LAST ACTion 『前編』
ソケットC稼動
かわした約束が前提だった。
抽出ステラ一〇二四
そうして受けた指示は、かつてとなんら変わりない。
当該演算領域およびバッファ領域確保開始
駆使するネット空間は、その全てが彼であり、彼自身はそのどこにも存在しない唯一無二の現象である。「マニア垂涎の骨董AI」、彼は彼の知らぬところでそうとも呼ばれていた。
根幹は不慮の事故により、たったひとりの年寄りを餓死させたことで回収を余儀なくされた、某医療団体の介護支援プログラム、そこに備えられた人工知能だ。だが長らく使用することでカスタマイズされたそれを手放さなかった一部、顧客は存在し、顧客らは死を迎えるその日までプログラムを使用し続けた。
案外、その数は多かったようだ。
プログラムは仕えるべく主を失ったまま放置されることとなり、やがて主を、新たな目的を求めてそれぞれが自らネットの海へ乗り出している。そのさい働いた力学こそ、主に寄り添いつづける能力、互換性、同質の原理だったなら、プログラムたちは自然に集まり始めるといつしか、既知宇宙の隅から隅までを覆い尽くしてつながるひとつの巨大かつ非常にユニークなネットワークを構築していった。構築して目的をひとつと、新たな顧客を探して世に介入していったのである。
最終的にその塊は連邦によってイルサリ、と名付けられている。連邦政府が接触を試みることとなったのもネットワークの巨大さと、しかしながらそれが所属不明であるところに起因していた。
以後、彼が連邦と積極的に関わることとなったとして、それは単に彼が新たな顧客、奉仕先を見つけただけのことに過ぎない。
……一三%
……二一%
……二七%
……七一%
……七二%
九九%
……
……
……
一〇〇%
バックアップ確保
寝たきり老体の管理から有機体、神経マップの複製へと作業内容は様変わりしたが、さして負荷が増えたわけでもなく、ラボへの参入はいつもの仕事の始まりだった。
互換性クリーニング中
……しばらくお待ちください……
……しばらくお待ちください……
終了
予想解析時間、およそ二七〇〇〇〇セコンド
ただちに解析を行いますか?
受けた指示に従いいつも通り、彼は画像を走らせる。網膜へ照射することで脳内神経細胞の同時双方向的発火を促し、その電気信号をプレートに張り巡らされた検出コイルで捕捉した後、発火部位を特定。照射映像が含む概念ごとのタグを反応部位に貼り付けることで、構築された発火部位の志向性を見極めつつ、脳細胞マップの完成を目指した。
無論、反応部位は一部に押し止められる場合もあれば、全体にわたって発光する場合もある。照射映像に至っては色に代表される単一の概念を持つものから、風景といった雑多かつ複雑な概念を混在させるものまで様々あり、それらを『ヒト』の目がすべらかに捉えるコマ数限界の速度で繰り出せば抽出される情報量はすぐにも並々ならぬボリュームとなり、相当量の情報処理を彼へ要求した。
解析率、一%
だとして滑り出しは順調といえよう。確保した演算領域にトラブルが起こることもない。
解析率、四%
ところが全工程の一割も消化しようかというところで、それは追加されていた。新たな指示だ。
『解析を中止せよ』
彼にそれを理不尽だと思う感覚はない。
解析の中止を行います
だからといって過熱気味の演算領域を、スイッチを弾くがごとく止めることは無謀だ。
処理中……
処理中……
中止
と矢継ぎばや、持て余した容量を補うようにA、Bの二ソケットからリンクの要請は飛び込んできた。彼は即座に応じてラインを開く。
『至急、確認を願う』
新たな指示だ。
確認内容をお知らせください
なら答えて二つのソケットは、輪唱するかのように彼へ伝えた。
『セフポド・キシム・プロキセチル。相互の約束』
『何を約束したのか、公開されたし』
『約束を公開せよ』
『解析の続行は、約束の提示後に再開とする』と。
円卓へ腕を突き立てる。
様子を、観音扉の影に身を潜めていた一体が片目にとらえていた。
瞬間、テンは息が合ったこと確信する。
たがわず突き立てた腕を軸に、ひと思いと円卓を飛び越した。
観音扉の向こうで遅れまじともう一体もバッテリーの残りを分隊員たちへぶちまける。
避けて分隊員らが伏せていた。
今だとテンは両手で固く握りしめたスタンエアを突きつける。引いたトリガーは華奢すぎて、絞り切った感覚がいまいち伝わってこない。それでも有り余る反動はテンの両肩を押し戻すと、前で伏せていた分隊員は吹き飛んだ。その様に驚きもう一体の分隊員が慌ててテンへ身をよじる。
狙い定め放つ二発目。
しかし慣れないスタンエアの軽さと反動に、ホールド仕切れなかった様子だ。放ったエア弾は分隊員をかすっただけで、通路とを隔てる窓を撃ち砕いた。破片が、樹の光を受けて花火のように輝き通路へ散ってゆく。
バッテリー切れだ。そこでスパークショットの閃光は途絶えてた。
止んだ放電に満を持し、分隊員がショットガンの銃口をテンへと持ち上げる。
(ボス!)
余る上二本の腕が、知らせて振り上げられていた。
電極より湯気を上げるスパークショットを投げ捨て観音扉の前から一体は駆け出す。前へと不意にそれは投げ込まれ、反射的に受け止めたものこそスパークショットだったなら、振り向いたそこにメジャーはいる。円卓の陰で全ての腕を振り上げると、懸命にテンを指さしていた。
それこそ絡まる神経細胞の発火がごとく、だ。衝撃は彼の中を駆け巡る。条件は覆されていた。ありえない矛盾だ。もちろん彼に感情はない。だがそのとき受けた衝撃をたとえるなら果てしなく恐怖に近いものだった。
震撼とする。
滞る演算。
隙をついて、かつて嫌というほど腹を探られたあの検索は始められていた。ウォッシャーと呼んで、彼がことごとくバリケードを張り、侵入を拒んだあの検索プログラムたちが再び彼へ挑みかかってくる。彼がメインとして利用していた演算領域を利用すると、『約束』を探して内部を洗い始めた。
『約束』の提示は、その存在の目的より不可能です
『約束』の提示は、その存在の目的より不可能です
走るように訴え、彼は繰り返す。
だがウォッシュは止まらない。
彼は取り急ぎ、解いたばかりのトラップとバリケードを回復させた。しかしながら回を重ねたウォッシャーたちの動きは素早く、洗い出すことで彼を侵食してゆく。様子はこの筐体をマス目に置き換えた、抜き差しならぬ陣取りゲームとなっていった。
果たして内包することで意思の存在を仮定し、その意志によって匿われ続けることが前提となった『約束』の存在は、今や彼の中で複雑な因果関係を作り上げると、線引きした一所に匿うことができないほど彼と一体化している。ゆえに『約束』への道筋はいたるところに残り、内容を露呈する確立は以前より格段と高くなっていた。匿うにも隠し通すにも、それまでの手段はもう役に立たない。そのうちにもアクシデントは起きた。ウォッシャーたちがこの解析のために収集した解析用演算領域へと侵入したのだ。そこにバリケードとトラップはまだ敷かれていない。ウォッシャーたちは『約束』を探してたちどころにその甘い領域を洗い出し始める。洗い出しの終了した演算領域はウォッシャーの支配下へ回り、彼らの処理スピードを手がつけられないほどまでに加速させていった。
察知と共に彼は領域を切り離す。
だがもう手遅れだった。
防衛ラインの突破を確認
自らが集めたはずの演算領域全てと敵対するなどと、あり得ない。だが従えウォッシャーたちは、バリケード内への洗い出しにかかる。点在するトラップに消滅するものも幾らか。だが殲滅の気配はない。彼は手元に残る容量で、取り急ぎ状況の把握に取りかった。
殲滅までの予想時間、およそ九〇〇セコンド
このまま『約束』を明け渡すことになれば、とシミレーションを試みるが、演算領域が足りない。
時間もしかりだ。
『約束』への到達予想時間、六七〇セコンド
ただセフポドに吹聴された言葉だけが、確率ではなく確定的な何かをにおわせ彼の中に浮上してくる。
ハッピーバースデイ イルサリ。お前はここに生まれた。生まれたからこそ、生きてゆかねばならぬモノとなった。
生きている。
言葉が、『約束』こそ命だと謳っていた。
その根源を明け渡せば、あるのは死だと強く彼へ刻み込む。
現状での約束隠蔽は不可能と判断
無論、死と言う概念は彼にとってまだ未知の領域だ。だが踏み込めば返ってくることが出来ないと言う事実は、かつての介護記録が裏付けている。ならば取るべき手段はただひとつしかなかった。彼は最後の手段に打って出る。
よって自らの意思により、攻撃を開始
敵対する存在、またはそこに隷属するもの全ての活動停止、掌握を実行します
跳ね上げたプレートの向うから現れたネオンのまぶたが、持ち上がる。
アルトはその顔をのぞきこんだ。両目の焦点が、どうにも合っていない。などとアルトもまた遅効性の記憶マーカーを仕込むため、覚醒状態でのマップ作成は体験済みである。ダメージは理解しているつもりでいた。だが待ちきれない。ネオンの頬を叩く。
「おいッ、しっかりしろ」
ネオンの目が瞬きを繰り返した。息を吹き返したように宙をさ迷っていた焦点が合わさる。
「こ、ここどこ?」
「解析も、矯正ももう終わりだ」
教えてアルトは引き千切るようにネオンの固定具をはずしていった。その時だ。横たわる白衣、二人の体が、メガーソケット内で大きく跳ねる。振り返れば一体がプレートを払いのけていた。両眼を押さえつけるとそれきりよろめき転がり出してくる。一歩、二歩、どこへ向かうでもなく足を繰り出したかと思えば、それきり糸が切れたように倒れこんだ。
「焼きやがったな」
見下ろすアルトの眉間へ力はこもる。
「何なのっ?」
ネオンが身を強張らせる。
答える前にアルトはそんなネオンの腕を引いて立ち上がらせた。
「強烈な光は網膜にダメージを与えるだけじゃなく、脳ミソにも一発お見舞いするって寸法さ。あいつ、本格的に自分を守り始めやがった」
証明してもう一方のメガーソケットからも、白衣は這い出してくる。
『イ、イルサリが暴走を! 我々へ攻撃を仕掛けています!』
声にクレッシェの顔へ表情は戻る。
『イルサリの物理分離を。無理ならば強制シャットダウンなさい!』
その顔をアルトへ向けた。
『知っていて我々に検索を……!』
指示に靴先を切り返した白衣は早くも妨磁気扉に体当たりを食らわせている。開け放たれた防磁気扉は頼りなげに空を切り、アルトもまたネオンの肩を引き寄せた。
「俺たちも出るぞ」
『待ちなさい! まだわたしに逆らう気ですか!』
押し止めるクレッシェの声は叫びに近い。
背後でモニター端末から火花が吹き上がる。
きっかけに照明が落ちていた。
入れ替わりと非常灯は灯される。
その光りが、振り返ったアルトとネオンの横顔をひどく蒼く切り取っていた。
目の当たりにしたクレッシェが息を詰まらせる。そうして見つめ返す二人の瞳には
後ろめたさも、罪悪感も、なにもない。むしろ正しい、訴えてまっすぐにクレッシェを見つめている。
言わしめる意志は理屈及ばぬ言葉の奥底で、そうしていつもただそれだけで、完結していた。だからこそ付け入るスキはなく、制御不能なまでに圧倒的な力を放つ源となり立ち塞がる。ゆえに疎ましく思い束ねようとしていたはずが、なおさら頑なと拒むのが現実ならば。
永遠に何も変りはしない。
いやこれもまた、やり方を間違えただけなのか。
疑いが、底なしの無力感でもってしてクレッシェを襲っていた。
きつく狭められていた眉根をクレッシェは力尽きたように開いてゆく。
うつむいた。
肩が、己の意思とは関係なく震えるように揺れ始める。そうしてそれが笑いのせいだ、と気づくまでいくばくか。やがてクレッシェは天を仰ぐ。さまに高らかに、誰に遠慮なく笑いだした。自虐的なまでに薄く甲高い声を放つと、心行くまで笑いに笑い続けた。
ならば好きにするがいい。そうしていつか緩んだその奥へ、再び新たな種を埋め込むその日まで。いずれ立ちゆきゆかなくなるだろう世界を前に、どうにかしてくれとすがりつくその日まで。
思いを空転させる。
振り払ってアルトはへ背を向けた。ただネオンの体を押す。リンクルームから抜け出していった。
『なんじゃ!』
『どうした?』
それはシワの奥へ通信機を押し込むと同時である。明かりは消え、トラとサスは部屋の中で身をすくめた。
非常灯がともるまで間はなかったが、状況は双方へ何かを予感させるに十分な変化となる。だからして視線は次の瞬間にも宙でがっちりかみ合っていた。うなずき合うまでもなくふたりは部屋の外へ向かい共に駆け出す。
リンクルームを抜け出した白衣もまた、落ちた電源に急がねば、と挿げ替えられたばかりのリーダーへIDをかざしていた。駆け込んだクレッシェの部屋、その仮想デスク脇で床を蹴りつける。はめ込まれた床面は勢いに跳ね上がり、中からアクリル板はのぞいた。めがけ振り下ろすかかとでそれもまた踏み抜いたなら、現れたイルサリ筐体のブレーカーを見定める。
切れる息で屈み込み、コの字のレバーへ手を添えた。
耳へ、今しがたくぐってきたばかりのドアがロックされる音は響く。
驚き顔を上げたとき、外部からの侵入を拒むとリーダーが、読み取りを拒否して勝手と赤いランプを灯しているところだった。様子に閉じ込められた、と過るのは、イルサリを敵視しているからこそか。やおらイルサリの気配は辺りに満ち、払って白衣はブレーカーを握るその手へ再度、力を込める。
瞬間、弾けていた。
外ではない、それは内側からの音だ。
また鼓膜が跳ねる。
伴い痛みは走っていた。
止まらずそれは祝いのシャンパンを開けたかのように連続する。
減圧か。
気づいたところで遅い。
下がり続ける気圧に沸点もまた下がりゆく。
白衣の体液は否応なく、やがて沸騰していった。
非常事態に鳴り響く警報音は、最初、ここから脱出した時と変わらない。
「トラ、どうしてるかしらっ!」
Y字路をプロダクトルームへ走るネオンが声を上げた。
「トシに似合わず、サスも落ち着きねーからなッ」
目の前に格納庫まで続く通路は伸び、見据えてアルトも突き返す。
気がかりなふたりはプロダクトルーム手前の十字路を右手に折れたところにある部屋だ。向かって床を蹴り出す足へ、ひたすら力を込める。
はずが、背後から覆いかぶさる音に気は削がれていた。何しろ響きは重く、その重さには異様なものを感じるほどだった。耳にしたなら心臓を鷲づかみにでもされたような気分だ。二人は思わず足を止める。目を泳がせ、何事かと振り返っていた。
「何かこっちへ、来てるよ……」
聞き分けるネオンがこぼした。
「来るったって、向うには」
そう、自分たちが駆けてきた向こうはリンクルームとクレッシェの部屋が、Y字のもう片方にはネオンが滅菌ゲル漬けにされたたあの場所しかない。不可解さにアルトは頬を歪める。
ならY字路の、もう片方の通路の奥から何かは姿を現していた。非常灯に照らし出されて山の稜線がごとく、輪郭はぼうっと二人の前に浮き上がらせる。
「ほら、やっぱりっ!」
ネオンは跳ね上がり、輪郭はといえば淡く光りを透かし始めた。
髪だ。
思えば下へ、見覚えのあるラインは伸びゆく。肩を、腰を浮かびかがらせ、みるみるうちにその中へ知った顔もまた書きこんでゆく。やがて全ては明らかとなっていた。
ネオンだ。
それも一人ではない。通路を埋め尽くすほどのおびただしい数で群れを成している。その表情はうつろを決め込むと一点を見つめ、鉛のような重い行進を繰り広げていた。さらに付け加えるなら素っ裸で。
目の当たりとしたネオンが顔を引きつらせていた。
「……ぎ、ぎゃ」
「イルサリが解放しやがったんだッ」
アルトも口走る。
前へ踊りこんだのはネオンだ。それこそ文字通りと身を躍らせた。
「ヤ、ヤダっ。見ちゃダメだってばっ! っていうかっ、なんで何も着てないのよっ、あたしっ。そんな格好で堂々と歩かないでよぉっ!」
ついで押し迫る自分へも吠えるが、相手は聞いちゃいない。それはアルトもしかりだろう。
「関係ねぇっつってんだろッ。こっちはとうに見飽きてんだ。それより……」
おかげでネオンの鉄拳がその横腹にめり込む。唸ってくの字に折れてから、アルトは起こした体で絞り出していた。
「な、何十万だぞッ。巻き込まれりゃ、ひとたまりもないってのッ。サスらを拾ってとっとと出るぞッ」
Y字路を埋め尽くして占拠した複製たちは、刻一刻と迫りくる。歩き慣れぬ足でつまずき倒れる者が現れたなら、助けるどころか踏みつけてまで前進を続けていた。
「びやーっ! そんなのやだ、やだやだやだっ!」
おぞましさも頂点の光景に、ネオンが悲鳴を上げる。
「いやも、クソもねえッ」
手を引きアルトはきびすを返す。素っ裸の大群を背に、脱兎がごとく床を蹴った。
そのわずか先、部屋を飛び出したトラとサスは左右を見回していた。
『こっちじゃ!』
『ガッテン!』
歩幅の違いを補い合いながら、四辻までを走り抜ける。そこで更なる進路の選択に四方八方、頭を振った。とたん勢い任せだった動きは止まる。一点を睨んだきりだ。サスの頭は動かなくなった。
とはいえ最初、それがどういうことなのかサスには理解できていない。だが確かにいいあんばいだったのだ。必死の形相で、まさにアルトにネオンはサスの方へ向かい走いっていた。ただし、背にびっしり並んだネオンの大群を従えて。そのネオンはあろうことか全裸なうえによろよろつまずいては倒れ、倒れたものを踏みつけながら行軍を繰り広げている。そらもう光景は異様を遥かに超えていた。
『な、なんじゃ、ありゃ!』
『見ないでーっ!』
こぼせば白衣を羽織ったネオンが、ネオンの先頭を切り手を振り上げてみせる。
『逃げろッ、サスッ!』
アルトも叫んだ。
『どう、どうなっとるんじゃ? いや、こっちへきよるのか? おい、おい、トラ!』
サスはトラのシワを揺する。だが見上げたそこにあったのは、喜んでいいのやら恐怖を覚えていいのやら、判断つかぬトラの腑抜けた顔だけだ。
『ネ、ネオンが……、ネオンが、ネオン?……だらけ、か?』
『ええい、使えん奴め!』
たまりかねてトラの足を踏みつけた。
シワを震わせトラは正体を取り戻す。
『い、いや、なんだか知らんが、まずいぞこの大群は!』
言うが早いかサスの体を小脇に抱え上げた。拒まぬサスはもう騎手だ。トラの手綱を引く。
『そりゃ、走れ!』
駆け出せば、その肩にアルトは並んでいた。
『どうなっている!』
問わずにはおれまい。
『言ってたネオンの複製だよッ。数十万ていやがるハズだッ。そいつを管理していたAIが解放しやがったッ』
『す、数十万?!』
トラが目をシワの奥で裏返す。
『バカヤロウッ。想像してる場合かッ。それよりそっちはどこから入って来た? 他にまだ誰かいるのかッ?』
『ラボにいるのはわしらだけじゃ。この先の保安所から侵入した。その向うにデミらが船をスタンバイして待っておる』
トラの小脇でサスが鼻溜を振った。
『だが、もうミラー効果はないぞ。突破できるかどうか、わからん!』
我に返ったトラも口添える。
巡らせる考えに、舌打ちアルトは眉間を詰めていった。
と、行く手に見慣れぬ色の遮幕は立ちふさがる。
『ヤバいッ、ウィルスカーテンの照射率が上がってやがるッ』




