雛鳥と花嵐(2)
手紙で来訪が告げられた日。
チドリは、侍女に用意された質素なワンピースに袖を通していた。無地の白いワンピースは、一見すると寝巻と変わらないように思える。侍女達はその妹のことを熟知しているのか、化粧もせず、髪も背中に流すだけに留めた。鏡に映った自分を見て、チドリは苦笑を漏らす。
(いつも通りの自分だ。なんかむしろ、落ち着くかも……)
が、部屋に現れたレアンを見てその考えが吹き飛ぶ。
伸びた襟足を結び、少し服装を着崩しただけなのに、どこか色っぽさを感じさせるレアンの前で、チドリはひどく恐縮してしまった。
(やっぱり無理!落ち着けない!!)
「チドリ様?どうかなさいましたか?」
「……なんでもないです…………」
広間には、来訪を待つレーヴェとフィオーレの姿があった。
チドリの様子を見て、二人が微笑む。
「さすがレアン。妹の性格をよく知っておるな」
「あの子のアレは、ほとんど職業病ですものねぇ」
「しょ、職業病……!?」
新たな汗がチドリの背を伝う。
いっそこの場から逃げ出そうかと考え始めた時、勢いよく広間の扉が開かれた。
「お父様!お母様!お兄様!ただいま帰りましたっ!」
現れたのは、可憐な美少女だった。
ツインテールにした長い銀髪。上記した薄桃色の丸い頬。小さく愛らしい唇。キラキラと輝くアメジストのような瞳。真紅の外套を纏う姿は、まるで人形のようだった。
見惚れるチドリの姿を捕らえ、その目が輝く。
「あなたがチドリねっ!?」
「ひぇ……っ!?」
猛然と走り寄り、その端整な顔をグッと近づける。チドリは思わず息を止めた。長い睫毛を可愛らしく瞬かせ、紫の目がマジマジと全身を眺める。
「ふんふん……身長はそんなに高くないのね。髪は……あら、珍しい色。茶色っぽいかと思ったら黒にも見えるわ。腰まであるなんて結構長いわね……肌は?あら、ちょっと荒れ気味かしら。ちゃんと寝てるの?でも、手は綺麗ね。縦爪だからきっと塗ったらいい具合に……まあ何よこの細さ!しっかり食べてるの!?」
「わひゃっ!?」
変な所をまさぐられ、チドリの口から奇声が飛び出した。
レアンが少女を引き剥がす。
「ステラ……!自己紹介もせずにいきなりチドリ様を困らせるんじゃない!」
「あらいけない。忘れてたわ」
ステラと呼ばれた少女はペロリと舌を出すと、その場で華麗に一礼してみせた。
「お初にお目にかかるわ。私はステラ・フラン・イリオルス。この国の第一王女で、今はロストーク公爵家の次期当主と婚約中の身なの。普段は美容系の商品の試作品を作ったり、売ったり……まあ、見てわかる通り、そういうことに目がないの」
「は、はあ……」
「その服、お兄様に言われたんでしょう?初めて会う人はしっかり見ておきたいからね。お化粧とかお洒落はさせないでって言ってあるのよ」
悪戯っぽく笑って、またステラが近づく。
「目の色見せてもらえる?……へえ、やっぱり珍しい色ね」
「ステラ……」
チドリを除く三人から、呆れたような溜息が聞こえた。どうやら、職業病というのはこのことらしい。
「申し訳ありませんチドリ様。気が済むまで放っておいてやって下さい」
「わ、私なら大丈夫です……!」
「なによぅ。私が悪いみたいじゃないの……ふぅん。声、結構澄んでて良いわね」
「え!?あ、きょ、恐縮です……!!」
「敬語なんてやめてよ。どう見たって私の方が年下じゃない」
笑いかけるステラは気さくで、チドリは感じていた緊張があっさり解けるのを感じた。笑い返せば、満足そうに頷かれる。
「ステラ、とりあえず荷物を自分の部屋へ……」
「あら。私、しばらくはチドリの部屋に泊まるわ」
「は!?」
「え?」
「なんと」
驚きを表す三人の傍で、チドリは言葉を失っていた。
「ステラ、お前、今何と……」
「だから、チドリの部屋に泊まるって言ったの。どうせそんなに狭くなんないわよ。ベッドは二人で使えばいいんだし」
レアンが片手で顔を覆う。フィオーレは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「まあステラ。随分とチドリ様が気に入ってるのね?」
「ふふっ。仲良くなるには、まずは衣食住を共にしなきゃね」
(そういうものなの……!?)
呆気にとられるチドリの腕を取り、ステラは嬉々として歩き出した。
部屋に着くと、侍女達は一斉に喜びの声を上げた。
「ステラ様!」
「お帰りなさいませ……!」
「ただいまー!久しぶりね、皆」
チドリは、運び込まれた大量の荷物を見てポカンと口を開いた。
(確かにこの部屋は広いかもしれないけど……これ、一体何が入ってるの!?)
「中身が気になる?」
いつの間に近くに来たのか、ステラが耳元で囁いた。驚くチドリを見て、不敵に笑いだす。
「ふっふっふ……魔道士が女の子だって聞いて、ありったけのドレスや化粧品や香油やらを持ってきたのよっ!!」
キャーと歓声を上げる侍女の中で、チドリはサッと青ざめた。
「え、え、え……ま、まさか、これ全部?嘘でしょう……!?」
「皆で好きなようにチドリを弄れるわね!!」
「ひっ……」
それから数時間、部屋からはチドリの奇声が響いていたのだった。




