直情猫騒動(4)
二人きりになると、レアンがそっと頭に触れてきた。
「皆、行ってしまいましたね」
「う……うう……」
「そんなに嫌ですか?俺と二人きりになるのが」
言いながら、レアンの指が尻尾の先を押す。
「嫌じゃないのにゃ!恥ずかしいだけなのにゃ!」
「ふふ。そうですか」
「レアンさん……っ!!」
「もっと触れてもいいですか?」
「恥ずかしいけど嫌じゃないのにゃ!!嬉しいけど恥ずかしいのにゃ!!」
「おや」
「ううぅうぅぅ……!!」
問う度にレアンが尻尾を押すので、否応なしにチドリの口から本音が漏れる。おまけに「にゃ」という語尾がチドリには恥ずかしくてたまらない。
「もうダメです……!死にそう……!」
「……もっと可愛がらせて下さい」
顔を覆ったチドリの手を外し、レアンは瞳を見つめてきた。心臓が高鳴り、体が痺れたように動かない。
耳に触れられ、チドリの口から「ふぎっ」と奇声が飛び出す。レアンの指は、いたずらにチドリの耳を弄び始めた。
「や、やめ……くすぐった……!」
「ふふ……触れるのは、くすぐったいですか」
「くすぐったいのにゃ……!あ、もう!」
抗議しようと体を起こしても、嬉しそうなレアンを見ると言葉が喉元で消えてしまう。
耳に触れていた手は、またチドリの顎を撫で始めた。まるで本物の猫にするような手つきに、チドリの頭がボンヤリしてくる。
垂れた耳を見て、レアンが満足そうに笑う。
「……本当に、猫のようですね」
「っ……知りませんよ!もう!」
「可愛いと言っているのですが……」
チドリの頭を抱きかかえるようにして、レアンが仰向けに倒れこんだ。ベッドの上で横になったレアンの胸に、チドリの頭が乗っかる格好になる。驚いて身を捩ろうとしても、両手で頭を押さえられ、かなわない。頭を撫でられ、チドリは体を硬直させた。
「よしよし」
「ね、猫じゃないですよ……っ!」
「……今は、俺の猫さんでしょう?」
「猫さんて……!!」
「よしよし……ふふふ。俺の猫さんは本当に可愛いですね」
「う……」
「おや?どうしました?」
「にゃっ……猫さんじゃなくて、チドリにゃ!!」
「…………」
「ああうぅ」
泣きべそのような表情で、チドリはレアンの胸に顔を埋めた。しばらく黙り込んでいたレアンが、ふいに寝返りを打つ。つられてチドリもコロンと転がる。向き合う形で、レアンが顔を覗き込んできた。
「……今のは卑怯過ぎますよ。可愛さでどうにかなりそうです」
「な、なりませんからぁ……!!」
「なります」
レアンの両手に頬を包まれ、チドリは真っ赤な顔を逸らすことができなかった。鼻先にレアンがキスを落とす。
「ふぇ……っ」
「……俺の、チドリ様?」
「うわあぁぁそれやめて下さいいぃ」
「……やめてもよろしいのですか?」
「にゃ……っう、嬉しい、から、も、もうちょっと、言って、欲しい、にゃ」
「もちろんです」
「はわあぁぁ!!」
「ふふ、可愛い……俺のもの、なのでしょう?ねえ、チドリ様……」
「あうあうあぁ……!!も、もう無理です……!!ドキドキして、ホントに、もう……!!」
「俺の、俺だけのチドリ様。ふふ、ダメですねコレは……繰り返すたびにおかしな気分になります」
「お、おかし、な……?ぅにゃ」
「いえ、何でも……ああ、本当に……愛らしいですね」
「うにょ!?」
瞼に触れた唇は、次いで耳、頬、こめかみ、首へと触れていく。もはやチドリには、抵抗する気力も残っていなかった。
耳の先を甘噛みされ、奇声が飛び出る。
「少し、遊び過ぎましたか?」
力を失った尻尾を、レアンがまた掴む。チドリの肩が小さく震えた。
「んにゃ……レアンさんはいつも、いろいろ、してくれるけど……私がしたことってないのにゃ……っは!?」
「ほう?」
「あ、ちょ、尻尾……!っにゃ……これって不公平なのかにゃ。レアンさんが不満に思ってたら嫌なのにゃ……っ!」
チドリの口から零れた言葉に、レアンの瞳が蕩けるのがわかった。チドリは、今なら顔面でお湯を沸かせられると思った。
「……そんなことを、考えていたのですか?」
「……ア、いや、エット、い、今の、ハ……」
「不満に思ったことなど一度もありませんが……そうですね。して頂けたらどんなに嬉しいかと思います」
そう言うと、レアンはチドリから手を離した。自ら進んで身を差し出しているような姿勢に、チドリは固まる。
「お好きなようにして下さい。俺がしていたことを真似して頂ければ」
「あ、ああいうのは難易度が高いです……」
チドリは震える手を恐る恐る伸ばし、レアンの美しい銀髪に触れた。そっと撫でてみると、レアンは心地良さそうに目を細めた。思い切って、髪の中に指を差し入れてみる。レアンが笑いながら肩を竦ませた。
「っふふ……くすぐったいです」
「す、すみません」
「……髪だけにしか、触れて下さらないのですか?」
「えっ」
「もっと、俺が貴方にしていたように……可愛がって下さいませ」
チドリの息が詰まった。ねだるようなレアンの視線が熱い。その熱に浮かされたように、体を起こした。見上げてくるレアンの目を見ないようにして、そっと、引き結んだ唇で額に触れる。顔を離すと、レアンの嬉しそうな紺碧の瞳が見つめ返してきた。
「あ、あ、の……」
「はい」
「……目、つぶってて、下さい」
クスリと笑って、レアンが瞼を閉じた。長い睫毛が、誘うように影を落とす。チドリは爆発しそうな心臓を抑え、その瞼に口づけた。息をついて、形の良い耳へ。次いで、滑らかな頬へ。最後に、勇気を振り絞って首筋へ。チドリのそれは口づけと言うより、唇を押し付けているかぶつけているかに近かった。それでも、開かれたレアンの目に映るのは、紛れもない喜びだ。
「……ありがとうございます」
「い、いえ……」
「ご感想は、こちらに聞いてみましょうか」
「し、尻尾は……!!にゃぅ……よ、喜んでもらえたらすごく嬉しいにゃ……レ、レアンさんも私に触れてくれる時、同じ気持ちだったら、う、嬉しい、にゃ」
「ええ。きっと同じですよ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当です」
微笑んで、レアンがチドリの顎に指を這わせる。また撫でられるのかと思っていると、上を向かされた。声を上げるより早く、唇を塞がれる。体中に、甘い痺れが走った。耳と尻尾が垂れるのがわかる。レアンは、悪戯っぽくチドリの下唇を甘噛みしていった。
「っ!!」
「ただ、口づけはもう少し柔らかく……力を抜いて頂いていいのですよ」
笑みを浮かべるレアンの胸元を、チドリは無言でポカポカ叩いた。




