チドリの奮闘(4)
翌朝。
降り注ぐ朝日の中でチドリの姿を目にしたカイト、エスカマ、アジーンの三人は、揃ってポカンと口を開けた。
「化けたな……チドリ……」
「お美しゅうございますぅ……!」
「魔道士様、凄い!綺麗!」
照れ笑いするチドリの隣で、ファリアが誇らしげに胸を反らした。
「当然よ。私達が手ずからして差し上げたんだもの」
傍に並んだ侍女達が頷く。その手には、何冊かの本が抱えられていた。
「チドリ、それが今日必要な本なのか?」
「うん。時間かかっちゃったけど、なんとか集められたの」
チドリが微笑んだとき、執事が現れ、一礼した。
「魔道士様。そろそろお時間でございます」
「……わかりました。皆、行こうか」
凛とした表情で、チドリは歩き出した。
裁きが行われる場には、既に大勢の顔ぶれが揃っていた。
爵位のある者はいざ知らず、貴族や、大臣まで。玉座には厳しい顔をしたレーヴェ。両側にはカミラとフィオーレが座っていた。カミラは扇で何度も欠伸を隠しているが、フィオーレは青い顔をして俯いている。アロガンはカミラの後ろに立ち、満足そうな笑みを浮かべていた。
ざわめく人々の中央には、手枷を嵌められたレアンが立っていた。鎖を繋げられ、質素な服で佇む様は罪人のようだ。ただその目は、悲しみや怒りに染まることなく、静かに目の前を見据えている。
「魔道士様がお見えになりました!!」
高らかな声と共に扉が開く。思わず振り向いたレアンは――チドリの姿を見て、目を見張った。
朝日を受け、その肌が滑らかに光る。上品なデザインのグレーのドレスには、金糸や銀糸で美しい草花の刺繍が施されていた。高い部分で結われた髪には煌めく真珠の髪飾り。一房だけ流れた髪が、首元から鎖骨にかけてを艶やかに魅せる。化粧をしているのか、唇はいつもより潤って見え、いつもより綺麗に色づいて見えた。
チドリが、目を合わせて微笑む。
凛とした佇まいでありながら、見せた表情の可愛らしさに、レアンの胸が大きく鳴る。頬が微かに熱を帯びるのがわかった。
執事に連れられ、チドリが席に座る。
「それではこれより、イリオルス国第二王子、レアン・クラージュ・イリオルスの裁きを執り行う!」
声が響き、アロガンが進み出た。
「今日皆様にお集まり頂いたのは、他でもない我が愚弟のレアンの素顔についてでございます!」
人々がざわつく。チドリは静かな表情のまま、アロガンを見つめていた。
「皆様もご存知の通り、奴は先日魔道士殿が攫われた際、その醜き本性を現しました!皆様もご覧になったでしょう!人間とはかけ離れたその異形とも言うべき姿を!!」
「確かに見ましたわ……」
「目の色まで変わっておられた……」
「天井近くにある窓まで、一っ跳びして……」
あちこちから、囁きが聞こえだす。レアンは、ジッと自分の手を見つめていた。
アロガンが一層声を張り上げる。
「ついに此奴の素顔が暴かれたのです!そう、此奴はかの凶暴な狼人間であると……――!!」
「お待ちください」
清亮が響き、一同の目が一斉に声の主に向けられた。
瞳に強い光を宿らせ、チドリがアロガンに対峙した。
「恐れながら、レアン王子がこの場で裁かれる理由はありません」
「なんだと……!?貴様、何を言い出すのだ!!」
アロガンが怒り、人々も戸惑いの声を上げた。チドリは前に進み出て、レアンの隣に並んだ。甘く爽やかな香りが漂い、レアンの胸を疼かせる。
「……チドリ様?」
囁かれ、一瞬チドリが笑みを見せる。が、アロガンに向き直った時には、その表情は勇ましいものに変わっていた。
「レアンが裁かれる理由がないだと!?この期に及んで、一体なんの冗談だ!!」
「冗談ではありません。私は真実を述べているまでです」
ふと、レアンはドレスを握りしめるチドリの手が震えていることに気付いた。さりげなく、レアンはチドリの手に触れた。一瞬強張った後、チドリの震えが治まる。
アロガンの怒声が続いた。
「真実だと!?では、貴様が此奴の無実を言い張る根拠は何なのだ!!」
一つ深呼吸をして――チドリは、一石を投じた。
「なぜなら、レアン王子は狼人間ではないからです」
短いですが、キリがいいのでここで……