銀籠に鳴く鳥(4)
昼食にと連れられた広間はこれまた豪華な造りで、チドリは目がチカチカするように感じた。ヴィヌルがニコニコ顔で待ち受けている。
「立食式ですので、どうぞご歓談をお楽しみ下さいね!」
広間に給仕として出ていたステラは内心で舌打ちした。
(何が歓談よ。お兄様に女狐どもを近づける口実じゃない)
そう思い肝心の二人に目を向け――ステラは自分の考えが杞憂だったことを知る。
レアンは令嬢などには目もくれず、チドリの隣で嬉しそうに料理を口に運んでいた。
「チドリ様、こちらも美味しいですよ」
「あ、食べます食べます!」
「ふふ。焦らずとも、料理は逃げませんよ」
チドリが頬を染める。令嬢達はそれを横目に、ほんの少しの量を口に運んでいた。自分の口を小さく見せるための令嬢の嗜みであったが、もちろんチドリがそれを知るはずもない。一口分を頬張り、幸せそうに食べている。頬が僅かに膨らんだ姿は、木の実を頬張る栗鼠のようで可愛らしかった。以前、「ご飯いっぱい食べるのって幸せだよねぇ」と呑気に零していたことを思い出し、ステラは苦笑した。チドリにとって食事とは幸福以外の何物でもなく、自分を綺麗に魅せる行為ではないのだ。きっと令嬢の嗜みについて知らせれば、「そんなの料理に失礼だよ!」と言うに違いない。
(そういう素直なとこが、私もお兄様も皆も好きなんだと思うのよね)
一人考え込んでいると、レアンが殊更に嬉しそうな声を出した。
「チドリ様チドリ様」
「んむ?」
口の中の物を飲み込んで、チドリが顔を向ける。レアンがニコニコしながらこちらにフォークの先を差し出していた。魚の身が野菜と共に乗せられている。
「はい、あーんして下さい」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、チドリは真っ赤になって狼狽えた。令嬢たちは見ないふりをしながらも、その顔は強張っている。ステラは心の中で大爆笑だった。
「あ、あの、え、い、今何て」
「ですから、口を開けて下さいと……」
「自分で食べられますよ!?」
「そんなつれない事仰らずに。早くしないと落ちてしまいます」
「え、え、え、でも……」
「あーん」
レアンの笑顔に根負けし、チドリは思い切って口を開いた。魚の身を咀嚼する。
「美味しいですか?」
「……あ、味わかんないです……」
「おや、ではもう一口……」
「う、嘘です嘘です!!わかります凄くわかります美味しいですっ!!」
「ふふ。それはよかった」
二人の間に流れる空気に、周りは完全に取り残されていた。皿を片づけていたエーデルが背けた顔をチドリに負けないくらい真っ赤にしている。ステラはそれを鼻で笑った。
「どんだけ初心なのアンタ。そんなんで好きな相手に告白できるの?」
「なっ……か、関係ないだろ」
「せいぜいお兄様から勉強しとけば?」
「……いや、アレは無理だろ」
「……そうね。猿にはまだ早かったわね」
「テメェ……!」
「はいはい。いいからさっさと下げてきなさいよそれ」
エーデルをあしらう間にも、レアンはチドリに甘い声をかける。
「チドリ様、今度はチドリ様がして下さい」
「え!?む、無理ですよそんなの……!」
「何故です?」
「だって、は、恥ずかしいじゃないですか……その、他の方だっています、し……」
「……そうですか、では……」
チドリの耳元に顔を寄せ、レアンは他に聞こえないよう低く囁いた。
「……二人きりの時に、お願いしますね」
フォークを銜えたまま、チドリは首まで赤くなって固まった。令嬢達はチドリの様子を見て、遠くを見るような表情になる。
「……どうせお兄様、二人きりの時にやってくれって言ったに違いないわ」
「は!?」
「ちょっと、お皿落とさないでよね……当たり前じゃない。あんなの、言質取るためにやったようなもんなんだから」
「…………頭痛くなってきた」
「お大事に~」
甘い二人の時間が流れ、昼食は終わった。
部屋に帰ったチドリは、机の上に用意されていた紅茶とお菓子に手をつけ、大きく息をつく。
「もう……最後の方は料理の味ほとんどわかんなかったです」
「ふふ。それは失礼しました」
微笑むレアンには、反省の色は皆無だった。チドリの隣に腰掛け、紅茶を一口飲む。
「……それでチドリ様。二人きりになりましたが、さっきのはして下さらないのですか?」
紅茶が気管に入り、チドリは咳き込んだ。涙目になって見ると、レアンがチョコ菓子のようなものを弄びながらこちらを見ている。
「さ、さ、さっきのって……!!」
「ですから、あーん、と」
「で、出来ませんよ!」
「二人きりならと言って下さったではありませんか」
「言ってないですよ!?」
「むぅ……せっかく楽しみにしていましたのに……」
しょげた子犬のような顔をされては、チドリに勝ち目はなかった。諦めて、菓子を一つ指先で取る。意を決し、レアンに向き直った。
「く、口を……!開けて下さい……!!」
「チドリ様、そのような言い方ではダメですよ?」
「えええぇぇえぇ」
「はい。俺がやっていたように、どうぞ」
「…………あ……ぁ……あーん……ッ!」
レアンの薄い唇が開き、菓子を――チドリの指先ごと銜えた。
「あぎゃーーッッ!!?」
チドリの悲鳴を無視して、レアンは菓子を咀嚼する。そのたびにレアンの唇がチドリの指先を弱く噛んでいった。チドリは頭が真っ白になってしまい、動けない。
レアンの舌が指の腹を擽り、ハッと我に返った。
「ちょ、レ、レア、レアンさ、そ、そ、それお菓子じゃないですッ!!」
「んん?んむぅむ」
「あぁぁあぁ喋っちゃダメ……!!」
レアンの唇の柔らかさに、チドリの頭がクラクラし始めた。おまけに舌先がいたずらに指を掠めていくものだから、羞恥と混乱とでいっぱいになる。
心臓が破裂しそうになった時、ようやくレアンがチドリの指を離した。ハンカチでチドリの指先を拭い、満足そうに微笑む。
「ありがとうございます」
「………うー」
「すみませんチドリ様。あまりに嬉しくて……どうか機嫌を直して下さい」
「…………美味しかったですか」
まだ幾分か拗ねた顔のチドリが訊ねると、レアンは一瞬考え込み、次いでチドリの吐息を奪った。驚くチドリの口に、甘いチョコレートのような芳香が広がる。
顔を離し、レアンがチドリに見せつけるように唇を舌先でチロリと舐めた。
「……甘かったですよ。とても」
一拍おいて、チドリの奇声が響いた。
令嬢たちは、魔法水晶を複雑な顔で見つめていた。
「…………ねえ、これまだ聞くの?」
ノースの声に応える者はいなかった。




