直情猫騒動(3)
ステラに叩き起こされ、エーデルはチドリの部屋に走った。
部屋に入って目にしたのは、満面の笑みを浮かべるレアンと、彼の膝にぐったりと体を預けたチドリの姿だった。ステラに言われた通り、チドリには猫の耳と尻尾がある。
「遅かったですね、エーデル」
「え、い、いや……お前、何したんだよ?」
「チドリがあんな姿になっちゃってるんだもの。そりゃ、可愛がるに決まってるわよね」
「可愛がる、ね……」
後ろからライゼが顔を覗かせた。カイトとファリアも続き、チドリを見て一様に驚きを露わにする。
「うわー!?チドリ、お前どうしたんだよ!?」
「な、なんて可愛らし……あ、いえ、失礼いたしましたわ」
「うぅ……見ないで下さい……」
チドリが項垂れる。先ほどレアンに『可愛がられた』せいで、疲れてしまったのだ。
エーデルが机にあった空の小瓶を見て、呻いた。
「あーこれか……給仕室にいるときに落としちまったんだな。悪い、やっぱり俺のせいだわ」
「許しませんからっ!!」
「ありがとうございますエーデル」
「お礼言わないで下さい!!」
「お前もういっそ清々しいな……」
エーデルは溜息をつき、チドリの姿をじっくり眺めた。そして、ふと眉をひそめる。
「……チドリ、お前に起こった変化ってそれだけか?」
「え?ど、どういう意味ですか……?」
「いや、もともとこの魔法薬はな、今度の祭で売られるやつの試作品として作ってたやつと、罪人を取り調べる時に使うやつとが混じっちまったやつなんだよ」
「ざ、罪人……!?」
「ああ。まあ、苦痛とかそういう目的で作られたんじゃねえから。ただ、罪人に飲ませて、自分が隠してること洗いざらい吐かせるような魔法薬だよ。本音っつーの?隠し事ができないようにする薬だな」
「では、祭用というのは?」
「そっちは簡単な変化だよ。チドリみたいに猫の耳と尻尾が生えるんだ。時間制限つきの仮装ってことで売り出そうと思ってて……間違って、混ぜちまった」
「なんで混ぜるんですかぁ!!」
「しょ、しょうがねえだろ。徹夜続きだったし……まあ、俺のせいっちゃそうなんだけど……」
目線を落とすエーデルに、チドリは言葉に詰まった。よく見ると、エーデルの眼元にクマがあるのがわかる。
「べ、別にそこまで怒ってるわけじゃないですから……時間制限つきってことは、そのうち元に戻るんですよね?」
「いや、わかんねえ」
「はい!?」
「罪人に使う方と混じっちまってるからなー。効力が絡み合って複雑になってると思うぜ。現にお前、猫の耳と尻尾はあるのに、本音とかいきなり話し出してないじゃん」
「た、確かに……!!」
「罪人に飲ませたら、すぐにベラベラ話し出すぜ?そうなってないってことは……何か、お前にそうさせる条件みたいなのがあると思うんだよなー」
「……ほう。面白そうですね」
レアンの笑みが黒いものに変わる。チドリは逃げようとしたが、レアンに腕を取られて膝の上に逆戻りした。
「ぎゃー!!離して下さい!!」
「お断りします」
「んー……猫の方と連動してるかもしれねえな。レアン、何かそれっぽいものなかったか?」
「そうですね……体の方は一通り調べましたが、特に何もなかったです。耳も、噛んでも舐めてもチドリ様はいつも通りでしたし」
「っか……!?っな……!?」
「あー……レアン。エーデル君そういうの弱いからさ……」
「相変わらずそういう事サラッと言うわよねお兄様……」
「体の方も調べられたんですのね……」
顔を赤くするエーデルを見て、ライゼとステラとファリアが呆れ顔で呟いた。後ろで、カイトも赤くなっている。チドリはレアンの膝で撃沈していた。
「そういえば……先ほど、尻尾が一番触られたくないと仰っていましたね」
「え」
「……そうか。じゃあ、それかもしれねえな」
まだ微かに赤い頬で、エーデルが頷く。レアンの指が、チドリの尻尾を優しく捕らえた。チドリの顔から血の気が引く。
「ま、ま、待っ……!!」
「失礼しますね」
ニッコリと甘美に微笑み、レアンは指先でチドリの尻尾の先をつまんだ。
瞬間、チドリが大きく背を反らす。
「尻尾の先はダメなのにゃ!!本当のこと言っちゃうのにゃ!!」
「にゃ?」
「にゃ?」
「……当たりのようですね」
レアンの笑みがますます深くなる。チドリは恥ずかしさで固まっていた。エーデルが頷く。
「……口調も変わってるし、そうだろうな。まあ、尻尾の先を掴まれると本当のことを言ってしまう、と」
「冷静に分析しないで下さい……ッ!!」
「……お兄様、顔ヤバいわよ。チドリのこと今にも取って食いそうじゃない」
「おや……失念していた」
「狼と猫ってわけかぁ」
「ひ、他人事だと思って……!!」
チドリが睨んでも、ステラは「諦めなさい」と肩を竦めた。ファリアも同意するように深く頷く。ライゼも「だね」と苦笑した。
エーデルが大きく息を吐く。
「まあ俺のせいだからな……帰って治せるような魔法薬を作るよ。だから、まあ……できれば、その、情報が欲しいな。二つの薬が混ざった状態だから、どんなことが起こるか俺にもわかんねーんだ」
「ええ。お任せください」
いつになく従順に頷いたのは、他でもないレアンである。エーデルは耳を赤くした。
「お、俺は純粋に情報が欲しいって言ってるんだからな!?別に、へ、変なことしろって言ってんじゃねーぞ!!」
「わかっています。要は、チドリ様で、いろいろなことを、試してみればいいのでしょう?」
「お前が言うとなんかいかがわしーんだよッ!!」
叫んだエーデルは、「じゃあなっ!」と言い捨てて踵を返した。カイトが「あ、土産に菓子持ってけよー!」と追いかける。
ライゼが苦笑し、「じゃあ俺はお暇しようかな」と部屋を出て行った。
残ったステラとファリアにチドリが縋るような目を向けても、二人は苦笑するだけだった。
「私も買い物にでも行こうかしらねー。あ、ファリア、一緒に行きましょ」
「はい。ご一緒させて頂きます」
「ま、待って……!」
チドリの声も空しく、二人は部屋を出て行った。




