新旧犯罪者達の努力と無力
キン! キィン! ガキィン!
不揃いなリズムで剣と竿がぶつかり合い、金管楽器のような音が男二人の手によって次々と作り出されていく。
二人の目は真剣で、そこに妥協は微塵も感じられない。命を削り取ろうとする音が、街の出口に近い広場で鳴り響いていた。
「ただ震えていたあの頃とは違うようだな。勇者様よお」
「まあな。こっそりと夜な夜な竿をいじって鍛えてきたんだ。あの頃とは違うさ」
「オレだってお前を蹴り飛ばしたあの頃とは違うんだぜ。寝る間も惜しんで何度剣を抜いたことか」
「剣を抜いた、か。なかなかやるじゃねえか。……って、俺を蹴った時のこと覚えてんじゃねえかこの筋肉野郎!」
二人は武器と会話を交えながら、戦いそのものを楽しんでいるようだ。目は真剣なままだが、口元がにやついて見える。
「はぁ……はぁ……。最高……ですっ……」
「……リマ?」
「ハッ! ……い、今のは何でもないです」
私の隣で戦いを眺めていたリマも、何故か口元がにやついており、はぁはぁ言っていた。
なぜリマは興奮しているの?
そのどこか怪しげなリマの様子を眺めていると、
「サーチャ殿。リマ殿。シエル殿。念の為に戦う準備をしておくように」
アイラが私達に小さく告げた。
念の為?
それはつまり、おっさんが負けるということだろうか。
確かにあの獣人男は強いかもしれない。なんと言ってもアタシがたじろいで後ずさりしてしまったくらいだから。
でもアタシがたじろいでもおっさんは果敢に前へと勇み出てみせた。それにあのおっさんが密かに竿の稽古を行い努力していたことも知っている。夜遅くまで竿を使って何かをしていたことも知っている。
そんなおっさんが負けるはずがない。
「せっかくだ。ここで旧犯人と真犯人、どちらが強いかをハッキリさせとこうぜ」
「ぎゃははは! 面白いこと言うじゃあねえか!」
会話だけを聞くと緊張感は全く感じられない。でもアタシの目の前では一進一退のせめぎ合いが繰り広げられているのは事実だ。それも少しでも油断をすると命が失われてしまうほどのせめぎ合いが。
おっさんは何度も突きを繰り出し、竿を獣人男に打ち込もうとしている。しかし獣人男はそれをものともせず、短剣で次々と受け流していく。
突きの次は地平線をなぞるかのような横一線へのなぎ払い。空を断ち風を帯びるかのごとく竿がしなりを見せ、獣人男の脇腹へと迫る。しかしその攻撃も短剣によって軌道を逸らされ、別の方向へと流れてしまった。
「どうした? 勇者様の実力はその程度か?」
「はあっ……はあっ……。くっ、まだまだっ!」
「もっと工夫を凝らさねえとこの俺には一撃も浴びせられねえぞ!」
時間が経つにつれてだんだんとおっさんの顔には焦りの色が浮かんできたように見える。対する獣人男は動じることなく平静といった様子だ。
まるで大人が子どもに戦いの稽古をつけているかのように見えてきてしまった。
おっさんは諦めることなく乱れ突きを試み始めた。だが何度やっても獣人男には当たらない。躱され、受け流され、嘲笑われているかのようにおっさんの労力は無力化されていく。それとともに実力差だけが浮き彫りとなっていく。
おっさんはついにヤケになってしまったのか、一端身を引いたあと竿を持つ手にぐっと力を込めて最大限の突きを繰り出した。だけどあんな大きな動作ではどうしようもない。また躱されるか受け流されて--
しかし、次の瞬間私の視界に入っていたのは、おっさんの一撃を鳩尾に食らい地面に膝をついた獣人男の姿だった。
アタシは目がおかしくなってしまったのだろうか。見間違いでなければ、受け流される寸前で竿が伸びた。そう、竿が伸びたのだ。
「悪いな、騙しちまって。この竿は伸縮できるんだ。俺が工夫を凝らして伸縮できるように改造したんだ」
「改造だと……?」
「ああ、夜な夜な竿をいじって改造したんだ。もちろん竿を扱う稽古もした。どうだ? 成長しただろう?」
「くっ……。まさかこのオレがお前に一杯食わされるとはな。……畜生。畜生。畜生畜生畜生ッ! 畜生がッ!!!」
獣人男はこれまでの平静さを失い、怒りをあらわにした。剣を持つ手はわなわなと震え、目は血走っている。その姿はまさに獣を彷彿とさせるものだった。
獣人男は鼻息を荒く立てながら、
「このオレに一撃浴びさせたことは褒めてやるッ! だがお前はもう駄目だッ! お前はオレを怒らせたッ! 死ねッ!」
灰色のローブの中から一本の長剣を取り出し、既に持っていた短剣との二刀流を見せるやいなや、間髪を入れずに刹那の一閃を放った。
おっさんは真後ろに跳び間一髪で難を逃れたかに見えたが、短剣と長剣の間合いに対応しきれず、ついに斬られてしまった。
腹部には一線の切り傷が刻み込まれている。その切り傷の隙間から血が溢れ、おっさんの茶色のローブが赤く染まっていった。
「ナイトさんっ!!」
おっさんの危機を感じ取ったリマが叫ぶ。
「くっ……。またも食らっちまうとは……」
「またも? 以前も食らったようなこと言いやがって! さては頭がおかしくなっちまったかあ? ぎゃはははは!」
「あの反り返った長剣、まさか鋼鉄のブロンザか!?」
突然アタシの隣で戦いの行方を眺めていたアイラが口走った。
「鋼鉄のブロンザ? あの獣人男、何か有名なの?」
「ああ。あの男は短剣と長剣を手に世界を股に掛ける荒くれ者だ。金で雇われ、淡々と仕事をこなす。たとえ殺しであっても必ずやり遂げる仕事人だ。そして特筆すべきは奴の能力。身体を鋼鉄に変化させる能力だ。よって奴に攻撃を食らわせるのは至難の業。くっ、私としたことが、今になって奴の正体に気付くとは。このままだとナイト殿は……」
アイラはその先を言わない。いや、言えないのかもしれない。
しかし言われなくてもアタシにはわかる。このままいけばおっさんは殺されるということが。そして何にせよ、一刻の猶予も許されない状況だということは分かった。
だから、誰かがあの二人の邪魔をして、男二人の世界を壊さないといけない。
アタシは周りを見てみた。
リマ、シエル、そしてアイラでさえも、その場に磔になってしまったかのように動かない。いや違う。動けないんだ。
男二人からは他を寄せ付けない、介入させない圧力が放たれていた。そんな男二人の圧倒的な戦いを、アタシ達は眺めることしかできなくなっていた。
本来なら一刻も早く助けないといけない。だけど、身体が動かない。そしてアタシもその内の一人。身体がぴくりとも動かなかった。
おっさんは辛うじて立っている。しかし、竿を持つ手がガタガタと震えていた。
「くっ……。力が入らねえ……。どうやらここまでか」
「ああ、そうだ。お前はここまでだ。お前の物語はここで終章だ」
獣人男--ブロンザは荒くなっていた呼吸を整え、
「そして」
と発したあと、
「旧犯人の勇者様は幕を引き、真犯人のオレ様が主役となる。何、心配するな。オレは剣の腕には自信がある。きっと楽しい殺人冒険譚になるだろうさ。タイトルは『鋼鉄のブロンザ、ワクワク大冒険』といったところか。楽しみだぜえ。……さて、そろそろお別れだ。一瞬で楽にしてやるからよ」
そう言うと、反り返る長剣をそのままおっさんの身体に--




