銀籠に鳴く鳥(3)
「どういう事なの!?あんな女が来るなんて聞いてないわ!!」
別荘の一室。談話室のようなそこで声を荒げていたのは、メイプル色の長髪を揺らすスフェンである。彼女の他に、四人の令嬢が集まっていた。皆一様に不満そうな表情を浮かべている。
「しょうがないじゃない。正室だって言うんだしぃ……私達に怒ってどうするのよ」
ソファーで苛々とそう言ったのはノースである。隣に腰掛けたガルデが、白い頬に悲しげな表情を乗せた。
「嫌ですわ……せっかく、体調が回復してきましたのに……」
彼女の病弱ぶりが擬態であることを、他の令嬢は知っていた。内心で顔を歪めながら、表には同情を映す。
「そうよねガルデ……私達も久しぶりに貴方に会えて嬉しいと思っていましたのに」
「気を落とさないで。まだ殿下にお近づきになる機会はあるわ」
「ねえ……あのチドリっていう人、偽の正室ということはないの?」
スフェンが鋭く目を眇める。
艶やかに応じたのは、ロシュエである。
「殿下が私達を遠ざけるために用意した方だと?まあ、その可能性はあるわね」
「……お父様にお願いして、部屋に魔法水晶を隠してあるわ」
不敵に微笑むイディアに、四人の視線が集中する。
「何ですって?」
「二人の会話を聞けば、事実がどうなのかわかるわ。部屋にいればきっと偽りの姿も剥がれるでしょうし」
「まあ……恐ろしい方ね」
ロシュエの笑みに、イディアは自信ありげに微笑んで返した。
一方その頃。
『盗聴だなんて悪趣味ぃ。あ、今は全部効力無くしてあるわよぉ。安心してね』
「ありがとう翠妃さん」
『いいのよぉ。風の精霊王として、空間を総べるのは私の得意分野なんだから!』
部屋に入った途端、チドリの体内で同行していた翠妃が現れ、部屋に仕掛けられていた魔法水晶を全て見つけ出していた。翠妃が姿を消し、レアンが苦笑する。
「大方、俺が部屋で会話する所を聞いて役立てようとでもしたのでしょう。好みなどを知っておけば、近づきやすいですからね」
「どうしますか?盗聴されたら嫌ですよね?」
「……いえ。そうでもありませんよ」
首を傾げたチドリに、レアンが妖しく微笑む。
「聞きたいなら、聞かせるまでです」
チドリが意味を図りかねていると、部屋の扉が開かれた。顔を覗かせたのは侍女に扮したステラである。
「二人とも、どう?」
「ステラか。今丁度盗聴の魔法水晶を見つけた所だ」
「あらあら……早速ってわけね」
「そちらはどうだ?」
「ファリアがいるから仕事は問題ないわ。部屋の方も異常無しよ」
「そうか。よかった」
ステラはニッコリ笑い、スカートを翻した。
「もう少ししたら昼食みたいよ。じゃあ、また後でね」
部屋に入ったチドリは、手を引かれてソファーに倒れこんだ。受け止めたのはレアンの体である。
「!?」
驚いて顔を上げると、レアンは耳元で「魔法水晶」と呟く。そして、いつもの音量で話し始めた。
「お疲れではないですか?暑さもありましたし、何か飲み物などは?」
「へ、あ、えと……大丈夫、です。レア……じゃない。で、殿下……?」
聞かれていることを意識し、チドリは思わずそう口走った。一応今の自分は「正室」であるのだからと思っての言葉だったが、レアンは拗ねるように唇を尖らせた。
「殿下など……いつものように名前で呼んで下さい。寂しいではありませんか」
「え、あ、はい!えっと……レアン、さん」
「はいチドリ様」
ソファーの上で交わされる会話は、隣のステラ達にも聞こえていた。エーデルの魔法道具で筒抜けの会話に、六人は様々な表情を浮かべている。
「なるほど……お熱い二人の会話を盗み聞きなんて自爆行為だったってわけね」
「…………俺帰りたい」
「エーデルには刺激が強いかもなぁ」
「ほほほ。娘達に勝ち目など皆無じゃのう」
「流石ですわね」
「よくあんな恥ずかしい台詞言えるよなー……」
六人が耳を澄ませる先で、二人のやり取りは続く。
「そのワンピース、よくお似合いですよ」
「あ、ありがとうございます……でもあの、私もお洒落した方が良かったんじゃないですか?他の皆みたいに……」
「美しく着飾ったチドリ様も素敵ですが……それは、俺の前でだけ見せて下さればいいのですよ。他の者に見せたくはありませんから」
「う……」
「着飾ると言えば……チドリ様、リウビア国で着ていた服を覚えていますか」
「え?えっと……あ、あの服、ですか?水色の……」
チドリが思い浮かべたのは、想いを告げたあの日身に着けていた薄水色に金糸と銀糸の刺繍がされた服である。
「ええ、そうです。あの服は……勘違いでしたらそう仰って欲しいのですが、もしや、俺の色を選んでくれたのではありませんか?」
「ふぁい!?」
核心を突かれ、チドリは真っ赤になった。レアンの笑みは甘い。
「いえ、何となく思っただけなのですが……そうなのですか?」
「うぅ……す、すみません!そうなんです……見つけた時、レアンさんの目の色と同じで、私思わず……銀色と金色の刺繍も、その……髪と、天狼の時の目の色だなぁって思って……き、気持ち悪いですよね!ホント、すみません……」
「まさか。そんなこと露ほども思っていませんよ」
「ほ、本当、ですか?」
「はい」
レアンの指先が頬を擽った。
「むしろ逆です。嬉しいです」
「え……」
「また着て下さい……もっと、俺のことでいっぱいになってしまえばいいんです」
「うきゃっ」
指が首筋をなぞり、チドリは奇声を上げた。
隣で聞いていたステラが拳を握る。
「ここであの話を持ち出すなんて流石ねお兄様……!!チドリは既にお兄様の色で染まっていると!もっと自分のものにしたいということねお兄様!!」
「チドリ様の反応もまたいい感じですわね」
「愛いのう」
「…………帰りたい」
「ひゅー!青いねぇ!」
「すげーなレアン!」
部屋で聞いていた令嬢達は固まっていた。
「……どういうことかしら」
「ま、まだわからないじゃない!演技が徹底されてるだけかもしれないでしょ!?」
青ざめる横で、魔法水晶は無情に会話を届ける。
『俺もチドリ様の色をした物が欲しいです……ですが、なかなか見つからなくて』
『そ、そんな……無理して探さなくても』
『この髪の色も、肌の色も、瞳の色も……同じ物はないようでして』
『あ、ちょ、くすぐった……!』
『無いのであれば、チドリ様自身に触れることでしか満たされないのではと思うのですが……』
『え!?そ、それは……うひゃっ』
『身に着けずとも、俺はもうチドリ様のものですからね……?』
『も、ものって……!あ、レアンさ、待っ……』
魔法水晶から手を離し、令嬢たちは揃って顔を背けた。