第4話 覚えること 後編
昼休憩を終えた一行は、食堂を後にして王城の給仕練習室へ向かった。
長い廊下を歩きながら、リンネが振り返る。
「午後は、直属メイドの仕事で一番人前に出る役目を覚えてもらうよ」
三人の表情が自然と引き締まる。
「給仕って、お茶や料理を運ぶだけじゃないんですか?」
フィオナの問いに、リンネは首を横へ振った。
「運ぶだけなら誰でもできる」
その声色は穏やかだったが、どこか真剣だった。
「王直属メイドは、お客様が何を求めているかを先回りして考えなきゃいけない」
「お茶が冷めていないか」
「困っていることはないか」
「会話の邪魔になっていないか」
「全部見ながら動く」
アイリスは小さく息を呑む。
掃除や洗濯とは違う。
今度は、人を見る仕事だった。
◇
練習室には、応接室を模した空間が設けられていた。
中央には丸いテーブルが置かれ、その上には白磁のティーカップやティーポットが整然と並んでいる。
壁際には銀盆やカトラリーが種類ごとに収納され、実際の応接室と変わらぬ造りになっていた。
「ここでは、本番と同じ動きを練習するよ」
リンネは銀盆を手に取り、三人の前へ立つ。
「今日は紅茶を淹れることよりも、運び方と立ち居振る舞いを覚えてもらう」
三人は揃って頷いた。
リンネは盆にティーカップを載せると、左手で静かに支えた。
「まずは持ち方」
右手は添える程度。
腕だけで支えようとはせず、背筋を自然に伸ばす。
「身体全体で盆を支えるイメージね」
そう言って歩き始める。
足音はほとんど聞こえない。
歩幅は一定で、視線はまっすぐ前を向いている。
それでいて、盆の上のティーカップはほとんど揺れなかった。
テーブルの前で静かに立ち止まり、一礼する。
「失礼いたします」
音を立てないようティーカップを置き、取っ手の向きを整える。
最後にもう一度一礼してから、一歩下がった。
一連の動きは無駄がなく、美しかった。
「……綺麗」
フィオナが思わず声を漏らす。
まるで一つの演目を見ているようだった。
「じゃあ、やってみよう」
三人は順番に盆を受け取った。
最初はアイリスだった。
慎重に歩き始める。
しかし一歩目で盆が小さく揺れ、ティーカップの中の紅茶が波打った。
「あっ……」
「大丈夫」
リンネがすぐに声を掛ける。
「腕だけで支えようとしてるね」
「肩の力を抜いて」
「床を押すように歩いてみて」
アイリスは深く息を吸い、もう一度歩き出した。
今度は先ほどより揺れが少ない。
「うん、その調子」
リンネは優しく頷いた。
次はフィオナだった。
慎重になりすぎるあまり、視線が盆へ落ちたままになる。
「前を見て」
リンネの声に顔を上げた瞬間、危うく椅子へぶつかりそうになった。
「あっ!」
慌てて立ち止まり、胸を押さえる。
「給仕はお盆だけじゃなく、周りも見る仕事だからね」
「はい……!」
耳まで赤くなったフィオナに、その場の空気が少し和らいだ。
最後はサリーだった。
動きは慎重だったが、足取りは安定している。
紅茶もほとんど揺れない。
「上手だね」
リンネが感心すると、サリーは少し照れたように笑った。
「父が陶器職人でしたので」
「小さい頃から、割れ物は丁寧に持つよう教えられていました」
「なるほど」
リンネは納得したように頷く。
「どんな経験も、ちゃんと今に繋がるんだね」
その言葉を聞き、アイリスは神殿での日々を思い出していた。
掃除も、洗濯も、畑仕事も。
当たり前だと思っていた毎日は、決して無駄ではなかった。
きっと、これから先も。
一つひとつ積み重ねた経験が、自分を支えてくれるのだろう。




