アタシの仲間は悪魔的です
気味の悪い草木が鬱蒼と生い茂る深い森の中で、アタシ達は途方もなく迷っていた。
枯葉が大地を覆う見渡す限りの茶色い世界。かび臭さと苔のような森特有の臭いも充満している。そして日光は木々によって阻まれ辺りは薄暗い。なんだか気分まで暗くなりそうね。
「大声で呼んでも反応もないし、全然見つからないね。二人ともどこに行っちゃったのかな。男二人だけで……。はぁはぁ……。そ、それに私達、どっちの方向に行っているのか、さっぱり分からなくなっちゃいました。これからどうしましょう……」
ピンクのローブを着た水色の髪の女の子--リマが潤んだ瞳をちらつかせてくる。話の途中でなぜか息を荒らげたあと、次に泣き出しそうな顔をしてアタシを見てきた。
アタシだって困ってんだから、そんなかわいい子犬のような目で見ないでよ!
と言いたくなったけど、そこはぐっと堪える。
「そうね……。動き回るだけ無駄に体力を消耗するから、しばらくここで休憩でもしましょうか」
アタシが提案すると、
「そうだね。歩き疲れちゃったし、休憩しようか。ちょうどいいところにちょうどいい大きさの木もあるし」
リマはアタシの意見に乗っかったあと、近くにあった倒木にちょこんと腰掛けた。
「サーちゃんは座らないの?」
「アタシはいいわ。汚れちゃいそうだし」
アタシが座るであろう場所を空けたリマは、その場所を手で掃いて綺麗にしていた。
でも綺麗になったとしても、座ったら何かしら汚れがつくかもしれない。
リマの親切を払い除けることになってしまうのは心が痛いけど、今着ているお気に入りの
ワンピースはあまり汚したくはないの。ごめんね、リマ。
「サーちゃんってやっぱりお嬢様なんだね。私なんて何も気にせずに座っちゃったよ」
てへっ、と舌を出すリマ。この小動物のような仕草は男にとっては破壊的だと思う。アイツにとってもそれは例外ではないかもしれないわね。
「あ、そうだ。私の膝に乗ってみる? それなら汚れる心配もないよ?」
「な、何言ってんの!? 膝に乗るなんて恥ずかしくてできる訳ないじゃないっ! それにアタシ、重いし……」
「恥ずかしいって、今私達だけしかいないよ? 誰かに見られることもないし大丈夫だよ。それとサーちゃんは軽い!だから、ね。サーちゃん、こっちにおいで。ずっと立ってると疲れるよ?」
まさか無意識? 男だけでなくアタシまで破壊しようとしてくるなんて……。
まるで悪魔の囁きね。こうやって男達は魔の手にかかるってわけね。ある意味参考になるわ。
でもアタシはその手には乗らない!
「い、いや、アタシは別に疲れたりなんて--」
「遠慮しなくていいよ。ほらっ」
リマの魔の手が突然迫りアタシの手をぐいっと掴んだあと、そのまま引き寄せられ膝に乗せられてしまった。
それにしても、なんなのよこの感覚は! ふんわりとしたやさしい空気がアタシを包み込んでいるみたい。なんというか、リマって天使のような悪魔ね。
「あ、ありがと……」
「いえいえ」
リマはアタシを膝に乗せたことで満足げな顔をしている。
もしアタシが男だったら、今頃あのおっさんのように暴走していたかもしれない。それほどの破壊力をリマは何の前触れもなくこのアタシに繰り出してきた。
「それにしても、あのおっさん達どこに行ったのかしらね」
「『迷いの森なのに迷わないなんておかしい! もしかすると、ここは迷わない森なんじゃないのか? これは検証が必要だな!』なんて血迷ったことを言って突然森の奥に消えるなんて、流石に予想できなかったよね……」
「こんなところで冒険されてもって思ったわよね。あれは久々にアホっぽかったわ。そしてアホなおっさんを追っていったシエルも戻ってこなくなったし。アタシ達も遅れて後を追ううちに正しい道を見失ってしまったし……。ほんと散々よ」
本当にあのおっさんの暴走っぷりには呆れるしかない。
まあ、おっさんが暴走してしまったのも、元はと言えばアタシが発した『迷いの森なんて大したことないわね』という一言から始まった気もするけど。
次からは発言に気をつけて責任も持たないといけないかしら。
「ぷはぁ! お水美味しい〜。……はい、サーちゃん。サーちゃんもお水飲むでしょ?」
リマが水筒を渡してきた。今朝水を汲んだときのもので、新鮮な水が入っている。
正直に言うと喉は乾いている。でも、
「アタシはいいわ。喉も乾いてないし、その、間接キスになっちゃうし」
ついさっきリマが口にした水筒だ。例え女の子同士だとしても恥ずかしい。
そんなことから、思わず嘘を言ってしまった。
「そんなに私と間接キスするの嫌……?」
潤んだ瞳と潤んだ唇が私に問いかけてくる。
悪魔の囁きを拒んだことで、罪悪感が胸いっぱいに広がってきた。
「は、恥ずかしいのよっ!」
「私は気にしないよ?」
女の子同士ってこういうものなの? 水を共有したりするものなの?
これまで女の子とこんなに密接になったことがなかったので、これが普通なのかどうかアタシには分からない。
「わ、わかったわよ! 飲めばいいんでしょ! 飲めば!」
なんだかいけないことをこれからするような、そんな気分。
アタシはそんな思いを押し流すかのように、渡された水筒を手に取り一気に喉奥へと流し込んだ。
「しっかり飲んどかないと、いざ! って時に大変だからね。喉がカラカラで呪文も詠唱できなかったら目も当てられないし」
リマがアタシのママのように言い聞かせてくる。
確かに喉が乾いて呪文すら唱えられなかったらどうしようもないわね。
「っぷはぁっ! ……喉も潤ったし、美味しかったわ……。ありがと」
「いえいえ、どういたしまして」
水分補給をして一息ついたアタシは、リマの膝に乗せられたままそっと目を閉じ、そして耳を澄ませてみた。
遠くから木々の擦れ合う音と鳥のさえずりが聞こえ、ところどころでガサガサと草がかさつく音も聞こえる。
その一方で、昨日水を汲んだ清流の音は聞こえない。
そしてアタシのすぐ真後ろで、あたたかなリマの吐息が耳元に伝わってくる。
や、やっぱりこの状況恥ずかしいわね……。
「ところでサーちゃん。シエル君とは最近どう?」
やわらかな吐息とともにリマが尋ねてきた。
「どう? って何がどう? なのよ」
「旅してる途中で何か進展とかあったのかなーって思って。サーちゃん、シエル君のこと好きでしょ?」
「ばっ……! ばかっ! なんでアタシがアイツのことを……!」
極力アイツのことは見ないようにしたり、素っ気ない態度を取ったりと、周りに気付かれないようにしてたつもりだけど、まさかバレてた……?
「そうなんだー。そっか。じゃあ私がシエル君のこと奪っちゃっても問題ないってことだね」
リマの瑞々しい唇から、またも悪魔の囁きが飛び出してきた。しかも今度はシエルにまで魔の手が伸びそうな攻撃。いけない。悪魔の侵攻はここで食い止めないと……!
「だ、だめっ! 問題大ありよ!」
「どうして?」
「どうしてって……。アタシが、す、すすす、好きだからよっ!」
「ふふっ。やっぱりそうなんだ。……あ、さっき言ったことだけど、冗談だから心配しないでね。シエル君を奪うって言ったこと」
しまった。まんまと悪魔の罠に嵌められ、手のひらの上で踊らされてしまった。
膝に乗せられて手のひらの上で踊らされて、何やってんのよアタシ!
「シエルのことが好きだって、ぜ、絶対にバラさないでよっ!」
「バラさないよ。女の子同士の秘密だからね」
女の子同士の秘密。
こんな秘密を共有できるような、仲良く話せる女の子が私にできたのは初めてかもしれない。
村ではアタシに何かと付き纏う取り巻きの男が二人いただけで、あとは屋敷のメイド達やメトリ、あとパパとママとしか話した記憶がない。あ、あとシエルを除けばの話だけど。
それにしても、いきなり弱味を握られちゃったわね。アタシも何か握らないと……!
やるのよアタシ! この天使の姿をした悪魔から弱味を握るんだから!
「そんなに握りこぶしを握ってどうしたの?」
「こ、これは何でもないの。……それより、リマの方はあのおっさんとどうなのよ? あ、秘密とかそういうのはナシよ。アタシが答えたんだから、リマもちゃんと答えなさいよね」
「私? 私はナイトさんのこと--」
か細いリマの言葉がここで止まる。
どうしてその先を言わないのよっ!
「サーちゃん、聞こえた?」
え? 何? 言い終わったの?
全然聞こえなかった。というか声小さすぎよ!
「聞こえなかったわよ! もっと大きな声で言いなさいよね!」
アタシの大きな声が辺りに響く。すると、
「変態変態変態変態っ! 近寄るなっ!!」
次はアタシの耳にもはっきりと聞こえた。
まさか、あの変態なおっさんのことをこんなに遠ざけていたなんて思わなかった。
いつもリマが言っている『変態』とか『消しますよ?』って言葉は、てっきり照れ隠しかと思ってたのに。
……って、明らかにリマの声と違うじゃない!
「サーちゃん! 女の人の声がします!」
「ええ! アタシにも聞こえたわ! 行ってみましょう!」
アタシはリマの膝から勢いよく立ち上がり、その声のする方へと駆けつけるのだった。




