが」
ビングリーは自分の職権を使う気を起こしたようだ。
「頼む」
とフリオは言うと、あたりを見回した。
大柄な身体に似合わず、慎重になっている。
誰の姿も見えないとわかっても、警戒心を解く気配がない。
よほど聞かれたらまずいことなのか、フリオは大柄な身体を曲げてビングリーに耳打ちをする。
話を聞きたかったが、近づきすぎると気づかれる恐れがあった。
アメリアが迷っているうちにフリオは上体を起こした。
「本当かよ、おい」
ビングリーは驚きを隠さず声を張った。
しまったと思ったらしく、はっとなって気まずい表情を浮かべた。
「間違いねえ。番頭が吐いた。憲兵にバレたら間違いなく島流しだろうな」
フリオの言う島流しは、リーデス王国で最も重い刑罰の遠島の刑のことである。
「しかしあいつらもバカなことをしたもんだ。所詮素人のやることだな」
ビングリーは少々おどけた口調で言う。
「そういや、捜査の方はどうなった? 犯人の目星はついたのか?」
「まだだ。刑事一課が鋭意捜査中だ。目撃者でも出たら一発で突き止められるのにな。けどよ、お前殺しにずいぶんこだわるじゃねえか」
「なあに、脅しのネタが増えるだけだ。それだけ金をぶん取れる」
「本当にそうか?」
「なに?」
「殺された奴、お前の幼馴染なんだろ」
「……」
「俺だって憲兵だ。調べはついている。情が芽生えたか? 気持ちはわかるが殺しの件で『ラタン』をつつくのは止めろ。木箱の件だけにしておけば、命までは取られないさ」
「わかってるよ」
「頼むから深入りしないでくれよ」
ここで話を打ち切って二人は来た道を戻った。
アメリアは気づかれないよう壁に寄って道を開けた。
すれ違うとき、息を止める。
〈透明化〉は上手くかかっていて、二人はアメリアに気づかなかった。
アメリアは、二人の後を追いながら声をかけるべきか考えた。
フリオは重大な証拠を握っているらしく、取り調べ次第では『ラタン』の悪事を暴けるかもしれない。
しかし、聞いた限りの情報を使って聴取しても、フリオが黙秘を貫く恐れがある。
自白したとしても、せいぜい番頭への脅迫ぐらいで、彼の得た情報を素直に供述するとは思えなかった。
しかも、倉庫内でのやり取りから推察すると、ビングリーがフリオを捜査協力者として庇う可能性だってありうる。
このタイミングで職務質問はできなかった。
二人は港から離れると二手に分かれた。
ビングリーは乗合船に乗り、憲兵庁の方へ向かった。
一方、フリオは小舟に乗り、川をさかのぼっていく。
小舟はかなりの速度を出していたので、これ以上の尾行は無理だった。
追いかけても気づかれる可能性が大きい。
アメリアは、人目のつかないところでインビジブルを解いた。
長時間、気づかれないように細心の注意を払っていたので、精神的な疲れがどっと出て、大きく息を吐いた。
緊張感が解けたせいか腹の虫が鳴った。
どこかで食事休憩を取りたいと思ったとき、喫茶店の看板が目に入った。
そこに入り、フルーツジュースと大盛りパスタを頼む。
料理が来るまでの間、今日の出来事を頭の中でまとめた。
まず、フリオとビングリーはマスターと呼ばれる人物からネタを仕入れてきて、『ラタン』から金を脅し取るのは間違いなかった。
『RT44』の倉庫には表に出せない品物を隠している。
具体的なことまではわからないが、二人の会話から察するに、露見すれば手首に手錠をかけられるに違いない。
そして、二人には意思の齟齬が見られた気がした。
ビングリーはあくまで倉庫の中身にしかこだわっていないが、フリオは殺人事件にも興味を持っているようだ。
彼らの言うことを鑑みると、フリオは殺人の件でも強請ろうとしている。
人殺しから金を脅し取るようなことをすれば、逆上した相手から手痛い仕返しを食らうかもしれない。
ところが、フリオは極めて危険な賭けに出るようだ。
倉庫の件と、セスの殺し。
フリオは『ラタン』の不祥事を確信するネタを握っていると見て間違いなさそうだった。
――やっぱり、特別な感情があるのかしら?
初めてフリオと話を交わしたとき、彼が垣間見せたかなしい表情が脳裏に焼き付いている。
それは友を想う人間の感情が表に出た瞬間だったのだろうか。
考えても栓のないこととわかりながらも、アメリアはフリオの感情を推し量ろうとした。




