冷やし鍋、始めました。
「何かいい方法はないのかな……」
「そうだねぇ……」
未だ室内は酷い有様であるものの、相談を続けることが可能な程度には掃除を済む。
二人は揃って腕を組んでソファーに座り込んでいた。
「色々とやったけどダメだったね」
「う~~~ん。雪の体で熱い鍋って言うのがそもそも無理な気が……」
対面に座る、マックスコーヒーを嬉々として飲んでいたスノーマンを睨み付けながら呟いた。
「ヒロさん、ちょっと休憩しましょうよ」
「そうですな。私も少しばかり疲れてしまいました」
早速九緒夢がテレビをつける。
チャンネルを回してバラエティ番組にすると、丁度お料理レポートを放送していた。
番組のお題は鍋料理。
「丁度鍋料理の番組やっているね」
「何かヒントになることでもあるのかな……?」
三人揃ってテレビに噛り付く。
『いや~~~、冬はやっぱり鍋料理ですよね~~~』
『見てくださいよ~~、私なんてメガネが曇ってしまいました~~』
『うわぁあ、凄い湯気!! 食欲をそそりますね~~~』
番組のレポーターが次々と感想を述べると、何故かヒロが同意していた。
「そうなんですよね~~~~。私も湯気が立ち昇る鍋を食べてみたいんですよ~~~」
「湯気が立ち上る……?」
何気ない感想だったが、白夢には少しだけ引っかかるものを感じた。
たまらず問い詰める。
「ねぇ、ヒロさん。もしかして湯気が立ち昇る鍋料理だったら、なんでもオッケーですか?」
「そりゃそうですよ。私はあの湯気を楽しみたかったのですから!!」
本日三本目となるマックスコーヒーを嗜みながら語ってくるヒロ。
「ねぇ、ハク。何か思いついたの?」
「……うん! 湯気が立ち昇る料理、ね。いいアイデアが浮かんだよ! 早速準備してくる」
白夢は急いで部屋から出ていったかと思うと、そのまま外出した。
残された九緒夢はヒロと一緒にバラエティ番組を楽しんだのだった。
******
「完成だ!」
番組が終わる少し前に白夢は帰宅し、番組が終わった頃、何やら抱えて部屋に戻ってきた。
「何をやってたの?」
「何って、鍋料理だよ」
「でも、ことごとく失敗したんだよ? 今度はどんな作戦なの?」
「今回は作戦なんて必要ないんだよ」
「うん?」
首を傾げる九緒夢とは対照的に、白夢は自信満々と言った顔でヒロの前に鍋を置いた。
「さぁ、ヒロさん。食べてみてください」
「これ、ですか?」
ヒロは恐る恐る鍋の蓋を取った。
「こ、これは……!?」
白夢が用意した鍋、そこにはスープ以外何も入ってはいなかった。
「何鍋、なのですか?」
「これはですね……。しゃぶしゃぶですよ!!」
そういうと白夢はしゃぶしゃぶ用の肉や野菜を取り出して、ヒロの前に置いた。
「しゃぶしゃぶだって鍋料理に変わりはありません。ほら、湯気がたっぷりと出ているでしょう?」
「た、確かに……ゴクリ。しかし、また溶けてしまうということにはなりませんか?」
あれだけ失敗続きだったのだ。ヒロの心配も当然である。
しかし、今回に限り白夢には絶大の自信があった。
「断言しましょう。この鍋でヒロさんの体が溶けることは絶対にありません」
「本当ですか!?」
「本当なの!? ハク!?」
九緒夢まで目を丸々とさせて驚いている。
「どういうことなの!?」
「まあまあ、キュー。見ていれば判るよ。ささ、ヒロさん、湯気が昇るうちにどうぞ!」
「そ、そうですね……。では、いただきます!!」
豚肉を箸で掴み、鍋の中でしゃぶしゃぶと。
それを取り出したと同時に口に含んだ。
「むぐむぐむぐ……。おおおおおお!! うまい!! ……しかも体にも影響がありませんぞ!?」
ヒロの体はどこも溶けることとはなかったのだ。
「でしょう? どんどんと食べてくださいね!」
「ふほおおおお!! 最高!!」
念願叶ってテンションが上がったのか、ヒロは一口一口歓声を上げながら食べていき、完食したのだった。
「ふうう……。凄まじく美味でした……。私、もう死んでもいい……」
「いや、死なれたら困りますけど」
たらふく食べたヒロは満足そうにお腹をさすっていた。
「いやぁ、本当にありがとうございます! おかげで夢が叶いましたよ!!」
「喜んでいただけたなら幸いですよ」
「ここに相談に来てよかった。スノーマンの仲間にも、ここを紹介しておきますから」
「いや、今回みたいな相談はもう勘弁して欲しいです」
心の底からの本音である。
「フハハ、この度は本当にお世話になりました。そうだ、報酬を払わねばなりませんね。しかし、今手元に現金がないのです。後日報酬を郵送するという形で構いませんか?」
「別に構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは今日は帰らせていただきますね。またお鍋食べさせてくださいね」
「嫌ですよ」
白夢の返答など聞いてすらなかったのか、ヒロは上機嫌にのっそのっそと帰って行った。
******
「ふぅ。また変な相談で疲れたね……」
解凍し終えたソファーにぐっと腰を下ろす。
「ハク、あのしゃぶしゃぶ、なんだったの?」
掃除をしていた九緒夢が雑巾片手に白夢の隣にそっと座った。
「どうしてヒロさんは溶けなかったの?」
「あのしゃぶしゃぶ、実はね。鍋の中に煮立った出汁じゃなくて、液体窒素を入れていたんだよ」
「液体窒素!?」
「うん。だからヒロさんの体は溶けなかったんだよ。ヒロさん、テレビ見ていた時、言ってたでしょ? 湯気が出ていればいいって。液体窒素は常に煙も出しているからね。湯気そっくりだったでしょ?」
「あ、だからハク、途中でどっか行っちゃったんだ」
「液体窒素を買いに行ってたんだよ」
「そんなもの、売ってるの?」
「雪女やアイスゴーレムなどの氷属性イレギュラーの飲料用に売ってたからさ。……自動販売機って何でも売ってるんだね……」
「それにしてもヒロさん、どうして気づかなかったのかな? 液体窒素って、物を入れたらそれはカチンコチンになってしまうんでしょ?」
「正直凍った豚肉をガシャガシャと食べている姿は見ていて笑いそうになったけどね。結局スノーマンってお腹に入ったらどうでもいいんじゃない? 舌とかなさそうだし」
「そもそもお腹がどこにあるか判らないもんね!」
「ホントだよ。体の中にマックスコーヒーがあったとき、僕吹き出すのを堪えるのに必死だったんだからさ」
「私もだよ。ホント、ヒロさんって面白いよね!」
「イレギュラーの相手は中々飽きないね」
スノーマンの生態について目の当たりにした二人は、ヒロの一挙一動を思い出して腹を抱えて笑い転げていたのだった。




