霖雨の国(6)
夕餉を終え、チドリ達は露天風呂を満喫していた。
風呂の仕様が日本とそっくりで、チドリはご満悦である。
「風が気持ちいいわねー。こういうの、うちの城にも作ろうかしら」
ステラがそう零す。ファリアも湯気の中で頬を染め、嬉しそうに「いいですね」と言った。
「昼間は楽しかったわぁ。ここにいる那妓さん達と、ずっと美容品のことについて話してたの。ほら、皆綺麗な肌だったじゃない?どういうの使ってるのか気になってねー」
「ステラ、そういうのに目がないもんね」
「そうなのよ。でね、私が持ってきた物を試してもらったり、ここで使われてる物の成分を教えてもらったりして……すっごく充実した時間だったわ。ここは今いろんな花が咲いてて、その花から抽出した成分でいろいろ作ってるみたいだから、私も帰る前にちょっと買い物しようと思ってて」
「うわぁ……!楽しそうだね!」
「でしょ?買った物でいろんな物作ってみるから、よかったら試してみてね」
「いいの!?ありがとう!」
夜桜を眺めながら、三人は長らく会話を弾ませていた。
湯から上がったレアンは、廊下に見えた姿に声をかけた。
「チドリ様。そろそろお休みですか」
「あ、はい!レアンさんもですか?」
「ええ。その前に、チドリ様にお話があって……」
走り寄ったチドリの姿に、僅かに体が硬直した。
しっとりと濡れた長い髪が、上気した頬や細い首筋にかかっている。薄い夜着が、細い体の曲線を浮かばせる。鼻を擽る桜の香りに、体中の血が熱くなった気がした。
「レアンさん?」
「ッ……い、いえ。何でもありません」
笑って誤魔化し、レアンは気を取り直した。
「リウビア国での滞在ですが、シャイルさんと話し合って、あと二日ほどにしようかと思いまして」
「二日……ですか。わかりました」
「イリオルス国に戻った後は、数日の後トゥオーノ国へ向かおうと思うのですが……どうでしょうか」
「はい。私は大丈夫です」
「わかりました。それではそのように手配致しますね」
「ありがとうございます!」
「……では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
微笑んで、チドリが踵を返そうとする――思わず、その手を取った。
不思議そうに自分を見つめる黒い瞳に、レアンはハッと我に返った。
「…………髪が、濡れていらっしゃるようなので。よく乾かしてから、お休み下さいね」
「あ、はい!ありがとうございます」
柔らかな手を離す。チドリはピョコンと頭を下げ、部屋に戻って行った。
少しその場に佇んでから、レアンも部屋に入る。
床に敷かれたフカフカの布団の上で、カイトが大欠伸していた。
「ふあぁぁあ~……おお、レアン。もう寝るか?」
「あ、ああ……そうだな」
「……どした?何か顔が変だぞ」
「喧しい」
「いでっ!?」
脛を蹴られ、カイトが短く悲鳴を上げた。
時間は過ぎ、滞在を終えて帰る日がやってきた。
夕暮れが迫る中、チドリは見送りに出て来てくれたシャイルと那妓達に向き合う。
「それでは、私達はこれで。今までお世話になりました」
「うむ。楽しんでくれたようで、妾も嬉しかったぞ」
「絶対また来てねー!チドリ様!」
「はい!必ず」
馬車に乗り込み、窓から手を振った。シャイル達は、小さく姿が見えなくなるまで、手を振りかえしてくれていた。
「楽しかったわねーリウビア国」
「ステラ、かなり買い物してたよね。荷物大丈夫だった?」
「まあね。馬車の上にまで積む羽目になっちゃったけど」
ペロリと舌を出し、ステラはおどけてみせた。周りが苦笑する。
「そういえば、次はトゥオーノ国に行くのよね?私も行っていいのかしら?」
「いや、話によれば、トゥオーノ国はあまり治安が良くないらしい……お前とファリアが行くのは、危険だろうな」
「そうなの……チドリ、気をつけてね」
「うん。ありがとう」
帰りの道中でもチドリは膝枕を勧められたが、真っ赤になって遠慮した。
空に星が光り始めた頃、馬車は城に到着した。
長時間揺られていたせいか、体の節々が強張っている。降りてから、チドリは大きく伸びをした。
城から出てきた侍女達が、ニコニコと迎える。
「お帰りなさいませ!夕食の準備が整っておりますよ」
「わぁ……!ありがとうございます!」
チドリ達は広間に通され、いそいそと食事の席に着いた。
早速、奥から料理が運ばれてくる。
数日ぶりのイリオルス国料理に、チドリは懐かしさを覚えた。
「いただきます……!」
「ふふ。嬉しそうね、チドリ」
「うん!なんか、久々な気がしちゃって」
「わかるわ、それ」
笑い合い、料理を口に運ぶ。元気に食べ進めるチドリを見て、レアンはどこか安心した。
チドリがリウビア国にいる間中、しきりに「懐かしい」と言っていたので、このままリウビア国に居続けるとでも言い出したらどうしようかと、内心少し焦っていたのだ。
顔を綻ばせるチドリに気づかれぬよう、レアンはそっと息をついた。
デザートまで完食して、チドリが満足げに笑みを零す。
「チドリ。今日はもう湯浴みして寝るでしょう?貴方も疲れてるだろうし」
「うん、そうだね……帰ってきて、私もちょっと安心しちゃったのかも。なんかすごく眠くなってきちゃって」
「向こうではしゃぎ過ぎたのよ」
苦笑するステラに、チドリははにかんで「そうだね」と返す。
「湯浴みの時、向こうで作った香油とか試してみていい?すっごくいい香りの物が出来たの」
「ホント……!?楽しみにしてる!」
二人の楽しげな会話に、レアンは自然と頬を緩ませた。




