雛鳥と花嵐
暖かな微睡から意識が浮上するのを感じ、チドリは身じろぎした。
自分がベッドの中にいるのがわかる。誰かが優しく頭を撫でた。
その手の心地よさに、チドリは思わず頬を緩ませる。
(誰だろう……ファリアさんかな……?)
重い瞼を開ける。微笑んだのは、見知った紺碧の瞳だった。
「おはようございますチドリ様。お体はもう平気ですか?」
「レッ……!?」
嬉しそうに銀髪を揺らしたのは、他でもないレアンであった。
チドリは一瞬絶句し、次いで顔を真っ赤にさせる。
頭に置かれたレアンの手が動き、額にそっと当てられた。
「ぎゃっ」
「ふむ……熱はなさそうですね。お顔の色も随分良くなられました」
安堵の息をつくレアンに、チドリはまだ真っ赤な顔でアワアワと口を開く。
「わ、私、どれくらい寝てましたか……!?」
「裁きの日から、二日ほど。侍女達が心配しておりましたよ」
「二日も……!?」
「お腹が空いていらっしゃるのではありませんか?それとも、先に湯浴み致しますか?」
「そ、そうですね!まずはあの、お風呂入りたいです!!」
「かしこまりました。では、後は侍女に任せましょう」
レアンが立ち上がると、枕元にファリアが走り寄って来た。その大きな目が涙でいっぱいになっている。
「チドリ様……!ああ、やっとお目覚めになられましたのね!!よかった……!」
「ファ、ファリアさぁん……!」
涙目で抱き着いてきたチドリを、ファリアは優しく抱きしめてくれた。
数日ぶりに入った風呂は格別で、チドリは上気した頬を冷ましながら一息ついた。
侍女達は久しぶりにチドリの世話ができるのが嬉しいのか、食事まで甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
「チドリ様、まだお体が辛くていらっしゃるのでは?私達が食べさせてさしあげますわ」
「え!?いえ、それくらい自分で……!」
「こちらのベリーはいかがですか?甘くて美味しいですわよ~。ほら、あ~ん」
「んむぅ」
「まあチドリ様、頬についてらっしゃいますわ。拭いてさしあげますわね」
「んむむぅ」
赤い顔で照れるチドリが可愛らしく、侍女達はますます嬉しそうに世話を焼くのだった。
精神的には疲れを覚えつつも体はすっかり全快したころ、レアンが部屋にやってきた。
「妹さん……ですか?」
「ええ。もともと、公爵家の次期当主と婚約していまして、そちらに花嫁修業という体で行っていたのですが……手紙が来まして。チドリ様にお会いしたい、と」
「私に……?」
「先日、裁きの場での話を母上から聞いたようなのです。それで、お礼がしたい、と……」
「お礼、ですか?」
聞けば、彼女はレアンの実の妹で、フィオーレの娘にあたるとのことだった。
鍛練を終えてレアンについてきたカイトが、口を挟む。
「へえ、アイツが来るのか。なかなかお転婆な姫さんだぜ」
「そうだな……まあ、部屋の中で静かにしているのは苦手なやつでしたよ」
「お転婆さん……」
呟き、チドリはハタと顔を上げた。
「あ、あの……!失礼がないように、ドレスとか着てた方がいいですよね!?」
二人が顔を見合わせ、揃って首を振る。
「いや、むしろ一番地味な格好しといたほうがいいぜ」
「そうですね。あまり着飾らないほうがよろしいかと」
「……?」
チドリの胸の中で、嫌な予感がムクムク溢れ出す。
(着飾らないほうがいいってどういうこと……!?もしやとんでもない美少女で、こっちが居た堪れなくなるくらいとか!?だから逆にお洒落しないほうがいいってことなのかな!?それに、お礼って言ったって……弱小のくせに偉そうな顔して横から出てくんなとか思われてたらどうしよう……!?)
固まったチドリの前で、二人は不思議そうに顔を見合わせるのだった。
短いお話が続きます^_^;