とまらない想いは街を巡る
異変が始まったのはいつからだったのだろう。
ソフトクリームを食べ終えたアタシ達は、その後街角で待ちぼうけを食らうことになってしまった。
「まったく……。あの二人、どこに行ったのかしら」
「二人だけで街に冒険に行ったのかもしれないね」
アタシがぼそりと呟き、それに反応しアイツも呟く。
リマがおっさんを追いかけ回していたところまでは覚えている。
それからアタシ達がソフトクリームを無心で舐めているうちに、二人はいなくなってしまった。
街中をくまなく歩いて探そうかとも思ったけど、不慣れな場所でそれをやるのは危険だと判断。迷いの森でリマと休憩したときのように、今度はシエルと休憩を兼ねて二人の戻りを待つことにした。
近くにあったベンチにシエルと並んで座る。
そして街角から確認できる範囲を隅々まで見渡してみるも、やはり二人の姿は見えない。
でもまあ、いずれ戻ってくるでしょ。こういう時は無駄な行動はせずに気長に待つ。それが大事なの。心の中でそう言い聞かせる。
しかし、ソフトクリームを舐め合ってから、シエルとの会話は随分と少なくなってしまっていた。
たぶんその原因は、アタシが必要以上に意識しているからだと思う。
だってキスしてしまったんだもの。間接ではあるけれども。
もうすぐで日が暮れるというのに、アタシが見ている世界では相変わらず人とモノと喧騒が行き交っている。
それぞれが波のように押し寄せ、引いていく。
おっさんとリマも、その波に流されてしまったかのような気がした。
そしてこの様子を世界の片隅から見ているだけのアタシ達には、ただただ何もない沈黙のみが流れているかのようだった。
それから時が流れ、日が暮れてからも、おっさんとリマは戻ってこなかった。
流石に不安に思ったのか、
「宿屋に行けば合流できるかもしれない。今から行ってみようよ」
「そうね。おっさんもあったかい宿屋を目的としているようだったし、既に行っているかもしれないわね」
沈黙を破りシエルが尋ねてきた。
そしてアタシも、それに応えることにした。
すると突然、
「サーチャ。手、出して」
シエルが真面目な顔をして話しかけてきた。
手? 一体何をするのかしら?
アタシは不思議に思いながらも、言われるままに右手を差し出した。すると、その手をシエルがぎゅっと包み込むように握ってきた。
「ふへっ!?」
「驚かせてごめん。サーチャとは離れ離れになりたくないから。だから、手を繋いだんだ。さあ、宿屋に行こう」
そしてアタシは手を引かれ、世界の片隅から街の中心部にある宿屋へと歩みを進めだした。
シエルの逞しい背中から生える腕、そして伸びる手が、アタシの手と繋がっている。
初めはおっさんとリマがいなくなってしまったことによる不安と、急に手を握られた驚きとが混在していた。しかし、それらはこの握られた手から伝わる温もりによって、安心と信頼という別のものへと塗り替えられてしまった。
今のアタシはアイツの青い瞳のように、頭の中が澄んでいる。その一方で、アタシの頭から下げられた巻髪のように、心の中が緋色に染まっている。
シエルも今、アタシのように染まっているの?
日が落ち世界が闇に包まれてしまっているから、背中しか見ることができないから、シエルがどんな表情をしているのかは分からない。
でもきっと、今のシエルはおっさんとリマのことでいっぱいになっていると思う。
シエルのことでいっぱいになっているアタシのことには目もくれず、足早に宿屋を目指す靴音だけが、この街と混ざり合っている。
こちらを振り向いて、ずっとアタシだけを見てほしい。ずっとアタシだけを意識してほしい。昔もそう思ったことがあった。
それはアタシがシエルのことを好きになった時のこと。シエルに森で助けてもらった時のことだ。最近助けてもらった時のことではなくて、ずっと前、三年前のこと。
あの時のことは忘れもしない。
あれはアタシがこっそりと屋敷を抜け出して森へ向かった時のことだった。
茂みの方から突然飛び出てきたベビーベアに襲われそうになって、アタシがたじろいでいたら、シエルが颯爽と現れて弓矢で助けてくれた。そしてあの時、アタシも心を射抜かれてしまった。
でも、シエルのことは好きなはずなのに、気がついた時にはなぜか酷いことばかり言ってしまっていた。
たぶんそれは、好きだという気持ちを素直に上手く伝えられないアタシだけど、どうにかこんな私を意識してほしい、という思いからの酷い言葉だったのかもしれない。
それと、周りのみんながシエルのことを忌み嫌っているのに、アタシだけが好きだという事実を必死に隠すため、というのもあったののだと思う。
そして、酷い言葉を言ってしまう罪滅ぼしのためから、毎日のようにパンを届けていた。
そのせいで村にいた頃のアタシは、酷い言葉とちっぽけなパンをくれる人という意識しか持たれていなかったはずだ。
でもシエルが旅に出ることになり、アタシの元からいなくなってしまうことになって、初めてアタシはアイツの前で素直になれた。
まあ、まだ完全にアタシは素直にはなりきれてないし、今もついツンとした態度をとったりしてしまうんだけれどね。
……でも。
もし、もしもだけど、本当に素直になれば、アタシはちゃんと意識してもらえるのかな。
アタシの方を振り向いて、見てもらえるのかな。
「シエル、大好き」
アタシは勇気を出して口を動かし、溢れる想いを外に放った。
しかし、やっぱりアタシは素直にはなれなかった。
この純粋で素直な言葉は、シエルには聞こえないように、喧騒の一部に加えることしかできなかった。
無造作に世界へと放たれ行き場を失くしたこの言葉は、これからこの街で、喧騒の一部として永遠に彷徨い続けるのかもしれない。
素直で真っ直ぐなシエルと、素直になりたくても素直になりきれない、曲がりくねったアタシ。
そして、幾つもの道を通り過ぎたアタシ達は宿屋へと辿り着いた。




