二人の魔道士(5)
寒い。
目が開けられない。
痛む体に伝わる感触で、自分がうつ伏せに倒れているのがわかった。が、体に力が入らない。
足を動かそうにも、鈍い痛みしか返ってこない。
寒いと思うのに、切れた肌は焼けるようだった。
(死ぬのかな、私)
体が鉛のよう、とは、こういうことを言うのかと思った。本当に、指一本動かせない。
(嫌だな、死にたくないな)
瞼が熱くなった。涙が伝い、傷口に沁みる。
(……ダメなのかな。変わろうって思ったのに、結局私はダメなのかな)
肺から絞り出す息は、熱かった。
脳裏に、エーデルの顔が蘇る。同級生と行雄家族の顔と重なる。
(死ぬの?私。あの人達に惨めな思いさせられたままで?自分に劣等感抱えたままで?)
レアンの笑顔が浮かんだ。ステラやレーヴェ、フィオーレにカイト、ファリアや、エスカマ、アジーンの顔。
自分を抱きしめたレアンの、温かさ。
(……生きたい)
胸の中で、炎のように湧き上がる。
(生きたい。強くなりたい。皆に恩返しができる力が欲しい)
体中を、熱が廻った。
(皆に誇れるような魔道士に、なりたい)
光が弾け、一陣の風が吹いた。
重い瞼を開くと、誰かの綺麗な爪先が見えた。それも、三つ。
『わあー!百年ぶりくらいに目が覚めたな!久々の外の空気!』
『貴様は相変わらず騒がしいな。我々は目覚めたのではない。封印から解放されたのだ』
『懐かしいわねぇ、封印なんて。そもそも、なんで私達封印なんかされたのかしらぁ?』
一方から、もう三人分の声がした。
『…………忘れた』
『細かいことは気にしなくていいじゃん!まずは、この小さな愛し子にお礼を言わなくちゃ!』
『け、怪我……してる。だ、大丈夫……?』
ふいに誰かが覗き込んできた。
サラサラの緋色の長髪に、夕焼け色の瞳。端整な顔が、ニッコリ笑う。
『初めましてだな!名前は!?アタシはなー!』
『馬鹿者!!満身創痍の者に気遣いくらいないのか貴様は!!』
『まあまあ二人とも落ち着いて。うーん、寝起きだから全力とはいかないけど、せめてものお礼、ね』
体が温かい光に包まれ、痛みが和らいだ。起き上がってお礼を言おうとし――固まった。
自分を囲むように立つ、六人の美男美女。
纏う雰囲気と衣装が、人間ではないことを告げている。
正面に立つのは、緋色の髪の活発そうな美女。高いところで結った髪を揺らしながら、楽しそうにチドリを見つめている。ヒラヒラした衣装は、火炎を思わせる赤を主とした色。
隣には、片眼鏡をかけ、薄い空色の長髪を切りそろえた美男。片眼鏡の奥でサファイアの瞳が冷たく光っている。キッチリした衣装は、蒼海を思わせる青を主とした色。
次に、柔らかな薄茶色の髪をふんわり巻いた美女。翡翠色の大きな目が少し垂れ気味になっているのが、なんとも色っぽい。ふくよかな体に纏う衣装は、翠嵐を思わせる緑を主とした色。
次に、褐色の逞しい上半身を露わにした、短い黒髪の美男。こちらに向けられた琥珀色の瞳は優しく、下半身を包む衣装は、大地を思わせる黄を主とした色。
さらに、朝日のような金髪を揺らす、快晴の空の色の目を輝かせた、少し幼顔の美男。笑顔が輝かんばかりに眩しく、纏う衣装は、光芒を思わせる白を主とした色。
最後に、床まで届きそうな長く艶やかな黒髪の、紫紺の瞳の美女。オドオドしながらこちらを窺い、小柄な体に身に着けた衣装は、常闇を思わせる黒を主とした色。
六人に見つめられ、チドリは言葉を失っていた。
緋色の美女がグッと顔を近づける。
『どうした!?アタシの顔になんかついてる!?』
『だから、そう初対面の者に迫るなというに!!』
蒼色の美男が、美女を引っ張った。
『状況がよくわかっていないのだろう。まあ無理もないな。手始めに自己紹介でも……』
『あ、アタシはねー!シャルラハートっていうんだー!』
『早々に真名を明かすやつがあるかっ!!』
『んもぉ二人ともやめなさいよぉ。この子が怯えてるじゃない』
緑の美女が、優しくチドリを抱き寄せた。柔らかな感触に、チドリの顔が火照る。
『あらぁ?照れてるのぉ?もお~可愛いんだからっ』
『…………よしよし』
褐色の美男に頭を撫でられ、いよいよ顔が茹で上がる。
「あ、あ、ああ、あの、あの、あのあの……っ」
『……騒ぐのはやめてやる。だから、その小娘が話せるようにしてやれ』
『うふふ。ごめんなさいねぇ小さな魔道士さん』
『…………よしよし』
『……アクィルス。俺の話を聞いていたか?』
『ああ、でも…………お前も今、俺の真名言ったぞ……』
『む!?』
金髪の美男が進み出て、チドリの手を取った。
『うるさくしてごめんねー?もうお気づきかもしれないけど、僕らは人間じゃないんだ』
「え、あ、はい」
『精霊って、わかる?』
「せい、れい……?」
『そう。僕らは森羅万象に宿る精霊達の長。つまり、精霊王なのさ!』
「………………え?」
(せいれいってまさか……あの精霊!?)
『ようやく話ができたようだな。小娘』
蒼の美男が近づく。あまりのことに、チドリは目を丸くしていた。
『先ほどは軽率に漏らしてしまったがな。本来我ら精霊というのは、使えるべき主との間に契約を完成させてこそ、本来の力を発揮することが出来るのだ。その契約に必須なのが、我らの真名だ。主のみにその名を刻むことで、我らの契約は成される』
「……さ、さっき、聞いちゃったんですけど」
『…………まあ、気にするな。少なくとも、お前には我らの主としての素質がある』
『素質どころじゃないよ!この子の魔力、アタシ達と相性ばっちりじゃんかー!』
『そうよそうよぉ。早く契約したいわぁ』
『…………俺も』
『わ、私も……』
わらわらと精霊王達が言い募る。シャルラハートと名乗った美女が、チドリの肩を掴んだ。
『まあ一番最初に名乗ったんだし、ここはアタシが一番乗りだな!』
『ええ~!ずるいわぁ』
『……まあ、仕方ないだろう。上で暴れてるデカブツの始末もあるしな』
ハッとチドリが体を強張らせた。六人の目が集まる。
『どしたー?』
「あ、い、いえ……岩人形、まだどうやって倒したらいいか、わかんなくて……」
『なんだー!そんなことか!』
シャルラハートが豪快に笑う。
『そんなの、アタシと契約してバーンと燃やしちゃえばいいんだよー!』
「え、え、えっ!?で、でも、シャルラハートさんは、その……精霊王、なんでしょう?私なんかと契約して、い、いいんですか……?」
『ふん。愚か者め』
蒼の青年が厳しい目を向ける。
『我らの封印の中に落ち、その封印を解き……我らと相性の良い魔力を持ち合わせているとなれば、契約を結ばざるを得んだろう』
『そんなこと言ってー。本当は久しぶりに暴れまわれるからってワクワクしてるくせにー』
『喧しいっ!!』
金髪と空色髪の追いかけっこが始まる。
シャルラハートがカラカラと笑った。
『まあいつまでもこんなとこにいるのもなんだし、上にあがろっかー!』
「は、はい……」
翡翠の美女が腕を一振りする。
柔らかな風が起こり、チドリは六人と一緒に神殿の広間へ戻ったのだった。