雷声の余響(3)
グラナに連れられて向かった先には、小さな部屋が二つ用意されていた。
チドリの記憶の中にあるイリオルスやリウビアの物と比べると、その小ささが際立つ。
「も、申し訳ありません。父上がこの部屋を使わせるようにと……」
「いや、部屋を用意してもらっただけありがたいってもんだ。気にすんな」
「そうそう」
エーデルの言葉に、ライゼが温かく頷く。グラナはほっとした表情を見せ、一礼して去って行った。
残された四人が顔を見合わせる。
「まあ単純に考えて、男部屋女部屋って感じかな?」
「だろうな。二つあるし」
「で、でも狭くないですか?大丈夫ですか?」
「心配いりませんよ。猿は床で寝るでしょうし」
「オメーが床で寝ろ!!」
ライゼが苦笑しながらドアを開けた。中を覗き込み――顔が曇る。
「……狭いね、これは」
「なんだこりゃ。物置か?」
「少し、無理があるでしょうか」
部屋の広さは、とても男三人を容易に迎えられるとは思えなかった。小さなベッド一つとソファー、机に、壁際に押し込まれたようなクローゼット。寝る場所だけを考えても、三人は到底無理だ。
「しょうがないね。レアン、チドリの所で一緒に寝なよ」
「え?」
「は!?」
「はあ……まあ、そうするしかないでしょうね」
ポカンとするチドリの横で、なぜかエーデルが顔を赤くした。
「ラ、ライゼおま、お前、な、な、何言って」
「えーだってしょうがないじゃん。寝る場所ないんだしさー」
「そうですよね……やっぱり、二人ずつの方がいいですよね」
「え、や、いや、で、でも」
「何故エーデルがそんな反応をするんです」
レアンに言われ、エーデルは口をパクパクと動かした。
「な、な、なんでってお前……!!だって、お前、何とも思わねえのかよ!?そいつと、ふ、ふ、二人っきりで寝るって!!」
「うわーエーデル君むっつりぃ?」
「黙れッ!!」
エーデルの顔は可哀想なほど赤かった。つられてか、チドリの頬もうっすらと赤く染まる。レアンは深く溜息をついた。
「何とも思わないわけはありませんが、時と場合くらいは弁えているつもりですよ」
「と……ッそ……ッ」
「時と場合が揃ったら、ですか?そうですね…………その時は、その時です」
チドリに妖艶な流し目を寄越し、レアンは艶やかな笑みを浮かべた。チドリがローブに顔を埋める。
「はいはい、取って食いそうな狼の顔しないの。んじゃ、俺とレアンで部屋の点検しますかね。何か仕掛けてあると面倒だし」
「そうですね。万が一ということもあります」
「お、おう……頼む」
「……お願い、します」
ライゼとレアンが部屋に入ってから、二人は大きく息をついた。肩にどっと疲れがのしかかった気がする。
「……苦労するな。お前も」
「……いえ……」
疲れ切ったようなエーデルの目が、チドリの首元に止まった。視線に気づき、チドリがそっと尋ねる。
「あ、あの……」
「ペルデドと戦ってる時言っただろ。その首についてるものについて説明してやるって」
「あ、そ、そうでした。それで……これは、一体何なんですか?」
チドリは、レアンに噛まれた部分に触れた。レアンの体温や言葉を思い出してしまい、また頬が微かに熱くなる。
エーデルは腕を組み、呆れ半分で口を開いた。
「正式な名前は俺にもわかんねーけどな。それは、天狼が生涯でただ一度だけ使うことができる術みたいなもんだ。その魔力は絶対で、どんなやつでも解除したり打ち消したりすることはできない。そうだな……自分の主人を守る術、だな」
「レアンさんも、言ってました。私を守るって……」
「ああ。天狼だけが使える、守護の術だ。噛まれたやつに敵意を持って近づいた対象を、一度だけ退けることができる」
「あ……!だからあの時、ペルデドは……」
「ああ。お前に近づいたアイツが一回弾き飛ばされたのはその噛み痕のせいだ。まあ対象に対して一回しか効かないんだが……天狼にはそれで十分なんだ。一度発動すれば、噛んだ相手の魔力をどこにいても感じ取れるからな。大陸の端にいても、駆けつけて守ってやれるってわけだ」
「そう、だったんですか……」
「ただなぁ」
エーデルが言葉を切り、ガシガシと頭を掻いた。
「その術には、何ていうか……難点があってな」
「難点?」
「……噛んだやつが命を落とすと、自分も死ぬんだ」
「えっ……」
絶句するチドリに、エーデルが溜息をついた。
「主人を守る天狼らしいっちゃらしいんだが……文字通り命を懸けて守るってわけだな」
「そんな……」
「まあ、悲観的にはならなくていいと思うぜ。お前が生きてりゃいいだけの話だろ?」
「で、でも……」
「自分が死んだら、なんて後ろ向きなことばっか考えんなよ。アイツは多分、お前と同じ時間を生きていたいと思って術をかけたんだろうしな」
思いがけない言葉に、チドリは軽く目を見張った。
「俺の目から見ても、アイツはお前に心の底から惚れ込んでる。お前がいなくなったら、アイツはきっと狂っちまうんじゃないかって思えるくらいにはな」
「エーデル、さん……」
「なんだよ。俺がこんなこと言うなんて意外か?」
「え、えっと、はい」
「フン。悪かったな」
鼻を鳴らした後、エーデルは温かな苦笑を浮かべた。
「……アイツを死なせたくないなら、頑張って生きることだな。生きて生きて、生き抜いてやれ」
「…………はい」
花が綻ぶように、チドリが微笑んだ。