ACTion 34 『交差する場所 1』
降船にあたってさしたる指示は必要なかった。
絶縁スーツに身を固めた分隊は激しく流れる間欠河川を片側に、着陸時、巡航艇が砂塵をかき分けるようにして作った滑走路のワダチですでに待機している。背後には白くけぶる『アーツェ』の夜が広がり、まさに亡霊と化した基地跡がシルエットと浮かんでいた。
船内には緊急事態に備え、パイロットと通信担当のみが残っている。部下はそんな通信担当と、ちょうど無線回線の最終確認を済ませたところだった。口と鼻だけをコンパクトに覆った防塵マスクの機密具合を確かめるシャッフルへ、無線を差し出す。受け取り本体を耳の後ろへ掛けたシャッフルは、そこからT字に伸びるコードの片側先端をこめかみ付近に貼りつけ、もう一方に仕込まれたマイクの高さを調節した。
『分隊のワイヤレスとも、つながっています』
同様に装着した部下が教える。
答えて返す代わりだ。シャッフルは絶縁コートへ袖を通した。船外へ足をくりだせば、ポケットから取り出した絶縁手袋をはめつつ部下もならう。歩きながら腰元のソケットよりスタンガンを引き抜き、引き金を軽く絞って動作もまた確かめた。ハンドガンに似た銃身の先、二つに別れた電極の間からグリーンの火花は飛び散る。
『携行は許可したが、なるべくなら出番がないこと願いたいものだな』
背中越し、シャッフルは投げていた。
『万が一は、いつどきでも想定しておくべきかと思いまして』
スタンガンをさし戻す部下の手つきは慎重だ。
『その万が一が起こってもらっては困る、と言うのが、わたしの本音というところだ』
と、ハレーションを起こしたような白い夜空と、降り注ぐ砂塵の白がシャッフルの目を刺した。手をかざし、シャッフルは両目をきつく細める。ままにゆっくり辺りを見回したなら、よくもこんな辺境の地にまでやってきたものだと、達成感とも溜息とも取れぬ息を吐きだした。
背面の風景を前面に投影することで、姿を消し去るミラー効果を備えた絶縁スーツ姿の分隊員たちは、すでにそんな風景と一体化してしまっている。わずかゆれ動く景色だけでシャッフルはどうにか彼らの存在を確認すると、幾分慣れてきた目から力を抜いた。
かざしていた手を高く振り上げる。進行方向を示し、極Yが伝えよこした店舗を目指し、町へと足を繰り出していった。
と、押し止めてその時だ。貼り付けたこめかみの無線が震える。巡航艇からの通信だ。通信はその場にいる全員のこめかみもまた震わせたとあって、一団はピタリ動きを止めていた。
『極Yからです。プラットボードで流します』
部下が前へ進み出てくる。手早くプラットボードを開いてみせた。なら送られてきた動話に従い、誰もの前で人形は踊り出す。ファイルはその右肩に添付されており、動話の翻訳と同時に部下はファイルの解凍にもとりかかった。
『思ったより早かったですね。目的の店舗確認を完了。ですが対象は不在、……ですか』
だがそっちのけでシャッフルは、解凍の終わった添付ファイルを睨みつけている。それはかなり短い動画だった。
『これはいったいどういう意味だ』
説明を求め部下へと振り返る。いや、なにも動画の中を流れる造語が読めなかったためではない。一目瞭然だからこそシャッフルは、問わずにはおれなかったのだった。
『はい。画像は極Yが店舗で見つけた造語で、その訳を頼みたいと』
聞かされシャッフルは愕然とする。その手で目を覚まさせるといつものように、防塵マスクごと青白い顔をひとなでしてみせた。
『まさかこれも読めんのか、奴らは』
追い込んだのが自分たちなら、それはあまりにも皮肉な話でしかなかった。
おじいちゃんへ
先にみんなと『アズウェル』へいってるよ
ライブは閉店までやっています
必ず来てね
見て取った分隊員が電子地図を取り出している。
『の、ようです。しかし、この、ライブというのは……』
地図はすぐにもけぶる砂塵の中に展開され、目をやった部下が口を開いたその時だった。またもやコクピットから通信はよこされる。
『緊急連絡』
口調はさきほどと明らかに異っていた。聞き分けたシャッフルは動画からわずか視線を逸らす。
『どうした?』
『F7への不正アクセスが発覚。阻止すべく、ウィルスが展開された模様です』
『何だと?』
『今のところ改竄やワームの痕跡はありませんが、一部情報の漏洩は必至かと思われます』
『相手は?』
『それが……』
コクピットからの声は、そこで途切れた。
合間を縫うように、ひとところをマークした電子地図はシャッフルの前へ差し出される。
『アズウェルの場所が分かりました。市街中央の飲食店のようであります』
見て取りシャッフルは先に向かえ、と立てた人差し指で進行方向をさした。着陸時、巡航艇がかき分け出来たわだちはすでに降り積もる砂塵に消えかけている。動き出した分隊はの足跡は、そこへ判をついたかのように連なり遠ざかっていった。
と、途切れていたコクピットからの声は、再びシャッフルのこめかみを振るわせ頭蓋内に鳴り響く。
『それが、不正アクセスを仕掛けてきた端末はここ……、この閉鎖基地の通信室となっておりまして』
思わずシャッフルは部下と顔を見合わせた。
『相手がF7へ潜り込んだのはいつだ?』
絡めた視線を引き剥がして問う。
『六三八セコンド前』
白く霞む基地跡へと、部下が体ごと振り返っていた。
『まさか』
『対象でない、とはいえん』
放つシャッフルの声は異様なほど低い。いや、否定してしまえばここまでやってきたことが無駄足だった。刹那、シャッフルは部下へ指示を繰り出す。
『アズウェルの位置を添付。極Yへ訳と共に返信してやれ』
そうしてマイクへも呼びかける。
『分隊長! 三体でいい、こちらへ兵を回してくれ』
続けさま極Yへデータを送信する部下へも、振った手て注意を引き付けた。
『お前とわたしは戻ってきた兵と共に基地跡内部を確認する。この砂塵だ。スタンガンをもう一度、点検しておけ』
促した。
その頭蓋内で『了解』と返す分隊長の声が響く。
『シャッフル中尉』
『何だ?』
改め呼びかけられてシャッフルは意識を声へ集中させた。
『確認しておきたいことがある。極Y、もしくは対象と接触した場合の指揮権は?』
部下がプラットボードをたたんでいる。スタンガンを引き抜き、ひとたび引き金を絞ってみせた。飛び散るグリーンの火花は砂塵のせいか、漏電でもしているかのように不安定で危なげだ。眺めながらシャッフルはマイクへと告げていた。
『我々が現地へ到着するまでは分隊長に任せる。ただ連絡だけは怠るな。回線は開いたままにしておけ』
『了解した』
聞きつつ視線を上げる。こちらへ戻って来る靴跡を砂塵の上に見つけていた。
『コクピット、聞いてるか?』
最後にもうひと声と、シャッフルは呼びかける。
『もちろん、中尉』
『F7に、ハブAIの監視強化を伝えろ。今のアクシデントでハブAIが動き出すやもしれん。自閉されたままでは使い物にならんからな。動き出したなら強引にでもデフォルト処理を行えと伝えておけ。実験体を連れ帰ればハブAIは必ず必要となる。使えるモノに戻しておけと伝言を頼んだ』
『了解しました』
と同時だ。歩み寄っていた足跡はシャッフルの傍らで立ち止まる。ミラー効果を切った三体の兵は、やおら姿を現していた。
『我々が同行します』
一体はすでに基地内部の電子地図を検索し終えている様子だ。
『頼んだ』
『準備、整いました』
スタンガンを差し戻し、部下も歩み寄ってくる。そちらへもうなずき返してシャッフルは、立てた指で天をさした。その先で円を描く。
『行くぞ』
砂塵に巻かれて基地は、白くかすむとコマ落とされたかのように揺れ動いていた。目指し進めるシャッフルの足へ、力なく乾いた大地は絡みつく。




