咲き初める想い(3)
自分の目の前に広がる光景に、レアンは激しい頭痛を覚えた。
おかしい。何がどうしてこんなことに。
自分が一人頭を悩ませている間に、一体何があったというのだろう。
「うおー!やっぱり王子の部屋って感じだな!広い!」
ライゼが歓声を上げる。
「急に押しかけてすまぬ。土産も用意しようと思ったのだが……」
ベスティアが恐縮する。
「おい!呼び出しといて茶の一杯もないのかよ!」
エーデルが吠える。
三人の前では、カイトとエスカマとアジーンがいそいそと歓迎の準備をしていた。
「…………何故、貴方がたがここに?」
「あ!?呼びつけたのはそっちだろうが!」
「まあまあ落ち着けって。ほらエーデル、茶」
「呼び捨てにすんな!」
「お、やっぱり美味い茶だなー」
「うむ」
最近の寝不足が祟ったのだろうか。眉間を解すレアンに、カイトののんびりした声がかかった。
「ほらレアンも来いよ!茶、飲むだろ?」
「…………説明してくれ」
「あれ?言ってなかったっけ」
「あー俺達も詳しいことは聞いてないなー。レアンの相談に乗ってやってくれって言われただけだから」
「…………相談?」
「そうそう。コイツ、今恋煩い起こしてて」
レアンが盛大に茶を吹いた。エスカマが慌てて拭き始める。
「カ、カイトお前……ッ!?」
「へえ~ようやく自覚したか!結構早かったな」
「ほお。恋か」
「はぁ~!?恋愛相談かよ!!」
「あ、やっぱりライゼさんも気づいてました?コイツ、分かりやすいですよね」
「だな~」
「え、ちょ、あの」
当のレアンはそっちのけで、カイトは身を乗り出す。
「まあ分かってらっしゃると思うんですけど、相手はチドリなんですよね」
「だろうな~」
「む。やはりそうか」
「は!?アイツ!?」
「最悪だ……」
頭を抱え、レアンが項垂れる。魔道士の三人は興味津々だった。
「え、でもなんで悩んでんの?二人仲良かったじゃん」
「そうなんですよね~俺も気になってんですけど、レアンが話してくれなくて」
「レアン様はここ最近、ずっと塞ぎ込んでおられましてなぁ」
「レアン様、会ってない。チドリ様、会ってない」
エスカマとアジーンまで加わる。
「会っておらぬとは……いつからだ?」
「夜会があった日からですから……もう一週間以上ですかね」
「はぁ!?あんなにベッタリだったくせにかよ!?」
「え~絶対何かあったでしょ」
全員の目がレアンに向けられる。レアンは、痛みを堪えるような苦悶の表情を浮かべていた。
「……何か、あったのだな」
「だと思うんす。チドリの話を振ると、大概あんな感じで」
「理由は言わねえわけか」
「ちっともです」
「う~ん……心配だねぇ」
「…………別に、何もありませんから」
「ケッ白々しい」
エーデルとレアンの間に火花が散った。エスカマが「ひええ」と悲鳴を上げる。
「……何を言っているのかわかりませんね。俺は、何もないと言ったはずですが」
「んな無様な顔した奴が何言ってんだよ」
「してません」
「してる」
「してません」
「してるね」
「していない」
苛立ちを露わにしたレアンを見て、エーデルがほくそ笑んだ。
「お前のその態度が、何よりの証拠だろうが」
「……相変わらず、口の減らない猿だな」
「んだと犬っころが!」
「も~二人とも子どもみたいな喧嘩すんなって~」
ライゼが苦笑する。二人は互いに顔を背けた。
ベスティアが困り顔で口を開く。
「そうは言っても……レアン殿。本当は何か辛いことがあったのだろう?及ばずではあるが、力になりたいのだ。どうか話してはくれないか」
「ベスティア殿……」
「そうだぜ、レアン。一緒に酒呑んだ仲だろ?」
二人の言葉に、レアンはしばらく逡巡した挙句、そっと口を開いた。
「……実は、夜会の日に、チドリ様を傷つけてしまったようなんです」
「チドリを?何で?」
「傷つけてしまったよう、とは……?」
「……俺も、聞いただけで正確にはわかりませんが……」
一度言葉が滑り出すと、後は流れるように紡がれていった。夜会の日、自分の目の前で起こったこと、ロークに言われた言葉を語る。
聞き終えた六人は、一様に難しい顔をした。
「う~ん……微妙なとこだなぁ」
「何でチドリを傷つけたのか、わかんないんだろ?」
「……ああ、まあ……」
「しかし……好いた相手を自分が知らず傷つけていたとなれば、それは辛かろうな」
「会えなくなる気持ちも、わからなくはないか……」
「……フン。下らねえ」
エーデルが一蹴した。
「要は、嫉妬して初めて自分の気持ちに気付いたってことだろ。だったら、逃げてねえで正面から向き合うしかねえだろうが」
「俺は別に、逃げているわけでは……」
「逃げてんだよ」
紺の双眸が、レアンを射抜いた。その真剣な声音に、何も言えなくなる。
「傷つけるのが怖いとか嫌とか、そういう建前はいいんだよ。お前自身がどうしたいかだろうが。恋愛なんてな、相手のことばっかり考えてるようでホントは自分のことばっかりなんだからな」
「…………え、エーデル君。今日どうしたの。熱でもあんの?」
「うっせえよ触んなオッサン!」
「エーデル……お前、そんなこと考えてたのか」
「うるせえバカ騎士!感心すんな!俺はな、もっと我儘になれって言ってんだ!」
「で、でも……」
「でもも何もあるか!好きなら言えばいいだろ!傷つけたんなら謝れってんだ!それだけだろ!何ゴチャゴチャ考えてんだよアホ犬!」
「…………真っ赤になって言われても説得力ないですよ。アホ猿」
「うっせえ!」
耳まで赤くなったエーデルに、レアンが思わずクスリと笑みを零した。ライゼがエーデルの頬をつつく。
「え~エーデル君ってば恋愛上級者?知らなかったなあ~」
「ヤメロその言い方!!」
「もしやエーデル殿も、好いた相手がおられるのか」
「は……はぁ……!?」
エーデルが首まで赤くなった。カイトとライゼが囃し立てる。
「きゃー!ウチの子がとうとう恋を!」
「お前可愛いとこあんじゃんエーデル!」
「うっせえよッッ!!」
「猿が人間に恋をするんですね」
「お前はいい加減にしろッ!!」
「ま、まあまあ皆、落ち着け」
レアンの笑顔を見て、エスカマとアジーンは嬉しそうに顔を見合わせた。
夜になり、一同はレアンの部屋で夕食を取ることになった。
運び込まれた料理に、皆のお腹の音が重なる。
囲むように食事しながら、楽しげな会話が始まった。
「ところで、何でこんなに早く魔道士の三人を集めることができたんだ?」
レアンの問いに、カイトが得意げに胸を反らす。
「最初にエーデルに魔法道具で連絡取ったんだよ。王宮付きの魔道士だって聞いてたから、一番につかまるのはエーデルかなって。んで、相談があるから他の二人にも連絡してほしいって頼んだら、なんだっけ……二人の魔力を追尾?して転移してな。んで、そのまま連れてきてくれたってわけ」
「びっくりしたなあ。突然現れて攫われるんだもん」
「うむ。驚いた」
「なるほど……で、エーデル殿はなぜ頼みを聞いたんです?」
「俺はてっきり魔道士の相談かと思ったんだよ!恋愛相談とは聞いてなかったからな!」
「だってそんなこと言ったら来てくれるかわかんなかったしな~」
「俺はむしろ恋愛相談だって言われた方が来てたかも」
「俺は、力になれるならいつでも駆けつけるぞ」
「頼もしゅうございますなぁ!」
エスカマが嬉しそうに尻尾を振る。
料理が全て皆の胃に納まった頃、ライゼが荷物の中から酒瓶を取り出した。
「ちょうど手持ちに良い酒があったぜ。皆で呑むか」
「おお!良いですなぁ!」
「あ、じゃあ俺厨房に行って肴貰ってくる」
「俺も手伝おう」
「アジーン、お酒、持ってくる」
「私めも持ってきますぞ!」
絨毯の上やソファーに思い思いに座り、今度は酒宴が始まった。




