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物思う恐喝屋 4

 深更、アパート前の街灯がさみしげな灯を道に落としている。

 多くの人たちが寝静まり、時どき遊んで帰ってくる人がこの通りを過ぎてゆく。

 中にはぜいたくに馬車に乗って帰宅する者いて、うらぶれた町並みとは裏腹に、意外と小金を貯えている住人もいるらしかった。


 アメリアとラージヒルはアパートの前で見張っていた。

 インビジブルの魔法を遣い、姿を消しながらフリオの帰りを待っていた。

 昼間の暑熱が町中に籠っていたようで、夜が更けてもじめじめした暑さを感じる。

 風の魔法を遣って涼みたかったが、張り込みの最中なので我慢した。


 アパートの大家夫人が部屋の中で待っててもいいと言ったが、憲兵がいるとなると、住民に迷惑をかけるかもしれないと断った。

 道を行く人にも要らぬ警戒心を与えないために、〈透明化(インビジブル)〉を遣って二人の姿を隠しているのだが、時おり魔法のかかりが甘くなり、陽炎のように姿が浮かび上がる。

 昨夜、夜通し働いたアメリアには疲れがたまっているせいでもある。

 仮眠を取ったとはいえ、寝不足なのは変わりない。

 姿が見えないのをいいことに、欠伸をしてしまいそうになって、そのたびにかみ殺していた。

 思わず口を開きそうになったとき、左側から足音が聞こえてきた。

 街灯に浮かび上がる大柄な男はラージヒルの言ったフリオ・ハザスらしかった。


「よし、いいぞ」


 とラージヒルが言い、アメリアは〈透明化〉を解いた。

 フリオは全く警戒していなかったようだった。

 いきなり現れた憲兵の姿を見ると、目を見開いた。


「久しぶりだな。フリオ、元気にしてたか」


 元被疑者というよりは、久しく会っていなかった旧友のような声のかけ方だった。


「ラージヒルさん。お久しぶりです」


 フリオは無愛想に答えた。

 ラージヒルよりもはるかに大柄で、異様に目つきの鋭い男だった。

 どこかで飲んできたらしく、身体から酒の臭いがする。


「ちょっと訊きたいことがあるんだが、時間は大丈夫か?」

「ないっつっても、訊くんでしょう」

「まあそうなんだけどな」


 ラージヒルに苦笑いが浮かぶ。


「何を訊きたいんで? おれはやましいことなんかしちゃいませんよ」

「別にお前を疑っているわけじゃないさ。ただ、今朝上がった遺体のことを訊きに来ただけだ」


 ここでフリオの目が一層険しくなったと、アメリアは感じた。

 殺人を疑われている警戒心が芽生えたようだ。


「おれが殺したって言うんですか?」

「そうじゃない。ただ遺体の身元なんだが、お前の知り合いだとわかったんだ」

「……」

「セスだよ。廻船屋『ラタン』で働いていたお前の幼馴染さ」

「そうですか」


 そう言うフリオの顔に動きがあった気がした。

 そこには悪党に似つかわしくないかなしげな色を湛えていたように見えた。


「幼馴染が亡くなられたというのに、ずいぶん冷静ですね」


 アメリアはあえて挑戦的な言葉を使った。何かしらの反応を探りたかった。


「冷静ねぇ。ラージヒルさん、このお嬢さんは?」

「アメリア・ティレット警部補。俺の部下でね。顔と魔法はいいが、なかなかのお転婆でな。手のかかる部下だよ」


 いつもよりも控えめな憎まれ口である。


「ふーん。魔法遣いか」


 フリオはアメリアを見下ろした。

 大柄な身体に悪相も相まって、異様な迫力がある。


「お嬢さんよ、たしかにおれとセスは幼馴染さ。けど、ここ何年も疎遠でね。なにか特別な絆があるってわけじゃない。ただ知り合いなだけだ」


 フリオの口調には、アメリアを世間知らずだと思って嘲る感じが含まれている。

 その証拠にラージヒルには彼なりに丁寧な言葉を使っているが、アメリアにはぞんざいな口調で話す。


「それに、あいつはおれと違って死ぬまで真面目に生きてきた奴だ。悪事なんてガラじゃない。おれみたいな奴とは無縁になって、清々してたんじゃないか」

「ちょっとま……」


 フリオの言葉に違和感を覚えたアメリアだが、ラージヒルが腕を出して遮る。

 怪訝に思ったアメリアはラージヒルの顔を見上げる。

 ラージヒルは目を合わせて首を振ると、再びフリオに顔を向けた。


「フリオ、お前、セスが働いている廻船屋について何か聞いていないか?」

「さあね。俺は情報屋じゃないんでね。なんなら、他の憲兵に訊いた方が早いんじゃないですか」


 フリオはそっぽを向いて答えた。


「ほう、恐喝屋フリオ・ハザスのうわさは良く聞くがな」

「へえ。ならおれをこの場で逮捕しますか?」

「うわさ程度じゃ逮捕できんさ。現に訴える人がいないしな。ま、なにも知らないならいい。悪かったな、こんな夜遅くに訪ねてきて」

「まったくだ。今回限りにしてほしいもんですな」


 と言い捨て、フリオはアパートに入って行った。


「課長、なぜ止めたんですか?」


 アメリアが強い口調で訊く。

 せっかくの気付きを邪魔されて少々気分を害していた。


「気づいたんなら、なおさら黙っていなくちゃな。迂闊に言うとフリオの奴、警戒するぞ」

「そうかもしれませんが……」

「アメリア、もうちょっとあいつを泳がせてみよう。もしかしたらとんでもないヤマにぶち当たるかもしれんぞ」

「え?」

「あいつは真っ白な堅気には手を出さないのさ。後ろ暗い噂を嗅ぎつけてはきちんと下調べをして恐喝をするんだ。浮気や裏金やら世間にバレると社会的な致命傷を負いかねない弱みを握って金を要求する」


 それに、と言って、ラージヒルは顔を近づけてきた。


「あいつ、何かしでかしたあとだったぞ」

「え?」

「ズボンの裾が少し濡れていた。あいつ、ああ見えて水の魔法が遣えるんだよ。時にはそれを遣って喧嘩をしたもんさ。今じゃ、恐喝で遣っているはずだ」


 そのやり方については詳しく訊く気になれなかった。

 水を遣った脅しとなれば、おおよその想像はつく。


「誰を脅したんでしょうか?」

「さあな。今のところはなんとも」

「課長は、フリオがセスさんの死について、何かを知っていると考えているんですね?」

「そう。おまえさんが勘付いた通り、奴は最近、セスと会ったはずだ。そこで何か言われたか、それとも気づいたか。いずれにしてもフリオは何かを隠している」


 フリオは、セスが死ぬまで真面目に生きてきた、と言った。

 その言葉には、つい最近会ったかのような感じがある。

 さらにアメリアは、フリオが見せた表情が目に焼き付いた。

 人を寄せ付けそうもない大柄で悪相の男の心底から、おそらく本人すら気づいていない哀惜を垣間見た気がした。


「では、ここで見張りをしますか?」


 アメリアは気を取り直して言った。

 殺人事件とあっては眠いだの疲れているだの言っていられなかった。

 気持ちが張り詰めて眠気はどこかへ吹っ飛んでいった。


「いや、奴の目的はわかっている。おそらく『ラタン』に関するネタを持っているはずだ。もうここを見張る必要はない。今日のところは帰って、ゆっくり休め。明日はダイアメド港に行って『ラタン』とフリオの動向を探るんだ」

「承知しました。って課長はどうされるんですか?」


 まるで、一人で行って来いと言わんばかりの命令だったので、面を食らった。


「俺は他に心当たりがあるから、そっちへ行くよ。ああ、そうそう。港まで遠いから小舟を遣ってもいいぞ。じゃ、おやすみ」


  ◇


 翌朝、、私服姿のままダイアメド港へ直行した。

 あまり目立つといけないので、民間人を装ったのである。

 白い半袖シャツに、ショートパンツ。あえて憲兵らしくない格好をした。

 以前、警邏課のリジー・ローチェ巡査に見立ててもらった服である。

 露出が多いので少し恥ずかしかったが、これぐらいの格好をしないと目を欺けないと思って我慢した。


 ラージヒルに言われた通り、憲兵庁の小舟を遣って港の近くまで行くことにした。

 魔力で操作するタイプの小舟なので、魔法が得意なアメリアは簡単に扱える。

 町中を巡る川には朝早くから大小さまざまな船が行き交う。

 乗合船、艀、小舟など、そのほとんどが魔力を動力源にしている。

 魔法を遣えるなら誰にでも動かせるので、魔法遣いであれば食いっぱぐれないとまで言われているほど、イクリスでは船の数が多い。


 東のデーヴァ川に出ると、南に向けて小舟を進めて、港近くの船着き場に着いた。

 私服姿で憲兵の小舟を操作して港まで行くと怪しまれるかもしれないので、そこに留めることにした。

 小舟を留めて杭にもやってから岸の石段を上り、徒歩で港へ向かった。


 セスの働いていた廻船屋『ラタン』は地方や海外からの積荷を扱う関係で港に事務所を構えており、幾艘もの船を所有していた。

 港には何軒もの倉庫が並んでいて、様々な積荷が運ばれている。他にも客船の出入りがあり、リーデス王国の海の玄関の様相を呈していた。

 『ラタン』のみならず、様々な廻船屋や運送業者などが事務所を構えている。


 ダイアメド港の空は広かった。

 町中のように背の高い建物が少なく、港中にまんべんなく光が射していた。

 そよ風に乗った潮の香りが鼻をくすぐり、頬を撫でる。

 港に流れてくる海水がさざ波を立てていて、日の光を受けてきらきら光っている。


 アメリアはひとまず憲兵庁の出張所に向かうことにした。

 密輸入の取り締まりや被疑者の逃亡を防ぐため、ダイアメド港には憲兵が詰めている。

 他の部署の縄張りで見張りをするため、筋を通した方がいいと思った。

 それに、あまりにも港の規模が広いため、『ラタン』の事務所がどこにあるのかわからなかったのもある。担当の憲兵に訊けば、場所がわかるはずだった。


 港で働く人や、客船で地方や海外へ向かう客もいるため、人の流れが盛んだった。

 荷物を積みかえたらしき荷馬車がアメリアの横を過ぎた。

 早く荷物を運びたいのか、御者の気性が荒く、声を張り上げて人々をかき分ける。


 客船の待合所の近くまで来ると、アメリアは慌てて顔をそむけた。

 昨日フリオのアパートの前で見たビングリー巡査部長が、私服姿で入口横の壁に寄りかかっていたからだ。

 幸いにも船客らしき人々が待合所近くで屯っていたので、気づかれる心配はないように思われた。

 目の端で彼の姿を確認すると、どうやらこちらに気づいていないようだった。

 アメリアは髪を梳き上げる仕草をして、ビングリーに顔を見られないように待合所を通り過ぎた。


 ここでアメリアは予定を変更し、ビングリーを見張ることにした。

 彼がフリオとつながっているなら、必ず接触するはずである。

 

 そして、近くに人目につかない場所がないかを探した。

 〈透明化〉を遣い、ビングリーを見張ってみようと考えたからである。

 いきなり姿を消すと、周りの人に驚かれるので、どうしても人目を避けたかった。

 すると、船客目当ての飲食店らしき店の前で無蓋の馬車が止まっているのが目に入った。

 御者は欠伸をしていて、周りに注意を払っている気配がない。

 アメリアはさっと動いて馬車の陰に隠れた。

 周りの目が届いていないのを確認して、〈透明化〉を発動する。

 姿が見えなくなったのを確かめると、無蓋の馬車から離れて、もう一度待合所に向かった。


 ビングリーは待合所の前から動いていない。腕を組んで指で腕を叩いている。

 かなり苛々しているらしい。やがて右足をせわしなく動かすようになった。


「悪い。遅くなった」


 ビングリーに声をかけた男がいた。フリオである。

 大柄な身体をゆするようにしてビングリーに寄って行く。


「遅いぞ。手筈はついているんだ。さっさと行くぞ」


 二人は待合所を離れて、どこかへ向かった。

 アメリアは人にぶつからないように気をつけながら、後を跟けた。


 ――何の手筈かしら?


 アメリアの胸に不安が去来する。

 あの二人は良からぬことを企んでいる気がした。

『ラタン』絡みと見て、二人の後を跟けることにした。


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