捕らわれた魔道士(5)
ちょっとアレな表現があるかもです
優しく体を揺すられ、チドリの意識は浮上した。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
レアンの金の明眸が覗き込んできた。
「お体は、大丈夫ですか?」
「は、い」
掠れた声で返す。身じろぎして、自分がレアンに抱きかかえられたまま眠っていたことに気づき、慌てて離れようとした。が、レアンに押し止められてしまう。
「構いませんから、もう少しこのままでいて下さい」
「で、でも重いですから……!!」
「そんなことはありませんよ。むしろ軽すぎて不安になるくらいです」
結局逆らえず、チドリは真っ赤な顔でレアンの腕の中に納まることになった。
「もう少しで、衛兵が助けに来るかと思いますので、ご安心下さいね」
「……はい」
「……まだどこか、痛む箇所でもございますか?」
「え……?」
「ずっと、辛そうな顔をしていらっしゃいます」
苦笑するレアンの目から、チドリは顔を背けた。また目頭が熱くなってくる。
「……レアンさんに、申し訳なくて」
「俺に、ですか?」
「……私のせいで、皆の前で、この姿を見られたんでしょう……?」
ああ、とレアンが苦笑する。
「そのことですか……魔道士様のせいではありませんよ」
「そんなことないです!」
思わず起き上がって、チドリはレアンを正面から見据えた。
「私がもっと強ければ、攫われることもなかったんです!他の魔道士みたいに、もっと力があれば、お城の皆に迷惑かけることも……!!」
「魔道士様」
静かに窘められ、チドリは口をつぐんだ。レアンが咎めるように見つめてくる。
「……あまり、ご自分ばかりを責めないで下さい。それに、貴方はそんなに卑下されるような方ではありませんよ」
「どうしてですか……!?魔法も何もできなくて、読み書きだってできなくて、なにも、取り柄が無いのに……!!」
「何も?おかしいですね。俺は、貴方の取り柄を存じ上げているつもりなのですが」
「え?」
ポカンとすると、レアンの大きな手が、チドリの鎖骨辺りに添えられた。突然の行動に、心臓が高鳴る。
「……貴方は、変異した俺の姿に怯えることなく、触れて、声をかけ、傍にいて下さった。あまつさえ魔力を下さり、俺を救って下さったのです。貴方はご自分に何の取り柄もないと仰りますが……俺は、貴方のこの心に救われたのですよ」
僅かに手に力を込め、レアンが微笑んだ。チドリの胸が温かくなっていく。
新たな涙が頬を伝った。
「レアンさん、私……――」
言いかけたとき、にわかに階下が騒がしくなった。
甲冑が触れ合う音や、声がする。
階段を駆け上がって、誰かが姿を現した。
「レアン!チドリ!無事か!?」
「カイトか。随分早い到着だな」
息を荒くして、カイトが二人に近づいた。甲冑に葉っぱがついている。
「全速力で馬を走らせたんだよ……!!馬鹿野郎、心配させやがって!」
「……すまなかったな」
「ご、ごめんなさい……」
謝る二人に、カイトは涙を滲ませながら「許す!」と言った。
そして、気まずそうにレアンを見る。
「あ、あのよレアン……迎えの馬が、来てんだけどさ」
「ああ、わかっている。手錠でも何でもつけるがいい」
「え……っ!?」
「ごめんな、チドリ。アロガン殿下が、レアンは拘束してから連れて来いって……」
悔しそうに言うカイトの傍ら、レアンの表情は明るかった。
カイトの言葉通り、ドアの所に、手枷を持った衛兵が現れる。皆一様に、申し訳なさそうな顔をしていた。
「お、俺らだってホントはこんなことしたくねえんだ!チドリを助けたのは、レアンなのに……!」
「カイト、気持ちはわかるが……全て覚悟の上だ。構わんさ」
ただ、とレアンが瞳に切なさを宿らせる。
「…………少しでいい、魔道士様と二人きりにしてくれないか。これが最期かもしれんからな」
「え……」
「……わかった。終わったら、下に降りてきてくれ」
踵を返したカイトの肩は、震えていた。
衛兵がいなくなったのを確認して、レアンがチドリに向き直る。チドリの顔は蒼白で、手が震えていた。
「レアンさん……最期、って……」
「……城の皆にこの姿を見られましたからね。兄上がこの好機を逃すはずはないでしょう」
「そん、な……」
「ああ、そのような顔をしないで下さい……言ったでしょう。覚悟の上だ、と」
「でも、でも……」
泣き声に変わり、またチドリの目から涙が零れた。
レアンが苦笑して、優しく目元を拭う。
「そんなに泣かれては、目が腫れてしまいますよ」
「……っや、です、そ、なの……最期、なん、て……ッ」
「……貴方は本当に、優しい方ですね」
泣きじゃくるチドリを、レアンが抱きしめた。先ほどより強く、チドリの体温を確かめるように。
「少し……無礼をお許しください」
囁いたレアンの顔が首まで動いて――血が滲んでいたチドリの肌に、唇が触れた。傷口をいたわるように、ゆっくりと舌が這わされる。
突然のことに、チドリの体がビクリと震えた。
伝わる熱が悲しい。背中に回された腕も、首元を擽る美しい銀髪も、もう見ることも出来なくなってしまうかもしれないと思うと、悲しさが胸を突いた。
「……失礼しました。血が出ておりましたので」
顔を離し、レアンが寂しげに微笑んだ。
チドリは頭を振った
レアンがそっと耳に囁きかける。
「…………くれぐれも御体にお気をつけて、ご自愛下さい……短い間でしたが、俺は……貴方に出会えて、良かったです」
「い、やです、そんな、言葉……聞きたく、ない、です……!」
慟哭するチドリに、レアンは最後の言葉を落とした。
「………………チドリ様。どうか、御元気で」
スルリと腕が解け、レアンが体を離した。
そのまま、振り返ることなくドアの方へ歩いていく。
「い、や……や、です……行か、ないで……行かないで、レアン、さ……!」
走り寄ろうとするが、体が床に崩れ落ちてしまった。レアンが出て行ったドアを見つめ、チドリは、衛兵がやってくるまで、動くことができなかった。