銀籠に鳴く鳥(2)
「一箇所にって……?一体どういうことなのお兄様?」
ステラの怪訝そうな表情に、レアンは満足そうに微笑む。
「以前の会議での俺の言葉にも関わらず、どこからか根回しして自分の娘を俺に引き合わせようとする輩はまだ残っている。数は激減したが、正直根絶やしにしたい」
「根絶やしって……物騒ね」
「そこでだ。その残党達に諦めてもらおうと思ってな」
「諦めてもらうって?何をするつもりなの?」
チドリに一瞬甘い笑みを向け、レアンは口を開いた。
「娘達に、俺の心に入り込む隙などないことを思い知ってもらう」
「え?」
「……お兄様」
「察しがついたか?その通り。俺はチドリ様を連れて行くつもりだ」
溜息をついたステラの隣で、チドリは目を真ん丸にした。レアンはさも当然のような顔をしている。
「俺がどれほどチドリ様ただお一人を想っているかわかれば、馬鹿な真似をするやつもいなくなるだろう?」
「なるほどね……確かにそうだわ。疑った私が馬鹿だったわ」
「え、あの、ちょ」
「お兄様が他の女に懸想なんてするはずがなかったわ。何を勘違いしてたのかしら私」
「そ、そこまで言わなくても」
「いえ。本当に……狂愛が服着て歩いてるような人だもの」
「よくわかってるじゃないか」
「ちょ、ちょっと待って下さい!私も行くって……あの、そんな事して怒られませんか!?」
「大丈夫よ。お兄様はこれでも王子だから、権力で何とでもなるわ」
「しょ、職権乱用……」
「そんなことよりチドリ。貴女自分の心配しなさいよ」
「え?私の?」
「忘れたの?お兄様の目的は言わば令嬢達の心をポッキリ折ること……つまり、二人の熱愛っぷりを見せつけるってことなのよ?」
たっぷり十秒おいて、チドリの顔が燃え上がった。ハクハクと唇が動くが、声が出ない。
「理解するのが遅いわ……」
「というわけでチドリ様、よろしくお願いしますね」
「え、え、え、え!?」
「さて……そうと決まれば私も準備しようっと。なんだか面白いことになりそうだわ」
「こら。あまり派手な事はするなよ」
「わかってるわ。見守るだけよ」
呆然とするチドリを余所に、二人は準備に取り掛かっていった。
顔を揃えた面々を見て、チドリはガックリと床に崩れたい気分になった。
ステラ、ファリア、カイト、ライゼ、エーデル、そしてシャイルまでもが集合し、楽しそうに整列していた。
「なんで皆いるんですか……?」
「私が呼んだの。面白そうだから」
「侍女と執事に変装して潜り込みますから、心配ご無用ですわ」
「ふふふ。まこと楽しそうじゃのう。年甲斐もなくウキウキしてしまうぞ」
「なんで俺まで巻き込まれてんだよ……」
「いいじゃんいいじゃん」
「密偵みたいで楽しいねぇ」
口々に言う面子に、レアンは苦笑した。
「一応遊びではないのですが……まあ、仕方ないですね」
「仕方なくないですよ!何から何まで聞いてませんよ!」
「いいじゃない。チドリは大人しく可愛がられてればいいんだし」
「なんでそれについてくるの!?私が恥ずかしいだけじゃん!」
「それが見たいのよ」
「ひ、ひどい……!!」
涙目になるチドリを連れだし、一行は馬車に乗り込んだ。
侍女服に身を包んだステラにチドリが声を掛ける。
「ね、ねえステラ……私、こんな恰好でいいのかな。お洒落とかしなくていいのかな」
「いいのいいの。そのままで」
「でも……他の人達きっと凄く綺麗だよ?本当に大丈夫?」
「だぁいじょうぶよ。お兄様に小細工は関係ないわ」
「こざいく?」
「チドリはわからなくていいのよ~」
「ば、馬鹿にしてるでしょ……!!」
「してないわ」
ステラの隣でファリアが微笑む。チドリの隣では、同じく侍女服を着たシャイルが頷いていた。簡素な服でも、シャイルの内側から溢れ出る美麗さが感じられる。
「チドリは蒼天のような娘じゃからな。わからずともよいのじゃよ」
「そ、そうてん」
「曇りのない者だということじゃ」
「くもり……」
「まあそう強張るでない。肩の力を抜いておけ」
「そうよ。これから女狐達の群れに突っ込むんだからね」
「め、女狐って……」
「おや。本物の女狐がここにおるぞ?」
シャイルがおどけて、白い耳と尻尾を露わにする。ステラが苦笑した。
「もう。シャイルさんったら」
「ふふ。女として生きた年を言うならば、妾は女狐と言うより化け狐だの」
「モフモフは正義です!」
そう叫んで、チドリがシャイルの尻尾に抱きついた。艶やかな毛並みに顔を埋め、感嘆の息を漏らす。シャイルはそんなチドリに目を細め、そっと頭を撫でた。
「このような尻尾でよければ、存分に愛でると良い」
「ありがとうございます!」
チドリがうっとりしている間に、馬車は目的の別荘に到着した。白と金が基調の、豪奢な造りの別荘だった。別荘の前には夏の日差しを浴びて花々が咲き誇る花壇があり、奥に庭園らしきものも見える。噴水がキラキラと輝いていた。
別荘の扉が開き、小太りの男がセカセカと出てくる。それに応えるように、前方に停まっていた馬車からレアンが姿を現した。男に向かい、ニッコリと笑みを浮かべる。馬車の中に、二人の会話が聞こえてきた。
「これはこれはレアン殿下!お待ちしておりましたぞ!」
「ああ、ヴィヌル公爵。今日からよろしく頼む」
「とんでもない!ささ、どうぞこちらへ……おお、あれが例の娘達です!」
ヴィヌルの指し示す方を窓から窺うと、別荘から五人の令嬢が出てきたところだった。遠目でよくわからないが、陽光を返すドレスはどれも美しい色合いをしている。
「美しい娘達でしょう?さあさあ、ここでは何ですから早速我が別荘へ……」
「ああ、すまないヴィヌル公爵。その前に少しいいか」
「へ?」
ヴィヌルの返答を待たず、レアンはこちらの馬車に歩み寄った。扉を開き、中にいたチドリに笑いかける。
「チドリ様、どうぞ」
手を差し出され、チドリは息を呑んだ。すがるようにステラを見ると、「諦めなさい」と目で諭される。チドリはやや躊躇いながら、レアンの手に自分の手を重ねた。そのまま軽く引かれ、馬車の外に降りる。ヴィヌルが目を見開いた。
「でっ……殿下!?そそ、その方は……!!」
「この国の魔道士であり、俺の正室であるチドリ様だが?」
(あれ?私いつから正室に?)
「っな、何故そのような方をここへ連れていらっしゃったのですか!?」
(ああ~やっぱり怒られたぁ)
「俺が離れたくなかったからだ。他に理由があるか?」
(サラッと言わないで下さい)
居た堪れなくなり、チドリは俯いた。レアンがその腰に手を回し、グッと抱き寄せる。
「まさかとは思うが……チドリ様と俺が共にいることを拒否などしないよな?この方が受け入れられないと言うなら、俺はもう帰るぞ」
「めっ滅相もございません!!もちろん構いませんとも!!ええ!!」
(職権乱用だ……!!)
馬車から、執事服と侍女服に身を包んだ六人が降りてきた。髪型などで誤魔化しているが、ともすればバレてしまいそうでチドリは気が気でない。
「この者達が俺達の世話をする。さてヴィヌル公爵、早速だが部屋に案内して貰えるか。チドリ様がお疲れかもしれないのでな」
「は、はいただいま!」
ヴィヌルに続いて別荘の入り口に差し掛かると、待ち構えていたように令嬢たちが進み出た。
「ご機嫌よう殿下。ロシュエ・ルナディエです。また会えて嬉しいですわ」
真っ先に口を開いたのは、豊満な胸をした紫紺の長い髪の娘。青色の瞳が、蠱惑的な色をたたえている。
「ノース・ユーグラーンです。もう、きっとまた会って下さると約束いたしましたのに……待ち焦がれましたわ」
可愛らしく唇を尖らせた、胡桃色のフワフワした髪を揺らす娘。肩の上で切ってあるため、白い首がよく見えた。
「殿下、スフェン・バールドでございます。覚えておいでですか?」
強気な橙色の目を光らせる、真っ直ぐなメイプル色の髪を結った娘。赤いドレスが夏日の中で燃えるようだった。
「ガルデ・フィリシアです。お会いできて光栄ですわ……わたくし、先日やっと病床から起き上がれましたの。殿下にお会いしたくて……」
儚げな微笑みを浮かべる、グレーの長髪の娘。水色の瞳が潤んで、思わず庇護欲を駆り立てられそうになる。
「……御機嫌よう殿下。夜会の日以来でしょうか」
そして、忘れもしない赤紫色の瞳。可愛らしいはずのクリーム色の髪が、チドリにはもはやトラウマになりかけていた。
「イディア……」
聞こえないほどの声で、ステラが呟く。
チドリは五人から痛いほど視線を浴びせられ、内心悲鳴を上げていた。
そんなチドリを知ってか知らずしてか、レアンが爽やかな笑みを浮かべる。
「ああ、どうも。お話しさせて頂きたいが、今は部屋に急いでいまして。では失礼」
令嬢達が口を開く間もなく、レアンはチドリを連れて別荘の中へ足を踏み入れた。
使用人に扮した六人は顔を伏せ、吹き出さないよう必死で耐えた。




