霖雨の国(5)
「そうじゃ、最後に一つ……そなたに聞きたいことがある」
「私に、ですか?」
「ああ……そなたの魔力のことじゃ」
シャイルの真剣な眼差しに、チドリは自然と背筋を伸ばした。
「先日、妾とエーデルがそなたの元を訪れた際……そこな天狼の王子から、興味深い話を聞いての」
「俺から……?」
「チドリ、そなた……この王子に自分の魔力を渡したというのは、本当か」
「え?はい……レアンさんが呪詛のせいで魔力を奪われていて、それで……」
魔力とは所有者の命と直結する。枯渇は即ち命の危機に等しい。
天狼は自身の魔力が尽きそうになると、身を守るために本来の姿に変化する。レアンに起きていたのはそれで、否応なしの変化はその身にとって苦痛となるもの。無自覚ではあったが、チドリは少しでもレアンを助けられるならと、その手を握りしめていた。
シャイルの眉が顰められる。
「……それで、その後は何ともないのか?」
「え?」
「王子の体の方は、魔力を流しても何ともなかったのか?」
「ええ、異常という意味では何も……むしろ、魔力が元に戻って救われましたが……」
「……そうか」
顔を見合わせるレアンとチドリの前で、シャイルの表情が険しくなった。
「……チドリ。我々魔道士の有する魔力というのはの、普通の者が持つ魔力とは質が違うのじゃ」
「質が、ですか?」
「うむ……本来ならば、我々の魔力と普通の者の魔力は水と油……その性質は全く異なる物であるはずなのじゃ。しかし……そなたの魔力を、王子は受け入れた」
シャイルの双眸が、レアンに向けられる。
「妾もエーデルも驚いた……普通そんなことをすれば、王子の身に何かしらの異変が起きてもおかしくはない。それに、廃神殿で見せたあの力……そなたの魔力の量に見合わないあの火柱。一体、そなたの魔力の名は何なのであろうな?」
「魔力の……名前?」
「ああ、言うておらんかったのう……先ほど、我々の魔力は他者と異なると言うたであろう?我々魔道士の魔力にはそれぞれ特質があり、各々名を持っておるのじゃ」
『アタシとチドリの起こした火が何だって?』
紅焔が現れ、ニッコリと笑みを浮かべた。
手を伸ばし、チドリの肩を抱き寄せる。
「火の精霊王か……そなた、何故あの時チドリがあれだけの力を発揮出来たのか、知っておるのか?」
『知っているも何も!アタシらはチドリの魔力を見込んでついてきたんだからな』
「あ、そういえば……神殿でも言ってたよね?私の魔力が、自分たちにピッタリだって……」
『その通り!チドリの魔力は、他の奴のもつ魔力と同調して、自分の魔力も相手の魔力も増大させることができるんだ!』
「なんじゃと……!?」
シャイルが目を見開く。紅焔は得意げにチドリに頬ずりした。
空気が揺らぎ、藍晶まで現れる。
『なんだチドリ、お前、自分の魔力の名を知らんかったのか』
「え!?ら、藍晶は知ってるの!?」
『ああ、もちろんだ……お前の魔力の名は、共鳴という』
「共鳴……?」
繰り返すチドリにまだ頬ずりしながら、紅焔が『共鳴ー!』と嬉しそうに叫ぶ。
『天狼に魔力を流しても異変が無かったのも、お前の魔力の特質によるものだ。天狼の魔力と共鳴し、同質のものに変化したのだろう。天狼の方は、未だにお前の魔力の片鱗を感じ取っているようだが』
「ええ、確かに。廃神殿で、チドリ様の魔力を感じることができました」
「なんと……チドリや。そなた、妾が思っておったより強者であるようだの」
くつくつとシャイルが笑う。チドリは紅焔の抱擁を受けながら、戸惑いを見せていた。
「ぜ、全然知らなかった……あの、じゃあ、シャイルさんの魔力にも名前があるんですか?」
「無論じゃ。妾の魔力はの、朧夜と言うのじゃ」
「朧夜……ど、どんな魔力なんですか?」
「ふふ、それはまだ教えてやれんのう。お楽しみじゃ」
艶冶な笑みを浮かべ、シャイルがチドリの頬を撫でる。
「さて……妾の用事はこれで全てだの。そなたは何か、聞きたいことはあるかえ?」
「あ、えっと……この珠桜や他の物もそうなんですけど、どうしてこの国は、私が元の世界でいた国とこんなにも似てるんですか?」
「おおそうじゃ。その話が残っておったのう」
シャイルはポンと手を打った。
「なにぶん百年以上も前の事じゃからの。妾も詳しいことはわからぬが……先代のイリオルス国の魔道士の影響じゃと聞いておるぞ」
「先代の……!?」
「うむ。リウビア国は元々その国に似ておったそうじゃが、先代のイリオルス国の魔道士がここを訪れた時に、様々な文化をもたらしていったらしい。桜という木の名前も、米も、味噌という物も……その者から、先代のリウビア国の魔道士が教わったと聞いておる」
(イリオルス国の先代の魔道士が、私と同じ日本から来たってこと……!?)
衝撃に、チドリは言葉を失った。紅焔が顔を覗き込むが、反応出来ない。
「先代の魔道士達は、今は亡国であるスィエラ国と大きな戦いを起こしたと言われておる……その戦いでスィエラ国は滅び、五大国は守られたと」
「スィエラ国は滅びていません」
突然、レアンの声が重なった。驚くシャイルに、レアンは言い募る。
「イリオルス国に、魔族が入り込んでいました。俺の兄を懐柔して、国を落とそうとしていたようです」
「なんじゃと……!?魔族が!?」
「そ、そうだったんですか……!?」
青ざめたチドリに、レアンは申し訳なさそうに柳眉を下げる。
「……すみません。不安にさせてしまうかと思い、お話しできなかったのです」
『出た。過保護だ』
『相変わらず過保護だな』
「喧しいですよ御二方」
『ふん!魔族なんか怖くないね!アタシ達で木端微塵にしてやるよ!』
『慢心するな紅焔。魔族は底の知れぬ存在だ……気を抜けば怪我をするぞ』
「慢心はしませんが、紅焔殿に賛成です。チドリ様には指一本触れさせませんので」
「そなたら揃って過保護じゃろう……」
溜息をつくシャイルに、チドリは苦笑を返した。




