狩り人47
ガルオーダが巻き起こした雷を含む暴風が辺りを蹂躙して行く。
巨大竜巻から放たれた風を狭い渓谷内では支え切れる筈も無い。
渓谷内の様々な物質を巻き上げながら、渓谷の上へと迫って来る。
それは一瞬の間に起こった出来事。
それでもだ。
ゼパイルや村長、騎士隊長、ギルド職員など、素早く正しい判断が行える者達の近くに居た者達は幸いである。
そうで無い者で、己で判断が間に合わなかった者達は不幸であった。
指導者達の大部分が、ガルオーダが風を集め竜巻を巻き起こした時点にて大声で告げている。
「総員、退避ぃっ!
物影へと隠れよっ!」
「退避じゃ、退避ぃ!
即座に身を隠すのじゃっ!!」
「直ぐに身を隠せっ!
暴風が襲い掛かって来るぞっ!!」
各所で指示が叫ばれる。
即座に身を隠す者達が。
しかし…
渓谷内で轟く暴風による轟音。
ガルオーダが発する咆哮。
それらに指示を与える怒号が掻き消されて行く。
聞こえて、即座に対応した者は幸いである。
慌てて退避しているのを見て、即座に対応した者も。
だが…
対応に遅れた者達に悲劇が襲い掛かる。
一番軽微な被害は、弱い雷にて身体が麻痺した者達であろう。
軽微な症例としては、静電気レベル。
パチッと肌表面にて弾けた感じか。
静電気レベルの場合、肌表面にて雷が弾けた場所のみが痺れた感じに。
少々痛かった事と驚いた位で、行動に支障はあるまい。
次は弱いとは言え雷を身に浴びた者達。
雷により、全身が麻痺してしまっている者も。
この内で運の無い者達は、心臓や脳などの内臓へ被害が及び死に至っている。
そして雷による被害にて、最も運が無かった者達…
弱い雷とわ言え、それらが纏まれば強力な轟雷となるであろう。
特に行動が遅れた騎士。
しかも好奇心に駆られ、持ち場を離れてガルオーダ見物をしていた若い騎士。
貴族としての身分、出自は高い。
少々傲慢となっていたのであろう。
全身を軽く硬い特殊合金のフルプレートにて覆っていた。
この金属製鎧は、古より伝わる特殊な鎧だ。
鎧を加工する事は出来ない。
晶石技術の全盛期。
いや。
伝説として伝わる古、神話の時代に存在したと言われる星の民。
彼らが鍛え作り上げたと言われる品だ。
世界でも数少ないロストテクノロジーにて造られた逸品。
その鎧に宿るべき多くの機能は、既に失われていると言われる。
語りかも知れぬが…
その様に彼の家にて代々言い伝えられ受け継がれて来た品である。
現に衣服よりは重いが、下手な皮鎧よりは軽い。
斬撃などは効かない。
それどころか、フルプレートの弱点とも言える打撃でさえ無効化する無茶苦茶振り。
無敵の鎧と言われる所以である。
そんな鎧であるが…
身に纏う者を選ぶ。
とは言え、別に鎧に意思がある訳でも、その様な機構が存在する訳でも無い。
単なる鎧、無機物である。
たが…
加工や調整を一切受け付けない。
つまり鎧の形状を変える事は不可能なのだ。
そして、元の持ち主は小柄だったのであろう。
身長が160cm未満の痩せ型体型の者しか身に纏えない。
故に、この鎧を装備できる者は限られるのである。
無論、ピッタリとフィットする者など稀だ。
彼は身に纏え、行動するのに違和感を感じない程度に活用できていた。
それ故に…
その様な鎧を纏えたが故に…
傲慢とも言える油断を生む事に。
暴風であろうと、それが含む瓦礫であろうと、確かに彼を傷付ける事は出来なかったであろう。
だが…
彼と共に来ていた騎士達が逃げる為に放り出した武具。
渓谷より掘り出され、この度の騒動にて放置されていた鉱石。
鉱石を掘り出す場所を示す為に、地へと打ち付けられていた鉄杭…
有りと有らゆる電導物質が彼の近くへ。
それが雷を導くが如く…
電導リレーとでも言えば宜しいか?
纏まり増幅された雷。
それが若い騎士の鎧へと。
不幸な事に、彼の鎧は電導率が高かった。
造られた当初には絶縁機能も存在した様である。
だが現在では多くの機能と共に、その機能は失われていた。
その様な状態で轟雷を浴びれば…
「ひぎゃぁぁぁっ!!」
一溜まりもあるまい。
そんな形で命を散らせた彼ではあるが、それでも運が良い方とも言える。
暴風に巻き込まれ瓦礫に襲われた者達。
更には崖下へと落下した者達も。
即死した者達は不幸ではあっても、まだ幸いだ。
崖下にて生き残った者達。
彼らは生きながらガルオーダに喰われる事に。
だが…
短い痛みと言う意味では、崖上にて重傷を負った者達よりはマシと言える。
この世界の医療技術は低い。
高濃度のアルコールで傷口を洗う事くらいは、民間療法にて知られてはいる。
だが、適切な治療法などは確立していない。
骨折時に添え木で支えたり、傷口を布で押さえ止血する程度。
傷を縫合するなどは思いもしない。
一部のハンターが特殊技術として弟子に伝える口伝ならばある。
ダリルもゼパイルより教えられはしているが…
簡単な裂傷を縫合できる程度だ。
しかも、糸も針も特別製。
特に糸は数が少ない虫の繭を解し得た代物。
得る事が出来る季節は限られ、その数は極小。
負傷者全員を対応するなど、とてもでは無いが無理である。
そんな環境にて重傷を負った者達を待つ末路は…
苦しみながらも訪れる安息である、緩やかなる死を待つだけなのであった。