飛花の夜会(4)
会場の中央で数組の男女が音楽に合わせ、踊っている。
曲調は随分前に緩やかになり、ダンス用になっていた。
チドリは虚ろな目で、それを眺めていた。
胸に穴が空いたような気分だ。部屋で一人になりたかった。
小柄なのが幸いして、ステラやレアンには見つかっていない。今は二人と顔を合わせたくなかった。
(どうしよう……暗い顔してたら、きっと変に思われるよね……)
消えてしまいたいと思っていると、傍らから優しげな声がかけられた。
「こんばんは、魔道士様。お一人ですか?」
「え……?」
顔を向けると、端整な顔の青年がこちらに笑いかけていた。短い赤毛に、切れ長の若草色の目をしている。
突然のことに、チドリは大いに戸惑った。
「え、あ、あの、はい……一人、です」
「あはは。こういう時に軽々しく一人です、なんて言っちゃいけませんよ。俺みたいなのにつかまりますからね」
「え、え?」
明るく笑う青年は、人懐っこい性格をしているようだった。
「魔道士様は、初めての夜会ですか?」
「は、はい。そうです……」
「なるほど。だからそんなにぎこちなくなってるわけですね」
「す、すみません」
「謝ることじゃないですよ。あ、俺はロークって言います。よろしく」
「あ、チドリです……よろしく」
頭を下げると、また明るく笑われてしまった。その笑顔に、沈んでいた気持ちが少し軽くなる。
「実は俺、最初に見た時からずっと気になってたんですよ。魔道士ってもっと厳ついのかと思ってたんで」
「す、すみませんこんなので……」
「あはは!いやいや、俺としては可愛らしい人で安心しましたよ」
「か……」
頬を染めるチドリに、ロークは優しく微笑む。
「せっかくですから、一曲お相手願えませんか。そんな端っこにいたら、楽しめないでしょう?」
「で、でも……」
「いいからいいから。さ、どうぞ」
おどけるロークの手を取ると、体を引かれ、会場の中央に誘われた。大勢の目が集まる中、ロークが腰に手を添える。つられて、チドリも手を当てた。
音楽に合わせ、二人の足が動き出す。
「初めてにしてはお上手ですね」
「れ、練習しました」
「へえ。熱心ですね」
「そんなことないです……」
「チドリさんは随分な謙遜家でいらっしゃるようだ」
肩を竦めたロークに、チドリは小さく笑みを零した。
「あ、やっと笑いましたね」
「え?」
「なんだかずっと暗い顔してたじゃないですか。何かあったのかなーと思って」
「あ……いえ、大したことでは……」
「恋ですか?」
盛大にロークの足を踏んだ。
「すすすすみませんすみません!!」
「い、いえ……俺の方こそ失礼しました。まさかこんなに動揺されるとは」
真っ赤になったチドリに、ロークが苦笑を返す。居たたまれず、チドリは俯いた。
「驚かせてすみません。あの……この城にいる、侍女のヴィオーラって知ってますか」
「え?は、はい。知ってますけど……」
「俺、その子の幼馴染なんです。貴方の話は、ヴィオーラからよく聞いてて」
「そうだったんですか」
「……貴方とレアン王子が仲が良いって、聞いてたんです」
傷口に触れられた気がして、チドリは表情を曇らせた。
「……やっぱり、貴方の好きな人って……」
「い、言わないで下さい……さっき、失恋したばっかりなんで」
「え……?フラれたんですか?」
「いえ、そうじゃないですけど……自分の想いは届かないって、思い知ったんです」
「……すみません。そんな辛いこと、思い出させちゃって……」
「……いえ。私こそ、気を遣わせてしまって……」
曲が終わり、二人は壁際に寄った。数人の男女が、入れ替わるように中央に出ていく。
俯いたままのチドリに、ロークが優しく口を開いた。
「……少し、出ましょうか。ここにいても、今は楽しくないようですし」
「……すみません」
人々の間をすり抜け、二人は階段下の踊り場に出た。人々の話し声と音楽が遠く聞こえる。夜の空気が入り込んで、胸を幾分かすっきりさせてくれた。
「ここなら、大丈夫ですか」
「はい。わざわざありがとうございます」
「いえ、礼には及びませんよ。これでも、女性の扱いには慣れているほうですので」
「……ヴィオーラさんから聞いたことあります。幼馴染が、女遊びの多いやつで困るって」
「ははっ!そんな人間と二人きりになって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと、思います……多分、ロークさんが本当に好きなのは、ヴィオーラさんだと思いますから」
「は!?」
素っ頓狂な声を上げ、ロークの顔が赤くなった。チドリが笑みを零す。
「やっぱり、そうなんですね」
「い、いやあの、な、な、なんでわかったんですか!?」
「話を聞いているうちに、なんとなく。幼馴染さんがそんなことしてるのは、ヴィオーラさんの気を引くためかなって」
「……鋭いですね」
「女性とお付き合いするんじゃなくて、いろんな女性とどこかに出かけることが多いって聞いて……そうなのかな、と」
「はぁ……図星ですよ。子どもじみてることは、わかってるんですけど」
「なんでそんなことを?ヴィオーラさんに呆れられちゃいますよ?」
「や、やっぱりそうですかね」
狼狽えるロークが面白く、チドリは一時胸の痛みを忘れた。
ロークの恋路について、二人でお喋りしていた時だった。
「チドリ様……?」
今一番聞きたくない声が、階段の上から聞こえた。
弾かれたように顔を向ける。
息を切らせたレアンが、青い瞳を揺らしていた。
その目が、隣に立つロークに向けられる。
「……レア、さ」
「こんばんは、レアン王子」
ロークの冷やかな声に、レアンの目が鋭くなった。
息苦しくて、チドリは顔を背けた。なんとか落ち着こうと浅い呼吸を繰り返す。肩にロークの温かな手が置かれた。
「……テシュアール公爵家の長男か。ここで何をしている?」
「別に何も?チドリさんとお話していただけですが。殿下こそ何の用で?」
「俺は……」
レアンが言い淀む。視線を感じるが、チドリは青ざめるばかりだ。
堪らず、熱い涙が零れた。
「あ……」
「チドリ様!?」
驚くレアンの声が苦しい。堰を切ったように、涙が次から次へと頬を滑った。
ロークがそっと肩を抱き寄せてくる。
「……チドリさん、具合が悪いみたいです。休ませてあげたらどうですか?」
「っ……そんなこと、言われなくても……!」
限界だった。
ロークの胸を押し、駆けだす。
レアンの隣を抜けようとして、手首を掴まれた。
「やっ……!」
思わず、手荒に振りほどいてしまう。
映ったのは、傷ついたような表情をしたレアンだった。
(どうして、そんな顔するの)
嗚咽を堪え、走る。
「チドリ様……!!」
掛けられた声に振り向きたい衝動を抑え込み、チドリは自分の部屋に向かった。




