咲き初める想い(5)
いくら広いとはいえ、男五人とエスカマやアジーンまで一つの部屋で寝るというのは無理がある。そうレアンは思ったが、口には出さなかった。
絨毯の上に適当にクッションや掛け布を敷き、雑魚寝の体制を取る。夜中だが、皆の手には酒の入ったグラスがあった。部屋の隅には、空いた瓶が数本転がっている。
ベッドを背もたれに床に座ったレアンは、グラスを呷った。少し、頭がボンヤリしている。カイトとエーデルは既に酔っぱらっていた。赤い顔をして、目が半分据わっている。ベスティアとライゼの二人は顔色が変わらないまま、強い酒を涼しい顔で呑んでいた。エスカマとアジーンは、クッションを枕にスヤスヤと寝息を立てている。
「おい犬っころぉ……お前、正直どれくらいアイツが好きなんだよぉ?」
「……絡み酒ですか。面倒ですね、貴方も」
「あぁ~!?」
「煩いですよ……せっかく努力して考えないようにしてるんですから、思い出させないで下さい」
「なんだぁそりゃ」
「へえ……そんだけ、好きなんだな」
「どぉいうことだよぉ」
「チドリ殿を思い出すだけで苦しいほどだと、レアン殿は言っておるのだ」
「……説明しなくていいですから」
溜息をつき、レアンはベッドに頭を預けた。
チドリの顔が、瞼の裏に浮かぶ。
あの花のような、春風のような香り。長くて少しクセのある、手触りの良い髪。小さく柔らかな手。何度も触れたいと思った、溶けそうな頬。自信がなさそうに浮かべられる笑顔。胸の痛みをもたらす泣き顔。自分を呼ぶ、透き通った声。
思い出すほどに、愛しさが募った。
「…………あー…………会いたい……」
「ンブッフ」
「うわー!エーデルやめろよ汚いなぁ!!」
「あっはっはっは!レアンも青いねえ!」
「それだけ、チドリ殿が恋しいのだろう」
「…………そうですよ。恋しいですよ」
「お、おお、おま、お前!!いきなり何言い出すんだよ!?」
「酔ってるんです。だから、口が滑っただけです」
「嘘つけ!!」
エーデルの顔が、酒とは別の理由で赤くなる。一気に酔いが醒めたようだった。
何だか大胆な気分になって、レアンは口角を不敵に釣り上げた。
「嘘じゃないですよ。酔ってるのは本当です……ああ、もう一本空にしてしまいましたし」
「それ一人で呑んだのかよ!?」
「煩いです……貴方も好きな人がいるならわかるでしょう。会いたくなる気持ちぐらい」
「そっ……それは……」
「さっき自分で言ったんじゃないですか。もっと我儘になれって……だから我儘言ってるんです。会いたいし、触れたいんです」
「ははっ!こりゃあレアンのやつ、かなり酔いが回ってるな」
「それも良いだろう……一国の王子とは言え、レアン殿も一人の男だ。こういうことは、勢いにでも任せて吐き出してしまうのが一番であろう」
「俺が恥ずかしくなるからヤメロ!誰もそこまでぶっちゃけろとは言ってない!!」
「面倒な猿ですね……」
「お前には羞恥心ってもんがねーのかダメ犬!」
レアンとエーデル以外、朗らかに笑っていた。レアンは僅かに据わった目で、エーデルを睨む。
「恥ずかしさなんて酔ってるから感じませんよ。何度だって言いますけど……俺は、チドリ様に会いたいし、触れたいし、声も聴きたいし、笑顔も見たいし、傍にいたいんですっ」
「あーもうやめろッ!!」
エーデルがクッションに顔を埋めた。ライゼが腹を抱えて笑い出す。
息をつき、レアンが小さく呟いた。
「……傷つけたことを謝って……好きだって、言いたいんです」
「ほお。気持ちは伝える所存であるのか」
「こんなの、いつまでも隠してなんかいられませんよ。抑え込んでたら、いつか絶対、自分が壊れる気がするんです。だから、伝えます。チドリ様は優しいですから、きっと、ご自分の気持ちを素直に返して下さいます……俺は、想いが届かなくても、あの方の傍にいられたら、それで」
「……レアンは、一途だねぇ」
「……諦めが悪いだけですよ」
自嘲し、グラスに口をつけた。芳烈な酒の香りに、頭の芯が熱くなる。
数杯目でベッドに体を預けてから、レアンの記憶は曖昧になった。
軽い頭痛を感じ、レアンは瞼を開けた。
ベッドを背もたれにした状態で眠ってしまっていたようだ。差し込む真っ白な朝日が目に刺さる。部屋を見回すと、エスカマ、アジーン、エーデル、カイトの四人が眠っていた。ライゼとベスティアの姿は見えない。
重い頭を振って、レアンは立ち上がった。
すっきりしようと思って向かった湯に、二人の姿があった。レアンに気づき、笑いかける。
「おはようさん。早いな」
「お二人こそ……昨日、あれだけ呑んだでしょうに」
「酒を抜こうと思ってな。朝風呂というのもいいものだ」
ベスティアが嬉しそうに耳を揺らす。ライゼも「だな」と応えた。
「他のやつらは、まだ寝てんのか?」
「ええ。ぐっすりです」
「昨日騒いだからなー……お前も、結構ぶっ飛んでたけど」
「…………記憶が曖昧なので、あまり思い出さないでいてくれると助かるのですが」
「いや、そこまで大したことじゃなかったぜ?チドリに会いたい会いたいって言ってたぐらいだな」
「大概じゃないですか」
溜息をつき、レアンが片手で顔を覆う。ライゼは悪びれもなく笑った。
「いいじゃねえか。お前は、そんくらいの気持ちアイツにぶつけるくらいの勢いでなきゃな」
「そう、でしょうか」
「うむ。俺も、チドリ殿にはレアン殿の正直な気持ちを伝えるべきであると思うぞ」
「…………多分さ、お前達二人には、言葉が足りてないんだよ」
「言葉が、ですか」
ライゼが苦笑した。瞳が、遠くを見るように細められる。
「お前たちはきっと、他の誰よりもお互いを信じてる。その信頼があるからこそ……言葉を交わさなくなっちまうんだろうな。言葉がいらない信頼ってのはもちろんあるぜ?でもな、肝心な事なんて、案外信じてるだけじゃ伝わらないもんだ。言葉にして相手に届けて初めて、想いが伝わることはあるからな」
「…………言葉だけで、伝わるでしょうか」
「伝わるさ。お前が本気なら、必ずな」
ベスティアが静かに頷く。少しの沈黙の後、レアンが瑰麗な微笑を浮かべた。
「……ありがとうございます」
湯殿に温かな空気が流れた。朝日を受け、レアンの青い瞳が煌めく。
シャイルから連絡が入ったのは、それから数時間後のことだった。




