二人の魔道士(2)
朝食は下げられ、広間にはレーヴェ、フィオーレ、レアン、ステラ、チドリ、そしてシャイルとエーデルの七人が顔を揃えていた。
流れる空気は厳しく張りつめている。
「……それで。この国の魔道士殿の力が見たいというのは?」
レーヴェの言葉に、待ってましたとばかりにエーデルがニヤリと笑う。
「言っただろ?難しいことじゃないって。この国にある廃神殿で、ちょっと力試ししてくれりゃいいんだよ」
「……力試し、ですか」
「そうだ。俺の作った岩人形と戦って、な」
「ゴー……レム」
現実味を感じられず、思わずチドリが漏らす。エーデルに思いきり睨まれた。
「おい。まさか知らないなんて言うんじゃないよな?」
「……いえ、知って、ます」
「ふん。紛らわしい反応するなってんだ」
「これ、エーデル」
シャイルが窘める。レアンは、隣に座るチドリの顔色を窺った。今の彼女は、出会った頃と同じ表情をしていた。目が虚ろになり、表情が消えている。
「俺が言ってんのは、魔道士なら岩人形くらい簡単に倒せるよな?ってことだ」
チドリは、周りの目が不安げに見合わされるのを感じた。
胃に痛みが走る。
いつかは訪れると思っていた問題が、こうも早いとは。
「五大国の中で一番遅くに現れておきながら……王子を救ったって噂は聞いたがな。詳しく聞けば、書庫の蔵書を一から漁ったって言うじゃねえか。とてもとても、一国に一人と言われる魔道士がやるような所業とは思えねえな。地味だし、単純すぎるし……何より、魔法を使えば済む話じゃねえか。何してんだよ?」
「そ、それは……」
レーヴェが言葉を濁す。チドリは、小さく息を吸った。
「私が、魔法を知らなかったからです」
「…………なんだと?」
「使ったことないんです。存在すら知りませんでした。最近やっと勉強し始めたところで……」
「ふざけてんのか!!」
怒号が飛び、チドリは肩を震わせた。
(ああ、似てる。この人の言葉、顔、態度、雰囲気…………)
元の世界のクラスメイトや行雄に、似ていた。
力のない者を責めるその目。逃げ場を失くさせ追い詰めるその口調。チドリを、まるで罪人扱いするかのような。
顔が強張っていく。
「……ふざけて、ないです」
「魔道士ともあろう奴が、魔法が使えないだと!?それも、今勉強中だとかぬかしやがって!!」
「貴様……ッ」
殺気立って腰を浮かせたレアンの腕を、チドリが掴んだ。顔はエーデルの方に向けたまま、チドリはレアンを制す。
レアンは一瞬瞠目したが、素直に座りなおした。
「……そうです。私は、魔道士なのに魔法が使えない……自分でも、わかってます」
「じゃあなんだ!?魔法が使えないから戦えません、帰って下さいってか!?」
「……いえ、提案は、受けます」
一同の顔に驚きが走る。ステラは青ざめていた。
「ッチドリ!貴方、何言って……!?」
「ハッ!馬鹿かお前。使えないのにどうやって倒すんだよ!」
「……勉強した魔法で、頑張ります。まだ、中級くらいしか、わかんないけど……」
「……へえ。まあいいや……俺は構わないが、死んでもしらねえからな」
「…………はい」
準備が出来たら呼ぶからな、と言い残し、エーデルは広間を出て行った。
全員が弾かれたようにチドリの方を向く。
「魔道士殿、どうなさるのだ……!?」
「そうよチドリ!!今からでも断って……」
「いいの」
震えながらもはっきりと、チドリは応えた。
「……部屋で、着替えてきます」
自分を見ているであろうレアンの方は振り向かずに、チドリは廊下に出た。
少し歩いた所で、清廉な声に呼び掛けられる。
「……チドリや」
「シャイルさん?」
振り向くと、真剣な目をしたシャイルが立っていた。
「エーデルはネフェロディス国でも有名な魔法の名家の出じゃ。奴の魔法は国一……おぬし、なぜ魔法が使えぬとわかっていて、この話をのんだのじゃ?」
「……よく、わかんないです」
「ほう?」
シャイルの柳眉が上がる。
「……でも、逃げたく、なかったんです。逃げたら……今までと同じだと、思って」
「同じ、とな」
「私は……自分が弱い事なんて、わかってます。この世界に来る前から、私は弱かった……でも、弱さを言い訳にしちゃいけないと思ったんです。だから……」
「……おぬしの育ての親や周りの者がおぬしに言った、弱さのことかの?」
「え……」
チドリの顔が泣きそうに歪んだ。シャイルがゆっくり近づいてくる。
「ど、どうして……それを……」
「……すまんの。妾の魔力は、こういったことに特化しておるのでな」
白魚のような手が伸び、チドリの頬に触れた。温かく、優しい手だった。
「…………おぬしは随分、辛い人生を過ごしてきたようじゃのう」
「……っ!し、失礼します!」
シャイルの手を振りほどき、チドリは廊下を駆けて行った。シャイルは溜息をつき、薄く笑った。
「盗み聞きとは感心せんのう?天狼の王子」
「……気づいてましたか」
角から姿を現したレアンに、シャイルはくつくつと笑う。
「これでも魔道士であるからのう」
「あの……先ほどの、話は」
「妾は嘘をついておらぬぞ。心や記憶を垣間見るのは得意でな」
そう言った後で、その明眸が真剣な色に変わった。
「……そなたが考えておるより、あの子の心の傷は深いぞ」
「……ご忠告痛み入ります」
「さてさて……あの子の健闘を、祈るとしようかのう」
衣擦れの音を残し、シャイルが広間へ戻って行く。
残されたレアンは、チドリが去って行った方を見つめた。
「……傷を癒す方法が、わかればいいのですがね」




